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Lv82

「とうちゃーく」


 新幹線を降りて舞がホームで背伸びをするように両手をあげる。


 乗った時にはそんなにいなかった人も終点であるここに来るころにはいっぱいになっていて、俺達が降りる前、降りた後とぞろぞろ人が降りてくる。


「どう遊馬君。初めてここまで来た感想は」


「どうって言われても駅のホームだからな。俺達の街よりもホームの数が多くて広いなくらいにしか思わん」


『結局新幹線の中は舞ちゃんとずっと話してたもんね。


 おかげで変に緊張はしなかったけど、ここまで来たって感動は無かったかも』


「まあ、そうだよね」


 ユメの声は聞こえていないだろうが、舞がそう言って笑顔を向ける。


 とは言え全く感動がないと言うわけでもない。


「でも、広いって言うのは分かり易くて感動もするな。後は人が多い」


「確かにそうだね。人が多くて、建物が大きくて。でも、地図で見るとそんなに広くない所がここ。


 時間にはまだ余裕はあるけど、目的地まで早めに行っちゃおうか」


 そう言って近くのエスカレータにの方へと歩き出した舞の後を「そうだな」と言った後でついて行く。


 エスカレータを降りた後も分かり易い広さと言うものはその様相をありありと見せつけてくる。


 押し寄せるような人の波、下手な道路よりも広い通路にいくつあるのかってくらい存在する電光掲示板とホームへの階段。


 桜ちゃんや舞の凄さもこれ位分かり易かったら良かったのにと思わなくもないけれど、例えばそれを桜ちゃんに言った場合「先輩がモノを知らなさすぎるだけです」と一蹴されて終わるだろう。


 乗り換え口について改札に切符を通す。舞が先に行って俺が後からついて行く形で着いた先は、新幹線乗り場以上に入り組んだところ。


 ホームへの階段やエスカレータの数が倍くらいになったと言うか、何となく蟻の巣を思い出していると、舞がふと歩みを止めた。


「遊馬君ボーっとしてるけど大丈夫?」


「ん? ああ。大丈夫」


「うーん……」


 俺の返答を聞いて舞が悪戯っぽい笑顔をして小さく唸る。


 何だかこの笑顔にはいい思い出がないような気がするのだけれどどうなのだろうか。


「遊馬君的には何が気になる? 路線の数? 人の流れ? 広さ?


 それとも、女の人の格好?」


 舞に言われて同じ年くらいの女の子の格好を見てみると、何というか寒いのに足をこれでもかと出していて凄いなと感心してしまう。


「俺的には最後以外は気になっていたが、あの格好寒くないのか?」


「寒いよ」


「寒いのか」


「でも、女の子はおしゃれのために我慢も厭わないんだよ」


「女の子って過酷なんだな」


「でも、ユメちゃんはするんじゃない?」


『わたしはやりたくないなぁ……』


「やりたくないって」


「わたしもやりたくないかな」


 そう言って舞が笑う。


 正直舞が動画の時に着ている服と大差ないように思うのだけれど、それは言わないことにする。


 一応端っこの方で足を止めたので通行の邪魔は殆どしていないのだけれど、これの中にもう一度入っていくのは難易度が高そうで、「それじゃあ行こうか」と歩き出した時一瞬本気ではぐれるんじゃないかとひやりとしてしまった。


