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Lv89

 一通りのネタばらしを聞き俺の中でも気持ちの整理をすることが出来た頃、ふと、以前桜ちゃんが言っていた言葉を思い出した。


「そう言えば、桜ちゃんが言っていた、上手くいくとは思うが勝率は半々、って言うのの勝率って何だったんだ?


 ななチームがゆめチームに勝てる確率が半々……ってわけでもないんだろ?」


「そうですね……それに答える前に一つだけ聞いても良いですか?」


「俺に答えられることならな」


「もちろんです。むしろ遊馬先輩じゃないと答えられないと思います」


「それで聞きたい事って言うのは?」


 改めて尋ねると桜ちゃんは一度言い難そうに目を背け、思い切るかのような勢いで口を開いた。


「桜達は、今日だけ、今だけ、と言う言葉を遊馬先輩に言い続けてきたわけですが、遊馬先輩自身はこれから先輩が歌うと言うことをどう考えているんですか?」


「俺がこれから歌うのかどうかって事か?」


「端的に言ってしまえばそういう事です」


 真っ直ぐ真面目に向けられた視線にこちらも真面目に考える。


 言われてみれば、俺がユメに追いつくことが出来ないとはっきりした以上俺が歌ったとしても何か困ることがあるわけはないかもしれない。


 たぶんユメに言えば快く歌って良いと言ってくれるだろう。


「そうだな。歌ってみてもいいかもしれない」


「じゃあ、今度からは……」


「こうやって表に立って歌うのは、あと一回だけやってもいいかもしれないな」


 満足そうに何かを言おうとした桜ちゃんの言葉を遮るように言った言葉。


 その言葉が桜ちゃんの表情を一瞬曇らせた後、その口から溜息を吐き出させた。


「その一回って言うのはたぶんドリムとして最後に歌うって事ですよね」


「そうなるな。ドリムとして歌って、ドリム問題が収束したら俺はライブでもネットでも歌わない。


 まあ、個人的には歌うかもしれないから全く歌わなくなるわけじゃないとは思うが……」


「どうしてそんな結論に行きついたのか聞いても良いですか?」


「やっぱり話さないといけないよな……」


 桜ちゃんだけじゃなくて本当ならば一誠や鼓ちゃんにも話さないといけないのだろう。


 何せ、俺に歌わせようと今日と言う日まで計画に計画を重ねていたのだから、あえてその意図に沿わない選択をする理由くらい話すのが礼儀のようにも思う。


「どうしてって言うほどの理由もないんだけどな。


 歌はユメにやるって言うユメとの約束もあるし、一度諦めた事だから昔ほど魅力を感じていないのかもしれない」


 そこまで言って少し考える。


「ユメに勝てないってわかって踏ん切りがついたともいえるし、結局ユメの中から見たライブの方が楽しかったんだよ。今考えてみると」


「だから、自分では歌わない……と」


「たぶん、今となっては自分で歌う事以上に、ユメの歌を聴く事、ユメの歌を聴く人を見る事の方が楽しいんだと思う。


 何だかんだ言ってもユメが歌えば一応俺も歌っている感覚は得られるわけだしな」


「分かりました。先輩がそう言うのでしたら桜はこれ以上は聞きません。


 さて、勝率が半々とはどういうことなのか……って話でしたね」


 諦めたような声で桜ちゃんが話を戻す。


 その諦めには反応せずに「ああ」と短く返した。


「その戦いにはたった今負けましたよ」


「俺がこれから先も歌い続けるかどうかって話だったのか?」


「そういう事です。


 遊馬先輩を上手く乗せて……と言うか歌わないといけない状態にして、思いっきり歌って貰って、その上でユメ先輩には勝てないと知ってもらって。


 そこまでやっても、遊馬先輩がまた歌うようになってくれるのは半々だと思ってました」


「どうして半々だと?」


「まあ、半々に特に意味は無いですよ。単にどうなるか桜には全く分からなかったってだけです。


 とは言え、その分からない半々を遊馬先輩には選んでいただかないと先に進めないかと思いましたから」


「それは……確かにそうだな」


 少なくともそうしなければドリム問題は終息に向かわず、色々な事が曖昧なままになってしまうのかもしれない。


 こうやって俺を歌わせる方向へと仕向けてくれた桜ちゃんには感謝の言葉もないが、それはそれとしてやはりいくつか疑問が残る。


「でも、どうして桜ちゃんは俺がユメに勝ちたくなかったんだってわかったんだ?」


「どうしても、こうしても桜が桜だからです……って言いたいですが、先輩が言っていたんじゃないですか「ユメのように歌いたかったんだ」って。


 それはつまり歌えるならば自分で歌いたいと思っていると言う事ですよね。


 それを先輩は諦めていたわけですが、自分の夢ややりたい事を人に託す時と言うのは得てして託す相手が自分では到底届かない高みに居るからですよ。


 その辺が揺らぐような言葉を桜が敢えて使いましたし。


 後は先輩の様子を見ながらやっぱりそうだったんだなと思ったわけです」


 すらすらと淀みなく桜ちゃんがそう言うので、俺もそれに納得せざるを得ない。と言うか、妙な説得力で納得してしまった。


 ユメの事を高く買っている桜ちゃんも実は似たような気持ちだったりしたのだろうかと、予想しながらもう一つ気になっている事を尋ねる。


「それと、もう一つ。どうして俺が歌うようになることが桜ちゃんの勝ちになるんだ?


