Lv53
ライブは雰囲気の良い喫茶店のような感じで終わった。
いつものように大騒ぎはしていないけれど、きてくれた人は自動販売機で買ってきたのであろう飲み物を飲みながら、友達と話しながらも、演奏に耳を傾けてくれていた。
演奏する側も立ちっぱなしと言うわけではなく、座れそうな時には適当に座り次の日の文化祭に疲れを残さないように気をつける。
今は十一時半を過ぎたくらいで、お開きにして今は片付けまで終えて、寝るために皆ジャージを着た状態で音楽室に集まっていた。
「たまにはこういうのも面白いわね」
「でも、ほぼ即興だったから難しかったです」
「そんな事を言いながら、鼓も結構良かったわよ?」
「むしろユメ先輩の方が危うかったですよね」
「そ、そんな事……あったかな……」
「ユメちゃんは楽しくて仕方なかったんだよね」
「綺歩、それはどう取ったらいいの?」
綺歩の言葉が半分笑っているようだったので、ユメが肩をすくめて口を開いた。
「今日はオレ達もお開きかな?」
「そうね。女子はこっち、男子は準備室ね」
稜子と一誠が話す向こうで鼓ちゃんが眠たそうにしている。その隣にいる桜ちゃんはいつも通りで全く眠たそうではないのだけれど。
その眠たくなさそうな桜ちゃんがこちらに疑問を投げかけてきた。
「ところでユメ先輩はどうするんですか?」
「どうするって、ユメは女子なんだから……」
「でも遊君でもあるよね」
「だからと言って御崎と同じ部屋に二人きりって言うのは問題じゃない?」
「確かにそれは怖いね」
「二人ともその言い方はオレに失礼じゃないか?」
「じゃあ、ユメと二人きりで手を出さないって誓えるわけよね?」
「もちろん無理だな」
またも本人不在の状況で話が進んでいるなと思っていると、眠たそうな鼓ちゃんが目をこすりながら口を開いた。
「ユメ先輩の意見をきいたほうがいいんじゃないですか?」
言い終わってふわっと可愛らしく欠伸をする。
それを聞いた稜子が一理あると言った表情でユメの顔を見た。
それに対して、ユメは「あ、えっと」と一度口ごもって改めて口を開く。
「わたしがどちらで寝るも何も、十五分で遊馬と入れ替わるんだから、一誠と同じ部屋しかないんじゃないかな?」
「ユメユメ、今何て?」
一誠が何故か空腹の魚かの様に食いついてきた。ユメは首をかしげながらも先ほどの自分の言葉を繰り返す。
「十五分で遊馬に戻る?」
「その後」
「一誠と同じ部屋しかない?」
「オレと同じ部屋がいい?」
「いや、別に」
一誠が何をしたいのかわかったのかユメが冷え切った声でそう返すと、一誠が「ぐはあ……」とオーバーな動作で倒れる。
それを無視して稜子が話を進め始めた。
「そう言えばそうだったわね。部活の時は何時間もユメのままだから忘れていたわ」
「寝ている時とかどう頑張っても歌えないもんね」
「残念でしたねつつみん。先輩と同じ部屋で寝られなくて」
「ふぇ? ……せんぱいと同じ……」
からかうような桜ちゃんの言葉に鼓ちゃんが何を言っているのか理解できないと一度首をかしげる。
そもそも眠たくて頭が働いていないんだろうなと思うのだけれど、急に眠気など放りだしたかのように慌てだした。
「そそそ、そんな先輩と同じ部屋で寝られなくて残念とか、ぜ、全然思ってないよ?」
「そもそも鼓ちゃん眠たそうだったし、今こんな話題になっていたこと自体分かっているか怪しいんじゃないかな?」
「えっと、ユメ先輩の言う通りです」
鼓ちゃんが恥ずかしそうに俯きながらユメに同意した所で、今度はユメが鼓ちゃんをからかい始める。
「それで鼓ちゃんはわたしと一緒に寝るのは嫌なんだね」