 少し離れた多くの人が向かうホームに降りると、ホームも人でごった返している。


 都会は凄いなと思っていると丁度電車がホームに入ってきて、一斉に人が電車に乗り込み始めた。


 これは乗れるのだろうかと少し不安に思っていると、舞が俺の手首を掴んで俺を電車に引っ張り込む。


 俺に考える間も与えなかったその早業の末、俺は生まれて初めての満員電車を体験する。


 と、言うか舞との距離が近い。本当に触れるか触れないかと言う距離で、俺は何とか吊革に掴まっているが、舞は何にも掴まっていない。


「えっと、この電車で十分くらいかな」


「近いんだか遠いんだかわからないな」


 この混雑の中会話も結構難しいのだけれど、幸か不幸か舞との距離がかなり近いので不自由にならない程度には会話ができる。


 とは言えほとんど話すこともなく数分が経った時、電車が一際大きく揺れて舞が俺の方に倒れ込む。


「ご、ごめんね」


 そう言う舞の顔は熱気のせいなのかほんのりと赤くて、自分の気が利かなかったことを恥じる。


 そりゃあ、何にも掴まっていないのだから、揺れたらバランスを崩すのは当たり前と言うものだ。


「いや、危ないから俺の服の裾でも掴んでてくれ」


「いいの?」


「だってこけたりしたら危ないだろ? 俺が怪我しても大したことはないが、舞が怪我したら困るのは舞だけじゃないしな」


「う、うん。それなら」


 そう言って舞が俺の服の裾を掴んだのか、力がかかったのが分かる。


 さっきまでより少しだけ近くなった距離、小さな揺れでも体同士がぶつかる状況で舞から気を逸らすのが大変だった。




 電車から降りて、舞が「ありがとう」とお礼を言ってくる。


 それに対して「気にするな」とだけ返した。


「さて、ほぼ予定通りって感じで着いたね」


 舞にそう言われ時計を確認する。十二時半少し前。十二時半にビルに着くとの事だったのでビルは此処から近いのだろうか。


「ここから近いのか?」


「うん。って言うか隣接しているよ。外に出たらすぐにわかると思う」


 楽しそうに舞が言うのは俺の反応を気にしてだろうか。


 あまりの近さに俺が驚くことを想像しているとか。


 考えても仕方がないので舞の後ろを歩いてついて行く。


 改札を出ると、ほんの少し緊張が解ける。久しぶりな気がする日の下に出ると、思わず首を上にあげてしまった。


 とにかくビルが高い。俺らの街の近くだと高くて十数階がせいぜい。


 それなのにここにあるビルの何と高い事だろう。三十や四十、もしかするとそれ以上あるんじゃないだろうか。


「やっぱり高いよね」


「ああ、凄いな」


「でも、今は目的地に行ってしまお?」


「そうだな」


 舞に促され歩き出す。


「で、どの建物なんだ?」


 歩きながら舞に尋ねると、先ほど見ていたビルよりはだいぶ低いビルの前で足を止めた。


「ここだよ」


「ここ……か?」


 低いと思ったそこも見上げてみるととても高く、目いっぱい首を上に向けても上が見えない。


「ね、近かったでしょ?」


 そう楽しそうに、と言うよりも少し浮かれた感じで笑うと舞が中に入っていった。


 中は大理石の床の綺麗な空間で、まっすぐ進んだところに受付らしきカウンターがある。


 左側には何もなくて、右側には自動ドアのような扉と、その前にカードをかざすと反応する感じの機械が置いてある。


 よく見てみると、行きかう人たちはそこに首にかけた社員証ようなものを当てて自動ドアを開けていた。


 仕組みが分かったところで、舞のいた方を向くとすでに受付の方に行ってしまっていて、俺が近寄るころには二枚のカードキーを持っていた。


「案内が来るらしいから少し待っててだって」


「了解」


 少しして自動ドアの向こうからスタッフと思われる女性が姿を現し舞の方へと駆け寄る。


「お待たせしました」


 俺と舞へそう言った後、軽く挨拶をかわす。そこから先は俺は蚊帳の外だったが、どうやら今から控室に連れて行ってくれるらしい。


 二人が自動ドアの方へ向かうのでその後ろをついて行きながら、俺はこの中に入っていいのだろうかなんて考える。


 しかし、手元にはカードキーがあるし別にいいかと言う結論に達し、恐る恐る機械にカードキーをかざした。


 よく見ると二重になっている自動ドアの手前の方がまず開き、先に入った二人に倣って中に入る。


 間もなく後ろでドアが閉まる音がして、今度は前にあるドアが開いた。