 桜ちゃんはむしろユメに沢山歌って欲しい側だろ?」


 その俺の言葉を聞いて桜ちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。


「そんな風に言われるとは心外ですね。桜に限らず皆さんユメ先輩にも歌って欲しいって思っているんですよ?


 逆に言えば遊馬先輩にだって歌ってほしいわけです。


 あの稜子先輩だって許可してくれたじゃないですか」


「許可って……文化祭の前にユメが表に出られない事があったから代わりに俺でもって事じゃなかったか?」


「ありましたね、そんな事も」


 桜ちゃんがたった今思い出したかのような声を出すので、これではないかと考え直す。


「このライブで俺が歌うことになったのを認めてくれたのは、仕方なくって感じじゃないのか俺が出ないとライブに出られないから……」


「稜子先輩がそんな事でライブに出るのを認めてくれると思いますか?」


「確かに稜子だったら大学に乗り込んでもユメに二回歌わせるだろうな……うん」


 稜子が嫌々俺を歌わせる事に賛成するなんて、本当に手詰まりだと自分で確信するまで、もしかすると確信してもあり得ないだろう。


 俯き気味に事実をかみしめていると、変わらない口調の桜ちゃんの声が聞こえてくる。


「先輩は桜がつつみんに今日の事で謝った時の事覚えていましたよね。


 その時つつみんが何て返したか覚えていますか?」


「気にしないで、楽しみだから……だったか?


 楽しみってもしかして……」


「先輩と久しぶりに一緒のステージに立てるからでしょうね」


 確かに如何に鼓ちゃんが恥ずかしがり屋だからと言って一回戦で負けてしまうことに対して楽しみだと言わないだろう。


 むしろ今の鼓ちゃんなら、ぜひ決勝まで行きたいです、と言うに違いない。


「そう聞くとかなり申し訳ないな……」


「とはいえ、無理に先輩に歌って欲しいと言う人もいないと思いますけどね。


 御崎先輩にもつつみんにもこうなる可能性は予め言っておきましたし、だからこそ今日のこの一回を楽しみにしていたとも言えます」


 後で、一誠と鼓ちゃんにはちゃんとこの事を言っておかないといけないんだろう。


 そう考えていると扉がノックされた。


「そこの引きこもり二人組、特にユメユメ。そろそろオレ達の番だから早く出てきなさい」


 聞こえてきたのは一誠の声だが、果たして何キャラなのだろうか。


 言葉ほど焦っていない所を見ると実はまだ時間に余裕はあるのだろうけれど、それでも早めに準備しておけと言う事だろう。


 桜ちゃんが「それじゃあ、桜は先に行っていますね」と部屋を後にした後で、ユメから声がかかった。


『遊馬良かったの?』


「桜ちゃんも言っていただろ、夢を託すにはどうこうって。


 ユメの歌は俺が歌を諦めるのに十分だったって事だ」


『だからって、それが遊馬が歌わない理由にはならないと思うんだけど……』


「そこはもう気持ちの問題だからな」


『わたしには分からないな』


「それでいいさ。俺は自分で歌うよりもユメに歌って欲しい、それだけだからな」


『でも、偶には遊馬も歌ってね? わたしだって遊馬が楽しく歌っているのを中から見るのは楽しいんだから』


「偶に、個人的に、ならな」


『分かった。


 じゃあ、そろそろ着替えていこうか』


「そうだな」


『遊馬が着替えてもいいんだよ?』


「それだけは勘弁してくれ」


 固かった空気を吹き飛ばすように悪戯っぽい声で言ったユメの言葉に俺がそう返すと、頭の中一杯にユメの楽しそうな声が響いてきた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「たった一つの出会い それは大きくても やっぱりたった一つだから


 一つから二つ 二つから三つ


 ゼロと一は大きくても 一と百は小さいから


 きっと君を 百回笑わせられる」


 大学祭、バンドコンテストユメ達の最後の曲。


 ゆめチームは何事もなくここまで勝ち進んで、何事もなくこうやって演奏している。


 日も傾き疲れた人もいるだろうに、どこから湧いて出たのか未だ沢山の人がこちらを、ユメ達を見ていた。


 その数は最初の時よりも多く、中には飛び跳ねたりタオルを振り回したりする人もいてこちら側も負けじと楽しくなってくる。


「君に出会えたこと それだけが 僕の中の成功談


 今までの失敗を 全て なかったことにする 大きな財産」


 最後のサビに入ったこの曲は、稜子が作った『十七』。


 言葉にすると恥ずかしい歌詞でも歌に載せると簡単に歌えてしまえるもので、ユメの声は盛り上がり続ける。


「これからの失敗も きっと 霞ませるだけの 大きな出会い


 何もしない自分は もう 終わりにしよう」


 そんなユメの内側からの俺だけの特等席では、会場の盛り上がりだけではなくてメンバーの表情までしっかり見ることが出来る。


 どの顔も形は違えど一様に曲に入り込んでいて、ありきたりな言葉を使えば会場が一体になっているような錯覚に陥る。


「君に出会えたこと 初めての 僕の成功談


 これからの成功を まるで 予期しているかのような 大きな希望」


 どうしても、どうして歌っているのが俺じゃないのだろうかと考えてもしまうけれど、それ以上に今日この場で聞くユメの歌がもうすぐ終わってしまうことを寂しく感じてしまう。


