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Lv60

 一曲終わって、体育館が余韻に包まれる。


 先ほどまでの熱気も静まった中に残り続けユメの額から一筋の汗が頬を伝い顎から雫となって落ちていった。


 たった一曲、ユメの息を切らせるにはまだまだ足りないけれど、やりきったといった達成感はいつも通り。


 どれくらいたったのだろうか、多分そんなに時間はたっていないはずだけれど、何分か黙っていたような気分でいると、慌てたように赤井さんが声をマイクに乗せて話し始めた。


「軽音楽部の皆さんありがとうございました。


 いやはや、わたくしとしたことが思わず聞き入って司会を忘れてしまうとは。


 と、言いますか、演奏していただくことは聞いていましたが、まさか進行を奪われてしまうとは思っていませんでしたよ」


「ピンク先輩、次進めなくていいんですか?」


 いつの間にか審査員席に戻っていて、いつの間にか赤井さんの呼び方が「ピンク先輩」に戻っていた桜ちゃんがそう言う。


 俺が赤井さんの立場だったら釈然としないだろうけれど、流石本職というかそんな色一つ見せずに司会業に従事する。


「そうですね。そろそろ審査に移りたいと思いますので、出場者の方々は先ほどの位置まで戻ってきてもらってもいいでしょうか」


 そう言われたのでユメ以外は楽器を置いて先ほどまで立っていた位置に戻る。


「これからですが、客席の皆さんには順次退出していって頂きます。


 その時、あらかじめ配っておいた用紙に四人の中で誰がミス北高に相応しいかを書き出入り口に居る放送部員に渡してください。


 一応言っておきますが、一人一票までです。正しく投票しなかった方は無効票となってしまいますので注意してください。


 結果は開票が終わり次第放送で連絡しますので、よろしければ、ここ体育館まで来ていただけたらと思います。その時に今年のミス北高を発表させて頂きます。


 それでは午後にまたお会いしましょう」


 そして、その退出が終わるまでこちら側はマネキンのように立っていないといけないのか。


 歌を挟んで十五分近くも何するのかと思ったが、確かにこの人数が出ていくだけでも結構な時間がかかる。しかも今回は投票をしないといけない。


 迷う人がいればそれだけ人が掃けるのに時間がかかり、迷う人がいる間はユメ達サイドは引っ込むわけにはいかないと。


 早い人たちが席を立ち出入り口の方に向かい始めたとき、前の方の席から「綺歩ちゃん」と手を振る男子生徒が現れた。


 その男子生徒は声をあげてただ手を振っているだけなので何か悪いということもないのだろうけれど、そうされてしまえば反応しないといけなく綺歩が笑顔で手を振り返していた。


 ただマネキンでいればいい訳ではなくなったことに気が付いた後、ユメにも声がかかって途中から全員の姿が見えなくなるまでユメは手を振っていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 体育館から見に来てくれていた人が皆いなくなって、ようやくユメ達に自由が戻ってくる。


 鼓ちゃんなんて今にも座ってしまいそうなくらい疲れているようで、桜ちゃんが今まで自分が座っていた椅子をスッと持って行っていた。


 実は一度ユメから俺に戻りかけたが、もう大丈夫だろうと思ってユメは歌っている。体育館には何人も残っていなかったし。


「皆さんお疲れ様です。いやあ、今年は盛り上がりました」


「いいわよ盛り上がらなくても、こっちは疲れたんだから」


「見くびらないでほしいですね。わたしだって今すぐに倒れそうなほどに疲れています」


 稜子と話す赤井さんは、全くもって疲れていると言う様子はない。何が今すぐに倒れそうなのだろうか。


 今すぐにどうこうという話なら、先ほど力が抜けたようにストンと椅子に腰かけた鼓ちゃんのことを言うのであり、その鼓ちゃんは桜ちゃんに支えられながら、うつらうつらと眠たそうにしている。


「ユメちゃんもお疲れ様」


「確かに疲れたよ。よく綺歩はこんな事去年もできたね」


「去年は訳も分からずで必死だったから」


 はたしてそれはユメの質問の回答になっているのだろうか?


