表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/142

Lv48

 夏休みももうすぐ終わろうとしているある日。一誠を除いた軽音楽部のメンバーが生徒会室に呼び出された。


 呼び出されたと言っても、秋葉会長がいつもの調子でテンション高く呼びに来たのでたぶん怒られるとかではないだろう。


「まあ、ユメ先輩指定って事は何で呼び出されたのか何となくわかりますけどね」


「桜ちゃん分かるの?」


「むしろつつみんは気がつかないんですか?


 先輩方はわかりますよね?」


「さあ、アタシは心当たりが多すぎて分からないわ」


「もしかしたら怒られちゃうかもね」


 桜ちゃんの質問に稜子と綺歩がはぐらかしているのか、本当に分からないのかそんな風に返す。


 それに伴って、鼓ちゃんが見たことかと言わんばかりに桜ちゃんを見た。


 その桜ちゃんが今度はユメの方を見る。


「え、わたし? わたしは一誠が呼ばれていないしミスコンの話かな……と思って……」


 とユメが言ったところで口を閉ざした。


 ユメの目に映っているのは、あきれ顔の稜子と苦笑いをしている綺歩。なぜか楽しそうな桜ちゃんに、皆の視線を一身に受け固まっている――正確には固まっているから視線を集めているのだけれど――鼓ちゃん。


 その石のように固まっていた鼓ちゃんが、それでも、一番早く口をひらた。


「ミ、ミスコンなんてありましたっけ……?」


「今さら現実逃避しても遅いですよつつみん」


「鼓ちゃん忘れようと必死に練習してたもんね」


「あー……わたし余計な事を?」


「まあ、行けば分かるもの。それが少し早まっただけよ」


 稜子のフォローを受けるも、ユメは少し申し訳ないと言った様子で鼓ちゃんを見る。


 その鼓ちゃんは今まで見たことがないような速さでこの場を去ろうと回れ右をしていた。


「逃がしませんよ」


「やだー、桜ちゃん離してぇ」


「大丈夫です。たぶんちょっと写真撮るだけですって」


「それが嫌なの」


 桜ちゃんに後ろから抱きつかれるようにして抑え込まれている鼓ちゃんの声が徐々に涙声になる。


 その様子を見て稜子が仕方なしと言った様子で声をかけた。


「鼓の気持ちも分からなくはないのよ。


 勝手に推薦されていつの間にかステージにあげられて。


 でも、あの会長には少なからず助けて貰ったわけだしお礼くらいした方がいいと思わない?」


「お礼……ですか?」


「鼓がユメと一緒に文化祭に出られなくてもよかったって言うなら今日何とか推薦を取り消してもらえばいいと思わない?


 生徒会長なら貴女がそこまで嫌がっているって分かったら何とかしてくれるでしょうし」


 稜子の言葉を聞いて鼓ちゃんが抵抗を止める。


 それから緊張した面持ちで「がんばります」と声は小さかったけれど確かに口にした。


 それを聞いて稜子が満足したように歩きだす。


「こうやってみるとやっぱり稜子が部長だなって気がするよね」


「ユメ、それは普段のアタシが部長っぽくないって事かしら?」


「部長ならもっと勉強して部員を安心させてほしいよね。ね、ユメちゃん」


「夏休み前も冷や冷やしたしね」


「綺歩まで……まあ、アタシもやりたいことをしているだけだから、確かに部長っぽくはないわね」


 そういって少し落ち込んだような声を出す稜子が意外でユメが慌てて声を出した。



「そ、そんなことないよ。稜子いっぱい頑張っているし……」


 と言ったところで稜子が笑っている事に気が付く。


「確かにユメをからかうのは楽しいかもしれないわね」


「あれ? 稜子?」


「大丈夫よユメ。アタシは何も気にしていないから」


 それを聞いたユメは何度か瞬きをしたかと思うと、安心したような呆れたような良く分からない溜息をもらした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで、どんなようなのかしら?」


「わざわざ来てくれて悪いわね。今日はちょっと紹介しておきたい人が居るのよ。


 そのついでに美少女コンテスト用の写真を撮らせて貰おうかと思ってね」


「秋葉会長。嘘はいけませんよ?」


「今日は写真を撮らせて貰うついでに紹介したい人が居たからきて貰ったわ」


 萩君の言葉に秋葉会長がまるで先ほどの建前が無かったかのように本音を話す。


 生徒会室は思っていたほど物はなくて、会議をするかの様に長机が中央に並べられている。


 他に一般教室との違いと言えば、ホワイトボードがある事と端の方に段ボールが積まれている事くらい。


 それから、秋葉会長がついでと言っていた紹介したい人。俺は全然紹介してほしくない。


 ユメとは一応初対面と言う事になるし、もしかすると他のメンバーだって初対面かもしれないが、たぶん皆あまり好意的には思っていないだろう。


 それは向こうも分かっているはずだろう、どうして笑顔でユメを見ているのだろうか?


