Lv61
文化祭二日目が終わってその疲れのため自分の部屋に行く気にもなれずソファに座り込む。
今日は優希がそのうえで寝ているということもなく、広く感じるソファに寝転がってやろうかと思っていると、後ろから手を回された。
藍か優希だろうと思いながら、上を向くと優希が嬉しそうな顔で「兄ちゃんもお姉ちゃんもおかえり」と声をかけてきた。
考えてみれば、キッチンからするいい匂いは藍が料理をしているからだろうし、優希しかいないのだけれど。
「ただいま。どうしたんだそんな嬉しそうな顔をして」
「だって、あたし達のお姉ちゃんが一番だったんだもん」
「今日来てたんだな。
っていうか、あんまりお姉ちゃんって呼ばない方が……」
「だって美少女コンテストがあるって知ってから、藍と一緒に様子だけ見ようかなって思って。でも、結果発表だけしか見られなかったから、お姉ちゃんの歌聞けなかったのはちょっと残念。
お母さんは、お父さんが久しぶりに二日休みが取れたからって一緒に旅行に行ったよ。兄ちゃんすぐ学校に行っちゃったから知らないだろうけど」
「子供おいて、よくもまあ」
両親の子供に対する興味のなさというか、放任さに溜息が出る。俺は文化祭があるからともかく藍と優希くらい連れて行ってやればいいのに。
「あたし達も一緒に行くかって聞かれたけど、兄ちゃんの文化祭があるし、受験勉強もしないといけないってことで断ったんだよ。
藍がいないと兄ちゃんんご飯食べられないだろうし」
「流石に何か買って食べるくらいはできるけどな」
「いいの。あたし達が残りたくて残ったんだから」
『じゃあ、明日のライブは責任重大だね』
「そうだな」
「お姉ちゃん?」
「ああ、明日のライブは責任重大だって」
「いつも通りで十分自慢のお姉ちゃんなんだけどな」
と、優希とそんなことを話している間に、キッチンの方から「ご飯出来たよ」と藍の声が聞こえてきた。
食卓に向かうと、藍が一人で作ったとは思えないほどの品数の料理が並んでいた。
サラダにグラタン、から揚げ等々、さながら誕生日会と言ったところ。
「すごいなこれ。今日だれか誕生日だったか?」
「ううん。優勝祝い……かな? お母さんいなかったからいろいろ作ってみたの」
「だとすると、俺が食べるわけにはいかないよな」
ユメのお祝いなのだろうから、たとえ俺が食べてもユメも同様に食べたことになったとしても、ちゃんとユメが食べるべきだろう。
そういうわけで、ユメの返事を待つことなくユメと入れ替わる。
ユメは少し困ったように「そんなに気を遣わなくても……」と言ったのでユメに反論する。
『ユメに気を使ったんじゃなくて、藍に気を使ったんだよ。
ユメが食べても味はわかるしな』
「そういうことなら……でも、わたし十五分でこれ食べ終える自信ないよ?」
「大丈夫ですよ。余ったら明日の朝ごはんになるだけですし、十五分で食べられそうになかったら途中で歌ってくれてもいいですし」
「むしろ、今日聞けなかった分お姉ちゃんの歌聞きたいかも」
よく似た顔の二人が、それでも全然違う話し方で話しながらユメを椅子に座らせる。
ユメも観念したように首を振ると「うん。優希も藍もありがとう」と笑顔で言ってから手を合わせた。
「お姉ちゃん、明日の話って聞いていい?」
「出来れば明日見に来た時のお楽しみ、の方が良いと思うんだけど」
「そうなんだけど、なんだか気になっちゃって」
「遊馬、どこまで話していいと思う?」
『昨日ライブの時に言ったレベルだろうな』
「明日はわたし達としては重大発表がある……かな」
「重大発表?」
「それこそ明日のお楽しみ」
「それなら聞かない方が良かったかもしれないです。
聞く前よりも気になって夜寝られるかわかんないですよ」
「そうだよ、お姉ちゃんひどい」
ひどいと言う割に優希の顔は楽しそうで、その楽しそうな顔が何かを思い出したようにハッと変わった。
「そういえば、お姉ちゃんって初代ドリムなの?」
「そうでした。ドリムちゃんとユメさんの歌い方が似ていたのってそういうことなんですか?」
「うーん……わたしはドリムじゃないよ」
「まあ、ユメさんだと時期的におかしいですからね。だとすると、やっぱりお兄ちゃんが?」
『いまさら無理に隠す必要もないだろう』
「そういうことなんだけど、綺歩には内緒にしておいてね」
「うん。わかったよ」
優希が首をひねりながらも了承してくれたので一安心。そもそも心配なんてする必要はなかったと思うけれど。
「でも、よく遊馬ってわかったね」
