Lv70
桜ちゃんとの会話が終わり「じゃあ、音楽室に行きましょうか」と言われたので空き教室を後にする。
音楽室にはすぐにたどり着きドアを開けると稜子が少し驚いたような顔をして、それから俺達に「来たなら早く準備しなさい」と声をかけた。
普通行くか行かないかわからないって言ったら行かないことが多いだろうから稜子の驚きも分かるが、そんな事を考えている暇があったら一刻も早くユメに替われと言われそうなのでそそくさと準備室へと向かう。
準備室への扉をくぐり周りに誰もいなくなったところでユメから声をかけられた。
『ねえ、遊馬』
「どうしたんだ、ユメ」
『そんなに急いでわたしと替わらなくても良いんじゃないかな』
「でも、稜子に怒られそうだしな」
『確かにそうなんだけど……』
話しながらも着替えの準備は進めて、ちょうどこのタイミングで入れ替わる。
「最近だと部活の時わたしの時間ばっかりでしょ?
それだと遊馬が皆と話す時間かなり少なくなってるよなって」
『今の俺は半部員だから別に良いとは思うんだけどな。話したいことがあればメールや電話が出来ないわけでもないし』
「そう言うのとは……ううん。何でもない」
ユメがそう言って首を振るころには着替えもほとんど終わっていて、ユメの細い腕が簡易カーテンを開ける。
それから気持ちを入れ替えるように短く息を吐くと「じゃあ、今日も部活頑張るからね」とおそらく俺に声をかけて準備室のドアをくぐった。
ユメが言いかけていた事、その内容は俺でも何となく気が付いている。
メールや電話では伝わらない事。実際に顔を合わせるからこそ話せる事。
それ以上のもっと感覚的な事。そんな事を言いたかったのだろう。
確かにユメが部活で歌うようになってななゆめのメンバーとある側面から見ると少し距離が離れたような気もする。
特に休日を挟むと行き帰り一緒になる事の多い綺歩以外のメンバーと数日直接話していないような気持ちになることだってあるし。
ただ、ユメが歌うようになってからメンバーとの気持ちの上での距離感と言うか、新密度はだいぶ近くなったのではないだろうか。
だからユメが部活の時間まで気にしなくても大丈夫だと、ユメが気が付いてくれているかはわからないけれど気合を入れて音楽室に来たユメに言う必要もないだろう。
ユメが練習に混ざって歌いだした時、先ほどの桜ちゃんの会話の中で思った罪悪感にも似た何かが頭を擡げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
途中参加だったからかすぐに部活は終わった。
もしくはずっと考え語をしていたからかもしれない。
考え事と言うほどの事でもないかもしれないが。
結局舞は包み隠さず自分の事を話してくれたのに、俺はユメの事を隠しっぱなしで良いのか。
俺だけが隠し事があるというのは包み隠さず何でも話してくれた舞に対して罪悪感を覚える。
そう言うわけで俺とユメの関係を舞に言うべきか否か、ずっと悩んでいたのだけれど結果は全くと言うほどその考えは進まなかった。
言った方がいいとは思う。しかし、それで舞にどんな反応をされるのかわからない。
そもそも、俺がユメとの関係を話してしまって楽になりたいだけなのではないか。
だとすると、言う事は良い事なのだろうか。言わずに黙っていた方が舞のためになるんじゃないだろうか。
そんな考えが無限ループしかけていたところで部活が終わってくれたので助かった。
着替えが終わってユメと入れ替わる。それから出来るだけ悩んでいることがユメにわからないように気を付けて帰りの準備をして音楽室を後にする。
音楽室のドアを閉じ鍵をかけたところで後ろから「遊君」と言う声がかかった。
振り返り声の主を捉えたところで返事をする。
「綺歩、どうしたんだ?」
「一緒に帰ろうかなって思ってね」
「そっか」
綺歩と帰ること自体はよくあることではあるので、今さら驚くことでもなくいつも通りに短く返して職員室に向かう。
その道中綺歩から疑問が投げかけられた。
「遊君。もしかして何かあったの?」
「どうしたんだ? 急に」
「何か元気なさそうっていうか、悩み事がありそうだなって感じがしたから」
綺歩にそう問われ色々と困る。図星を突かれたことは勿論、ユメにばれない様にしていた事を簡単に肯定していいのかと言うことも含めて。
でも、この幼馴染には「なんでもない」と言う方が逆効果なんだろうなと言うことも何となくわかる。
「ちょっと考え事を」
「考え事?」
「綺歩って舞の事ってどこまで知っているんだっけか」
「舞ちゃんって、確かドリムちゃんの事だよね。