「え、あ、い、嫌ってわけじゃ……
そもそも、先輩があたしが眠たそうだったって言ってくれたんじゃないですか」
慌てていた所から頬を膨らませてしまうところまで、表情がコロコロと変わる鼓ちゃんはやっぱり可愛いなと思う。
ユメはそんな鼓ちゃんに一言「からかってごめんね」と謝った。
「ともかく男は準備室。準備室から廊下には出られないから、何かあったらちゃんとノックをすること」
「はいはい、了解」
「それで明日はどうするの?」
「そうね。午前中は自由って事でいいんじゃないかしら。
出番が一時からだから、十二時半には体育館。楽器の準備等はそれまでに済ませるってことで」
「その間音楽室って使えるんですか?」
「中で待機する分には構わないらしいわ。でも、演奏はNG」
そうなると音楽室にわざわざ来る意味はなくなるだろう。休憩するなら何処かのグループがそれにふさわしい場所を提供しているだろうし、こんな校舎の端にまで足を延ばす意味はない。
「それじゃあ、今日はもう寝るわよ。ユメと御崎はあっち」
そう言った稜子に促されるままに一誠とユメが二人で準備室に入る。
入ったところでユメから俺に戻ったけれど。
「よう遊馬」
「なんだ戻ったのか、とか言わないんだな」
「できれば言いたいけどな。どの道生殺しなんだからいっそ遊馬でいてくれた方が精神衛生上良いとは思わんかい?」
「そんな事言いつつ、ユメに何かするわけでもないだろ?」
「どうだろうな」
そんな風に一誠と雑談をしながら何か布団の代わりになりそうなものはないかとあたりを探す。
すぐに見つかったのは楽器を地面に置く時にしく毛布。
多少汚れているがあまり使われることもないので、今日一日我慢する分には問題ないだろう。
「そう言えばそんなんあったな。それ、何枚あるんだ?」
「とりあえず四枚だな」
「んじゃ、あっち行きだな」
「やっぱりそうなるのか」
別に一誠の意見に反対したいわけではないけれど、よくもまあ、躊躇いもなくそんな事が言えるなと感心する。
それからしばらく二人で探してみたが特に何も見つからず、ひとまずこの毛布を女子に渡すことにした。
「一誠が渡すか?」
「いや、遊馬が見つけたんだから俺にその権利はないな。ラッキースケベはくれてやる」
「いや、起らないだろ。皆着替えも終わっているんだから」
一誠にそう返して音楽室に通じているドアをノックする。すると、勝手にドアが少し開いて稜子が小声で対応してきた。
「どうしたのよ」
「毛布があったからそっちにやろうかと思ってな」
「それは助かるわ。それならついでにちょっと手伝ってくれないかしら」
「手伝う?」
何か今更手伝うような事があるのだろうかと疑問に思いながら稜子が小声だったと言う事もあり静かに音楽室に入る。
「何を手伝えばいいんだ?」
「掛け布団の代わりに大きめのタオルくらいはそれぞれ持っていたりしたんだけど、見ての通りよ」
そう言われて音楽室を見ると、残りの三人が床に川の字になって寝ている。
普段見ることのできない姿に一瞬興味がわいたがそれを押し殺して稜子の方を見る。
「簡単に言うと、それを敷いた後その上に運んでほしいのよ。さすがにアタシ一人じゃどうしようもないから」
「それ、明日俺が怒られないか?」
「その時にはアタシがフォローするわよ。それよりも、カーペットの上とは言え堅い床の上で寝て明日の演奏に支障が出た方が困るもの」
なんとも稜子らしい意見だと思うが、ある意味で役得的なこの状況。稜子の言葉に突っ込みを入れる事はせずに稜子の指示に従う。
少し離れた所に毛布を敷いて掛けてあるタオルを一度退かす。
