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Lv71

 次の日の朝、想像以上に気持ちの良い目覚めから始めることが出来た。


 恐らく舞との件がもう引き返せないところまで来てしまったので逆に開き直ることが出来たからだろう。


 それに、週末までその事で何かできるわけじゃないと言うのもある。


 だったら俺がしなくちゃいけないことはドリム抗争についての解決案を考える事だけになるし、桜ちゃんの話を聞いた限り急いでどうにかしないといけないわけでもなさそうなので焦ることもない。


「おはようユメ」


『おはよう遊馬』


 いつものようにそんな挨拶から一日を始める。それから着替えて顔を洗って朝食を食べて、それから学校へ向かう。


 そろそろ秋も深まってくる時期。昼間は暑い事もあるが朝晩は寒いほどで、歩く道には冬服の学生が沢山いる。


『そう言えば今日は綺歩来なかったね』


「別に毎日来るわけじゃないからな」


『そうなんだけど、遊馬としては寂しかったりするんじゃないの?』


「いいや。少なくとも今はユメがいるだろ」


『そう言うことじゃないんだけど』


 じゃあ、どういうことなんだよ。と聞きたいが聞いてはいけないような気がして溜息で返す。


「綺歩が来てくれる事は嬉しいんだけどな」


『目立っちゃうのはいただけないって話だよね』


 楽しそうなユメの声が俺の頭の中で響く。


 分かっているんなら聞かなければいいのに。でも、ユメとしてはそうやって俺をからかうのが楽しいのか。


 実際にユメが隣にいて、楽しそうな笑顔を向けてからかってくれるのだったら俺としても役得なのだろうけれど、現状それが出来たとしてやったところで綺歩が隣にいた時よりも目立ってしまう。


『そう言えば今日は一誠のところに行くんだよね?』


「そうだな。一誠なら鼓ちゃんや稜子よりもネットの事詳しそうだし」


『頭良いもんね。勉強しているようには見えないんだけど』


「あとは、綺歩に話すわけにもいかないからな」


『舞ちゃんの時とは違って説明が面倒だからね』


 ユメの困ったような声を聞きながら靴を履きかえ校舎に入る。


 昨日部活があったため今日は部活は休み。


 入部以来この日は綺歩とマンツーマンの練習の日だったけれどユメが生まれてからは自由に過ごしている。


 綺歩に頼めば練習に付き合ってくれるけれど、毎回というわけではなくなった。



 教室のドアを開けるとクラスメイト達が好き勝手に話をしていたり、消しゴムを使って遊んでいたりしていた。


 そんなのはいつもの光景で、それを横目に見ながら自分の席に座りカバンをおろすと一誠を探そうと教室を見まわす。


 探すまでもなく自分の席にいた一誠のところに行くと声をかけた。


「一誠今日の放課後暇だよな」


「遊馬よ、せめて挨拶から入らないかい?」


「おはよう一誠。話があるから放課後よろしくな」


「あと、せめて会話してほしい。切実に」


「そう言えば一誠。お前はあいさつしないんだな」


「はいはい。放課後ね。


 それにしても遊馬が誘ってくるなんて珍しいな」


 そう言えば教室で話すことはあっても放課後まで遊ぶと言うことは部活関係を除けばだいぶ久しぶりになるのか。


「相談したいことがあってな」


「相談ねえ。それって人数多い方がよくないか? だったら昼休みにどうせ一年シスターズが来るだろう」


「多くて悪いって事はないんだけどな。


 むしろ桜ちゃんにはすでに話していることではあるし、ただ鼓ちゃんまで巻き込むのはためらわれるな。


 あと二人は姉妹じゃねぇ」


「でも、クラスでもそんな風に呼ばれてるだろ?


