Lv97
「そう言えばユメ先輩……えっと、遊馬先……輩?」
「鼓ちゃんどうしたの?」
ユメが鼓ちゃんと雑談しながら文字を書く練習をしていた時に、鼓ちゃんが何かを言いかけてそれから首を傾げて黙ってしまった。
それを見たユメも鼓ちゃんと同じように首を傾げる。
「えっと……」と鼓ちゃんがしばらく何かを考えたかと思うと口を開いた。
「初代ドリム先輩……? ってやっぱりすごかったんですね」
「なるほどね。でも、そう言う話だと遊馬がって事で良いかな」
『一応俺のしでかした所業だからな。それに凄いのは俺と言うよりも祀り上げている人側じゃないか?
あくまで中学生としては歌が上手かったってだけだろうかな』
「確かに、ちょっと周りが過剰反応し過ぎているって事にしたいよね」
「かじょうはん……? えっとどういうことですか?」
ユメが急に俺と話し始めたからか、話が見えないであろう鼓ちゃんがキョトンとした顔で少しだけ首を傾げて尋ねる。
ユメは一度「ごめんね」と放置してしまった事を謝ってから口を開いた。
「ドリムの事に関してはドリムが凄かったって言うよりも、周りの反応の方が凄かったなって言う事が大きかったんじゃないかなって」
「でも、少なくともそう思って貰えるだけのレベルだったからそうなったんだと思います。
やっぱりすごいですよ」
「そっか、ありがと。でも、今の鼓ちゃんだって十分その凄いに混ざれるんじゃないかな?」
ユメが照れることもなくそう言うと、鼓ちゃんが顔を真っ赤にして俯いて首を振る。
それから、焦ったような恥ずかしそうな声を出した。
「そ、そんな事は無いですし、それに今はその話じゃないんです」
「どんな話?」
「えっと、遊馬先輩が新しく動画を投稿したじゃないですか。
流石にあたしも気になったので度々様子を見に行っていたんですが、普段そう言うの見ないあたしでもわかるくらいに再生数がどんどん増えていくなって思って」
「確かに、最初の投稿から何年も音沙汰もなかったのに、面白い位伸びているよね」
鼓ちゃんが気にかけてくれていたと言うことは少し意外だったけれど、それはそれで嬉しいような恥ずかしいような気がしてしまう。
たぶん昔の動画も見られただろうし、卒業文集の作文のページを読まれているようなそんな気恥ずかしさ。
とは言え卒業文集とは違って俺自ら全世界に発信したものである上、あの再生数と言うことで消すに消せない黒歴史。
俺がそんな事を考えている間に鼓ちゃんが何かを思い出すように「そう言えば」と口を開いていた。
「桜ちゃんが言っていた人は現れませんでしたね」
「桜ちゃんが言っていた人?」
「はい。名前は聞いてないんですが、確かアカペラで歌った先輩の歌に曲を乗せた人なんですが……」
「そのまま曲を付けたって言う人だよね。
その人のお蔭でドリムの名前が広まったって言う」
「はい、その人です」
自分の伝えたかったことがちゃんと伝わったのが嬉しいのか、鼓ちゃんがホッとした笑顔を見せた。
その表情にユメの頬が緩むのが分かる。悪い言い方をすればニヤニヤしているので、正直俺が表に出ていなくて良かった。
「その人そのまま曲を付けたって言われているみたいですが、実はそうじゃないって話もあるらしいです」
「そうなの?」
「あたしも実際に聞いたことは無いので聞いた話になってしまうんですが、その演奏が実は投稿者の演奏で無意識のうちになのか歌に合わせていたって話みたいです」
「えっと、一応確認なんだけど、それって誰に聞いたの?」
「桜ちゃんです」
鼓ちゃんは躊躇いもなくそう言うけれど、その言葉にユメも俺も首を傾げる。
桜ちゃんに聞いた話だと最初に鼓ちゃんが言っていた事ではあるが、無編集でそのまま載せてみたら上手くいった事が話題になったと言っていたのも桜ちゃんだったはず。
予想外に首を傾げられてしまったせいか少し不安そうに鼓ちゃんが「どうかしたんですか?」と尋ねてくる。
ユメは慌てたように首を振って笑顔を作ると口を開いた。
「わたし達がその人の事を聞いたのも桜ちゃんだったから、言っていることが違うなって思って」
「たぶん、その時桜ちゃんは一般的に言われていることを言ったんだと思います。
あたしも最初はそんな風に聞きましたから」
