Lv58
文化祭二日目。今日は恐らく多くの男子生徒が待っていたであろう北高美少女コンテストの最終選考にあたる日。
今日は丸一日ユメでいるのではないだろうか?
そんな事を考えながらユメに主導権を渡したのは学校に入って俺の出席を伝えたすぐ後。
いつものように音楽室に行ってユメに替わって着替えを済ませる。
「そう言えば桜ちゃんと鼓ちゃんどっちが残ったんだろうね」
『気持ち的には桜ちゃんに残って欲しいな』
「鼓ちゃん嫌がってたもんね」
『俺にはどっちが上とかは決められないってのもあるけど』
「二人ともタイプが違うから、どっちが可愛いかなんてわからない……か。
まあ、そうなるよね。わたしもそうだし」
特にやることもないので、文化祭が始まるまでユメとそうやって話して居ようかと思ったが、綺歩から体育館にある放送室に来るようにメールがあったので急いでそこに向かう。
体育館の袖にある、一般生徒ならほとんど上る機会がないであろう階段を上りドアを開けると見慣れない風景に見知った顔が三つあった。
「最後の一人は鼓ちゃんになったんだね」
「……そうみたいです」
なんだか今にも泣き出しそうな声を出す鼓ちゃん。一緒にいた綺歩と稜子は至っていつも通りと言う顔で、綺歩は泣き出しそうな鼓ちゃんに気を取られてか少し困った笑顔を見せていた。
「鼓、もう諦めた方がいいわよ。アタシだってこんな男子が喜びそうなイベントに出るのは嫌なのよ?」
「でも、稜子先輩そんなに嫌そうじゃないですよね」
「まあ、バンドの宣伝にはなるもの」
「稜子ってこんな風に宣伝するの反対じゃないんだね」
ユメが半分俺の代わりに稜子に尋ねる。
問われた稜子は腕を組み何かを考える様に「そうね」と言ってから答え始めた。
「最初は抵抗あったけれど、どんな形でも聞いて貰わないと始まらないじゃない?」
「そうかもしれないけど、聞いてくれさえすれば気にいって貰えるって風にも聞こえるよ?」
「もちろん、その自信があるもの」
「何ていうか稜子らしいね」
「他人事みたいに言うけれど、自信の一端はユメでもあるのよ?」
「わたし?」
ユメが首をかしげて自分を指さす。稜子はそのユメの反応に肯定すると、自信満々のまま続けた。
「後は綺歩も御崎も桜も、もちろん鼓だってそうよ。
貴方達との演奏なら絶対に気にいって貰えるって自信があるのよ」
「稜子にそう言われるとちょっと照れちゃうね」
そう言いながら髪を弄る綺歩だが、その目はとても嬉しそうだった。
それに触発されてか、鼓ちゃんが何やら決意を固めたという顔をする。
「そ、それならあたしもその宣伝に少しでも協力できるように頑張ります」
「そうしてくれると助かるわ」
稜子が鼓ちゃんにそう返したところで、放送室の扉が開かれ一人の女子生徒が姿を現した。
「お待たせしてすみません。それにしても、圧巻のメンバーって感じですね。
女である自分もともすれば変な気を起こしてしまいそうです」
「えっと、貴女は?」
急に現れた眼鏡っ娘にユメが問いかける。
「そう言えばユメさんと初春さんは初めましてでした。
わたしは放送部二年、赤井白と言います。
赤いのに白って事でピンクちゃんとは呼ばないでください」
「そう言えばこの企画って放送部主催なのね」
「そう言えばもこう言えばもなく、一から十まで放送部ですよ稜子さん」
何かテンション高い子が来たなとやや押されてしまう。その証拠にユメが文字通り身体を引いている。
鼓ちゃんは突然現れた上級生に戸惑っているようで、口を開いている人に視線を向けるだけで精いっぱいのようだった。
「白、嘘はよくないと思うわよ」
「嘘ではないです……が盛りました。
一から十ではなく五から十ってところです。開票等々生徒会にだいぶ手伝って貰ってますし」
「相変わらずね。貴女は」
「赤井さんと稜子って仲いいの?」
親しげに話す二人にユメが尋ねると、赤井さんが敬礼をするように「その通りです」と言った。
それに対して稜子が大きなため息を一つついてから口を開く。