「中学校でもドリムちゃんが高校の文化祭に来るってことで盛り上がってて、その時にドリムちゃんのパクリのバンドがあるんだって話になっていたんです」
「それで、確認もせずに反論するのもダメかと思って、パクリじゃないよってやんわり言っておいたんだけど、釈然としなくてちょっと詳しく調べてみたんだよ」
そして、俺が昔投稿した動画に行きついたってところか。
当時の俺は今のユメを下手にしただけかも知れないがよく気が付いたものだ。
「初めて動画を見たときはまさかって二人で驚いたんだけど」
「聞いているうちに、何か納得しちゃったんですよね。やっぱり、お兄ちゃんってすごいんだなって」
「だから、お姉ちゃんドリムちゃんにも負けないよね?」
「二人には悪いんだけど、わたしも遊馬もあんまりドリムに勝つとか負けるとか考えてないんだよね」
ユメの返答に優希が少しむっとした顔をする。
「でも、ドリムちゃんって兄ちゃんの人気を利用して今有名になったんだよね?」
「今みたいにドリムって名前が有名になったのは今のドリムが頑張ったからでしょ?」
「だからって……」
優希がそう言って何かを我慢するように口の端を歪ませると、そっぽを向いてしまった。
代わりに今度は藍から質問が飛んでくる。
「ユメさんはドリムちゃんをどうしたいんですか?」
「どうしたいってわけでもないんだけど、出来れば友達になれたら良いなって思うかな。
ドリムって名前に縁のある者同士ね。
でも、二人がわたし達を応援してくれていることはとっても嬉しい。だから、ありがとう」
ユメがそういうと、藍も優希――はまだそっぽを向いたままだったが――も、どこか照れたような表情で、でも嬉しそうに笑っていた。
「それに、勝ち負けは考えていないって言っても、ライブは全力だから手を抜くってわけじゃないんだよ?」
「お姉ちゃんってたぶん歌に関してだと手を抜けないでしょ?」
「そうかもね」
ようやく優希がこちらを向いてくれたことで、ユメが安心したように目を細めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結局夕ご飯は残ってしまったが、それでも藍は満足してくれたようで、むしろ明日の朝ご飯を作らなくていい事を喜んでいた。
今まで無理に作っていたのだとしたら申し訳ないと思ったのだけれど、曰くユメ達のライブがあるから出来るだけ早く家事を済ませて万全の状態で臨みたいらしい。
こちらにしてみたら、嬉しいやら恥ずかしいやらだが家族がこうやって応援してくれていることは、そうじゃない人に比べてだいぶ幸せな事じゃないかと思う。
『ねえ、遊馬』
「どうしたんだユメ」
自分の部屋のベッドの上、寝転がっているときにユメから声をかけられたので独り言を言うように返事をする。
『明日どうなるかな?』
「不安なのか?」
『わかってるでしょ?』
「楽しみと不安と、八対二ってところか」
『今日も昨日も歌いたかった、桜ちゃんが作ってくれた歌。ようやく人前で歌えるのは楽しみだし、舞ちゃんの生のライブが見られるのもちょっと楽しみなんだよね』
「でも、全部終わって舞がどう思うかは俺達にはわからないからな。
どうしても舞の肩を持ちたいなら……」
『ライブに出ない。
でも、どうあがいてもそれだけはないよ』
「そうじゃないと困る」
一度起き上がり明かりを消してから、また横になり目を閉じる。それで、今日の話は終わりだと示したつもりだったけれど、ユメから声がかけられた。
『ねえ、遊馬』
「どうしたんだ?」
『最近わたしね、遊馬だった時の記憶が自分のものじゃないような気がする時があるんだ』
「それでいいんじゃないか? ユメはユメだし俺は俺だ」
『頭ではそれをわかっているつもりだったんだけど、最近それを実感するようになってきたなって思うの。
前は遊馬が批判されたらまるで自分が批判されているみたいで嫌だったんだけど、今はそれ以上に嫌かなって』
「俺もそんなに変わらないさ。ユメが批判されるのを見るのは自分のこと以上に辛いからな」
『そっか』
ユメがそう言ったきり何も話さなくなったので、寝ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
文化祭三日目。藍が昨日言っていたように、昨日の残りの朝食を食べてから学校へ向かう。
いっそのこと行くときからユメで行った方がいいような気もするけれど、出席はとるのでやはり俺で行かないといけない。
そういえば巡先輩は理事長なのだからその辺どうにかしてくれないのだろうか?
