Lv59
『それでは一人目に登場してもらいましょう。
軽音楽部のマスコット、小動物のような愛らしさを武器にこの舞台にやってきた一年生の初春鼓さんです』
「い、いきなりあたしですか?」
「早く注目から抜け出せると良かったんじゃないかしら?」
声をあげて驚く鼓ちゃんに稜子が声をかける。
ここで俺たちに出来ることがないとはいえ助けを求めるかのような鼓ちゃんの目を見ていると稜子のあっさりとした言葉は無慈悲というか、冷たいような気がしてしまう。
「頑張って鼓ちゃん」
「わ、わかりました行ってきます……」
綺歩の言葉に押されるように部屋を後にする鼓ちゃんんを見送って少し経ったところで籠った歓声が聞こえてきた。
『では、さっそくわたくし赤井がジャンジャン質問していこうと思います。
でもその前にここまで残った意気込みを言ってもらいましょう』
『あの、えっと。あたしなんかを選んでいただいて、ありがござ……
ありがとうございます。
あの、恥ずかしいのでこれ位でいいですか?』
『いやあ、流石というか素晴らしいマスコットっぷりですね。
わたくし思わず撫で回したくなる所存です。いえ、撫で回します。
ではご覚悟を』
この言葉を残して次に聞こえてきたのは鼓ちゃんの悲鳴にも似た声。
見えはしないがなんとなく想像できる状況にユメが共感を覚えるように口を開く。
「やっぱり鼓ちゃんって撫でたくなるよね」
「そうかしら?」
「稜子は鼓ちゃん虐めてたもんね」
ユメが半分笑いながら言うと、稜子が不本意だと言わんばかりの顔でぷいと横を向くと腕を組んだ。
「虐めてはないわよ。悪かったとは思っているけど」
「でも、あれがあって稜子と鼓ちゃんだいぶ仲良くなったよね」
「仲良くなったというより、鼓ちゃんが稜子に慣れたってところじゃないかな?」
ユメが余計なことを言ってさらに稜子の機嫌が悪くなってしまったような気がするが、おそらく俺が表に出ていても同じことを言っていたのではないだろうか。
そんなユメと稜子を見て綺歩が困った顔で笑うのもだいぶ慣れた光景となった。
『ふう……取り乱してしまって済みません。
程よく柔らかく質の良い抱き枕を抱いているような抱き心地に、重力など嘲笑うかのようにふわふわの髪。
一度体感してしまうと抜け出せなくなる麻薬のような……なるほどこれはわたくしの想像以上だったと言えましょう』
赤井さんの声は聞こえど鼓ちゃんの声は聞こえず。十中八九ステージの上で満身創痍なのだろうなという想像ができる。
ほんのりと顔を上気させて息遣いが荒くなった鼓ちゃんは、その意思に反して結構ポイントを稼げてしまっていのではないだろうか。
そう思っている間にも赤井さんの質問が続く。
『さて、ようやくですがいくつか質問させていただきましょう。
初春さんと言えば軽音楽部のメンバーの一人ですが、わが校の軽音楽部と言えばその門が狭いことで有名です。
素人には到底入部すらできないと思うのですが、初春さんは昔から楽器をやっていたんですか?』
『あ、えっと。はい。
そこにいる桜ちゃんとは中学生の頃から一緒に演奏していました』
『軽音楽部に入った期待の新人二人が昔から知り合いだったとは驚きですね。
初春さんのパートはギターだったと記憶しているのですが、それには何か理由があるんですか?』
『特に理由はないんですけど、昔家の押入れを見ていた時に古いギターを見つけて、それを勝手に弾いていたのが始まりです』
「なんか鼓ちゃんにしては意外な理由だね」
ユメが俺と同じく鼓ちゃんの話に驚きを覚える。
思わず口にしたといった感じのユメの言葉に稜子が首を振った。
「アタシは鼓だからこそその程度のきっかけでもギターを続けられていると思うけど」
「確かに稜子の言う通りかもね」
「それってどういうこと、綺歩?」
「鼓ちゃんって結構音楽のことに関してだと強気になるっていうか、挑戦しようとしてたでしょ?」
「それだけ本気だったから、稜子の言葉も重く受け止めちゃってあそこまで落ち込んだって事なんだね」
そう言われてみると納得である。
納得したのでもう一つ感心したことをユメにしか聞こえないけれど口にしてみた。
『何だかんだ言っても赤井さんって質問の仕方がうまいよな』
「鼓ちゃんが答えやすそうな質問からいってるもんね」
『流石放送部って感じなんだろうけど……』
「そろそろ突っ込んだ質問がくるだろうね」
