Lv76
次の日の昼休み、桜ちゃんが思い出したかのように口を開いた。
「そう言えば遊馬先輩今日の放課後時間ありますか?」
「俺も桜ちゃんにそれを尋ねようと思っていた所だ」
「あ、え……?」
俺と桜ちゃん会話に何故か鼓ちゃんが驚いたように俺と桜ちゃんの顔を交互に見る。
どうしたのか気になりはしたけれど、今は桜ちゃんともう一人、一誠に約束を取り付けるのが先決だと思って一誠の方を向く。
「一誠も時間あるよな?」
「そりゃあ、死ぬ予定はないから時間はあるなぁ」
「とりあえず一発殴ってもいいか?」
「冗談。昨日の事だろ?」
「御崎先輩も一緒なんだ、良かった」
安心したように鼓ちゃんが胸を撫で下ろす。今のやり取りのどこに安心する要素があったのか、俺が疑問に思っていると桜ちゃんが鼓ちゃんに向かって話し始めた。
「安心している所悪いですけど、つつみんも一緒ですよ?」
「え? あたしも?」
「はい、そんな感じで稜子先輩には話を通していますから」
「どういうことなの?」
鼓ちゃんの頭の上に疑問符が浮かぶが、是非俺も浮かべたい。
どうして鼓ちゃんも一緒になのか、どうして稜子の名前が出てくるのか。
桜ちゃんを観察しても見ても、手に持ったパンを口に持っていくだけで何も読めないし、一誠を見ても良からぬ笑顔でペットボトルのお茶を飲むだけ。
パンを飲み下した桜ちゃんが俺に一瞥してから鼓ちゃんの質問に答えた。
「今日の放課後、ななチームで音楽室使いたいって稜子先輩に頼んでいたんですよ。
ところで、遊馬先輩の放課後の用事って「例の問題の件昨日教えてもらうはずだったのに教えてもらっていないんだが」で、あってますか?
昨日は遊馬先輩のせいで話す時間がなかったんですから桜は悪くないですよ?」
「あっているが、一人で話を進めないでほしい」
「それで、放課後ゆっくり話せるところと言うことで音楽室を確保しました。
別チームである綺歩先輩にも作戦会議とかあるんで来ないでくださいねって言っておきましたからばっちりです」
桜ちゃんの良い笑顔がこちらに向けられる。
場所の確保、綺歩への配慮は嬉しいが、どうにも素直に感謝できない。
「ありがとう」
「何か不服そうなありがとうですね……
まあ、いいです。今日はちゃんと放課後音楽室に来てくださいね」
不服そう、だと言いつつも笑顔な桜ちゃんは相変わらずだなと思う。
ともかく、これで桜ちゃんと一誠を問い詰められそうで、安心した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『わたしって居てもいいのかな?』
「どうしたんだ急に」
放課後、それぞれに部活に行ったり、帰宅したりと言ったざわつきの中ユメが急に話しかけてくる。
俺は桜ちゃんに言われた通り音楽室に向かっているのだが、一誠は先に行ってしまったので俺はのんびりと向かっている。
周りに人はたくさんいるが、それぞれ誰かと楽しそうに、もしくは面倒くさそうに話しているので俺が独り言を言っていてもこちらに注意を向ける人もいないので俺は小声を意識してではあるがユメと普通に話す。
万が一周りにバレたところで俺が痛い奴に見られて終わるだけだから、まあ、問題ないだろう。
『今回はそうじゃないかもしれないけど、今後ななチームで集まった時に別のチームのわたしが居てもいいのかなって思って』
「桜ちゃんもその辺の事情は把握しているだろ。どうしても聞かれたくない話があった場合きっと俺は呼ばれない。
それに……」
『一誠も一緒……だよね』
「そう言うわけだ」
『結局わたしが黙っておけば問題ないって事かな』
「まあ、ユメだけに言えた話じゃないけどな」
『それもそうだね』
その言葉に続いてユメがクスクスと笑う。
同時に音楽室に着いたのでガラッとためらいなく開けた。
「先輩遅いですよ」
「一応放課後すぐ来たつもりなんだが」
「でも、御崎先輩はもう来てますよ」
「そんな笑顔で言われても困る」
絶対一誠に早く来るように言っていたんじゃないだろうか。
当の一誠も桜ちゃんの後ろで笑っている。
鼓ちゃんもすでに来ていて、隣で桜ちゃんに問いかけた。
「それで桜ちゃん遊馬先輩と話があるってどんな話なの?」
「そうですね。つつみんにも悪いですし早速本題に移りましょう」
「取りあえず中に入ってください」と桜ちゃんに促され音楽室の中に入る。
分かりきった顔の桜ちゃんと一誠、それから何だかよくわからない顔をしている鼓ちゃんと顔を合わせて話を再開した。
「で、どうして俺に歌わせようとしたんだ?」
「お、遊馬にしては察しが悪いねい。どうしてもこうしても、理由は単純だと思うけどな」
「単純って……本来ドリム問題を解決しようとしていただろ、それがどうして俺が歌うことに……」
一誠に挑発されるように言われ、言葉を返している途中で気が付く。
気が付くと同時に少し下げていた視線をゆっくりとあげ一誠に視線を合わせた。
「俺が歌えばドリム問題が解決するのか?」
「そうですよ。桜が考える中でもっとも手っ取り早い方法だと思います」
「でも、どうして……」
「ドリムくらい歌が上手くて、ドリムのように歌える人。
そんな条件に合う人間はユメユメとマイマイを除くと遊馬しかいないだろう?
