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Lv85

 ゆめチームが順調に進んでいる中、ななチームの方は、なかなか事が進展していなかった。


 俺は相変わらず一曲しか練習していないし、桜ちゃんの作曲作業も進展しているようには見えない。


 初めのうちは桜ちゃんだし大丈夫だろうとか、作曲について俺に言える事なんてないだろうとか思って気にしないようにしてきたが、本番まであと数日と迫ってくると流石に不安になって来た。


「やっぱり、舞さんとデートしてきてからだいぶ違いますね」


「まあ、まさかあんな美少女とデートして何も変わらなかったら男としてどうなんだって思うけどねい」


「それは何か、ツッコミ待ちって事で良いんだよな?」


「デートとか男としてどうとかは関係ないって言いたいんですよね」


 一曲演奏し終わった後、呆れかえった俺の言葉に桜ちゃんが、猫みたいな笑顔で言いたかったことを全て言ってしまった。


 仕方がないので頷くと、桜ちゃんが楽しそうに笑いながらベースをおろす。


「でも、先輩の歌に対する向き合い方が変わったと感じるのは本当ですよ。ね、御崎先輩」


「確かに。それでもあともう一歩って感じだけどな」


 一誠が言う事ももっともだとは思う。舞の頑張りを見て歌を歌う事自体への抵抗感は前よりも無くなったし、たった数回なのだから頑張って歌おうと言う気にはなった。


 しかし、やっぱり心のどこかで俺が楽しく歌うと言うことに対して引っかかる所がある。


 そう考えていると、おずおずと鼓ちゃんが声を出した。


「あの、遊馬先輩」


「鼓ちゃん、どうしたんだ?」


「今日はいつもと違う気がしたんですけど、何か不安な事とかあるんですか?」


「桜ちゃんや一誠が言うのとは違って?」


「はい」


 心配そうな鼓ちゃんの顔を見ながら、むしろなんで鼓ちゃんは不安じゃないのだろうかと思わなくもない。


 桜ちゃんの前で言うのは躊躇ってしまうが、言わなければ言わないで鼓ちゃんの心配を煽ってしまうだけだろうから、心を決めて口を開いた。


「俺が言っていいのかは分からないんだが、まだ四曲目が決まっていないだろ?


