Lv84
舞のラジオの録音が終わったあと、初めての部活の日。
舞の頑張りを見て俺も出来ることはしないといけないなと刺激は受けたものの残念ながら今日はゆめチームの練習の日と言うことで、出鼻をくじかれたような気分でいた。
「遊馬先輩、何出鼻をくじかれたような顔をしているんですか?」
「よくそんな具体的にわかるな」
勿論昼休みもそんな気分でいたのだけれど、いつも通りやって来た桜ちゃんに半分笑いながらそう言われてしまった。
それに対して鼓ちゃんは少し不安そうな顔で「何かあったんですか?」と尋ねてくれる。
「まいまいの影響だろう? 遊馬。だとするなら、行かせたかいがあったって事だねい」
「いやいや、御崎先輩。一回サボったんですから収穫が無かったって言ったら、今日も手作りしてきたつつみんのお弁当のメインを遊馬先輩に食べさせるところですよ」
「さ、桜ちゃん!?」
演技がかった口調の桜ちゃんに、鼓ちゃんが驚いた声をあげる。
それを見ながら、微笑ましさを感じながらも一つ溜息をついて口を開く。
「いくつか言いたいことがあるんだが、まず美味しそうだけど、鼓ちゃんを巻き込むのは止めてくれ」
「だそうですよ。良かったですね、つつみん」
「う、うん」
これで鼓ちゃんへの被害は抑えられそうだが、当の鼓ちゃんは妙に複雑そうな顔をしていた。
まあ、急にお弁当が狙われ、急に標的から外れれば困惑するのも当然か。
「それで、続けるが別に俺はサボってない。
ちゃんと連絡して許可までもらった休みは普通サボりとは言わない。
最後に勝手に話を進めないでくれ」
「じゃあ、何の成果も得られないままサボったんですか?」
俺の意見を全く聞き入れてくれない桜ちゃんに俺はため息をつく。
代わりに一誠が笑っているのも腑に落ちない。
「いや、何の成果もないって事は無いが……」
諦めて答えてみたが、じゃあどんな成果だと言われたら困る事に気が付いた。
幸い一誠も桜ちゃんもそのあたりを追及してくることはなさそうなので良かったが。
「そう言えば何でさくらんはまいまいがラジオ出るって知ってたんだい?
けしかけたって言っていたような記憶はあるけどねん」
「一誠が知らないなんて珍しいな」
「いやいや、遊馬よ。オレが、ただみんの企みを聞かされるのはオレが協力するときくらいなもんよ?」
「そういや、お前と舞のラジオ出演はまるで何の関係もないな」
一誠の言葉に妙に納得して頷いていると、桜ちゃんが少し不機嫌そうな顔をしていた。
「企みって言うのは聞き捨てならないですね。御崎先輩だって大概楽しんでいるんじゃないですか」
「一文目と二文目の因果関係が見出せないんだけども、ともかくただみんどうしてだい?」
「一応ラジオが公開される日までは黙っていた方がいいんでしょうけど、某有名アニメのオープニング曲を作らせてもらったんですよ」
「で、それにまいまいを起用したと」
「そういう事ですね」
案外すんなり進んだ二人の話を聞きながら一つ舞から聞いたことを思い出した。
「そう言えば、桜ちゃんって誰に歌ってもらうか決められるほどだったんだな」
「今さら何を言うかと思えば……と言いたいですが、今回はさすがに偶々ですよ」
「偶々?」
桜ちゃんから出るには珍しい言葉に思わず首を傾げる。
桜ちゃんならその偶然すら上手くお膳立てして当然の流れにしそうなイメージなのに。
最初自信を持った堂々とした声色だった桜ちゃんが今度は肩の力を抜いたような声で続ける。
「今回の場合だと、向こう側との意向の一致と報酬の減額って感じですかね。
分かり易く言うと、いつもより安くで曲作るからそちらが許容するような範囲の歌い手を使わせてもらえませんか。とそんな事をお願いしてみたんですよ。
勿論普通は駄目な事が多いですが、ヒロイン役の綿来さんや舞さんの実力等々もありまして今回は偶々認めてもらったって感じです」
「サラッと言ったけど、報酬減額って痛いんじゃないのかい?」
「まあ、お金には困っていませんし、舞さんとはこれからも関わっていくでしょうからサービスって感じです。
才能の芽に投資するだけですよ」
「ただみん年寄っぽいな」
「残念ながら御崎先輩よりは年下ですよ」