何せ本当に初代ドリムだったんだからな」
一誠にそう説明され何か言い返そうと口を開きかけて止めた。
確かにその意見には一理ある。
だが、いくつも問題があることには違いないので、改めて口を開いた。
「いや、今さら初代ドリムが男でしたって言うのは通るのか?」
「むしろ、その方が言い訳が楽ですよ。
なんで今まで活動をしていなかったかって言われたら「声変わりしたから」と答えればいいですし、なんで今さら出てきたのかと言われたら「関係ない人が巻き込まれていて気の毒に思ったから」って答えればいいんです。
いえ、最初にそれだけ言ってしまって、自分は今後も身を引くと宣言すれば、それこそ後は時間が解決してくれるでしょう。
そうしたら遊馬先輩はその一回を歌えばいいわけです」
桜ちゃんの言葉に一誠が頷く。
そのせいもあってか、その解決策がとても理想的なものに見えてきた。
俺はその一回を我慢して歌えばいい。確かにその通りかもしれないが、一つ俺が歌いたくないと言う話ではなく根本的な問題がある。
「残念ながら俺は初代ドリム、当時の俺ほど歌が上手くない」
「そんな事ないです」
心のどこかでそれで諦めてくれないかと思いながら言った一言、それに反論をしてきたのは桜ちゃんでも一誠でもなく、鼓ちゃんだった。
鼓ちゃんは自分が思いのほかに大きな声を出してしまったのか「あの、えっと……」と自分で自分の発言に驚いているようだったけれど、それで視線が集まってしまったためか意を決したように口を開いた。
「も、もしも遊馬先輩が歌いたくないのならあたしはそれでもいいと思います。
あたしはドリムさんの問題について詳しいわけじゃないからかもしれないですけど……
でも、遊馬先輩の歌が下手だって事は無いです。昨日だって久しぶりに上手でした。
あたしは初代ドリムだったって言う当時の先輩の歌はあまり分かりませんけど、少なくともあたしよりも、桜ちゃんよりも、御崎先輩よりも遊馬先輩の方が歌は上手いんです」
『だって』
「だって、って言われてもな……」
言い終わって不安そうにこちらを見る鼓ちゃんの言葉の直後ユメから何を求めてかそう言われたが、俺はそれに応えることが出来そうもない。
鼓ちゃんが俺の歌を悪しからず思ってくれていること自体は嬉しいのだけれど、だからと言って今の俺が当時の俺に勝てる気がまるでしないのだ。
俺が何も言わないからか小さい体をさらに小さくしてしまった鼓ちゃんに申し訳なさを抱いていると、桜ちゃんが間に入るように口を開いた。
「確かに今の先輩だと初代ドリムだって言ってもまるで信憑性に欠けると思いますよ」
「桜ちゃんっ」
「つつみん、落ち着いてください。別に遊馬先輩の歌が下手だって言いたいんじゃないんです。
歌える曲の幅って意味なら格段に増えてもいます。
ですが、今の遊馬先輩がドリム足りえない理由が一つあります」
「遊馬先輩がドリム足りえない理由?