それ以外はあんまり知らないんだけど、遊君は友達なんでしょ?」
綺歩の言葉を聞いて、綺歩の中でまだ俺が初代ドリムであるという事に至っていなさそうで少し安心する。
頭の中ではユメが『舞ちゃんがどうかしたの?』と尋ねてくるので、いずれはユメにも話さなければいけないことだからと諦めて口を開いた。
「友達なんだが、ユメと俺の関係について言ってなくて……
って、どうしてそんな嬉しそうな顔をしているんだ?」
「何か久しぶりに遊君が頼ってくれたなって思って。
でも、ごめんね。ちゃんと話は聞くから」
「まあ、舞に俺とユメの事について話すべきかどうかって事なんだが……」
「遊君はどうしたいの?」
大きな目でこちらを真っ直ぐ見ながら綺歩が尋ねてくるのだけれど、それが分からないから悩んでいる訳で。
答えに困っていると綺歩が質問を少しだけ変えて問い直してきた。
「舞ちゃんとか、ユメちゃんとかの事は考えないで遊君はどうしたいか教えて?」
「あー……俺としては全部話したい……かな……
でも、言って俺が楽になりたいだけじゃないかって感じもしてな」
「それで、ユメちゃんはなんて言っているの?」
『わたしは遊馬が言いたいなら言って良いと思うし、言いたくないなら黙っていた方が良いと思うな』
綺歩の言葉に俺が尋ねるより先にユメが答える。
正直黙っていたことに対して何か言われるかもしれないと思っていたので、そんなことが無くてホッとした。
綺歩にユメの言葉通りに伝えると、綺歩が先ほどの俺の時のように問い直す。
「遊君の事は置いておいてユメちゃん個人としてはどう思うの?」
『うーん……教えてしまった方が今後会うことがあった時に楽だとは思うよ。
でも、教えたとして舞ちゃんが遊馬を傷つけるかもしれないからわたしは遊馬が決めた方が良い』
「……だそうだ」
「じゃあ、言っちゃっていいんじゃないかな?」
「あっさり言うな」
笑顔の綺歩にあっさり言われてしまって、自分の悩みは何だったのだろうと思えてくる。
「これでもちゃんと考えてはいるんだよ?
でも、舞ちゃんがどんな反応をするのかは私達にはわからないし、このままだと遊君ずっと悩みっぱなしだと思うから」
「でも、それって自分勝手すぎないか?」
「遊君は少しくらい自分勝手くらいがちょうどいいと思うよ?
周りの事は気にしないで自分勝手にしていた方が実はよかったなんて事やっぱりあると思うし」
俺が多少好き勝手するくらいがちょうどいいと言うのは肯定しきれない――と言うか今まで十分に好き勝手にしてきたと思う――のだけれど、確かに歌に関しては昔の舞の言葉を気にしないで歌い続けていたら、また違う人生だったんだろうなとは思う。
後はなぜか頭の中でユメが『そうだよね』と綺歩に肯定するので、舞に事実を話してみようかなと言う気になってくる。
「ありがとう、今度話してみるよ」
「ううん。ごめんね、あんまり良い事言えなくて」
「そんな事ないだろ。少なくとも背中は押されたからな」
俺がそう返すと何故か綺歩にお礼を言われ、そのお礼の意味が分からないまま家の前についてしまった。
「それじゃあ遊君また明日ね」
「また明日な」
綺歩の家の前でそんな挨拶を交わして、家に入っていく綺歩を最後まで見送ってからわずか数歩で俺も家に着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
妹たちとの夕食を終え自分の部屋に戻ってからユメに声をかける。
「悪かなったな先にユメに言わないで」
『舞ちゃんにわたし達の事を教えるかどうかって話?
そうだよね。当事者であるわたしにまず言ってほしかったな』
「本当に悪かった」
俺としてはユメに許してもらえるまで謝るしかないので、何度でも謝るつもりではいたけれどユメはすぐに優しい声で話しかけてくれた。
『遊馬もわたしが部活に集中できるように黙っていたんだよね。そのあとすぐに綺歩につかまっちゃったし、仕方ないよ。
でも、綺歩が気が付いてわたしが遊馬が考え事としているって気が付けなかったことはショックと言うか、なんで気が付けなかったのかなって思うけど』
「気が付かなかったユメが、と言うより気が付いた綺歩が可笑しいと俺は思うんだが……」
『幼馴染の力ってやつなのかな?』
「俺は綺歩が何考えているとかパッと見ただけじゃな分からないけど」
『だよね。わたしにもわからないし、何より中学校の三年間で綺歩雲の上の人って感じになっちゃったしね』
椅子の背もたれに体重を預けた状態で頷く。綺歩が分かって俺が分からないって事はもしかして俺って小学生の頃からそんなに変わっていないだろうか?
