Lv74
「そうだ、桜ちゃんに舞ちゃんのメールアドレス教えちゃっていい?」
「良いけど……良いのかな?」
「良いのかなって、何が?」
ユメ的にはわざわざ俺を通さなくても桜ちゃんと舞で連絡が取れた方が問題解決の近道になるのではと思っていたのだろうけれど、舞の不安げな声に首を傾げる。
「その子って、あのSAKURAなんだよね」
「そうみたいだね。わたし達はそれがどれくらい凄いのかよくわかっていないんだけど」
「じゃあ、ユメちゃんは知らないのかな? SAKURAさんがわたしの事を嫌っているって。
実際わたしはどう頑張ってもSAKURAさんに曲を作ってもらえなかったし……」
「桜ちゃんがドリムを嫌っていたのは、桜ちゃんが初代ドリムのファンだったからって言うのは知ってるし、舞ちゃんも知ってるよね?」
ユメが尋ねると舞が少し俯いて「うん」とやや力なく頷く。
「でも、初代ドリムって遊馬の事だから、桜ちゃんももうそんなに嫌っていないと思うよ?」
「そうだと良いんだけど」
そう言って舞は笑うが、その笑顔はどこか作ったような痛々しさがにじんでいたので、ユメが少し考えてから携帯を取り出す。
「じゃあ、本人に聞いてみようか」
「え、ちょっと待って……」
慌てた舞がユメを止めようと手を伸ばしたが、ユメはそれを少し離れるようにして躱す。
同時に舞から遠い方の手で携帯を操作し電話帳から桜ちゃんの番号を開くとそのまま通話ボタンを押した。
ツッツッツ、と途切れるような音が数回鳴った後に、プルルル……だか、トゥルルル……だかのあの特徴的な音が耳にあてたスピーカーから聞こえてくる。
そこまでやってしまうと舞も諦めたのか、伸ばしていた腕を引っ込めて、不安そうに恨めしそうにユメを見ていた。
『もしもし、どちら様ですか?』
「わたしがかけたのって携帯に……だよね?」
『いえいえ、先輩に関してはユメ先輩なのか遊馬先輩なのか桜には分かりませんから』
そう言って楽しそうに笑う桜ちゃんの顔が浮かぶような感じがする。
『それで、どんな用事ですか?』
「あ、えっと、ドリム問題を解決するために桜ちゃんに舞ちゃんの連絡先を教えようと思ったんだけど、桜ちゃんは良いかなって思って」
『何か変な話ですね。桜に教えるために桜に了解を取るなんて』
今度は桜ちゃんが声に出して笑うので、その笑顔が今度ははっきりと頭に浮かぶ。
桜ちゃんの笑いと言うのはしばしば裏があるような不気味さがあるけれど、それ以上に本当に楽しそうと言うか裏があるけど裏がないと言うか……聞いていてスカッとするところがある。
「舞ちゃんが桜ちゃんがドリム嫌いだからって不安がっててね」
『一つ確認何ですけど、先輩方についてはちゃんと説明しているんですか?』
「うん。わたしと遊馬の関係はちゃんと伝えたよ」
『わかりました。隣に本人さんいるんですよね?
それじゃあ、スピーカーフォンにして舞さんとも会話できるようにしてもらっていいですか?』
「すぴーかーふぁん?」
ユメが桜ちゃんの聞き慣れない言葉に首を傾げる。
ユメが知らないのなら勿論俺も知らないので、心の中で首を傾げる。
それを見兼ねたのか舞が携帯の画面を向けてくるようにジェスチャーして、画面に映る「スピーカー」と言う項を押した。
『ちゃんとできました?』
桜ちゃんの声が耳元にあるスピーカーではなく、裏にある着信音とかを鳴らすスピーカーから聞こえてきて、上手くいったんだなと知ることが出来た。
ユメも一瞬驚いた様子だったが、すぐにその事に気が付き返事をする。
「上手くいったみたい。これって、ちゃんとこっちの声聞こえてるの?」
『そうですね。ですから、テレビの音量は下げていただけると嬉しいです』
言われたユメが慌てて音量を下げたところで、仕切り直しで会話が再開される。
『それでは、舞さんお久しぶりです』
「あ、えっと……お久しぶりです……」
『もう一度確認しますけど、舞さんはユメ先輩と遊馬先輩の事は分かっているんですよね?』
「は、はい。お、教えてもらいました」
桜ちゃんと舞の会話は過去何度か聞いたことあるのだけれど、どうして今回舞はこんなにかしこまっているのだろうか?