ユメがそう言ったまさにその時赤井さんが鼓ちゃんへ少しきわどい質問をし始めた。
『それではわたしではなく、皆さんからの質問も聞いていきたいと思います。
さっそく「昼休みに忠海さんと何処かに行っているみたいですが、どこに行っているんですか?」との事です。
恐らく質問をくれたのは男子生徒でしょうか。それも初春さんと同じ一年生。
乙女の秘密を知ろうだなんて無粋この上ないところですが、せっかく頂いた質問なので尋ねてみましょう。
初春さんは昼休み何処に行っているんですか?』
『あ、えっと。お昼ご飯を食べに……』
『先輩のところまで行ってます』
『あ、え……桜ちゃん?』
『おっとこれは意外なところから回答が来ましたが、そうなんですか?』
『は、はい』
『いやはや、上級生の教室に行くとは。同学年だからと言って簡単に攻略というわけにはいきませんね。
ところで審査員席の御崎君はこの事を知っていましたか?』
『知っているも何も、うちのクラスに来てるのよ。この子達』
『むしろ桃色先輩も知っていたんじゃないですか?』
『おっと、何のことか赤井にはさっぱりです。
さて、なぜか時間も押してきたので最後の質問に移りましょう。
ズバリ、現在好きな人はいるんですか?』
『それは、秘密です』
『お、案外すんなり答えが返ってきましたね。この質問をした人は恐らくこんな質問をされて恥じらう初春さんを期待していたと思うのですが。
千海先輩はこの反応をどう見ますか?』
『あまり踏み込んでいい話ではないと思うのだけれど、ある意味定番ともいえるこの質問に関してはどう返す決めていたのではないかしらね』
『確かに気になるところですが、本人にしてみたら難しい問題。今後ともこの質問をしていくかは悩みどころですね。
では初春さんありがとうございました。それでは次の方に登場してもらいましょう』
「綺歩たちは鼓ちゃんたちが遊馬のクラスまで来ていることは知ってたの?」
「二年生の間じゃ有名な話じゃないかしら」
「そうだね。皆遊君のクラスをずるいって言ってるみたい。
私も行こうかなって思ったことはあるけど、クラスの友達もいるし遠慮してるんだよ」
「たぶん綺歩まで来たら、教室のドアに人だかりができるよね」
「流石にそれはないよ」
綺歩はそう言って笑うが、俺にしてみれば何を言っているのだこのミス北高はと言ったところである。
まあ、去年ミスコンなんてまったく気にしていなかった俺が言えた義理はないのかもしれないが、少なくともグランプリに選ばれるだけの人気はあるということは自覚していてほしい。
そんなことを考えている間に呼ばれたのは稜子。
「はあ……」と大きなため息をついて、放送室から出るときには真剣な――見方によっては不機嫌そうな――顔をしていた。
『二人目の志手原さんに登場していただきました。
志手原さんは前回準ミスに輝いた、いまさら説明不要な方です。とはいっても一年生の中には知らない人もいるとは思いますので簡単に説明させていただきます。
志手原稜子さん。軽音楽部の部長で軽音楽部への入部が大学よりも難しいのは彼女が理由だとされています。特に男子生徒には厳しい一面もありますが、音楽大好きな音楽少女ですね。
では本人からお言葉を頂きましょう』
『本来アタシはここではなくて音楽室でミニライブでもやりたいと思っているのだけれど、どういうわけか軽音楽部の全員がこのステージにいるという状況になっているわ。
そんな状態でライブなんて出来るわけはないので、ここにいる全員明日のライブに来るように。それがアタシたちをここに立たせた貴方達の義務と言ってもいいわね』
『何だか凄い理論なような気がしますが、流石は志手原さんと言いますか、去年も似たようなことを言っていましたよね』
『去年は今以上に知名度がなったもの。なりふり構っていられなかったわね』
『こういう明け透けなところも人気の一端を担っているのでしょう。
軽音楽部の皆さんには文字通り全面協力して貰っている立場ですからね。わたくしとしても僭越ながら応援させていただきたいと思います。
さて、それでは質問に移っていきましょう。
志手原さんと言えばわたくしから見ても理想的な体形をしていますが、普段何かやっていることとかあるんですか?』
『特にないわよ。よくやっているって意味でならほぼ毎日ギターは弾いているけれど』
『やはりギターはいい運動になるんでしょうか?
