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Lv96

 音楽室に着いて、先に来ていた綺歩に約束を覚えているかを聞く事はしなかった。


 もしも、俺の思っている通りだったとすれば、綺歩は敢えて約束について触れなかったのだからわざわざ俺から触れる必要もない。


 と、言うよりも聞いたらいけないような気がした。


 いつものようにユメと入れ替わり、いつものように着替えてから音楽室に戻る。


 その時にはメンバーが全員そろっていて、ユメが戻ってきたことに気が付いたからなのか、桜ちゃんが音楽室の前の方へと向かった。


「さて、全員そろいましたね。今日はちゃんと稜子先輩の許可もとりましたし、堂々と話させてもらいます」


「前も堂々だった気がするけどねい」


「いやあ、桜はあれでも遠慮がちだったんですよ?」


「コントは良いから先に進めてくれないかしら。何となく話の内容は分かるけれど」


 分かり易く、あざとく、首を傾げる桜ちゃんに対して稜子が呆れたような、それでいて少し満足そうな声を出した。


 桜ちゃんはすぐに笑みを作ると「そうですね」と言って話を再開した。


「今日は前回言っていた曲を持ってきました。まずはそのデータと楽譜とを皆さんにお配りして、歌詞の事について説明しますね」


 そう言って桜ちゃんが紙と一緒にCD-Rを配る。


 手元に来たそれを眺めてみても残念ながら俺が得られる情報はほぼないのだけれど。


 全員にいきわたったところで桜ちゃんが稜子の方を向いて口を開いた。


「じゃあ、説明を始めようと思うのですが、その前に一度曲をかけてもいいですか?」


「構わないわよ」


 稜子が頷いたのを見て、桜ちゃんがトットッと跳ねるようにCDプレイヤーの前に移動する。それから、自分で持っていたCD-Rをその中に入れて「それじゃあ、行きますよ」と再生ボタンを押した。


 直後流れてきたのは俺が思っていたモノとは少し違った感じの曲。


 クリスマスソングと聞いて本当に童謡みたいなのしか思いつかなかったせいもあるとは思うけれど、ゆったりとしっとりとしたような感じの曲か、子供が楽しそうに歌うような曲を想像していたところ、もっと最近の曲に近いような、そしてまたちょっと悪戯っぽい感じの曲。


 俺が想像していた二つで言うと後者に近い感じではある。


 一通り聞き終わったところで桜ちゃんが声を出した。


「聞いて貰って分かる通りA・A・B・C・A・B・C・D・C・Cって感じの曲になってます」


「AとかBとかって言うのはAメロとかBメロって事だよね?


 と言うことは、Cがサビって事?」


「そういう事になりますね」


 首を傾げるユメに桜ちゃんが頷く。


 よくある感じのメロディの並びだとは思うのだけれど、記号にされるとよくわからなくなるのが音楽をまともに勉強していない者の性何だろうなと、内心ユメと同じことを考えていた俺としては複雑な気分になってしまう。


