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Lv81

 駅、新幹線ホーム。


 何十メートルもあるようなそこには、ばらけるように人が点在していて全てを足して恐らく二十人くらい。


 はたしてそれが多いのか少ないのかはわからないけれど、少なくとも俺達の周りには俺達も含めて五人くらいしかいないので多いとは思えない。


 ブレザー姿の舞はその中でも少し浮きそうだけれど、舞だけ見ると何となく絵になるなと思う。


 その舞が不意にこちらを向いて口を開く。


「わたし達が乗る新幹線が来るまであと二十分くらいあるから、何か買ってくるね。


 遊馬君は何か欲しいものとかある?」


 近くにある売店のようなところを指さす舞に問われたけれど、新幹線なんて殆ど乗った記憶がないし、何が必要なのかわからない。


 それでも飲み物くらいはあった方がいいだろうと「飲み物……」と言ったところで口を噤んだ。


「いや、俺も一緒に行くよ」


「そう? じゃあ、行こっか」


 そう言って歩き出す舞の後ろをついて、小さなコンビニのような売店に入る。


 中にあるのは雑誌と食べ物、飲み物と言ったところか。


 ひとまずと言った感じで一番奥にある飲み物売り場を見ながらふと舞に問いかける。


「そう言えば昼食ってどうするんだ?」


「電話でも言ったと思うけど、早めに向こうに着くって言ったら、お弁当を用意してくれるって言ってたよ」


「ああ、そうだったな」


 言われて思い出す。ただ、早めに向こうに着く云々については初耳だけれど。


「舞は新幹線に乗った事ってあるのか?」


「わたしは結構あるよ。ネットに投稿している動画は大体向こうで撮っていたから。


 スタジオ借りて、知り合いに撮影とか頼んで。だから結構慣れっこなんだよ?」


 「そうじゃないと遊馬君に秘密にしたまま連れていくなんてできないからね」と、舞がペットボトルからこちらに視線を移してニコッと笑う。


「じゃあ、安心して舞の後をついていけばいいわけだな」


「任せなさい」


「それじゃあ、とりあえず新幹線に乗るにあたって買っておいた方がいいものを教えてくれないか?」


「新幹線と言っても二時間くらいだし飲み物があったら大丈夫だと思うよ。


 中でワゴン販売があるから最悪何も買わずに乗ってもいいと思うけど、割高になっちゃうからわたしは外で買って乗り込むかな」


「他には?」


「暇つぶし用に雑誌とか買ってもいいけど、今日は隣に遊馬君がいるし、お菓子とかは買っていってもいいかもね」


 舞のアドバイスに頷きを返して、視線をペットボトルの並んだ棚の方へと戻した。




 結局お茶だけ買って店を後にする。新幹線が来るまであと五分を切っていて、電光掲示板の一番上に俺達が乗るであろう新幹線の名前が映し出されていた。


 切符に書かれてある号車番号を見ながら歩く舞の後ろをついて結構な距離を歩いたところで足を止める。


「もしかして遊馬君緊張してる?」


「そう見えるか?」


「何となく落ち着いてないかなって。あっちこっち見てるし」


 「何か意外だな」と言いつつも両手を後ろで組んで舞が楽しそうに笑う。


 それほど自覚はしていなかったけれど、確かに緊張しているのかもしれない。


 先ほどから何本も新幹線を見送っているし、もしも間違えた列車に乗ったらどうなるんだろうとか、本当に次の列車であっているのだろうかとか、気になって何度も電光掲示版で確認してしまう。


