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Lv51

 夏祭りに行ったことも半分思い出になりつつある今日は文化祭の前日。


 学校に行く前に母さんに声をかける。


「今日帰ってこないかもしれないから」


「そう言えば前からちょくちょく言っていたわね。何かあるの?」


「明日から文化祭だから」


「そう言えば部活入ったんだったわね」


 学校で泊まりと言うのは文化祭前日だけのイベントだと言うところも少なくないだろうが、俺達の学校も例に漏れずその類。


 今日から文化祭が終わるまでは文字通り祭りのような雰囲気が学校を包む。


 特に文化祭前日なんて言うのは切羽詰まっていたり、学生だけと言うだけでなく大概気の知れた仲間しか周りにいなかったり、深夜も作業できたりと色々と面白い事になるらしいが、俺は去年は最低限学校にいないといけない時間で帰ったのでその様を見てはいない。


 ついでにこの機を狙って不純異性交遊などやろうものなら一発で退学になる。


 俺の知る限りそれで退学になった奴は聞いたことないが、俺が入学する前には何人かそれで退学になったらしい。


 それに伴い見回りも厳しい。


『何か文化祭って感じだよね』


「いつもと変わらない登校時間のはずなのにな」


 家を出て学校へと向かっている途中。


 どことなく出会う北高生達はそわそわしていると言うか、うわついていると言うか。


 見た目は変わらないはずなのに、そう感じてしまうのは俺自身が浮かれているからなのか、それとも明らかに普段の授業では使わないような大きな荷物を持っている人を見かけるからなのか。


 キョロキョロとあたりを見回していると呆れたようなユメの声が頭に響く。


『文化祭中は服装自由で間違いないんだけどね』


「基本は制服、出し物でどうしてもという場合には違う服装も可だったとはずだろ」


 だから普段と全く同じ私服と言うのは認められない。


 代りにあらゆるコスプレが許される。そんな感じだったと思う。


 ジーパン不可、きぐるみ可。


『わたしだってそれくらい分かっているよ。遊馬だってさっきから視線動かさないくせに』


「いや、ちょっと現実逃避をな」


『気持ちは分かるよ。だって戦隊ヒーローみたいなのが通学カバンを持って談笑しながら登校しているんだから』


「去年もいたとは思うが、よく着て来ようと思うよな」


『それこそ浮ついているからじゃないかな』


「遊君」


 ユメと雑談しているとそんな声が聞こえてきて振り返る。


「おはよう綺歩」


「おはよう。やっぱり今日はすごいね」


「登校風景だけで行けば明日の方がすごい事になりそうだけどな」


「今日はあくまで準備だもんね」


「そう言えば綺歩達は去年学校に泊まったのか?」


「泊まったよ。どうしても稜子が歌の練習したいって言うから」


「そう言えば去年は稜子がボーカルだったんだよな」


「三日目が本番だったのに、徹夜で付き合ってしかもコンテスト残っちゃったから一日目の夜は帰ってすぐ寝ちゃった」


「じゃあ、今年は泊まりじゃないかもしれないな」


「私としてはそっちの方が嬉しいんだけど、たぶん今年も泊まり決定じゃないかな?」


「ああ、桜ちゃんか」


「折角だからって言われそう」


 桜ちゃんがこういう事をやらないとは思えない。むしろ簡単に想像できてしまって綺歩と笑い合う。


「まあ、今日のリハーサル次第で泊まりになるかもしれないからちゃんと親に伝えて来いって部長命令もあるしな。


 それこそ折角だから、がくるだろうな」


 俺がそう返したところで少し離れたところから「そう言えばドリムちゃんが来るのって、三日目なんだっけ?」と言う会話が耳に入った。


 夏休みが終わって最初の全校集会のときにドリムが学校にゲストとしてやってくる事が秋葉会長から伝えられ度々こうやって話題を聞くようになった。


 もともとドリムのファンだった人は噂が本当だったのかと喜び、ドリムを知らなかった人もこれを機にドリムの歌を聴き多くがファンになったらしい。


 もちろんドリムがこの学校に来る理由が俺達のバンド――と言うかユメに――にあると気が付いている人もいるみたいだったが、そのユメが部活の時にしか姿を現さないので誰も確かめようがなかったりもする。


「すっかりドリムちゃんブームだね」


「ネットの中とは言え有名人が来るからそんなものじゃないか?」


「ユメちゃんが大変だ」


『今のところ大変だったことって夏休みの件だけなんだけどね』


「勝手にこっちの宣伝にもなるだろうからいいんじゃないか?」


「それもそうかもね。その分期待も大きくなっているんだろうけど」


「いつも通りやっていたら良いさ」


 言いながら下駄箱に到着したので一度綺歩と別れる。学校行事なので一度各教室で出席を取ってからそれぞれの作業に移るのだ。


 教室に入ると、思っていた通りと言うかだいぶざわついていてここで小声で歌ったとしても誰も気がつかないだろうと言う自信がある。


「ようやく文化祭って感じだな」


「一誠。後ろからスッと現れて声をかけるのは止めてくれないか」


「そんな事言うなよ、遊馬。オレ達友達じゃないか」


「それとこれは関係ないだろ?」


「それもそうだ」


 笑う一誠にこれ見よがしに溜息をついてやる。


「そう言えば一誠もこういうの好きだよな」


「オレもってどう言う事だい遊馬」


「来る時にな桜ちゃんはこういう雰囲気だすきだろうなって綺歩と話してたんだよ」


「オレにしてみればその会話にオレが上がらなかった事が不満だな」


「お前の不満など知らん」


「まあ、文化祭なんてのは如何にも学校行事って感じがするだろ?