 つつみんに聞かれたくないって事はマイナス方面が入る話か。


 ドリム抗争以外ならば付き合おう」


「一誠、お前分かったうえで言っているだろ」


「正直面倒くさそうだからな。でも、まあ、たまには遊馬と男の友情でも深めるか」


 確かに面倒な相談だとは思う。現状もっとも良いとされている案が様子見だし。


 それでも一誠に男の友情なんて言われると何か嫌な感じがして、露骨にそれを顔に出してやった。


 それを見て一誠は笑っていたのだけれど。


◇◇◇◇


 昼休み。クラスメイトに案内されるように桜ちゃんと鼓ちゃんがやってきた。


「つつみんもさくらんもいっそここで授業受けたらいいんじゃないの?」


「残念ながら飛び級の制度はないみたいなんですよね。


 桜的にも早く卒業して音楽に打ち込みたいんですけど」


「あたしは……今の授業についていくのが精一杯で二年生の内容とか無理です」


「普通そうだと思うんだけどな」


 四人でそれぞれお弁当をつつきながらそんな話をしていると、桜ちゃんが不意に鼓ちゃんに耳打ちをする。


 その直後鼓ちゃんが顔を真っ赤にしたのだが果たして桜ちゃんは鼓ちゃんに何と言ったのだろうか。


 そう思っていると、一誠が何かを思い出したかのように口を開いた。


「そう言えばチクバの面々からメールが来てたな」


「チクバって言うとライブハウスで俺達を邪魔してきたところだよな」


「邪魔をしていたのは拓真って人だけだったと思うんですけど」


「そうですね。残りの二人はむしろ好意的でした。SAKURAのファンに悪い人はいないですから」


「でも、拓真……さんもSAKURAのファンじゃなかったか?」


「桜にはそんな記憶はないです。


 それで、なんてメールだったんですか?」


「って言うかなんで一誠にメールが来るんだ?」


 俺が桜ちゃんに続けて尋ねると、一誠は何でもない事のように「ちょくちょく連絡取ってたからねえ」と返してくる。


 それに対してさらに疑問をぶつけようと思ったが一誠はそのまま桜ちゃんからの質問に答えた。


「十一月の最初の土日に暇じゃないか、みたいな感じだったな。


 オレ個人じゃなくてななゆめとしてって感じだったのが非常に残念だけどねい」


 「ってわけで暇?」と尋ねてくる一誠にうなずいて返す。


 本当はユメに尋ねるべきところだろうけれど俺が暇ならユメだって暇なわけで、無理に聞く必要はないかなと思った。


 桜ちゃんも鼓ちゃんもそれに肯定して、満足そうに一誠も頷いた。


「それはさておき、やっぱりと言うかメールしているのは絢さんか真希さんなんだな」


「好き好んで男とメールする趣味はない」


「一誠先輩も大概欲望に忠実ですよね」


「ただみん、何を今さらそんな事を仰いますやら」


「相変わらずキャラも適当だよな」


「キャラがないキャラを目指しているからな」


 そんな妙なキャラを目指さないでほしい。


 今に始まった事でもないので今さら気にすることでもないと思うのだが。


「あ、あの」


 一誠の相変わらずさに溜息でもつこうかと思っていると今まで黙っていた鼓ちゃんが何やら緊張した様子でそう切り出した。


「ゆ、遊馬先輩のお弁当美味しそうですよね」


「ん? ああ、藍が作ってくれているからな。


 何か食べたいものでも?」


「あ、えっと。その卵焼き貰ってもいいですか?」


 鼓ちゃんに言われた卵焼きを箸の後ろを使って鼓ちゃんにお弁当箱に入れる。


 鼓ちゃんのお弁当はいかにも女の子と言った感じに色鮮やかに作られていて、藍が作ったものと比べても十分に美味しそうに見えるのだけれど、そんなにお腹がすいていたのだろうか?


 鼓ちゃんはそれから、あげた卵焼きには手を付けようとせずに、顔を赤くしながら上目遣いで俺の方を見た。


「あ、あたしだけ貰うのもなんですから、先輩も何か要りますか?」


「良いのか?」


「はい、何でも好きなものを」


 そう言って見せてもらうけれど、流石にメインを貰うわけにはいかないだろう。


 それから鼓ちゃんが好きなものも貰わないようにしないといけない。


 じゃあ鼓ちゃんが好きなものって何だろう、と思ったところで桜ちゃんが口を開いた。


「何でも言って言われたらメインのハンバーグを貰うところですよね」


「いや、流石にそれはどうなんだ?」


「ハンバーグですね」


 鼓ちゃんが俺の言葉を無視して――と言うよりも聞こえていない感じがしたが――俺の弁当箱にハンバーグを入れる。


 こうやって貰ってしまった以上食べるしかないのだけれど本当にいいのだろうか?