安心したような顔で鼓ちゃんが言うのを聞いて納得できたような出来なかったような変な心地がする。
「でも、それならどうして無編集とかそのままとか言う話になったんだろう?」
「桜ちゃんが言うには、投稿者のコメントのところに『無編集で曲を合わせてみたら上手い具合に合いました』って書かれていたからじゃないかって。
でも、そのコメントが本当のことを言っているのだとしても、自分が演奏した曲を編集しなかったと言う風にも取れるとも言っていました」
「そうだとしたら、その人の演奏とても上手かったんだろうね。
自分の演奏だってほとんどの人に気づかせなかったんだろうから」
「あたしもギターだけならたくさん練習すれば何とかなるような気もしますけど、動画で使われていた楽器はそれだけじゃないって話ですから」
「でも、ギターだけなら出来る自信があるんだね」
鼓ちゃんの言葉の端っこをユメが楽しそうに、半分嬉しそうに、でも意地悪く拾い上げると鼓ちゃんが焦ったように両手を前の方でぶんぶんと振る。
それが可愛くて、ユメの顔が愛しいものでも見るかのような笑顔に変わった頃、ようやく鼓ちゃんが口を開いた。
「そんな事は無いんです。ただ、もしかしたらって」
「そんなに謙遜しなくてもいいと思うけどな。
実際鼓ちゃんなら出来るんだろうし、鼓ちゃんもそれだけ自信が付いたって事でわたしも遊馬も嬉しいよ?」
「遊馬先輩もですか?」
『あの時から鼓ちゃんが自信をもって演奏してくれる度に嬉しいと思うよな』
「だって」
俺に代ってユメが言葉を伝えると鼓ちゃんが「あの時ですか?」と首を傾げる。
その疑問を聞いてユメが俺の言葉を待つことなく口を開いた。
「たぶんわたしのお披露目ライブの直前の事じゃないかな」
「あの、えっと……あの時は……」
「だからね。鼓ちゃんはもっと自信を持っていいと思うよ?」
恥ずかしそうな、嬉しそうな、でもやっぱり恥ずかしいと言う表情を鼓ちゃんが見せる。
ユメが次に鼓ちゃんがどんな顔を見せてくれるのかが気になるのか黙ってみていると、鼓ちゃんがユメの手元の方を見て少し強い口調で言った。
「せ、先輩。今の間にちゃんと何か書いていたんですか?」
「あ、ごめんね。忘れてた」
「それじゃあ、駄目じゃないですか。
えっと、あたしが言いたかったのは、遊馬先輩の歌に曲をつけた人がもしかしたらまた曲をつけてくれるんじゃないかな、そしたら今度はあたしも聞けるんじゃないかなって思ったってことです。
あの、言いたいこと言いましたし、あたしが居ると邪魔みたいですし、気分転換できたので音楽室に戻りますね」
早口に鼓ちゃんはそう言うと、ユメに何か言う間を与えずに準備室から出て行ってしまった。
呆気にとられてそれを見送った後で、ユメが軽い口調で俺に尋ねる。
「今のは言葉通りの意味だと思う?」
『たぶん照れ隠しじゃないか?』
「だよね。いつもとは違う感じの鼓ちゃんも可愛かったな」
『必死になっている所とかな。それを言うと怒られるんだろうけど。
それでユメ、今も手が動いていないようなんだが』
「自分が引っ込んでいるからって……まあ、でもやらないとまた鼓ちゃんに怒られそうだよね」
ユメは思い出したかのように笑顔作ると、誰もいない壁を見ながら手を動かし始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
クリスマスソングの歌詞の締め切りが残り二週間ほどになってしまった十二月某日。
雑談しながらと言うのはまだきついが、手元を見ずに書くだけならば――ページ移動等で大きく腕が動くことが無ければ――十分に読めるモノを書けるようになっていた。
つまりほぼ常に前を向きながら板書出来るようになったわけだが、これも結構考え物でじっと前だけ見ているので変に目立ってしまうのだ。
生徒側から見るとそうでもないのかもしれないけれど、先生側から見ると目につくらしく「真面目に話を聞いていた三原答えてみろ」と手も上げていないのに指名されることが増えるようになってしまった。
ノートに向かい必死に板書している方が指名されることは少ないけれど、そうするとどうしても目に何を書いているか映ってしまうし、変な方向を見ているとそれはそれで目立ってしまう。
そんな板ばさみは、まあ、いいとして。
