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Lv79

 綺歩の部屋で俺に戻るのを待ってから綺歩の家を後にする。


 外は結構日が傾いていて、夕焼けと夜の間隠れてしまった太陽の残光にうっすらと照らされている道は、それだけでは足りないらしくすでに街灯が灯っていた。


『綺歩の曲の完成楽しみだね』


「そうだな」


 実際に数えたことはないが本当に二十歩も歩けばつくのではないかと思う道を歩きながらユメとそれだけ言葉を交わした。


 扉を開け家に入るとコトコトコトと何かを煮込む音と、スパイスの香りが漂ってくる。


 今日はカレーかと思いながらリビングに入ると、エプロンをつけた藍と母さんの後ろ姿をキッチンで見つけることが出来た。


 その藍が俺に気が付いたのか首をこちらに向けて「お帰り」と声をかけてくる。


「ああ、ただいま」


「もう少しで出来るからちょっと待っててね」


 藍はそれだけ言うとお鍋に視線を戻す。


 藍の行動に母さんも俺に気が付いたみたいだったが「あら、お帰り」とだけ言って料理に戻った。


 優希の姿が見えないので部屋で勉強しているのかと思っていたら、階段を駆け下りてくる音が聞こえてきて優希が姿を現した。


「あ、兄ちゃんお帰り。ご飯まだ?」


「もう少しらしいぞ」


「そうなんだ」


 キッチンまで行きそうだった優希が俺の前で立ち止まる。


 それから、俺の顔を見て何か思い出したのかさらに続けた。


「そう言えば兄ちゃん」


「どうしたんだ?」


「またライブしないの?」


「あるにはあるが、優希は勉強しないと駄目だろ?」


「大丈夫だよ。たまにはリフレッシュしないと」


「と、言いつつこの間も文化祭来ていたよな?」


「そうだけど、兄ちゃんのライブだってそんなすぐじゃないでしょ?」


「んー……まあ、そうなんだけどな」


『今回は場所がちょっと遠いからね』


 優希と話しているうちに母さんから夕ご飯が出来たと言われて、一度話を中断して食卓に向かうことにした。




「そうそう、藍」


「優希どうしたの?」


「兄ちゃんまたライブがあるんだって」


「本当に?」


「そう言えば、遊馬軽音楽部だったわね」


 食いつき気味に反応した藍と、今さらと言わんばかりの母さんの反応の違いに何となく答えにくいなと思わなくもない。


「あー……十一月の頭にな」


「どこでやるの?」


「それが兄ちゃん教えてくれなくて、あたし達は勉強しなさいって」


「たまに息抜きしても良いよね。ね、お母さん」


 俺の方を向いていた藍がそう言って母さんの方を向く。


 妹たちが優秀な事もあってか母さんも「そうね、いいんじゃないかしら」と機嫌よく言った。


「でも今回は大学の学祭に呼ばれているから場所的に遠いんだよ」


「大学って言うと、電車で一時間くらいかかる所の?」


「たぶん……そうかな」


「で、十一月の頭だったわよね」


 そう呟くと、母さんがおもむろに立ち上がり携帯を持ってくると何かを調べ始めた。


 何だろうと思っていると「ちょうどよかったわ」と声を出す。


「学祭って事はやるのは休日よね。だったら、お母さんが二人を連れていくわ」


「「いいの?」」


「もちろん。ちょうどそれくらいに昔の友達と会おうって話があってね、その大学の近くに住んでいるらしいから、行きと帰りくらいは一緒に行けるわね。


 遊馬が出るんだったら、お母さんも覗きに行っちゃおうかしら」


「いや、来なくていい」


「もう、冷たいわね。


 取りあえず、藍には普段いろいろ手伝ってもらっているし、交通費とお小遣いくらいはあげるから楽しんでらっしゃい」


「ありがとうお母さん」


「もちろん、あたしにもだよね?」


「優希にはどうしようかな」


「ええー……」


「冗談よ」


 母さんの一言に優希の顔がパッと明るくなる。


 そんなやり取りをしている母さんを冷めた目で見ていると、その視線に気が付いたのか「あら、遊馬も欲しいの?」と言われたが、ため息をつきながら断った。


◇◇◇◇◇


 夕食が終わって自分の部屋に引きこもる。


 それと同時にユメから声をかけられた。


『お小遣い欲しいって言っておけばよかったのに』


