Lv57
綺歩の家について何故かリビングに通されて、着替えてくると言う綺歩を待つことになった。
通されたのも待っているのもユメなのだけれど。
どちらにしても綺歩の家のリビングと言うのは久しぶりになる。
でも昔来た時とそんなに変わっていないなと言うのが正直な感想。
モノが少なく、棚にはCDやレコードがぎっしりと入っている。
楽器で見えるものはキーボードくらい。
家具を買うより先に防音室を作りそこに楽器を入れたからモノが少なくリビングに楽器もないのだと綺歩母が笑いながら言っていたのを覚えている。
何度かその防音室に入ってみたが、確かに沢山の楽器が置いてあったように思う。
「綺歩どうしたんだろうね」
『着替えて帰るだけだと思ってたんだけどな』
一通り綺歩の家のリビングを懐かしみ終わったところでユメと今の疑問を言い合う。
「でも、今日綺歩のメイド服見られなかったの遊馬としては残念だったんじゃない?」
『そうだな。そう言うユメはどうなんだ?』
「わたしも見てはみたかったよ。でも、その意味はやっぱり遊馬とは違ってくるんじゃないかなって思う」
『ユメは女の子だもんな。やっぱりカッコいい男が居るとそっちが気になったりするのか?』
「うーん……気になりはするけど、それを言うと綺歩みたいな美人とかが居てもそれはそれで気になると思うんだよね。
遊馬もそうじゃない?」
『言われてみると、確かにそうかもな』
ユメも恋とかするのだろうか? するとしたらやっぱり男に恋をするのかどうか。
ちょっと気になったのだけれど、分からずじまい。
ずっとユメと一緒に居るようで実はまだ半年もたっていないのだと考えると、まだまだユメ自身戸惑っているところもあるのかもしれない。
とりあえずは保留にしようと思ったところで、綺歩の足音がトットと聞こえてきた。
「えっと、お待たせしてしまい申し訳ありません、ユメお嬢様」
「どうしたの綺歩、その格好」
リビングのドアを開けて姿を見せた綺歩は、黒のロングのワンピースの上にエプロンをつけているかのような格好。
恐らく今日着ていたと言う衣装で、一言でメイド服と言えなくもないが所謂萌えと言うものは感じられず清楚な感じがする。
「今日ユメちゃん達来られなかったみたいだからきてみたんだけどどうかな?」
「綺歩の雰囲気に合っていて似合っていると思うけど」
「けど?」
少し不安そうに綺歩が繰り返す。
「わたしじゃなくて遊馬の時の方が良かったんじゃないかな?」
「駄目だよ。今日優君が来られなかったのは女の子とデートしていたからだって桜ちゃんから聞いたから、遊君の時には見せてあげない」
『デートじゃないんだがな』
「デートじゃないって反論してるよ?」
「それは私も分かっているけど、だって、ほら……この格好で遊君と顔を合わせると緊張しちゃうから」
スカートを指で遊ばせながら俯き綺歩の顔が赤くなる。
ユメが見ていると俺も見ていることになるのだけれど、外見が男か女かって言うのはやはり重要なのだろうか。綺歩に限ったことじゃないし、ユメは正真正銘女の子だが。
「そ、それよりも、お嬢様何かお飲みになられますか?」
「ちゃんとそんな風に接客してくれるんだね。
じゃあ、牛乳貰おうかな。お湯とか沸かしていないでしょ?」
「お心遣い感謝いたします。ただ今お持ちいたします」
スカートを翻しキッチンへと向かう綺歩を見送りながら、ユメに話しかける。
『綺歩、役になりきっているって感じだな』
「むしろなりきっていないと恥ずかしいんじゃないかな」
『やっぱり中途半端に乗るのが一番恥ずかしいもんな』
「お待たせいたしました」
返ってきた綺歩は高そうなティーカップに牛乳を入れてきた。それをテーブルの上に置き、お盆を抱える様にして立つ。
ユメ越しに牛乳を味わうが当たり前に普通の牛乳。たぶんこういうのは何が出てきたのかよりも誰が持ってきたのかって方に意味があるのだろうなと思う。
「ねえ、ユメちゃん」
「綺歩のミルク美味しいよ? 体温で温まってて、ちょっと甘くて……」
「ユメちゃんそれ以上言わないで」
ユメの言葉に綺歩が顔を真っ赤にして慌てたようにユメの口をふさぐ。
たぶんユメはそれ以上何も言わなかったと思うんだけれど。
綺歩をからかって満足したのかユメが改めて綺歩に「どうしたの?」と尋ねる。
「あ、えっとね。そろそろ恥ずかしいから着替えてこようかなって思うんだけど……」
「でも、綺歩が勝手に着てきたんだよね?」
「ユメちゃんの顔とっても意地悪だよ?