では頂いた質問をいくつかさせていただきましょう。
いきなりですが、「現在付き合っている人はいますか? かっこ、男女問わず、かっこ綴じ」』
『男女問わずってどういうことかしら?
まあ、残念だけど別にいないわよ。今のところ作る気もないし』
『バッサリと行きましたね。喜んでいいのか悪いのか。
ギターが恋人みたいなところありますからね。
それでは続きまして「お姉さまと呼んでもよろしいでしょうか?」』
赤井さんの質問に稜子が『いやよ』と返す。
「ねえ綺歩」
「どうしたのユメちゃん微妙な顔をして」
「美少女コンテストってこんな事聞かれるの?」
「去年はどうだったかな。でも、恋人云々は聞かれると思うよ?」
「やっぱり気になるものなんだね」
「ユメちゃんは気にならない?」
「ちょっと気になるかな」
話自体はどうでもよくても、他人の秘密を覗けるというのは誰であれドキドキするものではないだろうか?
特に身近な人や有名な人となればなおさら。全く知らない人に関しては意見が分かれるかもしれないけれど。
「ユメちゃんはそれよりも、何者ですかって聞かれると思うんだけど何か考えているの?」
「まあ考えていなくもないんだけど……」
ユメはそういうと、ばつが悪そうに綺歩から目をそらした。
『お次は前回グランプリに輝いた志原綺歩さんです』
綺歩がいなくなって、ステージのほうから先ほどまでよりも少しだけ大きな歓声が上がる。
よくもまあ、こんな人気人物と肩を並べて歩いていたものだと苦笑してしまう。
「ようやく綺歩まで来たね」
『こっちサイドは暇だよな』
「普通だったら今わたし一人だけなんだよね」
『まあ、こうやって俺がいても話し相手くらいにしかならないうえ、ユメはギリギリまで歌うっていう使命があるけど』
「遊馬がいなかったらわたしもいないし歌えないんだけどね」
『妙な関係だな』
「遊馬は嫌?」
『ユメは俺がいけないところまで連れて行ってくれるんだろ?』
「もちろん。約束だからね」
『結構気に入っているよ。この関係』
「そっか」
ユメは嬉しそうにそう言って歌いだした。
『ではでは、志原さんに質問していってみましょう。
これはふとした疑問なんですか、志原さんと志手原さんって名前似ていますが何か関係があるんですか?』
『名前が似ていたから知り合えたっていうのはありますが、血縁関係は全くないですよ』
『逆に言うと二人の名前が似ていなかったら軽音楽部はなかったかもしれないということですね。
さてさて半ば恒例となっている質問ですが、現在付き合っている人はいるんですか?』
『いないです』
『と、言うことは誰にでもチャンスがあるということですね。
期待に胸躍らせる会場の皆さんの声が聞こえてきますが、その声を小さくさせてみましょうか。
志原さんの好きなタイプはどんな人ですか?』
『そうですね……好きな事を全力で楽しめる人、好きな事に一生懸命になれる人に惹かれます』
『この答えはどうでしょうか。誰にでもできそうで意外と難しいような気もしますが……
ここでちょっと審査席の方にもお話を伺ってみましょう。
忠海さんの好きなタイプはどんな人ですか?』
『桜よりお金持ちで桜を楽させてくれる人が好みです』
『それはただの願望だと思うのですが、ご自分よりお金持ちということは忠海さんの家は結構お金持ちなんでしょうか?』
『桜の家は一般家庭ですよ。それよりも綺歩先輩。先輩のスリーサイズっていくつですか?』
『そ、そんなの教えられるわけ……っていうかよくわからないよ』
『駄目ですよもっとサービスしていかないと、桃色先輩なら景気よく答えてくれるはずです』
『もちろん、わたくしエンターティナーですからそれくらいは当然です』
『じゃあ、上から順にお願いします』
『確か、八十……っと、ちょっと待ってください。勢いで乙女の秘密暴露してしまうところでしたよ?』
『桜の見立てでは上から八十二、六十六、八十……』
『わーわー、こほん。この話は止めにしましょう。
皆さんどうしてわたしと志原さんを比べているのでしょうか?
