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Lv63

 音楽室に戻った俺たちに稜子が最初に言った言葉は「なんでそんなに買ってきたのかしら?」だった。


 まあ、音楽室に戻るまでにまた増えたのだから稜子の言い分も正しいし、実際問題なんでこんなに買ってきたのかと言われても正しい返答は思いつかない。


 仕方がないので先に食べてしまった俺と綺歩も一緒になって持ってきたものを食べる。


「焼きそばやたこ焼きなんかは判らなくもないのだけれど、どうやったら綿菓子を一生徒が作ったのかしら」


「確か家に綿菓子を作る機械があるって人がいたんだって」


「なんでそんなものがあるのかが疑問だけどな」


「それに色々とダブっているわよね」


「定番のものは去年と同じでグループ同士被り易いみたい」


「それにしても、ちょっとお昼を買いに行っただけで焼きそばが三つはないと思うのだけれど」


 そんな風に雑談をしながら二度目の昼食を食べていると、不意に稜子が質問してきた。


「そういえば、遊馬は今までどこに行っていたのかしら?」


「屋上で風にあたっていたな」


「遊君の秘密の場所って屋上だったんだ。


 良く行けたね。確か鍵かかっているよね?」


「その辺が秘密ってわけだな」


「まあいいわ。それよりもユメは元気かしら?」


「それよりも……って自分で聞いておいてって感じだな。


 歌う分には問題ないってさ。むしろ、風邪ひいていてもライブには出るとか言っていたけど」


「それなら問題なさそうね。あと気がかりなのは鼓くらいだけれど、桜も一緒だから心配いらないわよね。


 これ食べ終わったら合わせてみるからユメに替わっていて頂戴」


 稜子の言葉にうなずいたあと、話は文化祭の出し物の話に戻って、結局どの辺が「文化」なのだろうかと言う疑問を残して昼食が終わった。




 今更だが、いつもユメが着替えるこの場所は基本的にユメしか使わない。


 当たり前だが、他のメンバーは着替えること自体ほとんどないし、仮に着替えるとしてもわざわざここを使うことはなく、普通に準備室に鍵をかけて着替える。


 良いか悪いかはおいておいて、こうしてみるとユメって特別扱いされているなと思わなくもないのだけれど、実際普通ではないし学校で下着も含めて全て着替えるのは水泳部を除けばユメ位なものだろう。


 この話がどうしたというわけではないが、そろそろユメが着替える時に気を逸らすネタというものがなくなってきた。


 と、言うか今日屋上でユメがあんなことを言ってきたのだから妙に意識してしまいそうになったのだが。


 目を開けたいけれど開けることのできないもどかしさと言うものを真の意味で体験できるのは、世界広しと言えど俺くらいなものだろう。まったくと言っていいほどうれしくないが。


「お待たせ」


 着替え終わったユメが音楽室に戻ると、まだ来ていなかったメンバーが全員来ていたのだが、何故か鼓ちゃんがぐったりしている。


「あ、ユメ先輩こんにちは」


「よう、ユメユメ。今日も可愛いな」


 桜ちゃんと一誠からはそれぞれそう声をかけられたのだけれど、鼓ちゃんからは何も声がかからない。


「えっと、鼓ちゃん大丈夫?」


「先輩っ」


 地面にペたんと座っていた鼓ちゃんにユメが心配そうに声をかけると、いきなり鼓ちゃんが抱き着いてきた。


 見るとふわふわの髪の毛がぐしゃぐしゃとはいかないまでも乱れている。


 そして泣いている訳ではなさそうだけれど、プルプルと震えている。


 そんな鼓ちゃんに何かを尋ねることが躊躇われたのか、ユメは鼓ちゃんにではなく桜ちゃんに対して疑問をぶつけた。


「桜ちゃん。鼓ちゃんどうしたの?」


「まあ、昨日有名になりすぎましたからね。同じクラスの女の子に始まり、色々な人に頭を撫でられた結果抱っこされ過ぎたコアラのようになっている訳です」


「ああ……なるほど」


「でも、そういうのを桜が何とかしてくれるんじゃないかと思ったのだけれど」


「その言いぐさに桜はちょっと残念ですよ? 稜子先輩。


 やばそうなのは桜が止めていたんですから」


「でも、桜ちゃんあたしの頭を撫でさせる代わりにクレープとか貰ってたよね?」


 ようやく言葉を発した鼓ちゃんがジトーッとした目で桜ちゃんを睨む。


 まるで怖くない睨みに楽しそうに桜ちゃんが目線を逸らすと「ですが」と言葉を返した。


「つつみんも美味しそうに貰ったクレープ食べていたじゃないですか」


「それはそうなんだけど……」


「それに最初の頃はつつみんだって満更じゃなさそうでしたし」


 そうして再度鼓ちゃんの言葉は失われ、代わりに呆れたように首を振る稜子が話し出す。


「桜は何だかんだではたから見て楽しんでいたんじゃないの?


