悪夢、そして覚醒
『GAME OVER』
『BAD END』
ツンデレラは王子と結ばれるべきだったのだろうか?
そもそも舞踏会に行くべきだったのだろうか?
貴族や聖職者たちに反感を買わないやり方もあったのではないだろうか?
よく考えてみよう。
――――――――
座った目つきで突進してくる継母――ツンデレラは動けずにいる。
継母の握ったナイフが、ツンデレラをかばった国王の背中に吸い込まれていく。
「だめ……シャルル! 私なんかをかばわないで!」
ツンデレラは叫び、目を覚ました。
「……むう……どうしたのだ? ツンデレラ。朝はまだ遠いぞ」
隣に眠っていたシャルルが、無理やり起こされた寝ぼけ眼で、しかし優しくツンデレラに聞いた。
「あれ……なんで無事なの? シャルル」
ツンデレラは驚いた。
「なんだ? 怖い夢でも見ていたのか?」
苦笑したシャルルはツンデレラを引き寄せる。その体温は悪夢に冷え切った体を温め、ツンデレラを安心させた。
「ええ……ひどい夢だったわ」
ツンデレラは男の熱い胸板にしっかりとしがみついた。華奢なツンデレラの肩を国王の腕が包み込む。
「これなら……もう悪夢を見ないだろう?」
王の低い声は、頼るべき何かをツンデレラに感じさせた。ツンデレラは安堵の吐息を漏らすともう一度眠りの世界へ誘われていく――。
座った目つきで突進してくる継母――ツンデレラは動けずにいる。
継母の握ったナイフが、ツンデレラをかばった国王の背中に吸い込まれていく。
「だめ……シャルル! 私なんかをかばわないで!」
ツンデレラは叫び、目を覚ました。
「……むう……どうしたのだ? ツンデレラ。朝はまだ遠いぞ」
隣に眠っていたシャルルが、無理やり起こされた寝ぼけ眼で、しかし優しくツンデレラに聞いた。
「あれ……なんで無事なの? シャルル」
ツンデレラは驚いた。
「なんだ? 怖い夢でも見ていたのか?」
苦笑したシャルルはツンデレラを引き寄せる。その体温は悪夢に冷え切った体を温め、ツンデレラを安心させた。
「ええ……ひどい夢だったわ」
ツンデレラは男の熱い胸板にしっかりとしがみついた。華奢なツンデレラの肩を国王の腕が包み込む。
「これなら……もう悪夢を見ないだろう?」
王の低い声は、頼るべき何かをツンデレラに感じさせた。ツンデレラは安堵の吐息を漏らすともう一度眠りの世界へ誘われていく――。
座った目つきで突進してくる継母――ツンデレラは動けずにいる。
継母の握ったナイフが、ツンデレラをかばった国王の背中に吸い込まれていく。
「だめ……シャルル! 私なんかをかばわないで!」
ツンデレラは叫び、目を覚ました。
「……むう……どうしたのだ?ツンデレラ。朝はまだ遠いぞ」
隣に眠っていたシャルルが、無理やり起こされた寝ぼけ眼で、しかし優しくツンデレラに聞いた。
「あれ……なんで無事なの? シャルル」
ツンデレラは驚いた。
「なんだ? 怖い夢でも見ていたのか?」
苦笑したシャルルはツンデレラを引き寄せる。その体温は悪夢に冷え切った体を温め、ツンデレラを安心させた。
「ええ……ひどい夢だったわ」
ツンデレラは男の熱い胸板にしっかりとしがみついた。華奢なツンデレラの肩を国王の腕が包み込む。
「これなら……もう悪夢を見ないだろう?」
王の低い声は、頼るべき何かをツンデレラに感じさせた。ツンデレラは安堵の吐息を漏らすともう一度眠りの世界へ誘われていく――。
――――――――
「もういいわ! やめてよ、こんなの……!
