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Lv55

 文化祭一日目の学校は活気に満ちている。廊下を歩けば各教室の前に居る人の呼び込みの声が聞こえ、外に出れば祭りがごとく出店が並ぶ。


 茶道部は野点とやらをやっているし、野球部はグラウンドの一角でストラックアウトをやっている。


 なぜかバレー部がお好み焼きを作り、馬術部がヨーヨー釣りを企画している。


 今日の出席は校門で行う事になっていて、例年それを忘れる人が居るのか文化祭が始まってしばらくの間は出席を認めて貰える。


 と、言うわけで今はすべての呼び込みを無視して校門へと向かっている最中。


 校門につくと、あまり見たことのない若い女の先生が俺の姿を見つけて呆れた顔をした。


「そろそろ帰ろうかと思っていたのにギリギリだったね。君、何年何組?」


 学年と名前を告げると、その先生はパラパラと手元の紙の束をめくり印をつける。


「はい、それじゃあ先生はもう行くから、来年は早めに来ないと駄目だよ」


 そう言って先生が去っていく。本当にもう帰るところだったらしく校門は閉められていて、ホッと一息つく。


 今日は多少登校が遅くなっても大丈夫だと油断した人が丁度来たらちょっと面白いな、なんて思いながら校門の向こう側を見て見ると、ブレザーを着た女子生徒が困った顔で外からこちらを見ていた。


『ブレザー……って事はうちの生徒ではないよね?』


「そうだが、あの顔見覚えないか?」


 まずうちの生徒と言う事はないだろうけれど、どうにも引っかかる。


 小柄で長めの髪の毛を背中に垂らしている。目はぱっちりと大きく、健康的な肌の色に縁の細い眼鏡。


『わたしもそれは気になっているんだけど、他校に知り合いなんて……』


 ユメがそこまで言ったところで、一人思い当たる人物が頭をよぎった。


「まさか、ドリムじゃあ……」


 髪型が違うし眼鏡も掛けているが、言葉にして確信が持てた。


 むしろ、正体を隠すために髪を下ろして眼鏡をかけたと考えるとなるほどしっくりくる。


 どうやら、ドリム(?)は敷地内に俺を見つけたらしく「すみません」と声を掛けてきた。


「どうしたんですか?」


 できるだけ今気がついた事を装って近づいてみるとやっぱりドリムにそっくり。


 でも、ドリムの出番は三日目じゃなかっただろうか? 今日何か話し合いがあるとか?


 まあ、そもそもドリムじゃない可能性だってあるけれど。


「今日からこの学校で文化祭があるって聞いてやってきたんですけど、もしかして日付間違ってたでしょうか?」


「あー……今日は学外の人は入れないんですよ。明日と明後日なら一般公開されているんですが」


「そうだったんですか。どうしようかな……」


 ドリム(?)が困ったように視線を下に向ける。


 本当ならここで帰って貰うのが正しいのだろうけれど、理由はどうあれわざわざ来たのに何もせずに帰って貰うのは少し申し訳ない。


 とはいえこのご時世、校門を乗り越えて入ってこようとすれば警報が鳴る仕組みになっているため、こっち側に来るには事務室につながる少し離れたお客様用の入り口から入るか、抜け道を探すかと言う事になる。