 それから、鼓も嫌ならいやって言えるようにならないとだめよ?


 まあ、ライブまではまだ時間があるから昨日みたいに寝ていてもかまわないわ。何ならユメに子守唄でも歌ってもらったらどうかしら」


 後半からかうように言った稜子の言葉に鼓ちゃんが少し頬を膨らませる。


「子守唄歌ってもらうほど子供じゃないです。


 でも、少しだけ休ませてもらいますね」


 そう言った鼓ちゃんは眠たそうに口を手で押さえて欠伸をすると、準備室の方へと消えていった。


 それを見送った後でユメが声を出す。


「有名税って結構高いんだね」


「せめてライブに影響しない程度にして欲しいわよね。演奏を聴いてほしいからやったのに、そのせいで演奏に悪影響だったら本末転倒だもの」


「その点、ユメユメは脱税気味だよねい。いざとなれば遊馬で雲隠れできるわけだし」


「別に雲隠れしている訳じゃなくて、歌うときくらいしか遊馬と入れ替わらないだけなんだけどね」


『ユメが普段から出たいっていうなら休みの日とかは替わってもいいんだけどな』


「今でもたまに替わってもらっているからわたしは十分だよ」


「ユメちゃんどうかした?」


「ううん。何でもないよ」


 不思議そうな顔をしている綺歩に、ユメが首を振る。


 綺歩も慣れてしまったのか、ユメや俺がこういう事を言った場合それぞれ俺やユメと会話しているのだと深くは聞いてこない。


 ただ、今のようにそうした後で不意に笑顔になるのはどんな意味があるのかわからないのだけれど。


「そういえば稜子に一つ聞いておきたいことがあるんだけど」


「何かしら?」


「わたし達の一つ前の発表って客席側から見ちゃ駄目かな?」


「一つ前っていうとドリムよね。まあ、気になるのは判るけれど」


「気になるっていうか、遊馬がドリムちゃんにライブ聞きに行くって約束しちゃったから、出来るだけしっかり見ていたいなって思って」


「もうそんな話をしているなんて、遊馬先輩も手が早いですね」


 耳聡く話を聞きつけた桜ちゃんが大いに誤解を与えそうな事を言うので、俺は内心溜息をついてユメに話す。


『友達になっただけなんだけどな』


「友達として聞きに行くだけだよ」


「流石に桜もこの三日で恋人同士になっているなんて思っていませんよ?


 でも、意外ですね。八月の終わりに散々迷惑をかけられたから、そこまで親しくするとは思っていませんでした」


 桜ちゃんが意外だと言いつつも、納得したような諦めたような妙な顔をする。


 それでも、綺歩がいることを前提にした言葉選びをしてくれて内心とてもうれしく思う。


『それはそれ、これはこれだしな。実際に会って話してみた感じそこまで悪そうな子じゃなかったし』


「それはそれこれはこれ、だって。


 それで、稜子何とかならないかな?」


「遊馬のためっていうのが引っ掛かるけど、どちらにせよユメで動いてもらうことになるわよ?」


「わたしもそのつもりだよ。セーラー服姿の遊馬がうろついていたらそれはそれで問題が起こりそうだし」


「ところでユメ、有名税の話は覚えているかしら?」


 稜子の口から有名税なんて言葉がスルッと出てきたことには驚いたが、考えてみればさっき話していたんだっけか。


 今鼓ちゃんが隣で寝ているのは有名税のせいだって話。思い出せば稜子の言いたいことは判る。


 しかし、ユメはそうではないらしく首を傾げてしまった。


 当事者と傍観者の違いによる認識の違い。こういうのを岡目八目なんて言うのだろうか?


「今ユメが人の多いところに出てしまうと、ちゃんと戻ってこられるか不安なのよ。


 鼓ですらあの状態なんだから。……まあ、鼓の場合は人柄なんかもあるとは思うけれど」


「……あ~、なるほど」


「まあ、そんなわけだから白にどうにかならないか聞いてみるわ。確か、放送部がステージに近いところのギャラリーは押さえているはずだから何とかなるんじゃないかしら」


「うん、ありがとう稜子」


「さて、まだまだ出番は先だけれど、そろそろ準備に入るわよ。


 その前に今日の出だしの確認だけでもしておこうかしら」


「つつみんどうするんですか?」


「桜ちょっと見てきて演奏できそうだったら連れてきてくれないかしら?」


「了解です」


 桜ちゃんが準備室に消えて、瞼をこすっている鼓ちゃんを連れてきた後、文化祭のライブ前最後の演奏が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 体育館の二階ギャラリー。隣には放送部のビデオカメラがあって、その向こうには立ち入り禁止を示すビニールテープがバツを描くように交差している。