エンドレスで八回もやれるほど面白い物語じゃないわよ!」
ツンデレラは――今度こそ目を覚ました。
目覚めたのは王と王妃の寝室――当然、隣りにシャルル王はいない。
二人で過ごす夜のため、しつらえられた大きな寝台は一人では寂しさと寒さを感じさせるだけだった。
一度、知った温かみは、失えば身を切り刻むような痛みを与えてくる。
だからツンデレラは無理やりに起きた。
長いこと眠っていたらしい。寝違えた体はあちこち悲鳴を上げる。
だが――。
(心が痛いのより――体が痛い方がましよ)
ツンデレラは燭台に火を灯した。
寝間着のまま、執務机の上に積まれていた処理中の書類に目を通しだす。
「ツンデレラ……?」
しばらくして、ささやきが部屋に響いた。
だがツンデレラは手を止めない。気が付いているのかいないのか――とにかく手元の書類に意識を集中している。
「ねえっ! ツンデレラってば!」
姿を現した魔女がツンデレラに声をかける。しかしツンデレラは鬼気迫る表情で書類を処理するばかりだった。
「ツンデレラっ! もう止めなさい!」
ツンデレラの顔に危うげなものを感じ取った魔女は、あわてて書類を取り上げる。
「……返してよ、その書類。あたしは仕事がしたいの――ねえ仕事をさせて?
あたしは仕事しなきゃ……仕事よ、ほら仕事なのっ! あたしには仕事が必要で……仕事が欲しいわ」
ツンデレラの様子は明らかに異常だった。
現実から逃避するため仕事に没頭し、実際に精神が現実から離れかけていたのだった。
「くっ……!」
本能的にそれを知った魔女は唇を噛む。それから――。
パァンッ!
魔女はツンデレラに強烈な平手打ちを浴びせた。そして間髪入れずツンデレラを抱きしめる。
「ツンデレラ……戻ってきなさい! あなたは弱い子じゃない。ただ衝撃が強すぎただけ、だから心を投げ出しちゃダメ!」
魔女は必死でツンデレラを抱く。
強く抱きしめることでツンデレラの心が現実に引き戻されると信じているように。
すると実際に効いたのか、ツンデレラのうつろな瞳に光が少し戻った。
「どうしようミランダ? シャルルが……シャルルがあたしのせいで――」
しかし、それは見たくないと思っていた現実に再度向き合うことでもあった。
「ツンデレラ……泣きなさい。精一杯大きな声で、しっかりとお腹の底から声を出して」
魔女は言った。予想外の発言にきょとんとしたツンデレラを優しく抱く。
「ツンデレラ――あなたは泣くのが弱い人間の証拠と考えているかもしれないけどね?
人間は泣くことで辛いことに耐えるように出来ているの。泣けるっていうことは過酷な状況に耐えられるっていうことよ。弱さの証じゃないわ」
ツンデレラが顔をうずめる魔女の胸は柔らかく温かく、記憶のはるか底にいる母を思い出させた。
「うッ……えぐッ……う、うえェ……!」
魔女に抱かれツンデレラは嗚咽を漏らしだした。くぐもっていた小さな声は徐々に大きく、やがて部屋中に響き渡る大声になる。
赤子のように、すべてをさらけ出してツンデレラは泣いた。
後悔に懺悔……悔恨と罪悪感、怒り、悲しみ、憎しみ――何もかもが混ざり合った感情を、ツンデレラは腹の底から大きな声で吐き出す。
魔女の胸で涙を流し切り、ようやくツンデレラは泣きやんだ。
抱きしめた少女が完全に感情を消化したことを確認すると、魔女は言う。
「ツンデレラ。国王は生きているわよ。あなたの夫はとても強い人だわね」
ツンデレラは呆気にとられた顔になる。
「生きてる? シャルルが生きているの!」
今度は、うれし涙にツンデレラの頬が濡れる。
「良かった……シャルル、シャルル、シャルルぅ……うっ――うっ!」
しかし―――
「どうしたの? ねえツンデレラっ!」
再度泣きだしていたツンデレラが急に口を押さえた。慌てて部屋に備え付けてあったたらいの元へ走り寄る。
「……ツンデレラ? あなた、まさか……」