わたしは決して物差しではありませんよ』
「うわー……嫌だな。この後ステージに上がるの」
『たぶん綺歩の隣に立たされるだろうからな』
本当に嫌そうな声を出すユメに同情はするが、現実は変えられない。
でも身長から何まで違うのだから実はそんなに比べられないんじゃないかとも思う。
ユメの魅力はアイドル的可愛さだろうし。
「現実って非常だよね」
『ユメだって選ばれて残ったんだから堂々としていたらいいんじゃないか?』
「もう、遊馬が出るわけじゃないからって」
『俺が出たら確実に優勝だろ』
「一誠も出ていたら?」
『無理だな勝てん』
「そこは勝とうよ」
ユメがそう言って声をあげて笑う。笑いすぎて目じりに溜まった涙を指で払いながら「ありがとう」とユメが言った。
『俺はただ雑談していただけだがな』
「ごまかしても意味無い事分かってるでしょ?」
『まあ、これもユメじゃないと見られない景色の一つだろうからな』
「そうかもね」
ユメが言ってもう一度歌いだす。それから、少ししてカオスな状況はそのままにユメの名前が呼ばれた。
『それでは最後になります。お耳の恋人としてのわたくしの立場が危うくなってしまうほどの歌声、それ以外はすべて謎に包まれた謎の少女ユメさん』
呼ばれてステージに上がると、眩しいほどのライトが当てられ、割れんばかりの歓声にっ迎えられる。
昨日のライブの時もたくさんの人がいたが、今日はそれ以上の人がいるのではないだろうか。
なぜか使われているのは暗幕の前比較的狭いスペース+その前に設置された小さいステージのような場所。どうして今まで誰も触れてこなかったのだろうかと思ったが、多分この後ろに楽器でも置いてあるのだろう。
出るときはキョロキョロとあたりを窺うようだったユメの視線がその歩みとともに止まり、それと同時に赤井さんからマイクを一本渡された。
「わたくしも聞きたいことが山ほどあるユメさんですが、最初に一言いただきたいと思います」
「えっと、今日ここに立てたこととてもうれしいです。ですが、できればわたしの歌を聴いてほしいので是非明日もう一度ここにきてくれるとうれしいです」
「軽音楽部では一宣伝がノルマなのでしょうか? でも、頼まれたからには明日もここに来ないといけませんね」
赤井さんの声を合図に客席のほうから声が上がる。
ライブの時とは全然違う感じにユメが妙にそわそわしているのがわかった。
「では、いくつか質問したいと思うのですが、そもそもユメさんって本名なんですか?」
「そうですよ」
「苗字を聞いたことがないのですが……」
「もちろんあります。でも教える気はないですよ」
「それは残念です。と言いたいところですが、教えられないって事はそれはそれでヒントになるのではないでしょうか?