もう最終日で意味はないのだけれど。
欠伸を噛み殺しながら歩く道で「遊君、おはよう」と声をかけられた。
見てみると、俺とは違いシャキッと目を覚ましている綺歩が手を振りながらこちらに小走りでやってくる。
「よう綺歩。おはよう」
「なんだかお祭りみたいだね」
「文化の祭りだからな」
「そうなんだけど、そうじゃなくて」
綺歩の言動が何かおかしいなと思ったところで、周囲のざわめきに気が付いた。
よくよく聞いてみると、昨日の美少女コンテストの事や今日のドリムと軽音楽部のライブについての会話が主らしい。
そうなると当然この場にいる綺歩は注目の的になるわけで、ここまでお祭り騒ぎなのは……
『綺歩のせいよね』
「お前が表に出ていたらもっと大変なことになっているんだろうな」
「遊君どうしたの?」
「この騒ぎの原因は綺歩のせいだろうなって話だよ」
「それは否定できないんだけど……でも、遊君気づいてなかったよね?」
「まあ、それを言われると痛いな。ほんとなんで気が付かなかったんだか」
ちょっとだけ拗ねたように綺歩が横を向くと、今度は心配そうな顔で覗き込んできた。
「大丈夫? 体調が悪かったりしない?」
「強いていうなら疲れてるな。昨日慣れないことしたし、ユメが」
「そういえば、ユメちゃんが疲れたら遊君も疲れるんだっけ。ライブまで持ちそう?」
「今日は昼までは自由に行動してよかったよな?」
「確かね。楽器は稜子が練習ついでに見ておくって言っていたし、私もそっちに行こうかなって思ってるよ。遊君はどうするの?」
「疲れたし秘密の場所に行って一人で休んだ後、練習に混ざるかな」
「じゃあ、今日は一緒に文化祭出来るね」
「昨日も一昨日も一緒だったと思うんだが」
「その時に一緒だったのはユメちゃんでしょ?」
「そういえばそうだな」
俺がそう返したところでちょうど下駄箱にたどり着いた。
綺歩と「また後で」と別れて、まだ時間があるので生徒会室に向かう。
考えてみるとこちらから秋葉会長に会いに行くのは初めてだなと思いつつ、生徒会室をノックすると中から「はい」と会長の声が聞こえた。
「おはようございます」
「三原君、どうしたのかしら? もしかして、私に会いに来てくれたとか?」
「手段としてはそうですね」
「目的じゃないのが残念なのだけれど、私に頼みたいことでも?」
何かの作業をしていたのか、手にプリントを持ったまま会長は受け答えをしてくれる。
変な人ではあるけれど、とんでもない私情でその作業の手を止めさせてしまったと考えると申し訳ない。
とは言え、ここまで来てしまった以上、駄目で元々要件を言ってしまおうと思う。
「文化祭始まった後、屋上に行きたいので鍵を貸してくれませんか?」
「何かするのかしら?」
「別に何かしたいわけじゃないんですけど、昨日のコンテストで疲れたので風の当たる所で静かに休みたいなと」
「コンテストっていうと……ああ、そう言うことね」
初めは何を言っているんだろうと言う顔をしていた秋葉会長が納得したような表情を見せると、プリントを置いてスッと立ち上がる。
それから、出入り口の方へと歩いていくとこの部屋の鍵をかけた。
どこかで見た状況だなと思いつつ秋葉会長の言葉を待つ。
「本当は貸しちゃ駄目なのはわかるわよね?」
「まあ、秋葉会長が信頼の下に借りているものですから」
「それがわかっていて貸してほしいと?」
「駄目だったら諦めますよ」
「そう言えば、まだ十五分以上時間あるわよね」
秋葉会長のその言葉で会長が生徒会室に鍵をかけた理由がわかった。
鍵を貸して欲しかったらユメに替われって事か。
『いいよ、替わっても』
「いいのか?」
『文化祭中、ずっとわたしで遊馬はあまり楽しめていないわけだし、たまには遊馬の手伝いさせて貰ってもいいでしょ?』
「それなら、よろしく頼む」
そう言ってユメと入れ替わる。
ほどなくして目を爛々とさせた会長が口を開いた。
「こんなに簡単にユメさんに会えるなんて言ってみるものね」
「もしかして、わたしに替わらなくても鍵貸して貰えたり……」
「もちろん。そもそも、コンテスト出場はこちらから言ったことでしょ?