それから毛布の上に彼女たちを運んでタオルを掛けて終了。と言う手順。
「変な事したら廊下に放り出すわよ」
後は運ぶだけと言う段になって、稜子からそう忠告される。
まあ、元々そのつもりなどない。まあ、一誠のこととやかく言えたものじゃないな。
とりあえず一番見なれている綺歩から運ぼうと思い御姫様だっこをする要領で膝の裏と背中に手を回す。
綺歩の寝顔は小さい頃のままで、昔互いの家に泊まりあっていた事を何となく思い出させる。
ただ、昔のままなのはその雰囲気と言うか表情と言うか。
身体の色々な所が成長していて、目のやり場に困る。
起こさないように出来るだけそっと移動させた後は稜子に任せて二人目は鼓ちゃん。
すうすうと寝息を立てているその頬っぺたをぜひつついてみたいけれど、そんな事をすれば稜子に廊下送りにされるのは目に見えている。
それにこの天使みたいな寝顔の子の睡眠の邪魔は出来るだけしたくはないので、神経をすり減らしながら鼓ちゃんを毛布に連れて行く。
女の子とは言え寝ている人間を運ぶのはそれなりに重労働。どうして役得などと思ったのだろうかと思いつつも三人目、桜ちゃんを運びに掛る。
二人と同じように御姫様だっこをして立ち上がったところで、首に違和感が走った。
見るまでもなく桜ちゃんがその手を俺の首に回している。
「桜ちゃん起きて……」
驚いて声をあげそうになった俺の口を首に回していない方の手で桜ちゃんが塞いだ。
「静かにしないとダメですよ。それにしても御姫様だっこですか」
「あら、桜起きていたのね」
「まあ、ある程度予想して寝たふりをしていましたからね。ですからこの状況も承知の上ですよ」
たぶん後半は俺への言葉だろう。それを聞いただけで何故か心の底から安堵が漏れ出した。
起きているのならば連れていく必要はないかと桜ちゃんを下ろそうとしたところで、桜ちゃんから待ったがかかる。
「どうせなら最後までして行ってくださいよ」
「桜がいいならいいんじゃないかしら?」
目で稜子に訴えても返答はこんな感じで、諦めて毛布の上まで連れて行く。
妙に疲れる用事が終わって稜子に「お疲れ様」と言われ準備室に戻ろうとしたところで、桜ちゃんが俺のジャージの袖を掴み引き止め、耳元で囁いた。
「桜の胸どうでした?」
「え、あ?」
「冗談ですよ。じゃあ、先輩おやすみなさい」
薄暗い中悪戯っぽい笑顔で笑う桜ちゃんが言った言葉は本当に冗談だったのか、桜ちゃんが起きていた事で平常心を保てなくなってしまっていた俺には正直わからない。
もしも桜ちゃんが言っていたことが本当ならなんだか勿体ない事をしたなと思いながらすごすごと準備室に戻った。
「で、どんなスケベがあったんだ?」
「ない。疲れた」
一誠の問にそう返して床に寝転がる。何だか桜ちゃんにしてやられたのが不満でその捌け口に丁度好さそうなのが目に入ったので口を開く。
「一誠ってそう言う目論見があるからこの部活に居るんだろ?」
「まあ、もしもオレがラッキーなスケベに立ち会えたら死んでもいいが……遊馬、いやユメユメなら分かるだろ?」
もっと軽い感じで返してくるかと思ったら思いのほかにまじめに返されてまた困る。
俺じゃなくてユメなら分かるってどう言うことだろうか、と思ったところで俺とユメのこの部における大きな違いに行きついた。
「確かに楽しいよな、この部活。歌わなくなって本当にそう思う」
「できれば歌っている時に気がついて欲しかったけどな。まあ、ユメユメが来て部の雰囲気が変わったってものあるけどな」
いつの間にか隣で寝転んでいた一誠がそう言うのを聞きて何て返そうかなんて思っている間に眠ってしまっていた。