屈みこみ、胃の中身をすべて吐きだしたツンデレラの背をさすりながら、魔女はある種の予感を覚えて聞いた。
「ええ、そうみたい。何もこのタイミングでって思うけど。子どもが……できたみたいだわ」
「もうっ! それなら大事な体じゃない! ほら、暖かくして!」
急に世話を焼き始める魔女にツンデレラは苦笑した。
「昔から魔女は妊婦の敵、赤子の命を奪っていくものって言われてきたんだけど……伝承は当てにならないわね?」
「魔女になると力の代償として子を持てなくなるから、子ども嫌いになる人は多かったの。望まぬ妊娠をした娘に頼まれて、堕胎を引き受けることも多かったしね。
でも私は自分が持てないものだからこそ子どもを大事だと思うわ。ほら早くこれを着なさい」
寝巻き姿のツンデレラに、魔女は自分のローブをおおいかぶせる。
「そうね、あたしも子どものために頑張らなくちゃ」
不意に聞いた魔女の本音にドギマギしつつツンデレラは言った。
「ああツンデレラ……その事なんだけどね」
魔女は言いづらそうにしながらツンデレラに事実を告げる。
「あなたが寝ている間に……貴族たちが蜂起したわ。隣国のいくつかと手を結んでね」
「なんですって? いったい、どういうことよ!」
衝撃的な事実に、ツンデレラの口があんぐりと開いた。
「『六王教』の神官の中で急進的な一派が扇動したのよ。あなたの政策に不平を抱いていた貴族たちが乗せられて、そこに隣の数カ国が援助の名目で口と手を挟んできたの」
魔女は蜂起の経過をツンデレラに教える。話を聞きながらツンデレラの形良い眉がきりきりと吊り上っていった。
「あのバカ貴族にアホ聖職者たちっ……! あいつらシロアリやネズミと一緒ね!
自分たちが食い倒そうとしているのが、自分の家の大黒柱って気が付いていないの!?
たとえあたしを追い払えても隣国が後釜になるだけって分かんないのかしら!?
隣国には貴族たちに利益を与える気なんてさらさらない。ただ、この国を食い物にしようとしてるだけなのに……」
吠えるようにツンデレラはいう。顔には生気が戻ってきていた。
「ミランダ、情報ありがとう。あたしはこれから作戦会議に向かうわ!」
魔女に礼を言い、ツンデレラは足早に部屋から出ていこうとする。
「ちょっと待ちなさい!」
魔女はツンデレラを慌てて呼びとめた。
「ツンデレラ、あなたにはまず向かうべきところ――やっておくべきことがあるでしょ?早く国王の部屋に行ってあげなさい」
「う……そうだったわね」
きまり悪げにツンデレラは言う。夫のことなど、怒りですっかり頭から忘れてしまっていたらしい。
「ミランダ……その……何から何までありがと――?」
振り返り、改まって魔女に礼を言おうとしたツンデレラだったが、そこにもう魔女の姿は無かった。
「もうっ! こういうところは照れ屋さんなんだから!」
ツンデレラは口を尖らせ、それから朗らかに笑う。
そして国王――愛する男の元へ、急ぎ足で向かうのだった。
――――――――
国王は鎮痛薬の効果で静かに眠り続けていた。
「どうやら刃には毒が塗られていたようです。深く刺さった刃は幸いなことに主要な臓器を逸れていましたが……」
中年の侍医は首を横に振った。難しい顔をしている。
「そう……御苦労だったわね。後はあたしが付いているから、あなたはもう退出して休んでいいわよ」
王の傍らに腰かけたツンデレラは、寝ずの治療に取り組んでくれた侍医をねぎらった。
「王妃さまも体調には十分なご配慮を。もはやお一人の体ではないのでしょう? お腹の御子さまには国の未来がかかっておられます」
眼の下にクマをつくった侍医は心配そうな顔で言う。
ツンデレラの政策の一つである医師の優遇の結果、貴族から没収した土地の安値払い下げで彼は診療所を開くことが出来た。
その点を恩義を感じている律義な男でツンデレラにとっては信頼に値する人物である――それゆえ懐妊についても話したのだ。
「分かっているわ。これでも母親になるんだから」