そんな事を考えているとユメが『でも、そうだよね』と口を開く。
『遊馬が悪いって思っているなら舞ちゃんの件で二つお願いしてもいいかな?』
「何だ?」
『一つは思い立ったが吉日って事ですぐに舞ちゃんに連絡取ること。
もう一つは、説明するときに入れ替わらないといけないと思うんだけど、その時は遊馬からわたしへの入れ替わりにすること』
「つまり、最初に俺が舞に会うって事か?」
『そう言うこと』
ユメにどんな意図があるかはわからないけれどそれで何か俺として困ることはないので了承した後で、さっそく携帯電話を手に取る。
「思い立ったが吉日って言いうが流石に平日は会えないよな」
『舞ちゃんも学校だしね。でも約束したらもうやるしかないでしょ?』
「そうだけど……」
ユメにそう返してメールボックスから新規メールを開く。それから本文を打つ。
『to 夢木舞
俺とユメについて大切な話があるから今度の日曜日に会えないか?』
それだけ打ち込んで手を止める。
内容が思いつかないとかではなく、むしろ内容としては下手に回りくどい事はせずに簡潔な方が良いと思うからこれで良いと思う。
ただ、これを送るとどう転ぶにしても話が進んでしまうと思うと送信ボタンに指を持っていく事を躊躇ってしまうのだ。
『どう転んでもわたしは遊馬の味方だから』
ふと頭にそんなユメの声が聞こえてきて、送信ボタンを押す。
それから「ありがとう」とユメに言葉を返した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
舞からの返信はすぐに返ってきた。
『from 夢木舞
メールありがとう。日曜日だったら会えるよ。
わたしが遊馬君のところに行った方が良い?』
内容的にはそんな感じで、その文面を見て場所も時間も決めていないことに気が付いた。
『to 夢木舞
こっちの都合だから、舞の方に行くよ。
十時に舞が都合のいい駅で集合って事で、どこがいいか教えてくれないか?』
そう送って返ってきた返信を確認してから携帯をベッドに放り投げる。
そのままの勢いで俺もベッドにダイブしたとき扉越しに藍の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃんお風呂沸いたけど先に入る?」
「じゃあ先に……」
このままでは寝てしまいそうだったので、先にお風呂に入ってしまおうと思ったのだけれど、ふとある考えが浮かび扉を開け言葉を変える。
「藍はまだお風呂入ってないんだよな?」
「うん。それがどうしたの?」
「いや、良かったらユメと一緒にお風呂に入ってくれないかと思って」
『遊馬どうしたの急に』
「そう言えば最近ユメってお風呂入っていないなって思っただけで。
前は優希の事があって有耶無耶になったけど、バスタオルが一枚びしょ濡れになっているって言うのは母さんに見つかったら言い訳大変そうだし。
かと言って、ユメが目を瞑ったまま一人で入るのはさすがに危ないかと思ってな」
『言いたいことはわかったし、お風呂にはいれるのは嬉しいんだけど……』
「そう言うことだったら私は大丈夫だよ? お母さんは最初にお風呂に入ってそのまま寝ちゃったし。
ユメさんは目を閉じていて兄ちゃんには見えないんだよね」
「心配だったらユメの目にタオル巻いておけばいいんじゃないか。バスタオルが濡れるよりましだろうし」
「じゃあ、先にお風呂場行っててすぐに行くから」
そう言って藍が自分の部屋に戻るのを見送ってから俺もすぐに準備して脱衣室に向かう。
『もう、遊馬勝手なんだから』
「でも、俺はもう少し自分勝手な方が良いんだろ?」
『それはそうなんだけど、それはわたしとか綺歩のために好き勝手動くって意味じゃなくて……』
「約束してしまったものは諦めて従うしかないと思うが」
軽口を叩くようにそう言ったのだけれど、ユメが何も言ってくれなくなってしまったので続けて話す。
「悪かった。これからはちゃんとユメの意見も聞くようにする。
……って事じゃないよな。さっきユメが言ってくれた言葉嬉しかったよ。本当に」
『じゃあ、そんな風に使わないでほしかったんだけど……許してあげる』
そんな風にユメに許してもらって、脱衣所へのドアを開け中に入る。
それからユメと入れ替わった。
「こうやって目を閉じたまま着替えるのにも慣れちゃったな」
『体育の授業でいつの間にか着替え終わっているタイプになるな』
「それは遊馬も一緒でしょ」
『いいや、俺は既になっているから違うな』
そんなどうでもいい事を言いつつも、俺がすることは頑張って意識を外す事。