 文化祭と言う状況下、どう見ても学生のこの人物が事務室に行ったところで門前払いは目に見えている。


『抜け道なら遊馬知ってるでしょ?』


 ユメの言うとおり結構有名な抜け穴がこの辺にはあるのだけれど……教えてしまおうか。


「えっと、校門の隣のガードレールの下潜れますか?」


「隣のガードレールと言うと……ここですね」


 ドリム(?)が周りをキョロキョロと見回して校門横のガードレールの下をくぐって入ってくる。


 それからキョロキョロ周りを見回しながら俺のところまでやってきた。


 映像で小柄なような気がしていたが、本物は思っていたよりも小さくて、それでも多分ユメよりは大きいんじゃないかと思う。


「わたし入って良かったんですか?」


「たぶん大丈夫じゃないですかね? 一人くらい紛れ込んでも気がつく人なんていないと思いますし」


「えっと君は?」


「俺はこの学校の二年で三原遊馬って言います」


「じゃあ、わたしと同い年だね。もうちょっと砕けた感じで話そうよ」


 ドリム(?)はそう言うと、慌てたように自己紹介を始める。


「わたしは夢木舞ゆめきまい。えっと……」


 それから困ったように笑う夢木さんに一つ尋ねるために口を開く。


「夢木さんが噂のドリムって人?」


「えっと、あー……実はそうなんだ。一応変装はしてきたんだけど、ばればれだったかな?」


「申し訳ないんだけど、俺自身は夢木さんの事あまり知らないんだよ。


 学校で珍しくゲストを呼ぶって話だったから話にはよく聞いていたんだけど……


 そんなわけで俺達くらいの年齢で平日のこんな時間からここに来る人が他に思い浮かばなかったんだ」


「確かに今日って平日だもんね。わたしなら文化祭の様子見に来る可能性があるって事だね」


「あと、この辺りの人間なら今日は一般公開していないって分かっているだろうから」


「何か探偵みたいだね」


 夢木さんが目を輝かせながら、楽しそうにそう言うのだけれど九分九厘出任せなので探偵と言われても困る。


 そんな俺の事など気にしないかのように夢木さんはすぐに残念そうな顔をして口を開いた。


「でも、やっぱりわたしってネットの中だけの人って感じなんだね。これでも結構有名だと思っていたんだけどな」


「それはたまたま俺が少数派だったってだけでそこまで気にしなくていいと思うんだが、少なくとも何も知らなかった俺でもある程度の事はわかるくらいには噂話も盛んだったわけだし」


「遊馬君は優しいね。でも、明後日のライブで絶対わたしのファンにさせてやるんだから、絶対ライブ見に来てね」


 そう言って俺にウインクをする。


 ネットの中でだけだとは言え流石はアイドルと言った感じの押しに思わず身を引いてしまったが、すぐに体勢を立て直して口を開く。


「とりあえずこれからの事は置いておいて」


「うわ~、ひっどーい」


「さすがにその格好で歩きまわると目立つと思うんだよな」


「学生に混ざろうと思ってわたしの学校のブレザー着てきたんだけど、そう言えばここってセーラー服だったよね」


「それで、昼まででよかったら一人制服貸してくれそうな人に心当たりがあるんだよ。確かそれまでは出し物で他の格好しているからって奴が」


「せっかくお忍びで来たんだし、できれば貸してほしいな」


「じゃあちょっと待っててくれ」


 そう言って携帯を取り出し電話をかけるふりをする。


「あ、もしもし。ちょっと頼みたいことがあるんだが……」


『それ今じゃなきゃダメ? 今手が離せないだけど』


「すぐ終わるから用件だけでも聞いてくれないか?」


『仕方ないな本当に少しだけだからね』


「悪い。ちょっと制服汚したって人が居てな、その人制服が要るらしいんだけど替えがないらしく午前中の間だけでも貸してくれないか?」


『何であんたなんかに……って言いたいけど仕方ない。困った時はお互い様だもんね。


 音楽室準備室に置いてるから連れて行って着替えて貰って』


「音楽準備室だな」


『そうそう。絶対遊馬は触らないでね。触ったら絶交だから。じゃあもう切るね』


 ユメとそんな茶番をして携帯を一瞥しポケットに入れる。


 正直ばれるんじゃないかと肝を冷やしながらだったけれど、夢木さんからは疑問の色が全く感じ取れなかったので一安心。


 どうでもいいが、俺とユメが絶交ってどうやったらできるのだろうか?