 ドリムのライブが始まるということで特別に連れてきてもらったこの場所に来ると本当にたくさんの人が来ていることがわかる。


 恐らく昨日の美少女コンテスト以上なのではないだろうか。


 割と広めに取っている撮影場所のおかげでユメはその大群にのまれていないけれど、ビニールテープギリギリまで人がいて、多いところでは通路を塞いでしまうのではないかと思うほどに人が重なっている。


 ユメは落ちないように設置されている柵に両腕を載せて、その上にさらに顔を載せた状態でステージに目を落とした。


「いよいよだね」


『いよいよだな』


 そうユメと声を掛け合ったところで、幕が上がり始めそれと同時に曲も流れ始めた。


 落ち着いたイメージの曲の向こう姿を見せた舞は、ブレザー姿ではなく黒のドレス姿。


 幕が舞の身長よりも高くなった時、力強い眼差しで客席を見る舞が曲に合わせてゆっくりと動き出した。


 曲のせいもあってあまり派手な動きはないけれど、指の先まで神経を使っているかのように一つ一つが綺麗な動き。その姿はまさにアイドルのドリムという感じがした。


 前に出していた腕を胸元に持ってくると、舞の口が開く。


「もしもあの時 ほんの少しだけ勇気があれば


 今の悲しみは無かったはずなのに


 せめて名前だけでも 貴方の口からききたかった」


 バラードとまではいかないけれど、盛り上がるという曲ではない曲を歌いながら、舞はその動きを止めることはない。


 ゆったりとした動きだからこそ、その動きの美しさが際立つというか。本当によく踊りながら歌えるなと思う。


 そんな、俺にもユメにもできないことをしながら、舞の目は何かを探しているのか会場を見回していた。


「出会いは突然 貴方は私に手を差し伸べた


 何処の誰とも知らなかったけれど 心はどうして 貴方を求めたの


 臆病な私は 名前も聞くことが出来なくて」


 舞が歌っている曲は、ドリムとしての舞のオリジナルの曲。


 その歌詞は、片思いをしている女の子がその思いを伝えることが出来ないうちに思いの相手が転校してしまったと言うもの。


 同じクラスでも無かった女の子はその彼が転校したことすら彼が転校した後にしか知ることが出来なかった、という失恋ソング。


 客席の反応としては盛り上がるというよりも聞き入っているといった感じ。


「私の視界に貴方はいるけど 貴方の目に私は映っていなくて


 切なさに 貴方を探した



 それなのに



 貴方は 姿を消してしまった


 私はこんなに悲しいのに きっと貴方はそうではないと


 わかってしまうから 余計に辛くて


 貴方にとっては 小さな別れ 道端の石をけるよりも 無意味な別れ」


 ユメもその歌と踊りに引き込まれたかのように舞から目を逸らすことをしない。


 もちろん俺もまるで光り輝いているような舞から意識を逸らすことはできなかった。





「狭い世界の 小さな変化 きっと誰も気が付かないけど


 明日の私は きっと笑える」


 後奏も終わりかけ、舞は目を閉じて真上に伸ばした腕をスーッとおろす。


 曲が終わると客席の方からドリムを呼ぶ声がいくつも飛んだ。


 舞は姿勢を正すとマイクを持ち直し笑顔を見せる。


「皆さん、初めましてこんにちは」


 舞の挨拶に応えるように「こんにちは」と多くの声がする。


 そのあとで舞が自己紹介をしているのだけれど、ユメが語り掛けてきた。


「ねえ遊馬」


『どうしたんだ?』


「遊馬はどう思った?」


『すごい引き込まれるよな。動きの一つ一つが丁寧だったし、曲にもあっていたし』


「確かに凄かったけどそう言うことじゃなくて」


『歌の話だろ? 正直驚いたな。思っていた以上に生だとユメと重なるところがあったし、何より想像以上によくなっていたと思う』


「そうだよね。もしかして、わたし超えられたんじゃないかな?」


『どうだろうな。判断するのは見てくれている側だろうし。


 俺としては舞の歌よりもやっぱりユメの歌のほうが好きだけど』


「それって舞ちゃんの歌が今のわたしよりも昔の遊馬に似ているからでしょ?」


 ユメがそう言って笑う。


 図星なので返事をする気にはなれないが、これは仕方が無い事ではないだろうか。何せ「へたくそ」と言われた記憶がよみがえってくるのだから。


 だから、さっき言った思ったよりもユメに重なるっていうのはむしろ、思っていた以上に俺にと重なったと言ったところか。


 そうしている間に舞のMCが終わっていて次の曲へと移ろうとしていたので、ユメの視線がそちらに戻った。


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