 でも、いつもと変わらない笑顔を見せている綺歩にこれ以上聞いても仕方がないと思ったのか、ユメが質問を変える。


「昼からはどうなるんだっけ?」


「確か私たちは裏に居て発表されたら出ていくとかだったかな」


「じゃあ、結果発表までは外に出てもいいの?」


「それは駄目です」


 稜子との話が終わったのか赤井さんが急に会話に入ってくる。


 その表情は少し不満げで何か悪いことをしたのではないかと不安を覚えてしまう。


「皆さんんは今や時の人。今外に行ってしまうと人だかりができて迷惑をかけてしまいますから。


 それよりも、どうして主催者が近くにいたというのに、わたしに尋ねてくれないんですか」


「あ、えっと……赤井さん稜子と話しているみたいだったから」


「話していましたが、わたしは稜子さんよりもユメさんの秘密を知りた……いえ、ユメさんと話したいんですよ」


「本音が出た時点でアウトね。それと、アタシと話したくないってどういうことかしら?」


 「言葉通りの意味です」と意気揚々と答える赤井さんを見ながら仲いいなと思う。


 それはそれとして、今は桜ちゃんに聞かないといけないことが――俺にはないが――ある。


 とは言え桜ちゃんは今鼓ちゃんを支えているので、一誠に矛先が向けられた。


「ねえ、一誠。たぶん今日の一件一誠も関わっているんだよね?」


「何だいユメユメ藪から棒に」


 そう言いながらも一誠はしたり顔で一発ぶん殴ってやりたい気分になる。


 何だかんだで一発も殴ったことはないはずだけれど。


「今日の写真の話。一誠何か知っているでしょ?」


「オレは何とか今日のミスコンを盛り上げようとしていた、桃色の君にちょっとアドバイスしただけだから。


 「確かただみんが海に遊びに行った時の写真を撮っていた気がする」って」


「もうそれ確信犯だよね」


 本当に一誠や桜ちゃんに何を言っても一緒なんじゃないかと思ってしまう。


 一応最低限の配慮はしてくれていると思うけれど……たぶん。


「ところで、一誠は誰がミス北高になると思う?」


「筆頭が稜子嬢、次点が綺歩嬢。ブラックホースにユメユメで、実力派がつつみん」


「それっぽく言っているけど、結局よくわからないってことだよね。


 でもどうして筆頭が稜子? 去年は綺歩が勝ったんでしょ?」


「今回男の票が割れるだろうから、女子票が多い稜子嬢の方が有利だろうとそんなところさね」


 一誠の話し方は置いておいて、言っていることには一理ある。


 去年出場していたという秋葉会長は女子人気の方が高そうだし――今日を境に男子人気も高くなりそうだが――、今年の出場者は綺歩とユメは完全に男子票が多くなりそう。


 鼓ちゃんはどちらの票も得られそうだけれど、稜子と比べるとというところもある。


 一つ納得したところで、一応桜ちゃんにユメが釘を刺しに向かう。


「桜ちゃんお疲れ様。一つ言っておきたいことがあるんだけど……」


「疲れ様です。心配しなくてもこれ以上写真を使う気はないですよ」


「出来れば今日も使わないでほしかったんだけどね」


「それはそうとして、今日の演奏よく落ち着いて始められましたね」


「それってどういうこと?」


 急な桜ちゃんからの問いかけにユメが首をかしげる。


 そもそも十分に余裕があったとは言い難いけれど、決して焦るほどでもなかったはず。


 ユメの反応が芳しくなかったためか、桜ちゃんも不思議そうな顔をして会話を続ける。


「十五分の話ですよ。ユメ先輩が教えてくれるまで、駄目会長の秋ちゃんが気が付かなくて、残り二分ってところだったんですから。


 ちゃんと曲が始まった時には桜もほっとしたくらいですし」


「ちょっと待って。わたしが桜ちゃんに合図した時に残り二分だったって事なの?」


「秋ちゃんはそう言ってましたよ」


「でも、わたしが桜ちゃんの方を見たのって確か三分前だよ?」


 腕時計が振動してすぐだったから間違いないはず。三分前じゃなければ一分前ってことになるわけだから。


「だとしたら、秋ちゃんが計り間違えていたんでしょうね。まったく人騒がせな会長です」


「でも、上手くいったからいいんじゃないかな?」


 あの会長がそんなミスをするとは思えないけれど、やっぱり秋葉会長も人だったということだろう。


 秋葉会長が曲中に安心していた様子を見せていたのもきっとそれが理由だったのだろうと納得したところで、放送部の子がお弁当を持ってきてくれて、持ってきたお弁当の代わりに赤井さんを開票作業に引っ張って行った。