「今回はこれを皆さんにそれぞれ担当して貰おうかと思うのですが、それもこちらで決めさせてもらいました。


 決めた理由は後で話すので先に誰が何処をやるかって言うのだけ発表させてもらいますね」


 桜ちゃんはそこまでいうと何か意見がある人はいないかと一度全員を見回す。


 何もないのを確認したからか話を再開した。


「最初のAメロの繰り返し部分を稜子先輩」


「最初ね」


「続くBメロを御崎先輩」


「了解」


「で、Cメロサビが遊馬先輩」


『何で俺が』


 と思わず口走ってしまったけれど、幸い表に出ているのがユメだったのでそれを桜ちゃんに聞かれることもなく。


 後から理由は話すと言われているので教えてはくれるだろうけれど、サビと言うとやはり曲の中でも印象に残りがちなところなので不安感を覚えてしまう。


「二番になって、Aメロがつつみん」


「う、うん」


「Bメロが綺歩先輩で、CとDがユメ先輩です」


「やっぱりそうなるよね」


 桜ちゃんの発言に綺歩は頷くだけだったが、ユメはそう声を漏らした。


 その声が聞こえていなかったのか桜ちゃんが「残りが桜って事になります」と話を締めくくった後でもう一度皆を見回した。


 その中でちょうどユメと目が合った時ユメの口が開く。


「理由、教えてくれるんだよね?」


「もちろんです。ですがそんなに大きな理由もないんですけどね。


 まず、稜子先輩ですが、稜子先輩はある程度作り慣れていますし一番長いところが良いと思いまして」


 桜ちゃんが言いながら稜子に目線を移す。


 その話を聞いても稜子は特に文句をいう事もなく、むしろ当然と言った様子で頷いた。


「綺歩先輩とつつみんは何となく似たような詩を書きそうだったので並べさせてもらいました。


 サビは一番目立つところですから、バンドでも目立つボーカル組にさせてもらって、御崎先輩はあまりですね」


「あまりって酷くないかい?」


「じゃあ、ドラムらしく稜子先輩と遊馬先輩の歌詞を繋ぐ役割と言った方がよかったですか?」


 冗談のように言った一誠に、冗談のように桜ちゃんが返した所で、ユメが口を開く。


「どうしてわたしは二か所なの?」


「何となくです」


「何となく……」


「はい、何となくです」


 あまりにもはっきりと言う桜ちゃんにユメはまず驚いた声を返したが、二度目とてもいい笑顔で言われたところで何を言っても無駄だと悟ったのか諦めたように「うん。わかった」と返した。


「他に質問は無いですか?


 それじゃあ、もう少し細かい話に入りますね。


 この曲のコンセプトとしては「ななゆめが行うクリスマスパーティ」と言ったところです。桜達が人を集めてパーティをするみたいな感じでしょうか。


 一番ではパーティ会場である家で人が来るのをソワソワ待ちながら、二番でパーティが盛り上がる。それからサビが入って終わりと言う流れです」


「そこまで言っちゃっていいものなの?」


 思っていた以上に明確な状況を与えられてユメが驚いた声を出す。


 実際俺も「テーマはクリスマスパーティです」くらいにしか言われないと思っていた。だって桜ちゃんの事、見事にバラけた歌詞を楽しみにしている節があるのではないかと思っていたから。


 ユメの言葉に桜ちゃんは大きく息を吐くと首を振った。


「正直桜も分からないんですよ。こんな事やるの初めてですし。


 とは言え形にはしないといけないですからね。


 それに、今の説明でパーティ会場がライブハウスやそれに近しいものだと思った人どれくらいいますか?」


 桜ちゃんの問いに稜子とユメが手をあげる。ついでに俺も。


 ななゆめはバンドだし、そうなるとライブをするのかなと。そう思うとライブを行っている場所を想像したのだけれど。


 しかし、桜ちゃんを除いた六人中三人しか手をあげなかったと言うのもまた事実。


「とまあ、こうなるんですよ。桜的には家でライブするみたいな想定だったのでそういう事でお願いします」


「ところで一つ確認したいことがあるのだけれどいいかしら」


「稜子先輩なんですか?」


「形にしないといけないと言うことは、この曲をどこかで使う予定でもあるのかしら?


 そもそも、ななゆめの曲って事にしちゃっていいのかしら?」


「ななゆめの曲ってことで良いですよ。と言うよりもそうしないといけないと思いますし。


 あと、今のところは使う予定はないですね」


 稜子の質問に桜ちゃんはサラッと答える。


 サラッと答えたけれど、桜ちゃんが作った曲ってお金が動いたりするものじゃなかっただろうか。


 そこはあまり考えないようにすることにしていると桜ちゃんが口を開く。


「それで期限なのですが、せっかくのクリスマスソングですし、クリスマスまでには演奏まで出来るようになりたいので、クリスマスの一週間前の十八日って事にします」


「十二月十八日……」


「ユメ先輩何か不都合がありましたか?」


「え? ううん。別に不都合ってほどじゃないんだけどね。


 間に合うかなってちょっと不安で。わたし達まだ字を書く練習している段階だし、歌詞なんて書いたことないから」


「歌詞なんて言っても、一人当たりの字数は百文字も行かないくらいになると思いますよ?


 下手な国語の問題よりも短いですし、原稿用紙で行けば四分の一も使いません」


「まあ、原稿用紙を使う場合、マス目いっぱい使うわけないだろうから書いてみたら一枚くらい行くかもわからんけどねい」


「それでも一枚です」


「そう言われると……でも……」


 そう言ってユメが考えるように目を伏せる。


 ユメが言いかけたようにそう言われると簡単なように見えないこともない。でも何だか乗せられているような気分になるのはどうしてだろうか。


 そうこうしているうちに、稜子の声が聞こえてきた。


「初めて歌詞を書くって意味なら鼓だってそうでしょ?