「校内ライブの時に言ったでしょ、知り合いの放送部が居るって。それが白よ」
「確かにそんなこと言っていたような……
と言う事は、赤井さんには感謝しないとだね。ありがとう赤井さん」
「感謝なんてとんでもない、わたしはひたすらに騒ぎたいだけですから、あの時はユメさんに会えなかったことだけが心残りでしたが、今日しっかりちゃっかり会えました」
「で、白が何しに来たのよ」
「おっとそうでした。このたびは皆さんに今日の予定を伝えようと思いまして」
わざとらしさの残る声で赤井さんは言うと、こちらの反応を待たずに続ける。
「基本的に呼ばれたら出て行って、質問されたら答えると言うのが仕事です」
「本当にただの見世物ね」
「あとは立っておくだけですからね。午前中に審査して昼食等々挟んだ後結果発表になるので、今日一日は動けない事は覚悟しておいてください」
それに関してはすでに綺歩や稜子から聞いていたので、問い返すことなく首を縦に振る。
「あと、最初に一言二言何でもいいので自己アピールして貰うので何か考えておいてください。始まるまで後三十分と言う所ですので」
「何か質問とかありますか?」と赤井さんが最後の確認を行うのでユメが口を開く。
「始まって呼ばれるまでの間、会場の様子ってわかるの?」
「一応音声だけはこっちに聞こえる様にしてありますが、実際の様子はステージに上がるまで分からないようになってます」
「観客が一人二人だったら笑えないわね」
「それはないですよ、稜子さん。稜子さん一人だけでも十分に集客力ありますから」
赤井さんが自信満々に言うが、稜子はあまり嬉しくなさそうに「だと良いわね」と返す。
それからもう一度質問がないか確認した赤井さんが放送室を後にした直後、安心したような緊張したような妙な空気が放送室を包んだ。
「そう言えばユメはどうするのかしら」
「わたし?」
「そうだよね、ユメちゃん十五分歌わないと遊馬に戻っちゃうし」
「あ、そっか。確かに皆が注目している中ステージで勝手に歌うのは難しいよね」
「まあ、それでも歌えないってことはないわよ」
「できるだけ歌わないようにする方向で行こうかな。巡先輩から貰った時計もあるわけだし、確か秋葉会長もサポートしてくれるって言っていたし」
確か時計の設定は三分前と一分前と十秒前。
『振動が来たら隙を探すって事でいいだろ』
「そうだね。ワンフレーズ歌うだけなら何秒もかからないし」
「でも、あの会長はどうやってサポートするつもりかしら」
「その辺りはすでにある程度手を打っているのよ?」
稜子のぼやきに秋葉会長本人が答える。
いつの間にやってきたのだろうか、と言うか最初に音楽室に着た時もそうだったがこんな風に登場するのが好きなのだろうか?
「唐突に現れるわね」
「あら私はちゃんとタイミングを計って最高のタイミングで入ってきたつもりだったのだけれど」
「手を打ったってどう言う事ですか?」
今の秋葉会長の話に乗るのは得策ではないと考えたのか、ユメが話を戻すように尋ねる。
が、ユメが聞いた事が間違いだったらしく秋葉会長が恍惚とした表情で話し始めた。
「そうそう、ユメさんの可愛さを全校に知らしめるために放送部の子とユメさんの事がばれないように気をつけながら何度も打ち合わせをして……」
「秋葉会長?」
ユメがやや睨みつけて、低くゆっくりとした声で名前を呼ぶと、秋葉会長が我に返ったとばかりに「っと、そうだったわね」と言って説明を始める。
「具体的には出る順番。ユメさんを最後にして出来るだけステージの上に立っている時間を短くするわ。
それから、質問の方法も登場と同時に大体はやってしまう事にしたから、ユメさんがステージに上がっている時間は三十分前後ってところね」
「それだとアウトじゃないですか?」
「丁度いい事に軽音楽部が集まったから、時間を見て一曲演奏して貰うわ。一通りの楽器はこちらで準備するから心配しないで」
心配しないでと言われても困る、まあ、ユメは歌うだけなので楽器は関係ないけれど他の三人は違う。
弘法筆を選ばずと言うけれど、皆どうなのだろうか?