 最初なんでこんな面倒な事をするのだろうかと思ったが、通り過ぎた後で同時に何人も入らないようにするためかと気が付いた。


 自動ドアの向こうにはエレベーターがあり、到着したエレベーターに三人で乗り込む。


 その間も舞は女性と話していたけれど、俺は『何だか蚊帳の外だね』と言うユメの声に頷くか、首を振るか程度の事しか出来なかった。


 連れていかれたのはフローリングの床にパイプ椅子と長机が置かれた部屋。


 端っこには鏡もあって、多分そこで化粧とかするのだろう。


 長机の上にはお弁当とペットボトルのお茶が置かれていて、お弁当の上には何やら紙のようなものが置かれていた。


「それでは、打ち合わせ時間になったらまた来ます」


 という言葉を残して、女性は控室を出ていく。


 それを見送ってから舞が椅子に座った。


「はあ~……緊張した」


「そうか、そんな風には見えなかったけどな」


「お仕事だからね」


 舞はそう言って笑うが、それって結構すごい事なんじゃないだろうか。


 俺がそう思っていると舞が続けて口を開く。


「ライブが始まってしまったら緊張しない……みたいな感じかな?」


「そう言われると何となく分からなくもないな」


「それにまだ本番じゃないんだから変に緊張したら逆効果だからね。


 でも、今日は遊馬君がいてくれてよかった」


「そんな事ないだろ。舞一人でも何とかなりそうな感じしてたし」


「ううん。わたし一人だったらたぶん新幹線に乗っているときから緊張して、ここに来るころには潰れてたかもしれないし、本当に遊馬君がいてくれてよかった」


 そうは見えなかったけれど、でも、今日まで俺に色々教えなかったり、妙に距離が近いような気がしたりしたのは緊張を紛らわすためだったのだろうか。


 小柄な舞を見ながらそんな事を考えていると、舞が「でも」と落ち込んだように少し低い声を出した。


「本当はわたしが遊馬君を安心させる立場じゃないといけないんだよね。


 分かってはいるんだけど、今日だけは許してね」


 言いながらもこちらに気を遣わせないために笑顔を崩さないあたり何とも舞らしいと思う。


「許すも何も今日俺がここにいるのは舞が約束守ってくれたからだろ?」


 ため息交じりを意識して俺が言うと、舞が先ほどとは違う柔らかい笑顔を向けて頷く。


 それから、お弁当を指さし「早くお弁当食べちゃおっか」と自分の手元にお弁当を引き寄せた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 お弁当に乗っていた紙、そこには「ドリム様」と書かれていて俺は関係無いのに妙にむず痒かった。


「ドリム様って変な感じ。でも、お仕事に来たって感じもするね」


「俺は黒歴史を揶揄されているような気がして何とも言えないな」


「黒歴史なんかじゃないよ。って言うか、わたしが必死で追いかけていたドリムを黒歴史にしないでよ。


 ……なんてね」


「舞にしてみたらそうなんだよな。何とも変な縁だけども」


 しみじみと感傷に浸りつつ、用意されたお弁当に手を付ける。


 特に珍しくもないお弁当ではあったが、地元で食べるものよりも美味しいような気がする。


 というか、入れ物が何だか高そうな感じではある。


「これから声を出すことを考えると、ちょっと全部食べるのはつらいかも……


 遊馬君半分食べない?」


「悪いな俺もこれ一つが限界だ」


「遊馬君細いもんね。ユメちゃんも細いし羨ましいなあ」


「舞だって十分細いだろ」


 ブレザーの袖から覗く腕だって、俺よりも細いように見えるし、その細い腕でよく俺を引っ張っていくよなとも思う。


 しかし、それを言ったところで互いに細い細いと言いあって話が進まないだろうから思い切って話を変えることにした。


「そう言えば打ち合わせの時俺は此処にいても良いのか?」


「良いと思うよ。わたしの近くでそれっぽく立っておいてくれたらマネージャーに見えるだろうし」


「まあ、出て行けって言われたら出ていけばいいか」


 勝手が分からない今、こちらが考えて動くよりも指示を受けた方がこちらにもむこうにも都合が良いだろうし。


 その会話の後しばらくしてノックの音が聞こえてきたので、舞が返事をする。


 現れたのはさっき案内してくれた女性ともう一人眼鏡の男性。


 俺は最初の挨拶以外特に会話に入らなかったので、要約すると舞は事前に台本は貰っていてそれの確認とスタジオの場所、スタジオに入るタイミング等々をシミュレーションする。