 それにやってみないとわからないもの、今悩んでもしかないでしょ?」


「まあ、そうだよね」


 諦めたように頷いたユメは、二、三度瞬きをすると不思議そうな声を出した。


「そう言えば一誠って歌詞書いたことあるの?」


「昔々、若気の至り的にならあったかね」


「そっか。じゃあ、仲間は鼓ちゃんだけだね」


「いやいや、オレの歌詞なんて歌詞のうちにも入らないから」


「それじゃあ、御崎先輩は桜達の仲間でもないですね」


「せめてどちらかには入れて欲しいんだけどねえ……」


「御崎先輩知っていましたか? 蝙蝠は哺乳類なんですよ?」


「で、哺乳類は……」


 一誠がそこまで言ったところで、稜子がパンパンと手を叩き「話も終わった所で、練習を始めるわよ」と無理やり切り上げる。


 それぞれバラバラに楽器の準備を始めた時、一人ポツンと立っていた一誠の背中がとても寂しげだったからかポンとユメが一誠の肩に手を置いた。


 それに気が付いた一誠が寂しげな表情を向けてくる。


 その何か言いたそうな一誠に向かって、ユメはただ目をつぶって静かに首を振った。




 一通り通し練習まで終えると残り今日は自由練習となった。


 大体が桜ちゃんの作った曲の練習をすると言っていたが、あいにく歌詞が出来ていないユメは特にすることもなく、稜子に言って字を書く練習をすることにした。


 音楽室でやると邪魔になるので、ユメは準備室の方に移動して地べたに座った状態でノートと筆記用具を取り出す。


「雑談しながら書けるようにって桜ちゃん言っていたけど、そんな事出来たら一つの特技だよね」


『確かにそうだよな。そもそも全く違う二つの事を同時に出来ないからな俺達』


「そうだよね。小さい頃綺歩にピアノを弾かせてもらった時もまるで弾けるようにならなかったもん」


『ピアノは右も左も鍵盤叩くだけなはずなのにな』


「それに雑談しながらの練習を授業中に出来ないのもちょっと辛いよね」


『公然と練習できるいい機会だもんな授業って。


 ただ、雑談相手に事欠かないって言うのはメリットではあると思うが』


「ありがと」


 ユメとそんな風に雑談しながら、多分ユメの手は何かを書いている。


 何を書いているかはよくわからなかった、と言うか頑張って意識しないようにしたけれど。


 そんな時コンコンと控えめなノックがされて、ゆっくりと扉が開いた。


「あの、ユメ先輩ちょっといいですか?」


「どうしたの鼓ちゃん」


 やって来たのは鼓ちゃんで、愛想よく対応するユメに安心したような笑顔を見せるとチョコチョコと準備室に入って来た。


「あたしも歌詞なんて考えた事なかったから今の時間を使って考えていたんですけど、ちょっとこんがらがってきちゃいまして。


 桜ちゃんやほかの先輩方は真剣に練習してて邪魔しちゃいけないかなと……」


「それで話し相手が欲しかったって事?」


「はい……でも、邪魔……ですよね?」


 控えめに言う鼓ちゃんが可愛かったからか、ユメが思わずその手を頭に伸ばす。


「全然。わたしも話し相手が遊馬しかいなくてちょっと退屈してたの」


『悪かったな、俺しかいなくて』


 ユメの言い草に機嫌を損ねたように言ってみたけれど、ユメが鼓ちゃんに気を遣わせないように言ったことはわかっていたので、大して気にしている訳でもない。


 ユメが小声で「ごめんね」と言ったところで、鼓ちゃんが声を出した。


「そう言えば、雑談しながら書けるようにならないといけないんでしたよね。


 今は何書いていたんですか?」


「五十音を上から順番に……かな」


 そう言ってユメがノートに目を移す。そこに書いてあったのはユメが言った通り「あ・い・う・え……」と言った五十音順のひらがな。


 最後に書かれてあるのは「ま」で、すでに書かれてあるモノの上から何度か字が書かれて非常に読み難い事になっている。


「こんな感じで、まだまだ練習しないといけないから鼓ちゃんも雑談に協力してくれない?」


「あたしでよかったら喜んで」


 鼓ちゃんがそう言って、ようやく花の咲いたような笑顔を見せてくれた。


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