と思っていると、稜子から別視点の問題提起が起こる。
「演奏するのはいいとして、ベースとドラム無しで演奏するのかしら?」
「その辺も心配するなって言っていたわね」
「はあ、実際ユメの事に関してはそれが安全策だから仕方ないわね。
綺歩、最悪ドラムかベース頼んでいいかしら」
「桜ちゃんや御崎君ほどの腕は期待しないでね」
「十分よ。やる曲は「VS A」ってところかしら」
「VS A」と言えば初めて綺歩の前でユメに入れ替わった時の曲。確かにその曲ならユメのシャウトから入るので前奏の時間を考慮する必要はない。
内容としてはまるでコンテストには不釣り合いだけれど。
「鼓もそれでいい?」
「大丈夫です。演奏だけはしっかりやって見せます」
今日一番の自信を見せる鼓ちゃん。昔なら無理だと言いそうな場面でのこの発言になんだか成長した娘を見ている父親のような、嬉しさと寂しさが同居する気分を覚える。
「わたしの為にごめんね」
「今さら誰のせいってわけじゃないわ」
「演奏できるならそれはそれで宣伝になるしね」
「そうですよ」
誰一人として不満を口にしない事にユメが思わず笑顔になる。
でも、半分くらいは本来演奏できない場面で演奏できる事が単純に嬉しいんじゃないかとも思わなくもない。
そんな事を考えてしまうあたり俺もユメくらい素直になるべきだろうか。でも、その辺りがユメと俺の違いと言う気もする。
それから、練習ついでにユメは俺に戻らないよう「VS A」を口ずさみはじめ、残り三人で緊張を和らげるためか雑談をしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
雑談を聞きながら実は稜子も綺歩もそれなりに緊張しているんだなと気がついたところでマイク越しの声が此処放送室にも届いた。
『さて、今年も始まりました「北高美少女コンテスト」司会進行を務めさせていただきますは、貴方のお耳の恋人、赤くて白いけどピンクと呼ばないで二年の赤井白でお届けします』
赤井さんの挨拶が終わると同時に籠った感じの歓声が聞こえる。
マイクが向いていないはずなのにここまで聞こえると言う事は結構な人数が来ているのではないかと想像できた。
一人二人じゃなくて良かったと同時にもっと少なくても良かったのにと思う。
俺はともかく鼓ちゃんとか目に見えて緊張してしまっているし。
「鼓ちゃん、深呼吸」
「あ、はい」
ユメに言われて慌ててすーはーと可愛らしく鼓ちゃんが深呼吸をするとユメの方を向いてお礼を言った。
「ダメですね緊張しちゃって、やっぱり断っておけばよかったって思ってます」
「それは言いっこなしだよ。綺歩も稜子も緊張しているみたいだしね」
「別に緊張なんてしてないわよ」
「そう言うユメちゃんはあんまり緊張していない感じだよね」
「緊張はしていると思うんだけど、この部屋にいるのがわたし達だけだからかな、いつもとあんまり変わらないかなって思って」
「ユメちゃん歌ってたしね」
「ちょっと羨ましいな」と綺歩がキーボードを弾く真似をする。
『皆さんお待ちかね、写真審査を通った四人を呼ぶ前に特別審査員と言う名の皆さんの代弁者を紹介します。
まず一人目は司会進行も務めますわたくし赤井白。
二人目は生徒会会長で昨年の美少女コンテスト四位、三年の千海秋葉会長』
「去年秋葉会長も出てたんだね」
紹介の途中、ユメが驚いたような声を出す。もちろん俺も同じことを思った。
それを聞いて綺歩が困った子でも見るかのような視線でユメを見る。
「去年の遊君文化祭で何していたんだろうね?」
「何していたっけ?」
本当に思い出せない俺達の後ろで紹介が続く。
『三人目と最後の四人目は二年の御崎一誠君と一年の忠海桜さん』
名前が出た瞬間、全員が噴き出した。
『何でこの二人をお呼びしたのかは分かる人には分かるでしょう。それでは一人一人にお話を聞いて行こうと思います。