はあ……それはそうなんだけど、何か自分の家でこんな格好って想像していた以上に恥ずかしくって」
「はい、行ってらっしゃい」
あっさり送り出すユメに拍子抜けしたのか「あ、うん」と呆けたように綺歩が返した後、少し安心したように自分の部屋の方へと消えて行った。
「わたしに恋愛感情があるかは分からないけど、こうやって綺歩をからかうのは好きかな」
『性質悪いな』
「遊馬だって同じことするくせに」
『やっぱり綺歩は他のメンバーよりも近い感じがするから、気楽にいけるんだろうな』
「否定しないんだね。わかってたけど」
そう言ってユメが笑った時、腕時計が間もなく十五分だと知らせたのでユメが歌い出す。
咄嗟にユメが歌を歌うとき何を考えて選曲をしているのか俺には分からないけれど、今歌っているのは昔良く歌っていた何かの主題歌。
正直曲の方が有名になりすぎて元の作品がドラマだったのかアニメだったのか映画だったのか覚えてはいないけれど、もしかすると今の小さい子でも曲だけでは知っているというような曲。
誰もが口ずさめるであろうその曲をユメが歌い終わった時、真後ろからパチパチと拍手が聞こえてきた。
「綺歩戻ってきたなら教えてくれればいいのに」
「ユメちゃんが歌うの邪魔しちゃいけないかなって思って」
「別にいつも歌っているんだから気にしなくていいのに」
「私がユメちゃんの歌を聴きたいの」
綺歩がそう言ってユメの隣に座る。ユメはそんな綺歩に「ありがと」と照れくさそうに答えた。
「今日の午前中遊君はドリムちゃんと一緒にいたんだよね?」
「たまたま校門で会ってね」
「えっと、どんなこと話したとか聞いていいかな?」
『どんなって言われても、結局ライブの話くらいだよな』
「そうだよね。ドリムとわたし達とどっちが上かみたいな感じの。でも、どうしてそんなことを?」
ユメがすかさずそう尋ねる。
さすがは元俺と言ったところで、俺が聞きたいことをちゃんと聞いてくれて結構助かる。
俺が聞いてくれないかと頼んでもいいのかもしれないが、それだとどうしても一テンポ遅れてしまうし、やっぱり会話の流れと言うのもある。
綺歩は少し困ったように笑って、自分の髪を触ると口を開いた。
「今ってユメちゃんが初代ドリムだって言われているわけでしょ?
だったら、遊君はあんまり一緒にいたくないんじゃないかなって思って」
『確かに舞がドリムを名乗って活動しているせいで妙なごたごたはあったけどな。
むしろ、会いたくないからこそどんな人か確認しておきたかって感じか』
綺歩に色々とばれない様に言葉を選びながらユメに伝えると、おおよそそのままの形でユメが綺歩に伝える。
それを聞いた綺歩は何処か諦めたような感じで背伸びをした。
「何か遊君変わったよね」
「そうかな?」
「昔は積極的に避けていくような感じだったのに、今は積極的にかかわりに行っているような感じがするよ」
「確かに中学校の時は人とあまり関わりたくないって気分だったからね」
主に「へたくそ」のせい。何故か全員が全員俺の歌を下手って心の中で思っているのだという気がして、それでも歌が好きでそのあたりの矛盾からなかなか整理がつけられなかったのかもしれない。
まあ、これを綺歩に言うことは先ず無いのだけれど。
「でも、もっと昔の遊君ならちょっとありそうかなって思うよ」
「もっと昔?」
「遊君がうちに来るようになったくらい」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
綺歩がそう言って笑うが、俺としてもあまりピンとは来ない。
綺歩はそれで話は終わりと言う感じでユメに自分の部屋で着替えてくるように言った。
時間としてもそろそろ良い時間だったので、ユメもそれを素直に受けいれて綺歩の部屋で着替え終わった後はそのまま家に帰ることになった。