「確かにな。でも、何か嫌だったと言うか、代わりに見に行っていいかとか言われそうだったから」


『そうなると困るのは確かだよね。トーナメントでどうなるかはわからないけれど、来られたところで相手しているどころじゃないもんね』


「あと、俺とユメの事がバレそうだからな。ただでさえ入れ替わりが激しいだろうし」


『でも、お小遣いは魅力的だよね』


「それは言うな」


 俺だって貰えるものは貰いたかったさ。


 ライブに行くための電車代が無いと言うほどお金に困っている訳じゃないが、ここ最近出費は増えたので節約しないといつか困るのは目に見えている。


『まあ、何だかんだ言っても、親に見られるのって何だか照れくさいもんね』


「そういう事だ」


 そんなところで、控えめに部屋のドアがノックされた。


 立ち上がりドアを開けに行くと、藍と優希二人の妹が立っていた。


「どうしたんだ、二人して」


「お兄ちゃん聞きたいことがあるんだけど今大丈夫?」


「ああ、大丈夫だが……」


「それじゃあ、お邪魔しまーす」


 聞きたいことってなんだ? と聞く前に優希が部屋に入って来た。


 立ち話をしていている訳にもいかないし結局部屋に入れたとは思うので特に何もいう事はせずに、二人が適当に座るのを待つ。


 それから口を開いた。


「聞きたいことって何だ?」


「そうそう、兄ちゃん。次のライブ、兄ちゃんが歌うの?」


 優希に言われて、そんな事伝えただろうかと首を傾げる。


 とはいえ黙っている訳にも行けないので尋ねることにした。


「俺そんな事言ったか?」


「言っては無いけど、お母さんに「遊馬が出るんだったら」って言われた時兄ちゃん否定しなかったから、もしかしたらって思って」


「ああ、なるほどな」


 知っている側と知らない側の認識の違いか。なんて思ってみたところで何になるわけでもないので、すぐに続けた。


「話の流れで俺も出ることになったな……」


「本当に?」


 「俺は出たくなかったんだが」と言う前に藍が迫ってくるように尋ねるので、その迫力と目の輝きに「ああ……」としか返せなかった。


 それで笑顔になる藍とは対照的に、優希が何か言いたそうな顔でこちらを見ている。


「優希どうしたんだ?」


「あ、えっと……そしたら、お姉ちゃんは出ないのかなって思って……


 いや、その、兄ちゃんが歌うのが嫌ってわけじゃないんだけど……」


「ユメも歌うから安心しろ」


「あれ? でもそれじゃあ……」


「ななゆめを二つに分けてそれぞれのボーカルをユメと俺がやることになっているんだ。


 ライブって言うよりも、バンドコンテストって形だからもしかすると二人とも一曲しか歌えないかもしれないけどな」


 俺が言うと、優希は納得したような顔をして、それから「それだけは無いよ」と笑う。


 それから二人は満足したのか、お礼を言って俺の部屋から出ていく。


 出て行ったあと、開けられたドアが閉じられたと同時にユメの声が頭に響く。


『やっぱりお兄ちゃん人気者だね』


「やっぱりお姉ちゃんも人気者だな」


 そう返すと、ユメがふふっと笑う。


『話は変わるんだけど、綺歩が作った曲遊馬はどう思った』


「俺が歌うには可愛すぎるよな」


『確かにそうかもね。それは置いておいて、遊馬は何か違和感なかった?』


「それは綺歩が作った曲に対してか? それともまた別の事についてか?」


 俺にも思い当たる節があるため尋ねてみると、予想通り「後者」と言う返答が返って来た。


『何がって言われたらわからないんだけど、何かが引っ掛かってて……』


「俺もそんな感じだから、聞かれても困るって言うのはあるんだが……」


『う~ん。綺歩が作った曲が思っていた以上でそっちに持っていかれちゃったのかな?』


「それはあり得るな。綺歩がどんな曲を作るんだろうとは思っていたし」


『でも、あの曲を遊馬が歌うのは少し恥ずかしそうだよね』


「少しどころか恥ずかしいと思うんだが」


 昔の俺なら躊躇いもなく歌っていただろうけれど、今の俺が歌うとむしろ曲やそれを作った綺歩に悪い気がしてならない。


 そう返したところで、携帯から着信音が鳴る。


 音からするにメールではなく電話だと言うことでユメが『出て大丈夫だよ』と一声かけてくれた。


 それに対して頷いて、名前を確認するとどうやら相手は舞らしい。