まずは千海会長からお願いします』
『はい。生徒会長として北高の顔にもなるであろうミス北高を厳正に審査したいと思います』
秋葉会長、生徒会長らしくちゃんと挨拶するんだなと内心ほっとしたのも束の間、言わなくてもいいことを言い出す。
『厳正と言っても残った四人は四人とも私の推薦ですから、どうやったら厳正なのかわからないのだけれど』
『おっと、これは重大発言でしょうか。と、言う事は生徒会長がある部活が好きだという噂は本当だったという事になります』
『否定はしないけれど、生徒会の仕事に私情は挟まないわ』
『まさに、できる女と言う感じですね。それに、四人とも残っている辺り見る目もしっかりと持ち合わせているという事になります。
何より、千海会長の推薦がなければこの四人が参加すらしていなかったと考えると多少私情を挟もうと感謝こそすれと言ったところでしょうが、皆さんいかがでしょうか』
恐らく客席の方へとマイクを向けたのであろう『さすが我らの会長』なんて声がよく聞こえる。その声の大きさに比例してこの部屋の中で起こる溜息の大きさが大きくなっていくようにも感じる。
『それでは次ですが、御崎君は置いておいて先に忠海さんにお願いします』
『流石ピンク先輩分かってますね』
『ピンクとは呼ばないで頂けると嬉しいのですが……』
『じゃあ桃色の君だな』
『先に桜に振るなんて桃色先輩も分かってますね』
『もうそれでいいです……
忠海さんは次点の五位だったちょっと残念な方です。票の差はほとんどなかったと聞いていますがその辺りどう思われますか?』
『残念な方って桃色先輩も失礼ですね』
『わたしからのささやかな仕返しと思ってください』
『まあ、桜自身はあんまり口惜しくはないですよ。桜はその僅差で勝ったであろう人に投票しましたし』
『それはどうして?』
『まあ、次点になれば確実に桜は審査員側に呼ばれると思ってましたから。
審査員の方が楽しいと思ったわけです』
『では、計算通りだったってわけですね。所で忠海さんはどうして美少女コンテストに?』
『そこに座っている秋ちゃんが勝手に推薦したんですよ』
『って事は千海会長はほぼ全員推薦したわけですね』
なんだかあまりにも自由な桜ちゃんに呆れと安心と、妙な不安を覚える。
「何ていうか桜ちゃんだね」
「このままコンテスト乗っ取るんじゃないかしら?」
「さすがに桜ちゃんでもそんな事しないと思います……よ?」
鼓ちゃんの語尾に自信のなさが垣間見られる。
ともかく、緊張緩和に協力してくれた桜ちゃんに今だけは感謝して置いてもいいのかもしれない。
『最後は唯一、推薦されなかった御崎君に話を聞いてみましょう』
『いやあ、オレが出たら優勝間違いなしだから仕方ないな』
『ザ・残念なイケメンって感じの彼ですが、今日残った四人と特別審査員の忠海さんと同じ部活なんです。
むしろ知らない人はいないと思いますが、なんだかこのコンテスト軽音楽部の身内しかいないですよね』
『まあ、身内だけにしたのはオレ等じゃないが、オレのハーレムの素晴らしさが証明されつつあるって事で喜ばしい限りだねい』
『大胆発言にブーイングが起こりますが、隣で忠海さんが首を振っている辺りただの戯言なんでしょう。
とは言えこの学校トップ五の美少女と同じ部活と言うのは羨ましい限りと言わざるを得ないでしょう。
特別審査員の紹介も終わったところで、本日のメインイベントに移っていきましょう』
「これは綺歩はキーボードでよさそうね」
「今の流れで一番に曲の話になるのは流石稜子って感じだけど、綺歩がキーボードでいいってどう言う事?」
「御崎君と桜ちゃんステージの上にいるでしょ?」
「ああ、ある程ね」
出場者側がコンテストとはずれたところで納得している中、北高美少女コンテストが始まった。




