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Lv49

 集合時間の十五分前には集合場所についた。


 その時にはまだユメだったが十五分あれば俺に戻るから大丈夫だろう。


 近くで祭りが始まるだけあって人通りは多いが、むしろこれだけ多ければ女の子が一人いつの間にか男に替わったからと言って気が付かれはしないと思う。


 それでなくても死角はたくさんありそうなのでこれと言って心配する事もない。


 なぜか集合場所には未だ誰も来ていなくて、少ししてから桜ちゃんが姿を見せた。


「遊馬先輩で来てくださいって言ったはずなんですけどね」


「もう少ししたら遊馬に戻るからそれで許してくれないかな?」


「まあ、今回はユメ先輩には申し訳ない事をしていますからいいですが、お祭りが始まったら遊馬先輩でいてくださいね」


「うん。わかっているよ。


 それよりも、皆遅いね」


 ユメがそう言ったところで、腕時計が震え始める。


 ユメの言葉に桜ちゃんが何か言いそうになっていたけれど、桜ちゃんに事情を話して人目につかない所を探す。


 無事俺に戻ったところで桜ちゃんの所に戻った。


「お待たせ」


「遅いですよ」


「俺の方が早く来てなかったか?」


「先に来ていたのはユメ先輩で遊馬先輩じゃないです。


 ほらお祭りも始まっちゃったじゃないですか」


 桜ちゃんに言われるまでもなく、辺りが先ほどまでに活気を帯びているのは気が付いている。


 日が落ち切っていない薄暗い中、先ほどまでざわめき程度だったものが喧騒へと姿を変え、あちこちにある屋台で呼び込みの声が聞こえる。


 通行人の数も増え、歩けないと言うほどではないがだいぶ歩きにくいんじゃないかとも思える。


 浴衣を着ている人もちらほらと見受けられ、一般的な洋服の中に時折見える鮮やかな色は目を惹くものがある。


「そう言えば桜ちゃんは浴衣じゃないんだな。喜んで着てきそうな気がするのに」


「知っていますか? 浴衣のしたって何も着ちゃいけないんですよ。


 それを踏まえたうえでもう一度同じことを聞いてきてください」


 そう言って桜ちゃんがずいっと近くに寄ってくる。


 確かにそういう話は聞いたことがあるけれど、そんな風に言われるとちょっと想像してしまう。


 今桜ちゃんはふわっとしたワンピースにカーディガンを羽織っているのだけれど、それを浴衣に変えて……と言う所で頭を振る。


「いや、着てもいいんじゃないか別に。着ないって言うのはあくまでお風呂から上がった後だからだろ」


「変な間がありましたが、何か考えていたんですか?」


 満足そうな桜ちゃんの顔が妙に恨めしく思う。


 ただ、満足した結果話を先には進めてくれた。


「実際は着る時間が無かったって言うのと、先輩が一人目から浴衣の女の子と並んで歩くって言うのは難易度高いかなと思いまして」


「桜ちゃん、一人目ってどう言う事だい?


 それは集合時間を過ぎても桜ちゃんしかここに居ない事に何か関係があったりとか?」


「いい勘していますね。先輩にはこれから三十分毎に入れ替わり立ち替わり軽音楽部のメンバーをとっかえひっかえして貰います」


「何かもっと別の言い方はなかったのか? あと、その中に一誠は混ざっているのか?」


 いや、むしろ混ざっていてくれた方がこちらとしては好都合な気がする。


 休憩的な意味で。


「言葉を変えてもやる事は替わりませんよ。後、一誠先輩は含まれません。


 一誠先輩はハーレムルートですし、男子二人にした意味無くなっちゃいます」


「何でそんな事を?」


「お祭りでデートって定番じゃないですか。それに、先輩方って結構貧乏くじ引いているのでたまにはいい思いをさせてあげようかなと思いまして。


 それとも遊馬先輩は桜とデートは嫌ですか?」


「まあ……嫌じゃないけど、これってデートなのか?」


「本当は遊馬先輩がドリムちゃんだって分かって皆いろいろ思う所はあるだろうけれど、バタバタして先輩と話す機会も少なかったのでその機会を作ろうって言うのが主目的です」