「音楽準備室ってところに行けばいいんだよね?」


「聞こえてたか。ここからだとちょっと遠いけど良い?」


「借りれるなら文句は言わないよ」


 それから出来るだけ人通りの少ない道を通りながら音楽室へ向かう。


 目を瞑ってもいけるような行き慣れた場所。どこを通ればあまり人に会わないかは熟知している。


 問題は音楽室に誰が居るかってことだが、今は誰が音楽室で楽器を見ている係りだっただろうか。


 綺歩はいないはずだから、ベストは誰もいない状況。鼓ちゃんか一誠なら当たり。


 稜子だと外れ、下手するとドリムである夢木さんに宣戦布告しかねない。


 ちょっとどうなるのか読めないのが桜ちゃん。こう考えてみるとトランプのジョーカーみたいな子だなと思えてしまう。


 夢木さんは珍しそうにあたりを見回しながら黙って俺についてくる。


 五分ほどの時間を要して音楽室に辿り着き、ドアをノックして覗きこむようにドアを開けた。


 中に居たのは退屈そうにしている桜ちゃんで俺の存在に気がつくや否やおもちゃを見つけた子供のようにパッと顔を明るくさせる。それから「せんぱ……」と言いかけてから、姿勢を正して言葉を変えた。


「ここでは特に何も行われていませんが、どうしたんですか?」


「ちょっと準備室に用事があって」


「準備室にですか?」


「ああ、友人に頼んでそこにある制服をこの子に貸そうと思って」


「なるほどそう言う事ですか、そう言えばさっき連絡がありましたね。どうぞ中に入ってください。ただし楽器には触らないでくださいね」


 他人行儀に対応してくる桜ちゃんに内心感謝しつつ夢木さんを音楽室の中へと促す。


 俺は制服に触っちゃいけないらしいから、恐る恐る中に入る夢木さんの相手は桜ちゃんに任せる。


 「こっちです」と夢木さんを準備室に連れて行く桜ちゃんを見送ったあたりで、ユメが語りかけてきた。


『まさかこんな感じで会えるなんてね』


「表に出ているのがユメだったらアウトだったな。で、俺が制服に触ったら絶交なのか?」


『したくても出来ないでしょ?』


「だと思った」


『ドリムちゃん……って言うか夢木さん。わたしより背が高かったよね』


「同世代でユメより小さいのは今のところ鼓ちゃんだけだな」


『わたしが小さいって事は遊馬も小さくて然るべきだと思うんだけど、そうでもないよね』


「確か俺が女子だとしたらほぼユメと同じになるんじゃなかったか?」


『男ってずるいよね』


「俺には女の方がずるいと思うけどな」


『つまりわたし達は二人で最強って事だよね』


「そうだな」


 そんな会話で理由はわからないけれど自然と笑顔になる。


 もしも、ユメが表に出ていたのならユメは今の俺のように笑ってくれているのだろうか。


『ね、遊馬が夢木さんを連れているのって夢木さんがどう言う人か確認するためだよね?』


「一応初代としては気になるところだからな。できれば色々と伝えたいこともあるし」


『初代さんも大変だね』


「明後日はユメにも頑張ってもらうさ」


『了解です』


 と言ったところで、準備室のドアが開いてユメのセーラー服を着た夢木さんと桜ちゃんが姿を現した。


「お待たせ」


「サイズとか大丈夫だったか?」


「ちょっと小さいかな、胸のあたりが……なーんて言いたいけどぴったりだったよ」


 そう言いつつ少し前かがみになって胸を押さえるポーズを夢木さんが取る。


 そのポーズが如何にも女の子と言う感じがして思わず見とれそうになったが、冷めた声の桜ちゃんの声が現実に引き戻す。


「それじゃあ、お昼までには返してくださいね」


「うん。ありがとう」


「それは貸してくれた人に言うべきです」


「そうだね。でも、ありがとう」


 夢木さんはそう言うと跳ねる様に楽しそうに音楽室から出る。


 出て数歩歩いたところで立ち止まった。


「ねえ遊馬君。遊馬君はこれからどうするの?」


「昼まではやることないから適当に回ろうと思っているんだが、一緒に来るか?」


「いいの? やった」


 小さなガッツポーズを作る夢木さんは、その仕草一つ一つが女の子らしくてなるほどこれがアイドルかと思わずにはいられなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夢木さんと適当に話しながら、適当に出し物を見ながら校内を歩く。


 音楽室から出て少しした所で桜ちゃんから『何でドリムちゃんと一緒にいるのか後でちゃんと教えてくれるんですよね?』とメールが来てたので『今日の出番が終わってからだったら』と返しておいた。