「何だ遊馬。要らないならオレが……」


「お前にはやらん」


 箸を伸ばしてきた一誠から守るように弁当箱を遠ざけ勢いのまま貰ったハンバーグを口に入れた。


 そして、それを真っ直ぐに鼓ちゃんが見ているので少し食べにくい。


 やっぱりメインをあげることには抵抗があったのだろうか。


 せめてもと思い味わって食べる。


 弁当と言うことで冷えてしまっているが、ソースがかかっていないのにもかかわらず味がしっかりしていて、かといってしつこいわけではなくあっさりしていて美味しい。


 俺がそれを飲み下しても鼓ちゃんからの視線は続いていて、隣から桜ちゃんの声が聞こえてきた。


「遊馬先輩知ってました? 今日のつつみんのお弁当つつみんが自分で作ったらしいですよ」


「そうなのか。クッキーの時もそうだったけど、鼓ちゃんって料理上手いんだな。美味しかった」


「そ、そんな事ないですけど……でも、美味しかったならよかったです」


 そう言って花が咲いたような笑顔を見せる鼓ちゃんを見ながら先ほどまでの鼓ちゃんの視線の理由が何となくわかってホッとする。


 自分で作ったものを食べられるというのはそれだけで気になる事なのだろう。


 自分の歌がどう受け取られるかと不安に思うのと同じくらい。


「遊馬先輩ってすごいですよね」


「それが遊馬のいいところだと俺は思うけどな」


 俺が鼓ちゃんの笑顔に癒されているときに外野がそんな事を言っていたが、言葉とは裏腹に妙にけなされているような気がしてならなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 放課後になって俺が固まった体を解すために背伸びをしていると一誠が近寄ってきた。


「さて、遊馬。男の友情でも確かめに行くか」


「俺は相談がしたいだけなんだが」


「実は遊馬ってオレの事嫌いだろ? それとも新手のツンデレか?