「ああー……綺歩にはユメの歌が文字通りの意味で俺の歌だったって伝えないでほしいって言っているからな」


「それなのに遊馬先輩と綺歩先輩ってペアでいる事が多いんですから……


 後は純粋にお祭りを楽しんでください。二時間後には花火が始まるそうですからその時に再集合です」


「その場所は?」


「最後の子に教えて貰ってください。


 それじゃあ行きましょうか」


 桜ちゃんがそう言って俺の手を引く。まともに女の子と手をつないだことのない手前それだけで緊張してしまうのだけれど、一歩祭りの中に入ってしまうと周りのにぎやかさに意識が向いて少しはましになる。それに……


「何かカップル多いな」


「夏休みで夏祭りですからね。桜もあの女の人みたいに腕組んだ方がいいですか?」


 桜ちゃんが指さす方に居たのは一組のカップル。たぶん俺達と同い年くらいのカップルで、女の子の方は浴衣。


 腕を組むと言うよりも彼女側が彼氏の腕に抱きついているようなもので、明らかにあたっている。


 顔の距離も近く、そうやって楽しそうに話している姿は明らかに異世界。同じ地球の上同じ国で、あまつさえその距離は歩いて数歩と言う感じなのに、どう見て俺のいる空間とは全く別の空間にその二人は居る。


 確かに桜ちゃんのように可愛い子にあんな風に甘えられたら男冥利に尽きるのかもしれないが、俺は桜ちゃんの本性を何度も見てきたし何よりあの羞恥プレイに耐えられそうもない。


「冗談ですよ、冗談」


「いや、わかってはいたけども……」


「本気で困ったって顔していましたよ?」


「困るだろ普通……桜ちゃんみたいな子にそんな事言われたら」


 罠だと分かっていても、されたらされたで緊張で何も言えなくなったとしても、ちょっと期待してしまうのが男と言うものじゃないだろうか。


 先輩で遊べて楽しいと桜ちゃんの顔に書いてあるので、俺は溜息をつくしかないのだけれど。


「でも、桜は先輩の事も好きですよ」


「はいはい、ありがとう」


「思った以上に反応薄いですね」


「さすがにこれだけからかわれたらな。どうせドリムとしての歌声はとかだろ?」


「半分正解です。でも半分は先輩自身ですよ? もちろんライクですけど」


 桜ちゃんが小悪魔のように笑う。


「桜ちゃんはメンバー全員を好きなんだろ?」


「よくご存知ですね」


「海の件とかな、見ていたらなんとなくな」


 何だかんだで桜ちゃんは皆が楽しめるような事を考えて実行してきたわけだ。


 その皆の中に俺が入っていない事は多々あったけれども。


「まあ、桜の夢は先輩に出会った時点で叶ったも同然でしたから気持ち的余裕がありましたから。勿論嫌いな人相手だったら時間があっても何もしませんが。


 そんな話よりもお祭りを楽しみませんか?」


「そうだな。夏祭りに来るのも久しぶりだし楽しむか」


「とりあえず、射的ですかね。そこにありますし。


 質より量って事で何でもいいので多く倒した方が次の出店の料金を支払うってことで」


「よし、乗った」


 売り言葉に買い言葉。もしくは祭りの雰囲気に流されたのかお金の事を頭に入れていなかった事を少し後悔した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 三十分と言うのは意外とあっという間で、射的の後金魚すくいをしたくらいで次に行っている余裕はなくなってしまった。


 結果は俺の二勝。お店を二つしか回れていないので金魚すくい分を桜ちゃんが払ったと言う事になるのだけれど、その勝ち方が奇妙と言うか、桜ちゃんが勝つ気が無かったと言うか。


「先輩意外と強いんですね」


「ぬいぐるみを抱きながら言われてもな」


 そう。桜ちゃんが射的で取ったのは射的の景品としては大きめのぬいぐるみ。俺が取ったのは箱に入ったキャラメルと飴。


 金魚すくいでも何故か桜ちゃんは一番大きな金魚を狙っていた――それで掬った金魚は邪魔だからと言う事で返した。


「でも勝負は先輩の勝ちです。本音を言うと桜でお金いっぱい使うと後が続かなくなりますからね」


「まあ、そうかもしれないけどな。


 ユメの服を買いに行った時もそうだったよな」


「さて、何のことでしょう?