これだけ書くことが出来れば歌詞を書く事も出来るだろうと思い始めた――桜ちゃんには雑談しながら書けるようになるまでと言われたけれど。
少なくとも、ユメに何を書いているのか悟られることなく書くことは出来るし、逆もまたしかり。
ユメもどこかでそう思っていたらしく、どちらともなく歌詞を書けないものかと思っていたのだが、一つ問題が生まれた。
『そう言えば、歌詞なんて考えた事ないからどんなことを書けばいいのかサッパリだよね』
「そうなんだよな」
部活が休みの今日、教室で外を見ながら何気なくユメと話す。
窓の外はとても静かなように見えるけれど、窓の内側である教室の中はいつものように騒めいていた。
『誰かにアドバイスとか貰えたらいいんだけど……せめて最低限のルールとか』
「手っ取り早いのは桜ちゃんだろうと思っていたんだけどな」
『でも、教えてくれないと思うんだよね。今日は部活休みだし、ダメ元で聞きに行っても良いんだろうけど』
「それをやろうとして、すでに何回か逃しているからな」
『手っ取り早くなかったって感じだよね。部活中は演奏の方に力を入れているみたいだから邪魔できないし』
二日に一回の部活が休みの日、ユメと話している通り桜ちゃんに歌詞の書き方を尋ねてみようかと思ったのだけれど、どうやら最近部活が休みの日はやる事があるらしくなかなか桜ちゃんが捕まらなかった。
「だとすると、稜子か綺歩か?」
『一誠……は』
「無理だろ。聞くだけ無駄」
そう言いながらクラスメイトと楽しげに話している一誠に目を向ける。
それに一誠が気が付かないことを良い事に話を続けた。
「稜子と綺歩なら聞きやすいのは綺歩の方か」
『家も近いしね。一回帰ってから久しぶりに綺歩の家に行ってみる?』
「そうだな。携帯持ってきてたら今から連絡できたんだろうけど」
『よくメールが来る舞ちゃんも学校の時間にはメールしてこないもんね』
言い訳がましいユメの声に、俺も言い訳がましく「仕方ないよな」と返した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
放課後。ユメと話していた通り、連絡を入れる事無く綺歩の家の前までやって来た。
躊躇いなく玄関のチャイムを押すと、インターホンから綺歩の声で『どちら様でしょうか?』と言う声が聞こえてくる。
「俺……えっと、遊馬だけど、今から少し時間あるか?」
『えっ? 遊君』
何故か綺歩の声が慌てだし、インターホンの向こうでバタバタと動き回る音が聞こえてくる。
それでもすぐに落ち着いたのか、いつも通りの綺歩の声が聞こえてきた。
『どうしたの、急に』
「クリスマスソングについて綺歩にアドバイスを貰いたくてな」
『あ、えっと。とりあえず、上がって。鍵は開いてるから』
最後またいつもとは違った声色になってしまったが、入れと言われたので「お邪魔します」と言って綺歩の家のドアを開ける。
中に入ってみてもまだ綺歩は玄関まで来ていなくて、ほどなくしてパンツルックにパーカーを羽織った綺歩がやって来た。
「遊君いらっしゃい。ごめんね、こんな格好で」
「ああ、それで焦ってたんだな」
先ほどの綺歩のいつもとは異なる感じの対応は気が抜けた格好をしていたからだったのか。納得。
でも、綺歩のそれは言うほど変でもないし、妙な生活感も出ていて、何でもできる綺歩とは違った印象でありだとは思うのだけれど。これを口に出して言うつもりもないが。
「こっちこそ悪かったな、寛いでいるときに急にやってきて」
「そうだよ。せめて前もって連絡くれたらよかったのに」
少し拗ねたように綺歩はそう言ったけれど、すぐに楽しげな顔になって俺を見た。
「でも、遊君からこうやって遊びに来るのって久しぶりだよね」
「別に遊びに来たってわけでもないんだけどな」
「そうだったね。玄関で立ち話も疲れるだろうし、私の部屋にいこっか」
「あがって、あがって」と綺歩が俺を急かすので、靴を脱いで志原家に足を踏み入れる。
先導する綺歩の後に続きながら、ふと綺歩に声をかけた。
「そう言えば、誰もいないんだな」
「お母さんは今買い物に行っているから、多分すぐ帰ってくるんじゃないかな?」
「そうか。一応挨拶しておこうと思ったんだけどな」
それでインターホンに綺歩が出たのかと納得してから綺歩の部屋に入った。