 ツンデレならぜひユメユメでやってほしいんだが」


「嫌いじゃないさ。むしろ色々と感謝してる。


 俺とユメについて結構気を遣わせているだろうし、何気に気が利くし、ドラム上手いし。


 だが、それとこれとはまた別だ」


「違いねえ」


 そう言いながら笑う一誠は本当に良い奴だとは思う。


 そんな一誠が本気で嫌がれば俺ももう少し対応を改めるだろうが、むしろ今の扱いが美味しいとすら思っていそうな節があるので今のところ改める予定はない。


 ただ、一誠が言うようにたまには友情を確かめ合うと言うのも悪くはないかもしれない。


「ま、たまには遊びに行くか」


「お、珍しい事もあるもんだねい」


「そんなに珍しいか?」


「遊馬の隣って女の子の確率が高いからな。もしくは一人」


 否定しようと思ったが否定できないことに気が付いた。


 クラスでは基本存在感がない、一人でいても誰も何とも思われない側の人間だし、実際クラスメイトでよく話すのは一誠くらいしかいない。


 一誠を除けばななゆめのメンバーくらいとしかまともに話さないので必然的に隣には女子が多くなるわけだ。


「別に友達を作りたくないわけじゃないんだけどな」


「別にクラスメイトだってお前を嫌っている訳じゃないと思うけどな。


 運命ってのは残酷だな」


「そうだな。残酷だな」


「それで、どこに行くか決めていないならオレが決めてもいいかね?」


「どこに行くんだ?」


 俺の問いに一誠は「行けば分かる」とだけ返して俺の前を歩き始めた。


◇◇◇◇◇


 一誠に連れていかれたのは近場のゲームセンター。


 中には結構な数の学生の姿があり、様々なゲームから聞こえる音が騒音のようにも聞こえる。


 当然場所によっては話す際にも注意しなくてはいけないのだけれど『ゲームセンターって久しぶりだよね』と言うユメの声はよく聞こえた。


 一誠はスルスルと人を縫うように先に進むと、一番奥の音楽ゲーム所謂音ゲーコーナーで足を止める。


「まあ、予想は出来てたけどここなんだな」


「ライブの時と違って気楽にできるっていうのが良いってね」


「でも、本物の楽器弾けるのにわざわざゲームセンターまでくる理由って何だ?」


「そりゃあ、オレの名前を刻みに来ている訳よ」


 字面だけ見ればカッコいいセリフを吐きながら一誠が一つのゲームの前で座った。


 やっぱりと言うか座ったのはドラムを模したゲーム。


 上から流れてくるマークが下のラインに来た時に対応した場所を叩くと言うとてもポピュラーなもので、並んでいると思われないようにややずれた角度で立って一誠がそれをプレイするのを眺める。


 流れ始めた曲は俺は聞いたことのない曲で、ただ流れてくるマークの数がその曲の難易度を教えてくれた。


『音楽ゲームってリズムゲームっても言うけど、ここまでくるとリズムゲームっていうよりも早叩きゲームみたいだよね』


「そうだな。でも、どこかでリズム狂うと一気に崩れるだろうから、やっぱりリズムゲームじゃないか?」


『普段やらないから何とも言えないけど、でも一誠が上手い事だけはわかるね』


「今のところノーミスだよな」


 そんな事を言っている間にギャラリーが出来ていて、それでも全く集中力を切らさない一誠は素直に凄いと思う。


 ただ、ギャラリーが出来たらできたでオレの居場所に困る。


 ライブの時のようにジャーンとシンバルは鳴らないけれど一曲終わり周りでは自然と拍手が起こる。


 結局ノーミスでゲームを終えた一誠が立ち上がりこちらを向いたとき、なぜだか少し不満そうな顔をしていた。


「あー……一回ミスった」


「いや、ミスってないだろ」


「グッド イコール バッド オーケー?」


「ノーオーケー」


「まあ、でもあややの記録は抜いたから良しとするか」


「あややってチクバの絢さんの事か?」


 俺の問いに一誠が頷く。あまりゲームセンターとか行くような人には見えなかったけれど、意外だなと思うのと同時に一誠のメールの相手を不本意ながら知ってしまった。


 不本意ってほど不本意でもないけれど。


「同じドラムって事でたまにメールしててね。


 その時にこのゲームについて教えてもらって、いつの間にかスコアを競うようになったわけだ」


「絢さんって結構負けず嫌いなんだな」


「残りの二人に紛れているだけで最初から結構負けず嫌いだったともうけどな。


 初見の時オレらに勝つつもりみたいだったし」


「その辺こっちも変わらないと思うけどな。


 ななゆめが負けるとしたらどこだと思う?」


「今まで会ってきた面子だと、ドリム氏くらいだろうねい。


 歌唱力はユメユメがまだ上だろうけど、知名度はあっちのが断然上だしバンド勝負じゃなければオレ等はただの伴奏と化すだろうからねー」


「やっぱりそうなんだな」


 予想していた答えが返ってきたので大して驚くこともなくそう返す。


「あと、負けるとしたらななゆめ同士で……とは思うけど、正直勝つとか負けるとか考えながら演奏なんてしないでしょうよ」


「それもそうだ」


「それよりも遊馬も何かやってみろよ」


「俺こういうゲームやった事ないからな。パス」


「じゃあ、オレもやった事ないゲームで対戦して負けた方が次に行く喫茶店の代金払うって事でどうだ?」


「次喫茶店行くのか?」


「自分の目的忘れないでほしいねぃ。


 ドリム問題について考えるんだろう?


 まあ、オレはカラオケでもいいんだけどねー」


「そう言えばそうだったな。でも、カラオケはパス。


 その代りお前の勝負乗ってやろうじゃないか」


 カラオケに行ったら歌わないといけないだろうし。


 俺は歌いたくないからユメに歌ってもらうことになるだろうが、ドリム問題に関してはどちらかと言うと俺の問題だからユメにその話を任せようとも思わない。


 まあ、ゲームは得意ではないが、これでも音楽をやっていたわけだしもしかすると勝てるかもしれないと言う甘い算段で一誠との勝負に乗った。


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