「舞と違って乗り慣れていないからだろ」


「じゃあ、遊馬君が間違ったところ行かないように手繋いであげよっか」


「アイドルとマネージャーって建前なのに手とか繋いじゃ駄目だろ、と言うかさっき掴まれていたしな」


「さっきのはわたしが遊馬君の手首を掴んでいただけだよ。


 でも、そう言う関係だったよね。残念」


 そう言って舞が本当に残念そうな顔をするのだけれど、何が残念だと言うのだろうか。


 深く考えると変な勘違いをしてしまいそうなので深く考えない事にして口を開く。


「そう言う舞は初めて新幹線に乗る時どうだったんだ?」


「そりゃあ、緊張したよ。中学生だったし。


 でも最初はお母さんが付いてきてくれてたから結構そうでもなかったかな」


「保護者同伴だったんだな」


「中学生の娘を一人で行かせるのは認められないって、向こうの知り合いにも連絡して許可貰って。


 でも、二回目以降は一人だったかな。


 よく行くと言っても半年に一回とかなんだけどね」


「なんか凄いな」


 舞がそうやって頑張っている中俺は特に何もせずカラオケに行っていたわけなのだから、本当に舞がドリムになってくれてよかったと思う。


 少なくとも俺がドリムをしているよりも。


「別に凄くはないよ。その分わたしは普通の学生みたいな生活は送れていないわけだから。


 勿論それで後悔している訳じゃないけど、憧れはするかな。遠くの知り合いと会うんじゃなくて、身近な友達と学校帰りに遊びに行くとか」


「それくらいなら出来るんじゃないのか?」


「そう思うようになったのは割と最近だから、もう無理かなって思ってる。


 少し前までは初代ドリムに勝つんだって事しか考えていなかったから、歌と踊りと後は最低限の勉強で大体一日終わっちゃってた。


 今も大して変わらないんだけど、それでも前よりは自分が楽しいからって思えてるよ。


 それもこれも、全部遊馬君とユメちゃんのお蔭。ありがとう」


 アイドルらしくない素朴な笑顔で舞が言う。


 それに対して俺は「ああ」とだけ返した。俺のお蔭で今の舞があるとは思わないけれど、舞がそう思ってくれているのならそれを否定することもないだろう。


 間もなく新幹線がやってくる。


 普段目にすることのない速さでやってくる新幹線に半ば感動しつつ、舞の方を見ると髪を抑えていた。


『わたしが表に出てたら、気が付くの遅くて髪が大変なことになってたかもね』


「ユメはそういう所に気が付かないからな」


『遊馬も気が付かないでしょ?』


「俺は気が付かなくても困らないからな」


『確かにそうだけど……わたしまだ女の子歴短いんだもん』


 拗ねたようなユメの声に思わず頬を緩めて目を細くしてしまう。


「マネージャーさん。他の子とイチャイチャしていないで行くよ」


 今度は舞が拗ねたような顔をして、困ってしまう。


 それから、新幹線に乗り込んで指定された座席に着くまで、舞に話しかけようとしても無視されてしまった。


 二人席の窓側に舞が座って、通路側に俺が座る。


「悪かった」


「なんてね。怒ってないよ」


 ようやくこちらに顔を向けた舞の顔は悪戯を成功させた子供のように笑っていて、俺は呆れると同時に本当にほっとした。


 席に座るまで数分も経っていないはずなのに、妙に長かったように感じる。


「でも、難しいよね」


「難しい?」


「ユメちゃんもちゃんとここにいるんだよね?」


「そうだな」


「でも、それが普通の人にはわからないってやっぱり難しい事じゃないかなって思うんだよね」