でも、藍とユメが一緒に入るなら俺が会話に入るわけにはいかないし、少し困ったことになるんじゃないかと今さら気が付いた。
今日は急ぐ必要がないためかいつもの半分くらいのペースでユメが着替えている中ノックの音がする。
「お兄ちゃ……ユメさん? えっと、入っても大丈夫ですか?」
「むしろ入ってくれたら嬉しいかな。手探りで籠に服を入れるのが難しそうで」
ユメが返したところで、ガラッとドアが開く音がして誰かが入ってくるような気配がする。
入ってきたは良いけれど中々藍が話さないのでユメが心配そうな声を出した。
「えっと、わたしの体何か変かな?」
「あ、全然そんな事ないです。むしろ思っていたよりずっときれいな肌をしていたから驚いちゃって」
「その辺はインドア派の遊馬に感謝かな。
それで脱いだのは良いんだけど、どこに籠があるかわからなくって」
「あ、私が入れますね」
藍がそう言ってユメから俺が来ていた服を受け取る。そこでまた藍の動きが止まる――気配がする――。
「藍?」
「な、何でもないです。
それよりも女の子同士とは言えユメさんは恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしく無い事はないんだけど、何だかんだで目を瞑ったままシャワールームに連れていかれたり、海では更衣室に連れていかれて無理やり水着着せられたりしたからそれに比べたら平気かな」
「大変なんですね」
「遊馬に見られるわけにはいかないから。でも、こうやって替わって貰ってるってだけでも感謝してるかな」
「お兄ちゃん優しいですもんね」
「わたしも、わたしになるまでは気が付かなかったんだけどね」
そんな風に言われると照れるが、やはりそんな事はないように思う。
俺は俺がしたいようにしているだけだし。
「じゃあ、藍。これ後ろで結んで?」
「やっぱりタオル巻くんですね」
「正直起きているときに目を瞑っているって言うのは結構疲れるんだよ」
「わかりました」
後ろでタオルの端が結ばれる感覚と共に頭が少し圧迫される。
結び終わって外れないか確認した後ユメが目を開けた。
開けたとはいっても目の前は真っ白で、先ほどまでとの違いは光をより感じやすくなったことくらいか。
それから藍に手を引かれるようにお風呂場に連れていかれると、用意してある椅子に座らされた。
「それじゃあ、洗いますね。洗いっこ……は出来そうにないですけど」
「何かごめんね」
「言ってみただけですよ。それよりも、髪の毛から洗うので早速ですがタオル取りますね」
そう言えばそうか。なんて思っていると、ユメが頷いてまた自分の瞼の裏だか何だかを視界に捉える。
タオルが取られ「それじゃあ、お湯かけますよ」と言う声の後頭にお湯がかけられていく。
「お兄ちゃんの髪を見ながらも思ってましたけど、綺麗な髪ですよね」
「そうかな?」
「はい、私や優もよく綺麗だねって言われますけど、それ以上だと思います」
藍の指がユメの髪を梳かすようにスーッと流れていく。
確かにその時その指は髪のどこかに引っかかるなんてことは無くてされているこちら側としても少し心地いいものがある。
と言うか、こうやって髪の先まで弄られると俺の時と違って本当に髪が長くなっているんだなと感心してしまう。
普段だと何も存在しない場所を触られて不思議と言うか、妙な感じがする。
「そう言えば、ユメさんがお風呂に入りたかったら水着とか着て入ればバスタオルの時よりばれにくいと思うんですけど。
言ってくれていたら私か優の水着って事にしておけますし」
「そう言えば……」
『俺も気が付いてなかった』
「どうしてそれを早く言ってくれなかったの?」
「たまにはユメさんとお風呂入りたいなって思ったんですけど、駄目でしたか?」
「駄目じゃないよ。でも、わたしと一緒だと遊馬もくっ付いてくるようなものだし」
「だからこうやって私に髪の毛を洗われているんですよね」
藍が少し楽しそうに言う。
こうやって誰かに髪を洗われるなんて事久しぶり――文化祭でユメが綺歩に髪を洗われていたけれど、その時には疲れていたのでこうやってゆっくり洗ってもらうのは――で自分がされているのではないとわかっていても何だか気持ちが良い。
「ごめんね。大変でしょ?」
「そんな事ないです。
優っていつもお兄ちゃんやユメさんと話しているじゃないですか。私が料理しているとき何かに。
別にそれは良いんですけど、たまにはこうやってユメさんを独り占めしてみたいなって思っていたんです」
「そう言われると何だかちょっとくすぐったいね」
「それはさておき、歌っておいた方が良いと思いますよ?