 しかも今は花の高校生。泊まりもあり。気になるあの子と……ってそんな甘酸っぱい思い出の一つや二つ欲しいと思ってないが悪い」


 自信たっぷりに言う一誠に俺は自分で出来るだけの呆れた顔を作って返してやる。


「退学希望か」


「ほんと辛いよな」


 実際男女が一緒にいるだけで退学はないだろうけれど、みつかれば注意は受けるだろう。


「それと二つも作ったら、速攻で思い出行きだな」


「ハーレムエンドなんて良くある話だろ?」


「ねえよ。で、実際一誠にそんな相手っているのか?」


「どうだろうな。今の馬鹿やっている状況が楽しいから、大して考えたことも無かったわ。


 ってか綺歩嬢とか稜子嬢と同じ部活ってだけで北高生としては最上級だろう?」


「その辺がお前がお前たる所以なんだろうな」


「褒めるなよ」


 一誠はそう言っておどけるが、実際そうじゃないと一誠への風当たりは強いんじゃないかと思う。


 おまけみたいだった俺とは違い一誠は顔もいいし、メンバーとしてしっかり役割を果たしている。


 それで綺歩か稜子を口説こうものなら「なんだあのイケメンは」となりかねない。


「一誠今日のリハーサルって何時からだったか覚えているか?」


「確か出番順だろ? 一日目が昼過ぎの出番だから昼前ってところじゃないか?」


「あと、最近桜ちゃんと連絡とったりしたか?」


「それは教えられんな」


 一誠のその言葉を聞いて今日は泊まりだなと確信した。



 出席を取り終わってクラスの面々が蜘蛛の子を散らすように教室から出て行く。


 それを見送って音楽室に向かうとまだ俺と一誠以外は来ていなかった。


「遊馬、ユメユメと変わらないん?」


「変わってもいいけど、そうなるとドラムを一誠が一人で運ぶことになると思うぞ。


 出来るだけユメと俺の入れ替わりは少なくしたいし」


「なるほどな。でも、その理屈だと帰りはオレ一人だよな」


『スティックくらいなら持てるよ?』


「スティックくらいはもてるってよ」


「まあ、実際問題自分の楽器くらい自分で準備できないと困るからいいんだけどな。


 遊馬より力もあるし」


「ま、多少は手伝っていないと俺が辞めさせられたことになりそうだからな」


「それもそうだ」


 と言ったところで、皆やってきてリハーサルの準備のために体育館へと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 リハーサルは前半に一日目に出演する部活、クラス。後半に三日目に出演する部活、クラスで分けられている。


 リハーサルをスムーズに行うためにそのグループの出演が一日目の最後であっても今日の前半には体育館に居る必要があり、つまりどう言うことかと言うと俺達は基本的に一日体育館に留まっていないといけない。


 もちろんその間はユメでいるのでたぶん今日俺が表に出る事はないんじゃないだろうか。


 普通だったらリハーサルが終わればそこで終わりではあるのだけれど、後の方になればなるほど暇な時間が増える。


 結局やる事がないので順番を待ちながら自他グループと話すなどして暇をつぶすしかない。そしてそれはユメも例外ではなく声をかけられる。


「あの……軽音楽部のユメさん、ですよね?」


「はい、そうです」


「あの、私邦楽部の本田と言うんですが……」


 邦楽部と言えば一日目に軽音楽部の後に出演する部活だったはず。


 声を掛けてきた本田さんと言う女の子は箏を壁に立て掛ける様にして持っていて、前髪が目を隠すくらいに長く大人しそうな雰囲気で、何やらもじもじとユメを見ている。


 彼女の後ろには同じ部活の人が小声で彼女に何か言っている。


 何かこの風景どこかで見たことあるなと思っていると、本田さんが先ほどよりも一回り大きい声をだしたので驚いてしまった。


「あ、あの。私ファンなんです」


「ふぁん?」


「前回の校内ライブでたまたまテレビに映っているユメさんを見てからずっと凄いなって思っていました」


「あの、うん。ありが……」


「握手して貰っていいですか?」


 その勢いにユメがたじたじになっていると、彼女の後ろの人たちがその事を教えてくれたのか本田さんが顔を真っ赤にして「ごめんなさい」と俯いてしまった。


「えっと、握手ですよね」


「い、いいんですか?」


「いいもどうも、私も一生徒でしかないですから。


 正直ファンって言うのも大袈裟じゃないかなって思ったり……」


 言いながらユメが右手を差し出す。本田さんはその手をじっと見つめた後恐る恐る手を取った。


「よかったな本田」


「あ、部長」


 彼女の後ろにいた人たちの内の一人が本田さんに声をかける。


 この部長さんに関しては男の人だが、ざっと見た感じ邦楽部としては女子の方が圧倒的に多い。


「悪いねユメさん。この本田は本当にユメさんの事が好きでね。


 当日一日目にこんな順番だからちゃんと軽音楽部の演奏が聴けないって落ち込んでいたんだ」


「わたしは構いませんよ。むしろそこまで好きでいてくれて嬉しいです」


「って事で俺とも握手してほしいんだけど。俺も軽音楽部のファンでね」


 そうやって話している間にリハーサルに呼ばれたのでステージに向かった。


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