 そう言えば先輩二勝したのに一勝分しか得していないですよね。ですからこれどうぞ」


 桜ちゃんにそう言って五百円玉を渡される。と言うか握らされた。


 俺の手を取って、無理やり開かされて、何かを握らされたかと思うと手を離された。


 流石に返すべきだろうと思って桜ちゃんの顔を見ると、有無を言わせぬいい笑顔をしていたので替わりに溜息をつく。


「そう言えば祭りに来たのに何も食べてないな」


「そう言えばそうですね。先輩は林檎飴って食べた事ありますか?」


「ないな。あれってどうなんだ?」


「桜も食べたことないから訊いてみたんですか残念です」


『遊馬、右』


 桜ちゃんと話していると急にユメにそんな事を言われて、目だけで右を見る。


「桜ちゃん、ちょっとここで待ってて」


「トイレですか? 早く戻ってきてくださいね、たぶん次の人待っていると思いますから」


 呆れ声の桜ちゃんに見送られて流れを横切るようにしてその場を離れる。


 着いたのは林檎飴の店。あまり桜ちゃんを一人にしておくわけにもいかないので急いで一つ買って戻る。


 戻った俺をジト目で見る桜ちゃんに買ってきた林檎飴を手渡した。


 と言うか、握らせた。


「なんですかこれ?」


「林檎飴だけど?」


「それはわかっていますが……


……もう、分かりましたよ」


 視線で桜ちゃんを納得させてホッと息をつく。


 黙々と林檎飴を食べる桜ちゃんを追いかけること少し、見知った顔が俺達を見つけて手を振っていた。


 それと同時に桜ちゃんがくるりと回って俺の方を見る。


「さて先輩。ここでバトンタッチです。


 それと林檎飴ありがとうございました」


 そう言ったかと思うと携帯を取り出して何処かへ行ってしまった。たぶん一誠達の所に行ったのだろう。


 それを見送ってから手を振っている人の元へと急ぐ。


「次は綺歩なんだな」


「遊君さっきぶりだね」


 そう言って笑う綺歩はやっぱりと言うか、青がベースの大人しめの浴衣を着ている。


 それに合わせて履いているのは下駄。その鼻緒もやっぱり青。手には巾着。


「何ていうか、やっぱり青なんだな」


「えっと……似合ってない……かな?」


「いや、綺歩らしくて俺は好きだな」


「そっか、それなら良かった」


 不安そうだった綺歩の表情がパッと明るくなる。他のメンバーより比較的よく顔を合わせている綺歩だけれど、いつもと服装が違うとそれだけでだいぶ印象が変わるんだなと思わせる。