たぶんユメさんが思っているよりも洗うの時間かかりますから」
「そうなの?」
首を傾げながらも歌いだしたユメの声に合わせて藍の鼻歌が聞こえてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
流石に体はユメが自分で洗って一人湯船につかっている。
この感覚も久しぶりだが、いつもより湯船が広く感じられて今はユメが表に出ているんだなと当たり前の事を考えていた。
藍はユメを洗っていた分、今体を洗っているらしくシャワーの音が隣から聞こえてくる。
それからちゃぽんと湯船に入ってきた音がしたのだけれど、何故かユメに座るように入ってきた。
さらにユメに寄りかかってくるので、藍と肌が密着する。
「えっと、藍?」
「たまにはお姉ちゃんに甘えてみようかと思いまして。
たぶん見た目としては逆になるんでしょうけど」
「どうせわたしは小さいですよ」
お姉ちゃんと呼ばれた嬉しさと暗に小さいと言われた事への不満とでニヤニヤしているような口をとがらせているようなよくわからない表情でユメがそう言った。
「嫌でしたか?」
「ううん。甘えてくれていいよ。
それよりも藍の肌がふにふにで気持ちいいかも」
「ユメさんのそれには負けると思いますけど」
「お姉ちゃんって呼んでくれないの?」
「えっと、何だか恥ずかしくって……」
「じゃあさっきは頑張って呼んでくれたんだ」
恥ずかしそうな声を出していた藍にユメがそんな事を言うので藍が黙ってしまう。
ユメもユメで口元に笑みを浮かべてクスッと笑うと藍の頭を撫で始めるので事は何も進まない。
しばらくしてとうとう観念したように藍が口を開いた。
「どうやったらユメさんみたいに、お兄ちゃんみたいに歌が上手くなるんですか?」
「どうやったら……か。最初は好きだったからずっと歌っていただけだよね」
『でも結局ちょくちょく綺歩とかに発声の練習付き合って貰っていたからじゃないか?
俺達は音楽に関しては正直疎い人間だし』
「そうだよね。やっぱり正しい練習教えてくれる人に教わるのが楽かも」
「綺歩さんとかにですか?」
「うん。でも、今の藍は受験勉強しなくちゃいけないんじゃない?」
「息抜きに歌とか歌ってみようかなって思ったんですけど、出来るなら上手くなりたいかなって思いまして」
「それだったら、好きに歌っていたらいいんじゃないかな?
あとは自分の歌を自分で聞いてみるのも良いって聞くよね。最初は嫌かもしれないけど」
ユメが半分笑いながら言うので、藍が不思議そうな声で「嫌なんですか?」と返した。
「自分が普段聞いている自分の声と、周りの人に聞こえている声ってちょっと違うんだよ」
「そうなんですか」
藍の感心したような声が聞こえてきたところで、そろそろユメの方がのぼせそうになったのでお風呂から上がる。
ユメが着るのは勿論俺の服なのですごくぶかぶか。そんな状態でリビングに行くと優希がアイスを美味しそうに食べていた。
「流石にこの時期にアイスって寒くない?」
「あ、今日はお姉ちゃんでお風呂に入ったんだ」
「優、そんなだと太っちゃうよ?」
「藍? って事はもしかして二人でお風呂入ったの?」
藍を見つけた優希が何度か瞬きをして、それから声をあげる。
「そうだよ」
「ずるい」
「じゃあ、優がユメさんの髪乾かしてあげて」
「じゃあ、許す」
ユメの目の前、ユメに全く入る隙無くそんな風に話が進み優希が口にアイスの棒を加えたままパタパタとドライヤーを取りに行った。
それから戻ってきた優希にユメが解放されたのは長いユメの髪がすべて乾き終わった後だった。