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、電話の向こうの桜ちゃんが舞に疑問を投げかけた。
『別に文化祭の時みたいに普通に話して貰っていいですよ?』
「だ、だって、改めて考えてみるとあのSAKURAさんにあんな風に話しかけてたこと自体が……」
『桜的にはそんな風にかしこまられた方が困ります。
次、敬語使ったら電話切りますから注意してください』
「え、わかり……う、うん。わかったよ」
「やっぱり舞ちゃんでも駄目かあ」
『やっぱり舞でも駄目だったな』
桜ちゃんと舞のやり取りを横目で見ながら失笑気味に言ったユメの言葉を俺も同じように繰り返す。
それは舞には聞こえていなかったらしく、舞は緊張した面持ちのままで「ユメちゃん何か言った?」とユメの方を向いた。
ユメは「ううん」と首を横に振ってから電話向こうの桜ちゃんに話しかける。
「それにしても桜ちゃんって本当に凄かったんだね。
このセリフも何回目になるかわからないけど」
『そうですよ。桜は凄いんです。
……とはいっても桜的にはユメ先輩や遊馬先輩の方が凄いと思いますけどね。
それはさておきです』
「取りあえずこっちの本題としては舞ちゃんの連絡先教えてもいいかって事なんだけど……」
『それはそうしてくれた方が助かりますね。今後舞さんにはやってもらわないといけないことがあると思いますから』
「それで、桜ちゃんの用事って言うのは何かな?」
『桜は用事があるって言いましたっけ?』
「ううん。でも、わざわざ舞ちゃんにも話が聞こえるようにしたって事は何かあるのかなって思って」
『まあ、そうですね。
実は新しい曲がもう少しでできそうなんですよ。
それは敢えてSAKURAっぽさを前面に押し出していて、アイドルドリムの曲とは少し趣が違うのですが、よかったら舞さんに歌っていただけないかと思いまして』
「わたしに!?」
桜ちゃんの言葉に舞ちゃんが飛び上がるように驚く。
正しくは携帯への距離が一気に近づいただけだけれど。
それでもその速さから驚きの具合は分かった。
『嫌だったらユメ先輩に歌ってもらおうと思うんですが……』
「ううん。嫌じゃないで……嫌じゃないよ。でも良いのかな……わたしが歌っても」
『正直舞さんにこの曲を歌ってほしいのはドリム問題解決へのちょっとした時間稼ぎのためなんですよ。
ドリムとSAKURAの曲を歌ったとなればそれで多少の話題にはなると思いますし、少しはドリム問題から目を離させる事が出来るのではないかと。
勿論、SAKURAがドリムに曲を提供していなかった理由を知っている人も少なくはないと思いますから本当にちょっとだけ問題をかき乱す程度の意味しかないと思いますが』
「SAKURAさんの曲を歌って問題解決への一助になれるならわたしとしては願ったり叶ったりで……だよ。
だからよろしくお願いします」
と、舞が元気よく見えない相手に頭を下げたところでガチャと言う音の後ツーツーツーと電話が切れた音がした。
直後舞が不安そうにユメの方を見る。不安そうというか半分泣きそうな感じにも見えた。
「わ、わたし何か失礼な事しちゃったかな……」
「最後に敬語遣っちゃったから」
『桜ちゃんもその「よろしくお願いします」はまた別の意味だと分かっているはずなんだけどな』
「そうだよね」
「ユメちゃん……?」
不安そうな舞の声がしたところで桜ちゃんから電話がかかって来る。
それを見てため息をついたユメは、電話に出ると桜ちゃんに苦言を呈した。
「桜ちゃん、今のはちょっと舞ちゃんが可愛そうだよ」
『でも、桜はちゃんと敬語を使ったら切るって言いましたよ?