 「わ、わたしはまだ軽音楽部の皆さんと……」という言葉を残していなくなってしまった赤井さんに心の中で合唱して、人のいない体育館のステージの上という滅多に出会うことのないシチュエーションで貰ったお弁当を食べた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『放送部からの連絡です。本日の美少女コンテストの開票作業が終了しましたので、十四時半から結果発表を体育館で行います。


 繰り返します……』


 校内に放送部の声が響く。声の主は赤井さんではなく、やや幼い感じがする感じなので一年生ではないだろうか。


「ようやくね」


「あの人数の開票集計をこれだけの時間でやったのはすごいと思うよ?」


「そうかもしれないけど、待たされる方は暇なのよね。鼓なんか疲れて寝ちゃっているし。


 ほら鼓そろそろ起きなさい」


 一誠に運ばれ桜ちゃんが持ってきた毛布にくるまって寝ている鼓ちゃんを稜子が揺する。


 「ふぁ……もう朝ですか?」と鼓ちゃんが寝ぼけ眼をこすりながら目を覚ますさまを見ながら綺歩がくすくすと笑った。


「何よ綺歩」


「姉妹みたいだなって思って」


「そうだとすると、実に手のかからない良い妹よね」


「え、あ……あ、あのごめんなさいあたしだけ寝てて」


 綺歩と稜子が話す中、ようやく覚醒したのか鼓ちゃんが大慌てで起き上がった。


 それをみて稜子が「いいのよ」と短く返す。


 それから鼓ちゃんは綺歩や稜子に話しかけるのが恥ずかしいのか、ユメの方を見て話しかけてきた。


「今から結果発表ですよね?」


「今からって言ってもあと十分くらいあるけどね」


「一番はないとわかっていても緊張しますね」


「そんなこと言っていると鼓ちゃんが一番になるかもね」


「ユメ先輩、からかうのは止めてくださいよ」


 少し頬を膨らませてしまった鼓ちゃんの頭をユメが謝りながら撫でていると、後ろから声をかけられた。


「その言い方だと、もしかしてユメちゃん自分が一番に選ばれる可能性とか考えてない?」


「綺歩も稜子もいて一位は無理じゃないかなさすがに。


 わたしは十分に宣伝できただけで満足だし」


 俺はそうは思わないのだけれど。とはいえユメが絶対に一位になれるとも思わない。


「そういう綺歩はどうなると思うの?」


「私が四番目で、鼓ちゃんと稜子はどちらかが二番でどちらかが三番。


 ユメちゃんが一番かな」


「それって綺歩が謙遜しすぎてるだけでしょ?」


 ユメがそう言ったところで、会場の方では結果発表が始まった。



『午前中よりも少し多くなったような気がしますが、皆様先ほどぶりです。


 いよいよ、ミス北高が決まります。その栄光を手にするのは誰か、わたくしも楽しみでなりません。


 ……前口上はもういいという雰囲気をしっかりばっちりわたくし感じましたので早速発表していきましょう、第四位。


 志原綺歩さん』



 会場の騒めきが聞こえる。去年の一位がここで呼ばれたから当然と言えば同然だが、綺歩の予想通りなので俺はむしろそちらで驚いた。


 綺歩は特に変わった様子もなく「行ってくるね」と控室である放送室から出ていった。



『こちらに来て頂きまして、さて志原さん今回の順位についてどう思われますか?』


『今日この場に立てただけでも、私には十分すぎることだったのでうれしく思います』


『この笑顔をもってしても四位。


 本人はそう思っていないようですが、こちらとしてはまさかの順位です。審査席の御崎君はどう思いますか?』


『綺歩姫が四位というのは確かに意外だけど、考えてみれば当然の四位と言った感じだねい』


『ほう、当然と言いますと?』


『その考えが正しいかどうか、全員が発表されてからの方がいいと思うのでここでは貝になっときますよ』


『気になるところですが、時間もありますし次に行きましょう』



「稜子はわかる?」


「なんで綺歩が四位だったかって事なら何となくわかるわよ」