 何と言うかよくもまあ夢木さんがドリムだと気がついたものだと言うか、でも桜ちゃんなら全然あり得そうな気もする。


「やっぱり他校の文化祭にいるってだけでとっても新鮮な感じがするね。この学校結構自由みたいだし」


「夢木さんの学校は違うんだな」


「わたしの学校はまず食べ物系が駄目だから。


 それよりも夢木さんって堅いよ?」


「じゃあ夢木」


「下の名前で」


「舞」


 要望通り下の名前で呼んだのに何故か微妙な顔をされた。


「何か慣れてますって感じだね。女の子を下の名前で呼ぶの」


「妹が居るからな、二人」


「へぇお兄ちゃんなんだ」


「できの悪い兄だけどな」


「そんなことないよ」


「なんで舞はわざわざお忍びで来たんだ? ちゃんと名乗れば簡単に入れそうなのに」


「なんでってほどでもないんだけど、ドリムじゃないわたしで楽しみたいなって思って」


「じゃあどうして今日にしたんだ? 明日も文化祭はあるのに」


「この学校の軽音楽部の演奏を聞いてみたくて。遊馬君は知ってる?」


 特に軽音楽部に対して敵意があると言う感じではない。そもそも、ユメに対抗意識があるって言うのも噂でしかないのかもしれないけれど。


 ここで迷うのはあまり良くないと思いすぐに答えを返す。


「この学校だと有名だからな。ボーカルが変わってさらによくなったって話をよく聞くし」


「遊馬君もファンだったり?」


「いや、あまり興味ないな。でも舞がお忍びで見に来るんだから演奏を聞いてみてもいいかもな。


 でも確か昼からじゃなかったか軽音楽部の演奏って」


「そうなんだけど、今日は良いかな。遊馬君にも会えたし。


 それよりも外にも行ってみよ」


「舞がいいなら構わないけどな。確か外にはヨーヨー釣りとかあったか」


「本当に? わたしヨーヨー釣り得意なんだ」


「俺はそんなでもないな」


「じゃあ、勝負だね」


「何が「じゃあ」なのかさっぱりなんだけど」


「でも、その前にそこのお化け屋敷に入ってみようよ」


 舞が俺の制服を引っ張ってお化け屋敷の方に向かう。


 何かベタな展開だなと思うのだけれど、こんな楽しそうな顔ではしゃぐ女の子の頼みを無碍にすることもできず、流されるままにお化け屋敷に引き込まれた。


 中に入った瞬間暗さのほかに感じるのはやや寒いくらいの冷気。


 入って一歩目は黒い壁に一本の道しかなくまだ怖い事はないのだけれど、隣の舞はそうでもないらしく制服を掴んで俺に隠れていた。


「苦手なら入るなよ」


「いや、定番だし……まさかここまでとは……」


 確かに先に行ったのであろうグループの叫び声も相まって雰囲気はそこそこだと思う。


 とでも思っておかないと俺自身先に進みたくない。あまりこういう所は得意ではないし。


「まあ、先に行くか」


「う、うん……」


 小動物のように震える舞を引き連れて襲い来るお化け達に立ち向かう。


 もれなく全ての仕掛けに何らかの反応を示した舞と明るい世界に出たのは入って二十分経った後だろうか。


 出て落ち着いてきたところで舞がまだ目を赤くしたままで話しかけてきた。


「遊馬君ってこういうの得意なんだね」


「いや、結構苦手な部類だと思うが」


「嘘だ~、だってあんまり驚いた感じして無かったよ?」


「その場ではな。家に帰ったあとシャワー浴びている時とか寝ようかと目を閉じた辺りでピークがくる」


「あー、それなんとなくわかるかも。でも、男の子がそれってちょっと可愛いかも」


「俺としては死活問題だがな」


「それなのに付き合わせてごめんね」


「ま、それで舞が楽しかったって言うなら別に構わないさ」


「じゃあ、次はヨーヨー釣りね」


 そう言って歩き出す舞の後ろについてまだ暑い太陽の元へと急いだ。


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