ここで一番多かった質問をぶつけてみたいと思います。
ズバリユメさんは何者なんでしょうか?」
来るだろうなとは思っていたけれど、できれば来てほしくなかった質問。
ユメに出来ることと言ったら「秘密です」とのらりくらり躱す事しか出来ないのだから。
しかし、ユメが何かを言う前に秋葉会長が赤井さんを手招きした。
不思議そうな顔で会長のほうに向かい、何かを手渡され、衝撃を受けた表情をしたまま固まってしまった。
すぐに立ち直った赤井さんは、ややおびえた様子で司会を再開する。
「これ以上ユメさんの正体を探ろうとするとわたくしの身が危なそうなのでこの件に関してわたくしはこれ以上閉口させていただこうと思います」
その言葉に会場が騒めき中には落胆したかのような声をあげる人もいた。
「残念ながらユメさんに関しては上の方から言われていて、生徒会長である私でもよくは聞かされていないわ。
でも、今は美少女コンテスト。ユメさんが何者かというよりもユメさんがどれだけ魅力的か、可愛いか、愛すべき存在であり、我々を癒してくれるかということの方が重要だと私は声を大にして言わせて貰うわ」
会場を鎮めるためにだろうか秋葉会長がそういうのだけれど、そのままユメを相手にする時の会長で、ユメが苦笑いを浮かべる。
しかし、ユメの反応とは裏腹に会場は秋葉会長の言葉に乗せられ一体感を得た。
「そういうことなら別の質問をどんどんしていかないといけませんね。
ユメさんと言えば、その歌声。可愛いとも綺麗とも取れる特徴的な歌声は一度聞いたことある人は忘れることができないでしょう。
ユメさんはいつから歌を始めたのですか?」
「まだ一年も経っていないですね」
「流石にそれは冗談ですよね」
『ユメとしては本当なんだけどな』
「本当はいつかも忘れてしまうくらい昔です。幼馴染のお父さんが音楽をやっていてそれに合わせて歌うようになったのがきっかけだったと思います」
「ちょっと、聞き捨てならないワードが出てきましたね」
「幼馴染ですか? 相手は女の子ですよ」
少し楽しげにユメが言うと、会場から安堵の声が上がる。
「いやいや、最近は女の子だからと言って安心はできないと思いますが……いや、むしろ嬉しい人がいるんでしょうか?」
出来ればそちらの方に話をもっていかないのほしいのだけれど、何より幼馴染だからと言って何かあるというのが夢を見すぎだという話なのだ。
何せ俺と綺歩が何もないのだから。付き合いが長い分他の人よりも仲がいいかもしれないが。
「では、他に気になる人とかはいないのでしょうか?」
「今は歌を歌っているのが楽しいからあんまり恋人とかは考えたことないです。
強いて言えばわたしの歌を聞いてくれる人……かな?」
そう言って小首を傾げるユメは正直あざと過ぎるのではないかと思う。
歓声も上がっているので見ている側はきっと可愛いと思うのだろうけれど、俺は見られない。
たぶん、ユメ自身今の雰囲気がなければ同じセリフをもう一度いうことは難しいのではないだろうか。
「審査席からと言いますか、忠海さんから何かないでしょうか?」
「桜をご指名ですか? そんなことをされても桜に言えることと言えばユメ先輩のバストが七十……」
「わーわー。桜ちゃん何言うの?」
慌てたユメが桜ちゃんの口をふさぎに行く。物理的に。
もごもご言っている桜ちゃんの隣で赤井さんが落ち込んだ様子で「「わー」の一つ取っただけでもこれほどに違うんですね」とぼやいていた。
「仕切り直して次に移りましょう」
次って何だろう? と思ってかユメの首が少し傾く。
「次は水着審査……と言いたいですが流石にこの場で水着になってもらうわけにはいきませんので、それぞれの水着の写真でもってかえさせてもらおうと思います」
「ちょっと、そんなの聞いてないわよ。大体そんな写真なんて……」
「協力は同じ軽音楽部の忠海さんにしていただきました」
稜子が抗議の声をあげかけたが、桜ちゃんの名前が出たところで、諦めたように黙ってしまった。
こちらの意志などお構いなしと言わんばかりに広くない空間にスクリーンが下りてきて、プロジェクターの電源が入れられる。
ステージ上の四人は皆同じように諦めたような顔をしていて、おそらく同じことを思っているのだろう。既に桜ちゃんに乗っ取られていた後だったか、と。
スクリーンに映し出されたのは、夏休みに海に行った時の写真だろう。ユメ、綺歩、稜子、鼓ちゃんの写真はあっても一誠や桜ちゃん、俺の写真はない。
いつの間に撮ったのだろうかという疑問はあるが、いつでも撮ろうと思えば撮れただろうから考えても仕方がないのかもしれない。
不幸中の幸いなのは、全員が全員際どい感じのものはなく、タオルを肩からかけていているなど水着の中でも比較的露出が少ない場面のものであること。
とはいえ水着なのだからそう変わらない気もするが。
「見事に休暇中の一コマ、普段は見せない表情をって感じの写真ですが、これはいつの写真なんでしょうか?」
「夏休みに桜たち全員で海に遊びに行った時に桜がこっそり撮った写真ですよ。まさか使う日が来るとは思っていなかったですが」
「それぞれがその人らしい水着を着ていて、是非ともこの中に混ざらせて欲しいような欲しくないような。
いえ、わたくしにはこの中に入っていくことなんて恐れ多くてできません。たぶん自分に自信を無くします。
千海会長ならばきっと問題なくこの中に入っていけるのでしょうね」
話を振られた秋葉会長はまるで話を聞いていないのか、一心にスクリーン上の写真を見つめている。
それから、ハッとしたように「そうかもしれないわね」と答えを返した。
この間出場者側は半ば放置され、綺歩が恥ずかしそうな顔をして小声で話しかけてくる。
「なんか普通に水着を見られるよりもこっちの方が恥ずかしくない?」
「そうだよね。妙にくすぐったいっていうか、見られるつもりなんてなかった場面だから余計にって感じ」
見れば鼓ちゃんが困ったようにあわあわしている。そうこうしている間に、時計が入れ替わり三分前を知らせる。
そのことに審査員席組が気が付いてくれているかなと思い桜ちゃんにユメがアイコンタクトを送ると、察したように桜ちゃんが話し始める。と、同時にプロジェクターの電源が切られた。
「水着審査はここまでです。桜はしっかり見ていましたが、いったい何人が写真を出されて恥ずかしそうにしている先輩方のレアシーンを見ることができたんでしょうか?