「そうなんだ」


 稜子に判って自分に判らないというのはなんか歯がゆい。


「何かヒント頂戴」


「そうね。考えが正しければユメがダントツじゃないかしら」


「わたしが?」


 ユメが一番にな可能性はあっても、流石にダントツってことはないと思うのだが。



『さて第三位の発表に移りましょう。志原さんを抑え三位になったのは、初春鼓さん』


 またも綺歩の予想通り。鼓ちゃんが安心したような緊張したような何とも言えない様子で放送室を出ていった。


『去年のミス北高を抑えての三位おめでとうございます。初春さん自身どう思われますか』


『え、ええっと。その。嬉しいです……でも、なんか申し訳ないです……』


『何言っているんですか、そんなことないですよ』


 そこから先は午前中にも見たような――見えないけれど――展開が繰り返され、二位の発表に移った。


『さて今年のミス北高は誰になるのか。


 最後は一位と二位を同時に発表したいと思います。


 今年のミス北高は……ユメさん』



 赤井さんの発表に会場が沸く。見事に綺歩の言った通りというところ。


 ユメはボーっとしてしまっているのか動こうとはせず、稜子が手を引くようにユメをステージ上に連れて行った。


 赤井さんも言っていたが、会場は午前中よりも人が来ているようで熱気がすごい。


 ユメと稜子が並ぶようにしてたったところで赤井さんがやってきた。


「さて、まずは第二位、準ミス北高の志手原さんに話を聞いてみましょう。


 またも二番手ということですが、やはり悔しいのではないでしょうか?」


「全くそんなことはないわ。四人とも軽音楽部が残った時点で十分すぎるくらいアタシ達の名前は知ってもらえただろうし去年以上に満足ね」


「相変わらず営業大好きですね。


 さて、お待ちかね今年のミス北高。颯爽とトップを掻っ攫っていったユメさんです。今のお気持ちをどうぞ」


「まさかわたしが一番になれるなんて思っていなかったので素直にうれしいですし、驚きです」


「本当に皆さん謙虚ですよね、この方向に関してだけは。でも、その謙虚さがいいのでしょうか?


 ミス北高にユメさんが選ばれたということで、千海会長なにかお言葉を頂いてもいいでしょうか?」


「全校の皆さんに軽音楽部の、ユメさんの魅力を知っていただけたみたいで嬉しい限りだわ。


 でも、彼女たちの魅力はこんなものでは……」


「長くなりそうなので次に行きましょう。


 そういえば御崎さん、先ほど今回の順位に関して言っていましたが、どういうことだったか改めて聞いてもいいでしょうか?」


 赤井さんが一誠に話を振ったところで、桜ちゃんが一誠の前にあったマイクを奪い取った。


 ついでに、秋葉会長は赤井さんにかぶせて何か言っているようだったけれど、マイクを切られてしまっていたらしくなんて言っているかわからなかった。


 わからなくてよかったのかもしれないけど。


「御崎先輩の代わりに桜が答えましょう。でも、その前に桃色先輩は先輩方がどんなアピールをしたか覚えていますか?」


「そうですね。いろいろな話を聞けましたが、正直最後の演奏に全部持っていかれてややあいまいになっています」


「おおよそ、それが理由ですよ。演奏において一番目立つのはボーカルのユメ先輩。次がギターのつつみんと稜子先輩。


 逆にキーボードの綺歩先輩は選曲のせいもあってあまり目立てる位置にないですから。


 それに加えて、ユメ先輩は話題持っていきそうなステータスをしていますからね」


 桜ちゃんの説明にようやく納得できた。見る人はいると言っても、確かにバンド内で目立目立たないは存在するだろうし、ユメは色々隠しているわけだから話題にもなりやすい。



 それから、特に表彰式のようなものが行われることもなく、北高美少女コンテストは幕を閉じた。

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