和気藹々という雰囲気で二人は話しているが、何か凄い事を聞かされてしまったような気がする。
普段とのスケールの違いとか、そう言うものに唖然としていると、桜ちゃんが思い出したようにこちらを向いた。
「あ、遊馬先輩。この話は舞さんにはしないでくださいね」
「あ、ああ分かってる」
それだけで舞のプレッシャーになってしまうだろうし、そもそも俺が口を出すようなことでもない。
そして、何より。
「将来大スターになった舞さんにこの事実を突き付けて、何倍ものリターンを得ようと思っているんですから」
「桜ちゃんらしいな」
「桜も聖人じゃないですからね。なんだかんだ言いっても人間利己的なんですよ」
俺が桜ちゃんらしいと言ったのは、リターンと言うものを本当に期待しているのかどうかわからないところなのだけれど。
わざわざ言う必要もないだろうと黙っていると、今まで黙っていた鼓ちゃんが不思議そうな声を出した。
「聞いていた感じ、やっぱり偶々じゃなくて桜ちゃんがこの状況にしたって感じなんだけど。桜ちゃん、偶々なの?」
「偶々ですよ。部活関連の場合は勝率が高い事を分かったうえで動いていましたが、会社は高校生のお遊びとはわけが違いますからこっちが有利になるようには騙されてくれません」
「あちらは生活が懸かっていますからね」と軽々しく言ってしまう桜ちゃんの底は本当に見えないな、ともはや感動すら覚えてしまう。
しかし、一誠は俺ほどは思っていなくらしく「なるほどな」と頷く程度で、鼓ちゃんは逆に事の重大さを実感出来ていないのかポカンとしている。
もしも、舞に付き合って行っていなかったら恐らく俺も鼓ちゃんと同じ反応をしていただろう。
そう思っていると、一誠が冗談交じりとばかりな笑顔で口を開いた。
「じゃあ、今回の件も勝率があってやってるわけだ」
「上手くいくとは思いますが、勝率で言うと半々じゃないですかね」
「まあ、そんなもんだよな」
俺から見たら何のことかさっぱりわからなかったので「何の事だ?」と尋ねてみたけれど、二人とも笑うばかりで答えてはくれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「最近思うのよ、部活やっていないと本当にやる事ないわねって」
その日の部活。例のごとくななチームの桜ちゃんと鼓ちゃんは別室に行き、ゆめチーム所属組が音楽室で集まっていた。
「そんな事言いながら、稜子ずっと曲作ってたよね」
最初に稜子が切り出した一言に綺歩がそう言って笑顔を作ると、稜子が少し投げやりな感じで「他にやることが無かったのよ」と返す。
「私の作った曲の手直しも手伝ってくれたよね」
「あらあら、稜子嬢。案外充実しているじゃありませんか」
「あら、御崎。アタシにケンカ売りたいのかしら? 綺歩もそんなに楽しそうな顔で報告しないでくれる?」
妙に演技がかった一誠の言葉を聞いた後で稜子が不機嫌そうにそう言ったが、どこか楽しげだなと思わなくもない。
実際、このやり取りを見ているユメの口角も上がっているし。
その口角をやや力技で下げた後でユメが口を開いた。
「ところで稜子、結局演奏する四曲は新曲二曲に前に言っていた二曲って事でいいの?」
「そうなるわね。綺歩の曲も心配する事なんてまるでなさそうだったもの。
せっかく作った曲を演奏しないって言うのももったいないし、決勝で桜達と当たらなくてもその四曲って事で良いんじゃないかしら」
それを聞いてユメが少しだけ嬉しそうな顔をする。
どうやら、現状ユメは綺歩が作った曲が特にお気に入りらしいので、それをライブで歌える事が決まったのだからむしろ抑え目な反応だとは思うのだけれど。
稜子や桜ちゃん、特に桜ちゃんの方には悪いのだけれど、やはり綺歩が作った曲と言うのは思い入れが人一倍になってしまう。
何せ俺が歌うきっかけになった人物が作った曲なのだから。
「で、志手原氏。新曲のもう一つは出来たのかい?」
「もちろんよ。と言いたいところだけれど、ようやくって感じね」
一誠と稜子の声に俺は我に返ったが、普通に話を聞いていたであろうユメは首を傾げて口を開いた。
「まだ半月はあるんだから、そんなに遅くはないと思うんだけど、違うの?」