秋ちゃん会長はちゃんと見ました?」
「そんなレアシーンを見逃すなんて一生の不覚……ですが、彼女たちの最大の魅力と言えば曲ですから、今からそれを見せてもらいましょう」
秋葉会長の言葉で閉じられていた暗幕が開き、向こうから見慣れた楽器たちが姿を現す。
それはそれとして、会長が本気で残念そうだったのに焦っているような感じがしたのはどうしてなのだろうか。
三分で準備して歌い始めることは確かに悠長にしている時間はないかもしれないけれど、このメンバーなら決してできないことじゃないし、時間がまだ三分ほどあることも秋葉会長が時間を計っているはずだからわかっているはず。
とはいえ今は突然のサプライズに騒めき盛り上がろうとしている人たちを楽しませるのが役目。
司会を取られ唖然としている赤井さんを放置して桜ちゃんんと一誠がそれぞれベースとドラムのもとへと急ぎ、綺歩、稜子、鼓ちゃんも愛用の楽器を手に取る。
軽く音を出して皆がチューニングの確認が終わったと感じたところで皆にアイコンタクトを送って皆頷いた。
それから、くるっとユメが客席の方を向く。
最初のシャウト、そのために息を吸ったところで時計が一分前を知らせた。
「どうしたらいいのさ」
急なシャウトに会場が一瞬無音に包まれる。直後、後ろから間奏が聞こえる。
徐々に会場に騒めきが戻ってきて、この会場を操っているようにも思える状況に心の奥から満足感にも似た感動が生まれる、
「持てと言われて持った夢 大人になるほど否定され
手のひらを返し 現実を訴える」
Aメロが始まり、ふとユメが秋葉先輩の方を向くとなぜかとても安心したという表情をしていた。
何があったのだろうかと後で聞いてみた方がいいのかもしれないなと思っていると視線が客席に戻る。
「始めから自由などなかったとでも言うように
目の前にレールが引かれていく」
始まる前にはミスコンには似つかわしくない曲じゃないかと思ったけれど、それでも目の前でたくさんの人が楽しそうに乗ってくれているのを見るとそんなことを考えていたことも忘れてしまうようで。
とはいえ本来ミスコンをやっている場所でやっているせいか昨日とは違いやや戸惑いのある雰囲気もある。
「それなら初めから言わなければいいのに
せめて
ボクに芽生えた自由への渇望を
何処に捨てるのかを教えてくれればいいのに
もう どうしたらいいのさ」
だんだんと戸惑いが小さくなり会場が一体になっていくのを感じ、ユメの声が幾分か生き生きとしてくる。
唖然としていた赤井さんも、このバンドに、ユメに目を奪われているようで一番近くにいるだけの俺でさえ誇らしく思えてきた。
「教えてくれないなら どうにでもしてやろう
現実を見ているようで 理想を押し付ける大人の言葉など聞くことはせず
ボクに自由を見せた時から 現実を見ろなんて理想に過ぎないんだ
だからボクは ボクであり続ける」
サビが終わるころには、昨日のライブとほとんど変わらない雰囲気でユメの歌を聴くことができた。