 着ている浴衣が濃いめの青なだけあって、いつもよりも大人びた雰囲気。


 さっきみたいにパッと笑った時には少しギャップを感じるけれど、いつものように小さく笑った時にはドキッとしてしまう。


「遊君とお祭りなんて久しぶりだね」


「小学校以来になるからな。その時は母さん達も一緒だったと思うが」


「そうだね。その時は遊君も浴衣着てた」


「今は着る浴衣がないからな」


「優希ちゃんと藍ちゃんにはあるんだっけ?」


「妹達は毎年何処かの夏祭りに行っていたし、両親とも妹達には甘いからな」


「二人とも美人だもんね」


「その辺は兄としても鼻が高い」


 俺が言うと、何故か綺歩がふふっと笑う。それに対して「どうかしたのか?」と尋ねるとまるで子供を見守るような目で綺歩が俺を見てきた。


「少し前まで「優希が冷たい」って感じだったのになって」


「まあ……それは、な」


 そこを突かれると少し痛い。痛いから話題を変えることにした。


「そう言えば、綺歩は知っていたんだな今日の事」


「今日の事って言うと、遊君が皆とデートするってこと?」


「やっぱりデートって表現なんだな」


 その単語が出るだけで妙に緊張してしまうのは何でだろうか。


 そうならないように必死で意識しないようにしているのに。


「遊君はデートなんて言われたら緊張するよね」


「わかった上で言うんだな」


「ごめんね」


 謝りはするが、その目はまるで反省していない様子。


 綺歩が楽しいのなら別にいいかと、苦言の代わりにひとつ溜息をつく。


「それで、私が知っていたのかって話だっけ?」


「ああ」


「聞かされたのは遊君と同じタイミングだと思うよ。内容は違ったみたいだけど」


「って事は残りも皆そうか」


「そうだろうね」


 そう言って見せた綺歩の表情は笑っているが、困っていて、桜ちゃんの計画だからなと少し納得してしまった。


「でも、本当に懐かしいな。遊君とお祭りなんて」


「俺も綺歩もだいぶ大きくなったもんな。中学の時ほとんど関わりなかったから、それこそ急にって感じだ」


「私は中学校でも優君と遊びたかったんだけどね」


「悪かったな避けるようなことして」


「最初は結構寂しかったんだよ。急に遊君が遠くなったような気がして。


 でもお父さんが男って言うのはそんなものだって言っていたから、嫌われたわけじゃないんだって少しは安心したかな」


「遠くに行ったみたいって言ったら綺歩の方が遠くに行った気がしたんだけどな。


 気がついたらミス北高だったし」


「それは周りが勝手にそう言っているだけで、私は私だよ。


 昔から演奏してばっかり」


「そう言われるとそうかもな。綺歩の家からはよく楽器の音がしていたし、躊躇いもなく男を自分の部屋に上げるし」


「そ、それは遊君だけだよ。むしろ優君以外を連れて帰ったらお父さんがなんて言うか……」


「そう言えばおじさんも昔のまんまだったな。最近はたまにしか顔を合わせないけど……


 変わったのは俺だけなんだな」


「確かに遊君は変わったよね。何せ女の子になるようになっちゃったし」


「それは俺でもびっくりの変わりようだな」


『わたしもびっくりしたよ』


「あとは背が高くなったかな。昔はわたしの方が背が高かったのに」


「綺歩が小さくなったんだろ?」


「ユメちゃんになったら桜ちゃんより小さいくせに」


 昔を懐かしみながら、楽しみながら綺歩とそんな風に話していると、綺歩が視線を遠くに向けた。


「遊君だって変わらないところ沢山あるよ」


「そうでもないだろう」


「遊君は昔から優しいし、気がきくし。


 人知れず悩んでいる割には人にはそれを見せないようにするし。


 根本的なところではやっぱり昔のままの遊君だって思うな」


 遠くを見ていた瞳が途中から俺をまっすぐ見ていて、俺は何も言えなくなる。


「もちろん私も変わってない。私は昔から遊君が……」


 そこまで言って綺歩が言いよどむ。


 俺から意図的に視線を逸らしているようで、さっきまで真っ直ぐこちらに来ていた視線は下の方に行ってしまっていて、手をぎゅっと握っている。


「俺がどうしたんだ?」


「ううん。何でもない」


 まっすぐ前を向いた綺歩はそう言って笑うのだけれど、俺の中には疑問が残った。


 綺歩が言いたくないのなら無理に聞き出す気はないのでその疑問を表に出さないようにしていたつもりだったのだけれど、悟られてしまったらしく綺歩が自嘲気味に笑いながら口を開いた。


「遊君は成長したけど、私は成長してないなってちょっと思っちゃってね」


「さっき、俺は変わってないって言ってたろ?」


「それと成長は違うんだよ。


 そんな事よりもせっかくの夏祭りなんだし何か食べよ?


 遊君細いのに唐揚げとかフライドポテトとか油もの結構好きだよね」


「悪かったなひょろくて」


「そこまで言ってないでしょ?


 でもやっぱり、遊君は変わらないよね」


 言っている事はさっきまでと変わらないはずなのに、綺歩は晴れやかな笑顔を見せるとカランコロンと下駄を鳴らして歩き出した。


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