と、冗談は置いときまして、少し冗談が過ぎましたね』
冗談は置いた筈なのにすぐに冗談が過ぎるとはどういう了見だ。
そんなツッコミを入れたいけれど、電話の向こう楽しそうな桜ちゃんにそんな事を言ったところどうにもならないだろう。
「ごめんね、舞ちゃん。桜ちゃんってこんな感じの子だから気にしないで」
「わたしが何かしたってわけじゃないんだよね?」
「そうだね」
「だったらよかったあ……」
安心した声をあげると舞の体から力が抜けたように背もたれに体重を預けた。
『さて、舞さんが歌ってくれるなら、なおさら連絡先は知っておいた方がよさそうですね』
「じゃあ、あとからメールするね。
そう言えば桜ちゃん、さっき問題解決に時間がかかるって言っていたけど結局どんなことをするの?」
『期間的にはひと月近くかかるとは思いますが、何をするかは今は言えないです。
と、言いますか先輩達の方は何も案が出なかったみたいですね』
「出なかったことはないんだけどね……
何かどれも駄目みたいで、一誠も桜ちゃんの案に乗っかるのが最善だって言ってたんだよ」
『わかりました。そう言うことなら次の部活の時には教えますのでそれまで待っておいてください。
舞さんにも桜があとから連絡します』
「わかった。休みの昼間にごめんね。ありがとう」
『いえいえ、それではまた学校で』
最後の桜ちゃんの言葉のあと、再度電話が切れた。
それと同時に舞が「は~……」と大きく息を吐く。
「そんなに緊張しなくてもいいのに」
「緊張するなって言う方が無理だよ。
だって、あのSAKURAなんだよ?」
「あのって言われても、わたし達的には後輩でしかないから。
桜ちゃんが凄いのは今までの言動でわかってはいるんだけど……」
「ユメちゃんって歌は好きだけど、音楽業界に興味があるってわけじゃないんだね」
「わたしはななゆめの皆の演奏で歌えたらいいかなって今は思っているから」
「やっぱり作曲者ってあまり表に出ないのかな?」
舞が納得したようなしていないような表情を見せた後、何かに気が付いたように顔をパッと明るくさせてユメに問いかけた。
「ユメちゃん、ファルセットって知ってる?」
「腰に巻いて細くするやつ?」
「それはコルセット」
「だよね。どこかで聞いたことはある気がするんだけどなぁ……」
「うん。確かにユメちゃん達の方が凄いかもしれないね……」
舞が妙に納得したと言うように何度も頷きながらそう言うが、結局ファルセットが何かは教えてもらえることは無く、明日は学校だからと言うことで別れてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の部活がある日。家を出たのはいつもと変わらなかったはずなのにいつもより少しだけ早く学校に着いた。
夏を抜け本格的に秋を感じさせるこの季節。
日差しは暖かいが、朝晩に吹く風は冷たさを纏っていて机に伏せっていても日差しの暖かさに眠ってしまうことがないのはある意味で救いかもしれない。
『とはいえ、眠いものは眠いね』
「そうだな」
眠そうなユメの声が頭の中に響き、いつもよりゆったりとしたその声にますます眠気が誘われる。
「朝から眠そうだねい」
「一誠は朝から元気だな」
「特別オレが元気ってわけじゃないと思うけどねえ。
暑かった夏が終わって、むしろ皆喜んでいるだろうし」
「ともかく俺は眠い」
そんな俺の淡白な返しに一誠は「見たらわかる」と笑う。
それが少なからず癪に障ったが、このまま寝るわけにもいかないので一誠を目覚ましにでも使おうと口を開いた。
「なあ、一誠。ファルセットって何だ?」
「コルセットの親戚だな」
「そう言う冗談は要らん」
「そうだな、裏声をより音楽的に表現したものって所じゃないか。
ほぼ裏声って認識で問題ないと思うねん」
「ああ、なるほど」
一誠の答えを聞いて何となく舞に凄いって言われた理由が分かった気がする。
一人納得している俺に対して一誠が「で、ファルセットがどうしたんだ?」と尋ねてきた。