『そうでもないと思うんだけど』


「そうでもないって」


「遊馬君とユメちゃんはたぶんもう慣れちゃってるんだよ。だから、今日だってわたしと会ったあとユメちゃんが遊馬君に話しかけたのってさっきだけだよね」


『そう言えばそうかもね』


「そう言えばそうだな」


「わたしだったらもっとたくさん話したいって思うもん。


 遊馬君が初めてって事はユメちゃんも初めての新幹線だと思うし」


『二人きりだと結構話すからね。それに……』


「ああ、表に出ていない方が話しかけるとどうしても話のテンポが悪くなるからな。


 その時には俺とユメだけじゃなくて話している相手にも悪いし」


「なんだろう。それを大変じゃないって思っている辺りがちょっと羨ましいな」


 普段は考えないような事を舞に話され、少なからず感心してしまう。


 感心と言うよりも、ユメと俺の中の暗黙の了解を声に出して再確認しただけなのかもしれないが。


 ともかく、固まった体を伸ばすかのように「うーん」と伸びをした後に、「はー」と息を吐きながら言われた「羨ましい」と言う言葉に首を傾げる。


「羨ましい……か?」


「何か長年の付き合いみたいな感じでね。何だかんだでわたしは遊馬君に出会ってまだひと月くらいしかたっていないから」


「ユメともまだ半年くらいだけどな」


「でも、ある意味生まれた時からだよね」


「それもそうだな。でも、舞とはこれから長い付き合いになるだろ?」


「うん、そうだね。ユメちゃんにも見せられない物を見せるっていう約束果たしていかなくちゃいけないからね」


 舞がそこで今日一番の笑顔を見せてくれて俺もつられて笑った。




「それで、今日ってどんな予定なんだ?」


「秘密……って言いたいけど、流石にそろそろ教えておいた方がいいかもね。


 えっと、この新幹線が十二時十分くらいに終点に着くから、そこから一度電車に乗って十二時半にはスタジオがあるビルに着くよ」


 舞の言葉を聞きながら、時計を見て頭の中で行動のイメージをする。


 メモとかもとった方がいいかなとは思ったけれど、今日は手ぶらで紙もペンもないので諦めた。


「その後は十三時十五分から打ち合わせがあって、十四時から本番」


「その十二時半から十三時十五分の間に昼食って感じなんだな」


「そうなる予定だね」


「わかった。


 で、このラジオって結局どんなラジオで舞はどんな立場で行くんだ?」


「その辺は向こうに行ってから……とも思ったんだけど、スタジオでマネージャーが驚くって言うのも変だよね」


 そう言いながらもくすくすと舞が楽しそうに笑うが、俺としてはため息をつきたくなる。


 なんだろう、ちょっと桜ちゃんがうつって来たんじゃないだろうか?


「遊馬君ってテレビ見る?」


「ニュースとか、妹が見ているバラエティとかドラマとかを一緒に見るくらいだな」


「アニメとかは?」


「見ないこともない……くらいだな」


「それならちょっと、驚き足りないかもしれないんだけど、一月から放送されるアニメの主題歌を歌うことになったの。


 そのアニメは二期目なんだけど、その販促ラジオって言うのかな、それは続いていて……」


 最初は冷静と言うかいつも通りの舞の話し方だったのだけれど、徐々に興奮しているのが分かる。


 それだけ嬉しいという事なのだろうし、俺にそのすごさがはっきりとわかるかと言われたらわからないけれど、アニメの主題歌を歌うと言うことが何となくすごいと言う気はする。