 本番はもう間近だって言うのに。


 鼓ちゃんは不安じゃないのか?」


「ああ、その事ですか」


 鼓ちゃんは俺の返答に半分安心したように、そして、半分困ったような顔でそう言うと視線を逸らす。


 それから、もう一度こちらを向くと「大丈夫ですよ、桜ちゃんですから」と笑顔を見せてくれた。


 しかし、その笑顔を踏みにじるように桜ちゃんが諦めたような顔をして首を振る。


「つつみん、残念ながら今回はちょっと厳しそうですよ。


 やっぱり、短期間で舞さんの曲も含めて三曲作るって言うのは、桜でも無理があったみたいです」


「えっと、それどうするんだ?」


 桜ちゃんらしからぬ後ろ向きな発言に思わず口が開く。


 桜ちゃんは「ふう」と息をつくと答えてくれた。


「四曲目は今までにやった曲の中から選ぶしかないでしょうね。申し訳ないですが。


 一応頑張ってはいるんですが、間に合うかは正直半々って所です」


「間に合うもどうも、練習後一回しか残っていないんだけど……」


「当日までに出来ればいいんですよ。遊馬先輩自分の特技忘れましたか?」


「いや、特技ってわけでもないと思うし、仮に当日聞かされたとしてもライブで演奏できるものになるとは到底思わないんだが……」


「だから、既存の曲から選びましょうってわけです」


「まあ、ただみん一人に負担をかけたオレ達の責任でもあるだろうさ。な、はるるん」


「はい、そうですね」


 確かに桜ちゃんへの負担は大きかったように思う。例え桜ちゃんが言いだした事とはいえ俺達は一応先輩だったわけで、後輩への気配りと言うのを忘れていた。


 いや、鼓ちゃんも桜ちゃんも部活関係に関しては俺よりも知っている事が多すぎるので、後輩だと言うことすら忘れていたのかもしれない。


 とは言え、桜ちゃんが言いだした事なので聞いておきたいこともある。


「それで仕方ないと言うのは良いんだが、もしも向こうのチームと決勝で当たったらどうするんだ?」


「それは無理に考えなくてもいいと思うんですよね。


 桜が曲を作り終える可能性が半分。バンドコンテストでどちらのチームも決勝まで残る可能性が半分ですから、実質七五パーセントの賭けなんですよ」


 決勝まで残る可能性と言うのはお互いブロックが離れてスタートすると言う事なのだろうけれど、ななゆめが他のどのチームにも負けないと暗に言っているもの。


 自信たっぷりに言うでもなく、自然にそう言った桜ちゃんが少し可笑しいのだけれど、それ以上に気になる事があるので尋ねることにした。


「そう言えばどうやって対戦相手を振り分けるんだ?」


「それ言ってなかったか?」


 桜ちゃんに聞いたつもりが一誠にそう返されて、文句の一つでも行ってやろうかと思ったが、考えてみればバンドコンテストに誘われたのは一誠だったので黙っておく。


「当日コンテストが始まる前に抽選するって話らしいねい」


「まあ、それが妥当か。でもそうなると、ゆめチームだけじゃなくてチクバともすぐにあたる可能性あるよな」


「当たったとしても桜達なら勝てると思いますけどね。


 と言うよりも、あちらのチームに当たるまでどのチームにも負けるわけにはいきませんよ。


 あんなルール作っておいて直接対決しないって事ほど滑稽なものはありませんからね」


 桜ちゃんのそんな自信は今までの自分の経歴から来る確かなものなのかもしれないけれど、チクバと当たって絶対に勝てると言う保証はないとも思う。


 それに、自分から言っておいて曲が出来ていないと言うのもだいぶ滑稽だとは思うのだけれど、それは口に出さないでおいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日の部活終わり、俺は音楽室に鍵をかけて職員室に持っていく。


 その道中ふと思ってユメに声をかける。


「そう言えば別に俺が鍵かける必要ないんだよな」


『なんて言うか、慣れじゃないかな? いつも最後まで残っていたし』


「まあ、分かってはいたが」


『でも思いついちゃうと疑問に思っちゃうよね』


 そんな風にユメから同意を貰ったところで職員室に着いたので話を切り上げて鍵を返す。


 特に何事もなく職員室を後にして、下駄箱に差し掛かったところで見たことのある小さなシルエットが見えた。


 それと同時に少し早足でそちらに向かった。


「鼓ちゃんどうしたの? こんなところで」


「あ、遊馬先輩お疲れ様です。ちょっと先輩と話しておきたいことがあったので待ってました」


 そう言ってニコッと笑う鼓ちゃん。


 ユメと入れ替わっていなかった俺が音楽室を出たのは他のメンバーとほぼ同じくらい。


 そこから鍵を返して真っ直ぐ来たのでさほど時間はかかっていないはずだが、夏も過ぎ去ってしまった為かひんやりとした空の下で待っていた鼓ちゃんは少し寒そうにしていた。


 鼓ちゃんの話がどれくらいの長さかわからない為何とも言いようがないが、あまり下駄箱で話すと言うのも目立ってしまうので取りあえず場所を移動しようと鼓ちゃんに持ち出す。


 それから場所を移動して、近くにあった公園のベンチに座って話を聞くことにした。


「すみません、飲み物まで買って貰っちゃって」


「鼓ちゃんは後輩なんだからそんな事気にしなくていいと思うけどな」


「でも、先輩桜ちゃんに結構奢られてますよね」


 鼓ちゃんが珍しくそんな事を言って楽しそうに笑うので、俺はどんな反応をしていいのか困る。


 それに気が付いたのか鼓ちゃんは笑いながらも「ごめんなさい」と謝り「お茶ありがとうございます」とお礼を言った。


「それで話って言うのは?」


「今度のライブの事です」


「ああ、それね。鼓ちゃんは不安とかなかったんだよな」


 俺がそう言うと鼓ちゃんが少し申し訳なさそうな顔をする。


「はい。本当は桜ちゃんに黙っておけって言われてたんですけど……


 桜ちゃんの曲が出来なくて不安だと思いますけど、安心しててください。


 何でかっては言えないですけど……」


 必死に言葉を選びながら鼓ちゃんがゆっくりと言葉を紡ぐ。


 それを聞いて今回は鼓ちゃんも仕掛け人側かと思ったが、考えてみれば今回鼓ちゃんは何やら桜ちゃんから役割を与えられていたようだし、少なくとも俺よりも知っていて当然と言えば当然かもしれない。