でも、遊馬先輩が初代ドリムなんだよね?」
「確かに遊馬は初代ドリムに違いないんだろうけどな。でも、正直今の遊馬よりもマイマイの方がドリムできると思うねい」
「ドリムできる」ってどんな言葉だと心の中で突っ込んでから「何が言いたいんだ?」とやや睨み付けるように一誠を見た。
一誠は逆に俺を呆れたような目で見返して口を開く。
「遊馬が足りない物、遊馬がわかっているだろ?」
「足りない物もどうもって感じだけどな」
「そうか、じゃあ教えてやろう。遊馬は何よりも楽しそうな感じが足りない」
演技がかった一誠の言葉で、一誠が部活に対して楽しさを求めていることを思い出した。
それがどうだというわけじゃないけれど。
「確かに実際楽しいかと言われたら、そうだとは言い切れないな」
「やっぱり初代ドリムが人をあそこまで惹きつけるに至ったのはその滲み出る楽しさからだと思うんですよ。
上手いだけの人なら沢山いますし」
「こう言うのは何だが、一朝一夕で俺が地声で歌って楽しいと思えるようになるとは思えないぞ?」
「なあ、遊馬。どうして地声で歌うのが楽しくないんだ?」
「どうしてって言われてもな……昔は裏声の方が好きに歌えたって言うのがあったんだろうが……
今はユメの歌を聞いている方が楽しいから……かもしれないな。
昨日はちょっと上手く歌えているなとは思いはしたが、何か変に不安になったし」
「別にいいじゃないですか。ユメ先輩の歌を聞いているのが楽しいように、遊馬先輩が歌うことが楽しくても。
別に悪い事じゃないと思いますよ?」
「それって何か贅沢じゃないか?」
「贅沢で何が悪い。命短し求めよ男子ってな」
「何だそれ」
『でも、わたしも良いと思うよ。遊馬が楽しいと感じることが増えることはわたしにとっても嬉しい事だし』
ユメにまでそう言われ、騙されたような心地もするが、少しだけ俺が歌うことに対して前向きに考えられるようになった気もする。
むしろ、俺が歌うことでユメや舞の助けになるのなら騙されてみてもいいとすら思えるのだが、だからと言って今まで楽しくないと思っていたものをいきなり楽しいと思えるかと言われても絶対に無理だろう。
少し俯き気味にそう考えていると、そこから何かを読み取ったのか、それとも元々言うつもりだったのか桜ちゃんが口を開いた。
「別に今すぐそうなれって言っているんじゃないです。
その為の大学の文化祭なんですから。チクバの皆さんには悪いですが、桜の目的はその中で遊馬先輩が歌うことを楽しいと思えるようになって貰うことです」
『ああ、それで』
桜ちゃんの言葉にユメが納得したような声を出す。
大学の文化祭まで時間はまだまだある。そう思うと幾らか気分は楽になるのだけれど、ユメが納得した理由が分からない。
俺が首を傾げるとユメが説明するように続けて話し始めた。
『結局ドリム問題と大学の文化祭とどんな繋がりがあるのかなって、そこまでは遊馬も思っていたよね?
それが、今の桜ちゃんの言葉で繋がったなって』
ユメにあらためて言われて納得する。納得したところで、俺の中での最大の疑問を口にした。
「どうやったら、楽しいと思えるようになるんだろうな」
「ユメユメくらい歌えるようなったら楽しいんじゃないか?」
一誠に呼び止める時に肩を叩くくらいの気軽さでそう言われたが、確かにそれはそうかもしれないとも感じた。
◇◇◇◇
「ところで、二人はいつからグルだったんだ? 一誠とゲーセンに行った時はまだ違うよな?」
ふと気になったので、話の流れのままで尋ねたところ、二人が答えるよりも先に鼓ちゃんが話についていけていないのか少し首を傾げているところ見つけて申し訳なくなり「鼓ちゃん、わからない話でごめんな」と謝る。
鼓ちゃんは最初両手を振って「い、いえ」と言うと「話を聞いておくだけでも楽しいから大丈夫です」と返してくれた。
そのやり取りが終わったタイミングで一誠が口を開く。
「確かにあの時にはまださくらんと詳しい話はしてなかったねい。
そもそも、あの日の昼休みに初めてあややからメールが来たって話したし」
「だから、その次の日くらいですね」
「そっからは早くてねえ。
さくらんがすぐにチクバと連絡を取って、オレ達がバンドコンテストに出場する条件を伝えて認めさせるまでに三日かからなかったねい」
「桜ちゃんはいつから俺に歌わせようと考えていたんだ?」
「そうですね……ドリム問題について考え始めたのはネットで問題が動き出したことを見た後でしたけど、文化祭で一つ貸しを作った時にこの貸しは遊馬先輩に歌ってもらうことで返してもらおうなんて考えてました」
「何かずっと桜ちゃんの掌の上って感じだな」
『そうだね。本当に桜ちゃんに勝てる日が来るか疑問かも……』
無垢な笑顔で笑う桜ちゃんに俺とユメが感心したような、他人事のような言い方でそう言いあう。
「でも、なんで桜ちゃんは俺に歌ってほしかったんだ
確か桜ちゃんの夢はユメが歌うことで叶ったんだよな?」
「遊馬先輩は知らないかもしれないですが、遊馬先輩にも歌ってほしいって人が何人かいるんですよ?」
「オレとかな」
桜ちゃんの言葉の後、俺がそれを否定しようとした直前、一誠が俺の肩に手を回してその否定を妨げる。
それから、鼓ちゃんが少し恥ずかしそうに「あ、あたしもです」と言ってくれて、驚くと同時に少しうれしかった。