 大体普段見ているテレビから舞の声が流れてくると言う事なんだから、アニメがどうと言うわけじゃなく嬉しい事に違いない。


「元々は二期の予定はなかったものが思いのほかに売れて二期を作ることになったって言う人気作で……」


「そのラジオに今日出させてもらうって事だな」


「そういう事なの」


「凄いよな、アニメの主題歌って。


 確かに俺はアニメをよく知っている訳じゃないけど、小さい頃はよく見ていたし、その時代のアニメの曲だって今でも有名な奴は沢山あって。


 最近のアニメでも有名な曲くらいは俺も知ってる。もしかしたらそう言う定番の曲になるかもしれないわけだろ?」


 桜ちゃんが実は凄い人物だとか、実はドリムってすごかったんだとか、舞がネットでは有名とか、そう言った話は正直あまり実感が持てなかった。


 でも、今回は俺の中にそれなりに明確な基準があって、その凄さの度合いが分かりやすい。


 普通なら雲の上に居る人。それが今俺の隣にいて、対等に話せると言う得も言われぬ感動。そのせいもあってか自分でもわかるほどに饒舌になっている。


 ちょっと冷静になって舞を見ると安心したような笑顔を向けてくれた。


「よかった。遊馬君にそう言って貰えて」


「そんなに安心することか?」


「世の中にはアニメの歌ってだけで敬遠しちゃう人もいるから、でも、遊馬君にそう言って貰えたならわたしも精一杯頑張れるよ」


「ああ、応援してる。約束を守ってもらわないといけないからな」


 俺の言葉を聞いて舞がふふんと笑う。


 その笑いを見てと言うわけじゃないけれど、ふとある事を思い出したから舞に尋ねることにした。


「そう言えば、それと桜ちゃんのお蔭ってどういう繋がりがあるんだ?」


 俺が言うと、舞は目を二、三度瞬かせて、まるで気が付いていなかったのと言いたげな顔をする。


「そのアニメの主題歌を歌うのはわたしだけど、作ったのがSAKURAさんなんだよ」


「……え?」


「この前遊馬君とユメちゃんとカラオケに行った時にSAKURAさんと連絡取った時にわたしに歌わないかって言ってくれた曲があったよね?


 実はそれが今回の主題歌だったんだよ。


 わたしも詳しくは分からないんだけど、SAKURAさんが最初に話を貰って、引き受ける代わりに歌う人は自分が決めたいって事だったみたい」


 舞の言葉に本格的に言葉を失う。


 でも言われてみれば色々と筋が通ってしまうもので、舞がこのラジオに出られるのは桜ちゃんが舞を指名したお蔭であり、この状況は確かに桜ちゃんがけしかけたようにも見える。


 そう言えばあの時桜ちゃんが「先輩は知っていると思いますが」と言ったのは、その連絡が俺を――と言うかユメを――通して行われたからか。


 でも、そうなると、桜ちゃんはアニメの主題歌を作るだけじゃなくて、その歌い手を指名することが出来るほどの実力を持っていると言うことに――その辺の関係を詳しく知っている訳じゃないのではっきりとは言えないが――なる。


 道理で舞があんなにも驚いたわけだ。


 と言うよりも問題は、今俺が練習している『二兎追うもの』もそんな人が作った曲あり、何かそれって大変な事なんじゃないのかと言う気になって来た。


『桜ちゃん、そんなにすごい人だったんだね』


「そうだな……何か俺が歌って良いのかそれを……」


「遊馬君、歌うの?」


 俺とユメが驚愕している中で舞が、俺に不思議をぶつけてくる。


 まだ、桜ちゃんの事が尾を引いている中、しどろもどろに口を開いた。


「あ、ああ。今度のうちの近くの大学の文化祭でな……」


「遊馬君のところの近くに大学ってあったっけ?


 もしかして、電車で一時間とかかかる所にある?」


「たぶんそこだな」


「あ、そうなんだ。そこならわたしも行くよ。遊馬君の高校でやった直後に「うちでもライブしてくれませんか」って連絡が来てね。


 学祭ライブって言うのかな。急だったんだけど行けそうだったし、新曲の宣伝にもなるかなって思って」


「何か偶然だな。俺達はそこの軽音楽部のバンドコンテストに呼ばれただけなんだけどな」


「確かに偶然だね。でも、わたしが呼ばれたのは偶然じゃなさそうだったかな。


 わたしが遊馬君の高校でライブしたのを知っていたみたいだから、それなら近くにある自分たちのところにも来てもらえるかダメもとで頼んでみようって感じだったから」


「それでよく受けたな」


「ドリムの名前をいろんな人に知ってもらわないといけないから。


 出来ることは何でもやるつもりだよ」


 そう意気込む舞は本当に同い年なのか疑わしくて、とても大人っぽく見えた。


 しかし、その表情もすぐに疑問に塗り替えられる。


「それで、ライブコンテストってユメちゃんじゃなくて遊馬君が歌うの?」


「いいや、どっちも歌うな。ななゆめを二つに分けてそれぞれで勝負してみようって事になってボーカルがユメと俺しかいなかったから仕方なく」


「なるほど、それで……」


 俺の言葉に舞は真面目な顔をしてそう言ったが、流石にその反応は予想外でこちらが首を傾げてしまう。


「なるほどってどういう……」


「ううん。何でもないよ。


 とにかく今日も大学祭も頑張るから遊馬君しっかり見ててね」


 と舞は胸の前で両手を握り決意のこもった声を出した。


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