 それよりも、恐らく桜ちゃんとの約束を守りつつ俺も安心させようと苦心した結果であろう言葉選び、その姿がとてもいじらしく見えてしまう。


 そこまでして貰ったのだから、結果疑問が増えるだけだった今の言葉も裏切るわけにはいけない。


「不安だったが、今の状況最悪桜ちゃんが稜子に笑われて終わるだけだろうからな。今はそこまで不安じゃないよ。


 でも、わざわざありがとう」


『まあ、桜ちゃんの事だから実はすでに曲作っていて遊馬に当日ぶっつけ本番させるって可能性もあるよね。


 そんなことする意味があるかは私にはわからないけど』


「それもそうだな」


 ユメの言葉に思わず呆れ笑いが出てきてしまう。


 それを思いつかなかった俺に対してと、冗談抜きでやりそうな桜ちゃんに対して。


 勝手にこちらだけで話してしまった為か、鼓ちゃんが不思議そうな顔で「ユメ先輩ですか?」と尋ねる。


「ああ、悪い」


「気にしないでください。それで、ユメ先輩どうしたんですか?」


「実はもう曲が出来ていて俺にぶっつけ本番させるんじゃないかって」


「確かに桜ちゃんならやりそうですね」


「って事は違うのか?」


「えっと、秘密です」


 そう言って笑う鼓ちゃんの笑顔の裏を俺は見抜くことが出来なかったが、ユメが言った可能性がある事だけは考慮しておこうと思う。


 たぶん、これ以上聞いても鼓ちゃんを困らせるだけだろうし、少しだけ話題を変えることにした。


「そう言えば次のライブ、鼓ちゃん初めてギター一人だよな」


「そうですね」


「それが不安だったりしないのか?」


「不安じゃないって言うと嘘になります。やっぱり稜子先輩がいてくれるから安心して弾けていましたし。


 でも、楽しみでもありますよ」


 鼓ちゃんがそう言って俺を真っ直ぐにみる。


 不安がないわけじゃないと言っていた鼓ちゃんだが、そんな様子は微塵も感じなくてむしろ頼もしくすらあった。


「それだったら、大丈夫だな」


「それで……先輩。話が変わってしまうんですけど良いですか?」


「別に構わないけど、どうしたの?」


 先ほどまでの頼もしさはどこにやってしまったのか、視線を右下の方へと下げながら言い難そうに言ってくるに鼓ちゃんに疑問を覚える。


「えっと、遊馬先輩この前夢木さんと二人で出かけたんですよね?」


「出かけたと言うよりも、舞の仕事について行っただけだけどな。


 二人きりと言ってもユメもいるし」


「それで、何かあったりしたんですか?」


 何かとは何だろうかと思ったが、そう言えば今日デートがどうってからかわれたし、それの事を言っているのだろう。


 女の子ってこういう事に本当に興味があるんだなと思いつつ首を振った。


「いや、舞の仕事を見ながら俺も頑張らないとなくらいには思ったが、大都会に圧倒されているだけだったよ。


 人が蟻みたいに沢山いたし、駅は迷路みたいだし。それと新幹線って本当に速いんだな」


 冗談っぽくそう言うと鼓ちゃんが「そうなんですか」と微笑む。


 桜ちゃんだったらその微笑みには「面白くないですが、遊馬先輩らしいですね」くらいの意味を含ませているのだろうなと思っていると鼓ちゃんが続けて話す。


「そう言えば、遊馬先輩は引退したらどうするんですか?」


「引退したら?」


 急な鼓ちゃんの問いかけに思わずいぶかしげな声を出してしまう。


 そんな俺の声にも動じずに鼓ちゃんは真剣に続けた。


「はい。もし運動部だったらこの前の文化祭が先輩達がやる最後の文化祭だったのかなって思いまして」


「確かに運動部だったら来年の夏に入るまでには引退だよな。


 でも、俺達はきっと次の文化祭も出るんじゃないか?」


「そうですよね。あの稜子先輩が出ないわけないですよね。


 ちょっと考え過ぎていました」


 鼓ちゃんはそう言って照れたように笑うが、考えてみればいつかは引退するわけで、もしも来年誰も入部しなかったら鼓ちゃんと桜ちゃん二人だけになってしまうわけだ。


 稜子が居なくなる再来年に入部者が増える可能性もあるが、来年はやや怪しいと思う。


 鼓ちゃんもその辺が心配なのだろうと言うことで、最初の鼓ちゃんの言葉に答えを返す事にした。


「まあ、引退しても遊びには来るよ」


「本当ですか?」


「曲がりなりにも俺は先輩だからな。例え引退してもそれは変わらないだろう」


「それってずっと先輩で居てくれるって事ですか?」


 言いながら少し不安そうな鼓ちゃんのその言葉は少し違和感を覚えたけれど、実際卒業しようが社会に出ようが俺が鼓ちゃんの先輩であった事は変わりないだろう。


 とは言え、俺が先輩らしい所なんて特に何もないわけなのだから、


「鼓ちゃんがそう思っていてくれている間は……な」


「約束ですよ?」


「ああ」


 ようやく安心したように笑った鼓ちゃんは、それから立ち上がると「すみません、そろそろ帰らないといけないので、ありがとうございました」と頭を下げる。


「いや、こっちこそわざわざ気を遣って貰って、ありがとう」


 俺がそう返すと、鼓ちゃんは「それじゃあ」と言ってこの場を後にした。


 鼓ちゃんを見送って、俺も家に帰っている途中ふとユメに「やっぱり女子って恋愛事とか興味あるのか?」と聞いてみた。


『残念ながらわたしには分からないかな。女の子歴短いし。


 でも、遊馬だって全く興味ない事は無いでしょ?』


 返って来た答えはもっともで、それでいて答え難くて。


 開いた口を一度閉じてから「それもそうだな」と返した。


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