 その寂しささえ何処となく愛おしい。


「これからの失敗を 絶対に 価値あるモノにする 大きな出会い


 君との出会いが 今 僕を動かしている」


 ユメがマイクを置いて、楽器の音に耳を傾ける。


 余韻と共に拍手と歓声が上がり、その中をユメ達は後にした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お疲れ様でした」


「凄かったです」


 控室に戻ると一年生二人にそう言って迎えられた。


 それに対して稜子が少し意地悪な声を出す。


「本当にお疲れ様と言えるのはチクバの演奏が終わってからよ?」


「そうですけどね。でも、先輩方の演奏もようやく終わったんですし、いいじゃないですか」


「それは桜達がアタシ達に負けたのが原因よ?」


「正々堂々やって負けたから桜も別に文句を言うつもりはないですけどね」


 なんて言う桜ちゃんの言葉は本当に正しいのかそれは疑問に残る。


 こちらがややズルい事までして負けたのだから、正々堂々やって負けるよりも文句は言えないだろうが。


「でも、あたしは楽しかったですよ?」


「つつみんもそう言っていますからね。今回は桜もそれでよしって事にしておきます」


「桜はさっき文句ないって言っていたじゃない」


 稜子に言われて桜ちゃんが笑ってごまかす。


 そうしている間に、チクバの演奏が始まってしまったらしく稜子が急いで部屋を飛び出してしまった。


 それに続いて桜ちゃんが「ほら、綺歩先輩行きますよ」と綺歩を連れていく。


 困惑顔の綺歩をさらに後ろから鼓ちゃんが押すように連れ去り、最終的に一誠とユメだけが残った。


「一誠はいかないの?」


「ユメユメはいかないのかい?」


「一誠と二人きりは嫌だから行っちゃおうかな」


「うわぁ……」


「冗談、冗談」


 からかうようにユメがそう言うと、一誠も分かってましたとばかりに笑顔を作る。


 それからユメが少し真面目さを取り戻して口を開いた。


「すぐには遊馬に戻れないよ?」


「それは承知の上、と言うかオレとしてはユメユメと二人っきりの方が嬉しいからねい」


「そんな事ばかり言っていると、本当に皆のところ行くからね?」


「遊馬、歌わないんだってな。さくらんから聞いた」


 急に真面目になった一誠には本当にため息が出る思いだが、せっかく真面目なのだからこちらも真面目に返してやるべきだろう。


 「なんて答える?」と言うユメに『ありのままを』とだけ返した。


 ユメは一度頷くと、口を開く。


「うん。遊馬は歌わないって。正確には表舞台で歌うのは次、ドリムとして歌うのが最後だって言ってるよ」


「何となくそうなる気はしてたから、まあ、いいけどな」


「そうなの?」


 驚いたようなユメの言葉を一誠は無視するように、ユメの中に居る俺に話しかけてきた。


 それに対して俺が返す言葉をユメが一字一句違える事無く繰り返す。


「それで遊馬よ。久しぶりのライブどうだったよ」


『最高だったな。今まで俺が体験したことない位だった』


「それはオレも同感だな。ユメユメの後ろで叩くのとはまた違った楽しさがあったよ」


『そりゃあ、何より』


「オレは今日の一回遊馬と全力で楽しめて本当に良かったと思ってるよ」


『一誠らしくない言葉だな』


「それもそうだが、たまには良いだろ? 青春しているオレって言うのも」


 そう言って一誠が笑う。その一誠には聞こえないだろうけれど、ユメの中で俺も一誠と同じように笑っていた。


「それじゃあ、ユメユメ行こうかね」


「はいはい」


 そんな男のやり取りを一人居るようでいない形で見ていたユメは呆れながらも、羨ましがってもいるような、そんな声で一誠の言葉に返した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ようやく終わったわね」


 コンテストが全て終わった帰り道、稜子がその優勝を示す小さい盾を持ちながら開いた方の手で背伸びをする。


 それを見ながら綺歩が苦笑いを浮かべて「盾落とすよ?」と注意していた。


 大学の生徒ではない、それどころか高校生が優勝してしまったことで、チクバの巧真さんは文句を言っていたが、他の人は不満を漏らすことなく当然のように祝ってくれた。


 中には来年リベンジするからまた来てほしいと言う人もいて、すでに稜子が乗り気で話を進めている場面すらあって。


 もう星空が見えかかっている時間になってしまったけれど、それぞれの家に帰りつくまでにはまだまだ時間があって、口々に今日の感想を言い合いながら歩いていた。


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