「そうですか……では、くれぐれも休息をお忘れになりませんよう」
ツンデレラは明るく言った。とはいえ彼女は政務のため、幾度も徹夜した前科がある。
不安げな表情を隠そうとしないまま侍医は退出する。
「……ごめんねシャルル、一番先に伝えたかったのだけれど」
ツンデレラは夫の枕元で詫びた。
「なに……よい知らせは……何番目に聞いても嬉しいものさ」
かすれた声が答える。ツンデレラは思わぬ返答に驚き、顔を上げた。
「シャルルっ!」
国王は目を見開いた。優しげな眼で妻を見つめる。
「起きていたの? シャルル! ちょっと待ってて、今、医者を呼び戻すから!」
そういって立ちあがったツンデレラの手を、王はつかんで止めた。
「いや、いい……しばらく……君と二人で話したい」
シャルルの手はツンデレラが驚くほどに冷たく弱々しかった。
その生命力の薄さに絶句し、ツンデレラは腰を下ろす。
「状況は……うすぼんやりと聞いていた。ある程度は分かっている。
すまない……ツンデレラ、今の私では君を守ることはできない」
「……シャルルっ!」
ツンデレラは絶句した。
ツンデレラをかばって傷ついたのに、なおも彼女を守り続けようとする夫に涙腺が決壊しそうになる。
泣きだせば止まらなくなる――そう分かっていたから、ツンデレラはあえて冗談めかして言った。
「たった一人の女をかばって国中の貴族と戦争するの? 国王失格よ?」
シャルルも血の気の薄い顔に、笑みを浮かべて言う。
「ああ、政治に興味のない私は、王としては最初から失格だからな、せめて、君の夫としては失格にならないようにしたいものだ」
生気の薄い顔に浮かんだ儚げな笑みに、ツンデレラは胸を締め付けられる。
「バカっ……バカ。シャルルのバカ! あなたは、もう十分に……!」
不意にこぼれた涙――次々に溢れだすそれをごまかすため、ツンデレラはシャルルの布団に顔をうずめた。
震えるツンデレラを、シャルルの手がゆっくりと撫でる。
それは時間にすればわずかな間。しかし二人にとってはかけがえのない逢瀬だった。
短い一時を二人は後悔のないように過ごす。
「じゃあ、あたし、もう行かなくちゃ……」
ツンデレラは名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、夫の枕元を離れた。
「戦場へ……行くのだね? 妊婦の君がなぜ?」
シャルルはツンデレラの背中に覚悟を感じ取っていた。
止まらぬと思いながら、それでも止めずにはいられない。
「他人を命がけでコキ使うんですもの、せめて自分がいちばん前に立たなきゃ」
「しかし――それは理想だ」
彼も一国の王族として生まれた男である。
ツンデレラが皆の先に立たねばならぬ理由は、だれよりも知っていた。
だが、その現実もよく知っている――実際に先頭に立って戦う王や王族、貴族は今ではほとんどいない。
(現実問題、戦場で王や王族に死なれたら下の者が困るという点もあったが……)
「ええ、分かっているわ。自分のこれが青臭い理想――ただのエエ格好しいだっていうことはね。でも格好を付けてられる間は出来るだけ、格好を付けていたいのよ」
肩をすくめて言うツンデレラに、シャルルはこの国の貴族や王族たちが失って久しいものを見た。
「そうか……ツンデレラ、ではくれぐれも気を付けて行ってくれ」
もはやツンデレラを引き留めることは出来ない。この生き方をやめさせれば彼女は彼女でなくなってしまうだろう。
理屈ではなくそれを知ったシャルルは身動きできぬ我が身を悔みながら、せめてツンデレラの無事の帰還を願うこととした。
「うん……行って来るわね」
もう一度、ツンデレラはシャルルに近寄った。二人の唇が重なる。
長い口付けの後――ツンデレラは身を離した。今度は振り返らず部屋を出る。
ツンデレラにとっての柔らかな時は終わった。
ただ、噛みしめた唇に残る王子の乾いて温かな感触だけがその余韻を感じさせていた。