「もしもし」


『あ、遊馬君ごめんね急に。時間大丈夫?』


「そんなに遅くならなかったらな」


『うん。ありがとう。じゃあ、早速本題に入るんだけど、実はねわたし今度ネットのラジオに出ることになったの』


「それなら、桜ちゃんに聞いたよ。おめでとう」


『あ、えっと。……ありがとう。


 それでね。その録音が今月十五日の土曜日にあって少し場所は遠くなっちゃうんだけど遊馬君も付き添いって形で一緒にどうかなって思って』


「それって俺がついて行って良いものなのか?」


『マネージャーって事にしたら大丈夫みたいだよ。


 一応わたしにもマネージャーみたいな人はいるんだけど、その人基本忙しくってわたしが一人で行くよりは安心だからって許可は貰ったし、向こうでの事はわたしが何とかするし。


 交通費とかお弁当は向こう持ちだからお金もかからないんだけど、どうかな?』


 少し不安そうな舞の声。こんな事普通は滅多に体験できることじゃないし、興味がないわけでもない。


 ただ、舞が何と言ってくれているとはいえ、本当に俺は何も、ネットラジオがどういうものだと言う事かすらわかっていないのに行って邪魔にならないだろうかと言う不安もある。


『いいんじゃない。引き受けても。わたしもちょっと気になるしね』


 ユメにそう背中を押され、行ってもいいかなと思いつつもはっきりと決められない状態で舞に尋ねる。


「どうして俺なんだ? と言うか俺で良いのか? 御両親とか他にも一緒に行ってくれそうな人はいるだろ?」


『だって、約束したでしょ? ユメちゃんも見せられない世界を見せてあげるって』


 確かにそんな約束はした。約束もしたし、約束を覚えていてくれたこと、そのうえでちゃんと俺にその機会をくれたことは嬉しい。


 だけれど、俺がそれに甘える資格があるのかわからない。


 俺は舞のために一度歌うって事ですら躊躇っているし、今の舞の話を聞いても楽しく歌えるようにはなれそうもない。


『なんてね。本当は初めてのお仕事で結構不安なんだ。


 遊馬君の学校でのライブはまた違う、本当に社会に出る一歩目で本当に自分がちゃんとやっていけるのか、自信があるかって言われたらわたしは頷けない。


 だけど、きっかけをくれた遊馬君が一緒だったら頑張れると思うんだ……駄目、かな?』


「十五日の土曜だな?」


『いいの?』


「俺が行ったところで舞の助けになるとは思えないけどな」


『ううん。わたしにとって遊馬君は友達でもあるんだから、一緒にいるだけで安心できるよ』


「それならいいんだけどな。とはいえ部活との兼ね合いもあるから、ちゃんと行けることが決まったらまた連絡するよ」


『わかった。急だったもんね。じゃあその時に細かい事は伝えるね。何時に何処とか、何がいるとか』


「それじゃあ、また。


 不安かもしれないが、アイドルとしての第一歩決まっておめでとう」


『それもこれも、遊馬君と……あとSAKURAさんのお蔭かな』


「桜ちゃんの?」


『聞いてないんだ。じゃあ、わたしも今は内緒にしておこうかな。


 それじゃあ、お休みなさい』


「ああ、お休み」


 そう言って電話を切る。それから、携帯の画面が消えるのを見ながら首を傾げた。


『桜ちゃんのお蔭ってどういう事かな』


「俺のお蔭って言うのも分からないけどな」


『そっちは何となくわかる気がしない?』


 まあ、ドリムとして活動できるのは俺が認めたからだとかそういう事なんだろうな。


「でも改めて考えてみると、桜ちゃんがけしかけたとは言っていたんだよな」


『二人の言葉の違いに着目すれば……と言いたいけど、相手が桜ちゃんだよね。


 う~ん……何か今日は謎だらけな日だね』


「二つだけだけどな」


『数は問題じゃないと思わない?』


「幸い桜ちゃんの方はあとからわかるだろうし、綺歩やつも気のせいかもしれないからそんなに気にする必要もないとは思うんだけどな」


『わたしと遊馬が似たような感覚を覚えるのは仕方がない事だしね。


 とりあえず今日はお風呂入って寝ちゃおうか』


「そうだな」


 ユメの提案にそう返して着替えを持ってお風呂場へと向かった。


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