「別にどうってわけじゃないが、この間舞に会った時にユメがファルセットって知っているか尋ねられてな。
思い出せそうで思い出せなくて少し気になっていたんだよ」
「遊馬って元々ファルセットで歌っていたんだよな」
「裏声って認識しかなかったな。
確か綺歩と練習しているときに聞いたような気はするが、綺歩も結構そう言う音楽用語は使わないように教えてくれていたから何だかんだでほとんど知らないかもな」
「遊馬らしいと言えば遊馬らしいな。
裏声と言えば遊馬がドリムをやったのは中学の頃だったよねい」
「中学の前半、活動期間は数日だったけどな」
「それ以外の時期って何してたんだ?」
「それ以外って言われても、特に何もないと思うが。
友人に面白い動画がって動画投稿サイトを紹介されて、帰宅部で学校以外で知り合いと会うこともなかったから暇つぶしに見ていたとか。
その中で自分の歌を投稿している人が沢山いることに気が付いて、俺でもできるんじゃないかと思って投稿してみたとか。
ドリムの件の後は何となく色々な事にやる気をなくして、気が付いたら帰宅部だった俺と特別親しくしてくれる友人がいなくなったとか。
本当にやることが無くなったが、俺の楽しみは歌くらいしかなかったからまた歌を始めたとか。
まあ、大体そんな感じだろうな」
「今さらっと結構重い話をぶち込んできたねえ」
「そうか? 結局友達の繋がりって部活内の方が強いだろうから、学校だけの付き合いである俺とはだんだん疎遠になっても不思議はないんだが」
「遊馬がそう言うならいいけどねえ。何時頃から裏声使ってたんだい?」
「何時頃って言われてもな。声変わり直後か?
声変わりの違和感に耐えられなかったから、何とか高い声で歌おうとした結果だしな」
「よくそれでドリムまで歌えるようになったな……」
「綺歩のお父さんからある程度は教えてもらっていたからな」
そんな昔話をしているうちに目はしっかり冴えてきたので、一度背伸びをして一誠の言葉を待たずに「そろそろチャイム鳴るぞ」と会話を切り上げた。
◇◇◇◇◇◇◇
「そう言えば御崎先輩、ちゃんと確認は取れましたか?」
昼休みいつも通りにやって来た桜ちゃんが一誠にそう尋ねる。
一誠は自信たっぷりに「勿論」と返したが、鼓ちゃんは首を傾げている。
俺もどちらかと言えば鼓ちゃんの側なので質問するために口を開いた。
「確認って何のことなんだ?」
「この間、オレにあややからメールが来たって話したよな」
「確か十一月の最初の土日暇じゃないかって話だったか?」
「それです、それです。
それについてななゆめ全員参加できるかって言う確認を一誠先輩に聞きたかったんですよ」
「まあ、あと綺歩嬢と稜子嬢に聞けばよかっただけだからねん」
「なんで桜ちゃんがそれを気にするの?」
話を聞いていた鼓ちゃんが首を傾げながら尋ねる。
確かに何をやるのかと言うよりも先に確認を取ると言うのは少し疑問が残る。
まるで桜ちゃんは何をするのかが分かっている様子。
「そりゃあ、新曲を作るためですよ。
チクバから来たお誘いがまさか皆で遊園地ってわけではないでしょうから」
「一誠、ライブの誘いなのか?」
「大体そう言うことだな」
桜ちゃんがすでに知っていたのか、予測してそんな事を言っていたのかはわからないけれど、桜ちゃんの言葉には一理ある。
「詳しくは今日みんな集まった時にするとするかねえ」
「あ、今日の部活最初は遊馬先輩でいてくださいね。
その方が説明等々楽なので」
俺の方が楽とはどういうことなのだろうかと思いながらも、桜ちゃんの言葉に頷いて放課後の部活を待つことになった。
◇◇◇◇
放課後、一誠の事はとりあえず放っておいて一人で部室へ向かう。
そもそも一人で音楽室に行くことがいつもの事ではあるけれど。
音楽室に着いた時、すでに稜子と鼓ちゃんと綺歩は来ていて軽く挨拶を交わした。
「桜ちゃんに最初は俺でいてくれって言われたからユメと替わるのはあとでいいよな?」