そのせいで疲れたというのなら、手を貸さない理由がないもの」
「えっと、わたしに会いたいっていうのは嬉しいんですけど……」
困惑しながらユメが言う。それもそのはず、ユメの手はすでに会長に握られていて、顔だって本当に目の前と言えるほどに近い。
「当たり前なのかもしれないけれど、ユメさんって三原君が着ていた服をそのまま着ているのよね?」
「え? あ、そうですけど……」
「って事は、このぶかぶかの着られている制服姿も頼めばいつでも見られるってわけよね」
「えっと、いつでも見せるってわけじゃ……どちらかと言えば、あんまり見せたくな……
って、秋葉会長聞いてますか?」
「あ、えっと。何かしら」
ユメの話を全く聞いていなかったとばかりに秋葉会長が問い返す。
その様子にユメが一つ溜息をついた。
「秋葉会長って実はわたしの事嫌いだったりするじゃないですか?」
「太陽が西から昇ってきてもそれはないわね」
「だったらもう少し話を聞いてくれても」
「それはユメさんが可愛いのが悪いのよ」
「はあ……もういいです。
他の人はいないんですか?」
諦めたとばかりにユメが尋ねると、秋葉会長は舐めるようにユメを見まわしながら答える。
「今日は皆始まってからが仕事なのよ。ただ、今回に限ってはいつもとは違うことをするから私は最終確認をしていたってわけ」
「最終確認をするならわたしを見なくてもいいと思うんですが……」
「あら、ユメさんが今日も可愛いか確認するのは大切なのよ? だって我が校の顔、ミス北高で、軽音楽部のボーカルだもの」
「でも、少し前まで遊馬でしたよね。ボーカル」
「もちろん三原君が出演していた時だって、毎回ちゃんとカッコいいか確認していたわよ?」
『そんな当たり前でしょ? みたいな顔で言われても正直困る』
「と、冗談は置いておいて」
「冗談には……」
「ユメさん昨日はごめんなさいね」
「あ、えっと。何のことでしょうか?」
急に謝る秋葉会長にユメが慌てて返事をする。
会長は申し訳なさそうな顔でつづけた。
「十五分の件よ。計り間違えていたとは言え、ユメさんの水着に気を取られていて確認を怠っていたなんてね」
「それだったら大丈夫ですよ。ちゃんと演奏できましたし」
「そう言ってくれると助かるわ。それで、物は相談なんだけれど」
「相談……ですか?」
そこはかとなく嫌な予感がしてならないが、ユメとしても聞かないわけにはいかないのだろう、恐る恐る繰り返す。
「ユメさんの水着の写真譲っては……」
「嫌です」
「まあ、そうよね……」
ユメの鋭い一言に秋葉会長が落ち込んだ声を出した。
そのせいか、ユメが思わず何かを言いかけてハッとしたように口を閉じる。
「さて、鍵を借りに来たんだったわね。はい、これ」
「えっと、いいんですか?」
「もちろん。たぶん今日の午前中はずっと生徒会室にいるから、ここに返しに来てくれたらいいわ」
「ありがとうございます」
「そんなありがとうだなんて。むしろ、ユメさんと話せてこちらこそってところよ」
さすがにそれはどうなんだろうか。
取りあえず目的のものは借りることが出来たので、下手に触れることはせずに、ユメは無難に会長とっ話そうと四苦八苦していた。