「まあ、半月……いえ、一週間もあればアタシ達なら形に出来るとは思うけれど、綺歩と比べたらだいぶ遅かったじゃない?」
「私は元々完成間近みたいなものだったから。
稜子とスタートを合わせたら本番までには間に合ってないよ」
「いいのよ。お蔭ですべての曲を納得できるレベルまで練り上げて本番に臨むことが出来そうだもの。
そんな事よりも各自これを見てくれない?」
そう言いながら稜子が楽譜を配り始める。
それを受け取ったユメがザッと目を通す。音符は見ても分からないので歌詞の部分だけ。
目を通しながらユメが思わずと言った感じで顔をほころばせる。
それから俺にだけ伝えるような小さい声で「稜子らしいね」と言うので『そうだな』と返した。
何だかんだで等身大の高校生を描いたようなものが多い稜子の曲。今回はそれがもろに出ているなと、ユメでなくても思わず破顔してしまいそうになるだろう。
ユメは稜子から音楽プレイヤーも受け取り、イヤホンを耳につけた。
周りの音が籠ったように聞こえ、曲が流れだせば他の音など聞こえなくなる。
歌詞の内容通りと言っていいのかわからないのだが、あまりテンションの高い入り方ではなく、かと言ってバラードと言うほどでもない。
桜ちゃんがアニメのオープニングのような曲なら、稜子はエンディングのような曲と言うのがイメージが近いだろうか。
カッコ良いのだけれど、やや音程を覚えるのが難しく、皆で盛り上がると言うよりもこちらから聞かせようと言った感じの歌。
それから、三十分後取りあえず合わせてみようと稜子が言うまでユメはイヤホンを付けたままだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三十分経って、一度ゆめチーム全員が集められた。
言うまでもなく三十分前に受け取った楽譜の曲を合わせて演奏するのだけれど、やはり三十分かそこらで合わせようと言う気になるのは異様だと思う。
俺ならその三十分を使っても音符の解読すらできていないだろう。
「まあ、最初って事もある、軽く確認しながら行くわよ」
「うん」
「了解」
「それじゃ、御崎頼むわ」
稜子の声を合図に一誠がスティックで拍を取る。
それに合わせて演奏が始まった。
前奏と言うものは考えてみると少し不思議なもので、俺やユメは殆ど関与しない。音を聞きながら自分の出番を待つ。
やっぱり音と言うものは振動して起こる物で背中にその振動を感じながらユメが小さいその口を目一杯開いた。
「十七年 たったそれだけ それでも 僕が生まれてから今まで
全ての時間 全ての月日
それだけで 人生を諦めるには十分だった
思い返せば 無駄な時間 無意味な月日」
あの自信の塊みたいな稜子のどこからこんな歌詞が出てくるのだろうかと思うのだけれど、あの男嫌いの稜子が遠距離恋愛の歌詞を書くのだから結構想像力が豊かなのかもしれない。
ユメの声はあふれ出る楽しさを抑えた真面目なトーン。跳ねるでもなく、踊るでもなく、あくまで一つ一つの言葉を丁寧に歌う。
「高校も 半分過ぎた 十月二日
ふと 僕には何もない事に気が付いた
好きな事 好きな教科 やりたいこと 笑いあう友達
全部全部 僕にはなかった」
真面目に歌っているとはいえユメが楽しんでいないかと言えば恐らくそんな事は無く、真面目にやるからこそ楽しいを体現しているように思う。
「何がいけなかったのか 何処で間違えたのか
考えるまでもない 何もかもがいけなくて 全てで間違えた
でも 僕にも たった一つだけ」
元々俺だったユメは少なからずこの歌詞には共感が出来るだろう。
中学生の時にはここまでではないにしても、無味乾燥な生活を送っていたし。
だからこそここから先のサビでの盛り上がらせ方も分かっている。
「君に出会えたこと それだけが 僕の中の成功談
今までの失敗を 全て なかったことにする 大きな財産
これからの失敗も きっと 霞ませるだけの 大きな出会い
何もしない自分は もう 終わりにしよう」
静かに決意するような、静かな闘志の炎を燃やすような、そんなユメの声。
そんなカッコよさがこの曲の良さだと思う。
間奏に入って演奏するメンバーの顔を見たユメは曲が始まってから初めて、ニコッと笑顔を見せた。