 後は注意として結構台本とは外れたことを話し出すパーソナリティらしいが、上手く話せなくても編集でどうにかするので気楽にやってほしいと言う事を言っていた。


 どうやらメインパーソナリティは有名な若手声優、綿来翠わたらいみどりと言う人らしく、ドリム――この場合は舞――の大ファンらしい。


 後から舞に聞いたがネットでは結構有名、と言うかブログなんかで公言しているらしい。


 そんな事情もあってか舞が来ることはその人には隠されていて――アニメの主題歌を歌うゲストが来ることは知っているみたいであるが――ドッキリするのも今回の目的。


 確認してみたら控室のところに書いてある名前が『ドリム様』ではなく『ゲスト様』になっていた。


 舞がすることはそのパーソナリティと話をして番組後半で歌うらしい。と言うか、急な抜擢でまだデータがないんだとか。


 打ち合わせが終わり、俺も一緒にスタジオへと連れていかれる。


 途中舞が一度だけこちらを向いて笑いかけてくれた。


 スタジオはガラスで仕切られて数名のスタッフがいて沢山の機械がある所と、実際に録音している所。


 初め舞は見えない所にスタンバって番組の進行を見守る。


 翠さんは見た目とてもおとなしい感じの年上の人かなと思っていたのだけれど、


『さて、今日はゲストが来ているんですが、私も聞いていないんですよね。


 呼んじゃって大丈夫……はい。では登場していただきましょう』


 と舞を呼んだ直後に分かり易く驚き『きゃー、きゃー』と騒いでいたので、結構面白い人なのかもしれないと俺の中で改めた。


 ともかく北高祭を除くと最初の舞の仕事、俺に出来ることは見守ることだけだが、今はその任務をしっかり果たそうと思う。


『はぁはぁ……いや、取り乱しました。えっと、今日のゲストはこのアニメの主題歌を歌っていただくことになりました、ドリムさん……でいいんですよね』


『はい、初めましてドリムと言います』


『あ、あのえっと。実は私前々からドリムさんの大ファンで……あ、握手とかして貰っていいですか?』


『こう、ですか?』


『いやぁー。良いんですかそんな。かわいらしいお手手でしっかり私の手を包み込んじゃって。


 この手は洗いませんよ? 絶対に洗いませんよ?


 ……ドリムさんが困っているから先に進めろ? どう見てもただのファンじゃないか……って?


 そうですよ、だって大ファンですもん。小っちゃくて、歌が上手くて、踊りもできて、私より年下なんですよ? 妹に欲しいじゃないですか。一家に一人ドリム時代が来ますよ』


『わたしも綿来さんがファンだと聞いていたのでいつかお会いしたいなって思っていたんですよ。こんなに早くお会いできるとは思っていなかったのでよかったです』


『いえいえ、私の方こそ。プロとして活動を始めると聞いていつか会ってやろうって心に決めていたんですけど……一つお願いしても良いですか?』


『お願い……ですか?』


『綿来さんじゃなくて、翠さんって呼んでくれませんか?


 何だったらお姉ちゃんでもいいです』


『えっと、それじゃあ、翠……お姉ちゃん?』


『うわー、わー。今の録音してるよね? 後で音源頂戴ね』


『やっぱり恥ずかしいので翠さんって呼ばせてもらいますね』


 何だか翠さんテンション可笑しい位に高く、舞もたじたじと言った感じだが、逆にそれが引っ張って行ってくれているのか、話自体は途切れることなく進んでいく。


『ええ、勿論です。さっきの一回を家宝にさせてもらいますね。


 えっと、本当は小一時間ほどお話しさせてもらいたいのですが、プロデューサーがうるさいので先に進めますね』


 そうやって慌ただしく、舞の初のラジオが始まった。


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