「まあ、いいんじゃないかしら。そう言えば御崎も何か部活の初めにって言っていたわね」
「十一月の最初の週末の話じゃないか?」
「そうそう、絶対に面白いから部活の最初の時間をくれって言われたのだけれど、面白くなかったらどうしてくれようかしら」
稜子に早くユメに替われと言われる前に事情を話しておこうと思ったのだけれど、どうやら俺よりも一誠の身の方が危なそうで少し同情する。
稜子に苦笑いだけ返すと、今度は綺歩が俺のところにやってきた。
「今日はどうしたの?」
「どうしたってわけじゃないが、桜ちゃんが何か俺の方に用があるらしい」
「じゃあ、遊君が歌うってわけじゃないんだね」
少しだけ綺歩が悲しそうな表情を見せる。
そう言えば綺歩はユメだけが歌うことになる今の状況を悲しんでいたんだっけ。
綺歩は俺が歌を歌うのが好きだったことを知っている。
それが裏声で、という事は知らないのだけれど、その俺が歌わなくなったんだから幼馴染として気がかりなのだろうか。
この幼馴染にこれ以上気を遣わせないように気を付けないといけないなと思いながら綺歩に言葉を返す。
「今となってはユメの歌を聞いているだけで楽しいからな」
「そっか。遊君がそう言うならそうなんだろうね」
綺歩がそう言って返したところで、音楽室のドアがガラリと開いて一誠と桜ちゃんが現れた。
この二人が同時に出てきたところで何だか嫌な予感がしてならない。
二人は音楽室の前方に立つと、桜ちゃんが声を出した。
「皆さん揃ってますね」
「二人してどうしたのかしら」
「稜子嬢そう目くじらを立てなさんな。言っていた通り今日は提案があるからこうやって最初の時間を貰うんだから」
「桜ちゃん提案って?」
「まあ、勿体つけていても仕方がありませんから、簡潔に一誠先輩が話してくれると思います」
「うわぁ……丸投げ。まあ、話を貰ったのはオレだからねい。当然と言えば当然か。
先週のうちに十一月の最初の土日が暇か聞いたと思うんだけど、チクバからその日大学である文化祭に参加しないかと誘われたんよ」
「それでそんな先の予定を聞いていたのね」
言葉はそっけないが、稜子の声は楽しそうに踊っている。
文化祭が終わってしばらくライブの予定もなかった所での予期せぬ誘い。
あの稜子が喜ばないはずないと言ったところか。
「もう少し詳しく話すと大学の文化祭でバンドコンテストをやるらしくてそれに参加しないかと言うことらしい。
そこで改めて聞きたいんだが、その日参加できないって人いたりするかい?」
一誠の問いかけにそれぞれが否定を示す。
それを見て今度は桜ちゃんが大げさに頷くと口を開いた。
「そこで、なんですが。このななゆめを二つに分けて出場してみませんか?」
「二つに分けて……ねえ。面白そうだけれど、人数的に無理じゃないかしら?」
「そうだよね。仮にわたしがベースを弾いたとしても、ギターが二、ベースが二になるだけだし、ドラムを叩いたとしても人数が変わるわけじゃないもんね」
稜子の疑問に綺歩が補足するように伝える。
確かに二人の言い分はもっともだが、この二人がそろってその辺をどうにかしていないわけない。
案の定すぐに桜ちゃんから二人の疑問への回答がなされる。
「チクバの皆さんと言うとこの間の一件があって借りもありましたし、こちらの実力も知っているということで、特別にドラムに関しては一誠先輩が二つのチームで叩くことを了承してもらいました」
「でも、ドラムだけだとボーカルはどうするんだ?」
これもすぐに何かの案を出してくるだろうと俺は気軽に尋ねた。
勿論すぐに桜ちゃんは答えてくれたが、なぜ今日の練習の最初に俺でいて欲しかったのかを考えるべきだったと思う。
それ以前に考えなくてはならなかった事は沢山あったはずなのだけれど、やっぱり俺は桜ちゃんには勝てないのだと思い知らされた。
桜ちゃんはいつからそんな事を考えていたのかと、そんな事を考えてしまうが、ともかく桜ちゃんはニコッと笑うと俺の方を指さし「先輩が二人分出来るじゃないですか」と言った。