「一応大事な事だから紹介させてもらと、さっきから一緒にいる私でも萩君でもない人が副会長の新谷春仁よ」


「その紹介はどうかと思うよ、会長。


 まあいいか。ボクが副会長の新谷。


 キミたち……特にユメさんには迷惑をかけたね。できれば許して欲しい」


 副会長はそう言うと躊躇う事無く頭を下げた。そんな予想外の行動にユメも俺も何も言葉が出ないでいると、明らかに敵意を持った稜子の言葉が副会長に飛ぶ。


「やけにあっさり頭を下げるんですね。何か裏があるとしか思えないわ」


「そう思われても仕方がない事をした自覚はあるよ。志手原さん。


 でも、今更何を取り繕ったって無意味どころか逆効果。


 それにユメさんには文化祭に出て貰わないと困る。そのためだったらボクの頭の一つや二つ……」


「そう言う言い方するから春くんは嫌われるのよ」


「これがボクの性格なので、どうしようもないんだよ」


「ともかく言いたいことはわかりました。桜としてはこれくらいの方がむしろ清々しくて好感が持てなくもないですが、ひとつ気になる事があります」


 話に割って入った桜ちゃんがそう言って副会長に疑問をぶつける。


「今の話だとステージに上がっている時に妨害しないってことにはならないですよね」


「それもないよ。忠海さん。


 ドリムちゃんが望んでいる事はキミ達との純粋な勝負。そこに水を差したらそれこそファン失格だからね」


「それもそうですね。それで、ユメ先輩は許してあげるんですか?」


「わ、わたし?」


「何驚いているのよユメ。ユメが中心の諍いだったんだから当然でしょ?」


「そう言われると……ねえ、遊馬」


『俺に聞くまでもなく決まってるだろ?』


「うん……


 もうわたし達に何もしないと言うのであればわたしは許します」


「ユメちゃんはそれでいいの?」


「何だかんだでいろいろ考えるきっかけにもなったし、それにわたしは歌う事が出来たらそれでいいかなって」


「その要求はちょっと飲めないかな」


 こちらがユメの言葉で納得しかけたところに副会長がそう言って波を起こす。


 稜子と桜ちゃんからありありと敵意が向けられるけれど、副会長は知らん顔。


「春くん……


 あのねユメさん。何もしないって要求が飲めないって言う事はつまり協力はするってことなのよ。


 何もって言っちゃうと協力も出来ない。


 それに、もしもまた春くんが軽音楽部にちょっかいを出そうとしたら……分かっているわよね?」


「もちろん。さすがにボクもまだ死にたくないからね」


「そういう事で生徒会のメンバーが本当にごめんなさい」


 今度は秋葉会長が頭を下げる。それを見て頭を下げる副会長は本当は出来る人なんだろうなと思わなくもない。


「ユメも許しているようだし、もういいわ。話を先に進めましょう」


 稜子の言葉に頭をあげた秋葉会長が何故か持っているカメラ。


 しかもデジカメなどではなく、プロのカメラマンが持っていそうなごついもの。


 はたしてどこから取り出したのだろうか……


「やっぱり胸なの……?」


『それだけはないと思うぞ』


「お約束かなって」


『お約束するために良く自分の身を削れるな』


「わたしが無いのは遊馬のせいだもん」


 そう言いつつも自分の胸に視線を持っていかないでほしい。


 やっぱりユメも気にしているのだろうか? 気にしていたとして結局俺にできる事はないように思うのだけれど。


 俺が量を食べる様になった所でお腹周りにしか肉はつかないだろうし。


 そんなくだらない会話も腕時計が振動し始めたのでやめてユメが軽く歌い出す。


「じゃあ、今から私が貴女達の魅力を最大限に引き出すから大船に乗ったつもりでいると良いわ」


「写真って秋ちゃんが撮るんですか? 撮れるんですか?」


「忠海さん、生徒会長の力を舐めて貰ったら困るわよ」


「それじゃあ、その力を見せて貰いましょうか。このつつみんを使って」


「あたしからなの!?」


「このシャイガールの魅力を見事に引き出せたら桜も快く秋ちゃんのフィルムの中に収まってあげます」


『何かすごく鼓ちゃんの気持ちが分かる』


「ああなったらもう本人の意思なんてないもんね」


 目の前で行われる茶番を眺めつつユメと労を労っていると「誰と話しているんですか?」とユメが声をかけられた。


 声がした方を見るとそこにいたのは不思議そうな顔をした萩君でユメが内心慌てながらもそれを表に出さないように対応をする。


「独り言だから気にしないで萩君。それよりどうしたの?」


「どうしたってほどではないですけど、少しはっきりさせて貰おうかと思いまして」


「はっきり?」


「なんでわざわざ副会長と貴女達を会長が会わせたのか……です」


「まあ確かに一歩間違えたら大変な事になっていたかもね」


「たぶん生徒会と軽音楽部の関係が完全に壊れてしまったでしょう」


「でも、秋葉会長の事だからその辺りは何か対策していたんじゃないかな?」


「それは間違いないでしょうね。あの会長の事、軽音楽部との関係が悪化したら何しでかすかわかったものじゃありません」


「会長辞めるとか言いそうだよね。萩君も大変だ」


「それで何で会長が副会長と引きあわせたかなんてですが……」


「文化祭を成功させるためだよね。一部活とは言えしこりが残ったままじゃ安心はできないだろうし」


 萩君の言葉を遮るようにしてユメが言うと、萩君が「違います」と首を振る。


 それに対してユメが首を傾げたので、視界が斜めに傾いた。


「確かに文化祭を成功させるためと言うのもありはすると思いますし、この学校において軽音楽部と言う部活が一部活等と軽視できない部活であるのは事実です。


 実際僕もそう思って尋ねてみましたし。ただ、返ってきた答えは「副会長に彼女たちの素晴らしさを分からせる」でした」


「すっごい勝手な理由だよね」


「でも、会長は本気みたいですからね。「ちゃんと正面から彼女たちの演奏を聴いて分からないはずがない」って言っていましたし。


 僕自身そう思います。ですから、本番は頑張ってください」


「もちろん」


 そうユメが返したところで写真撮影で盛り上がっているサイドからお呼びが掛かった。





「さてユメさん。観念して私のものに……じゃなかった、写真を撮らせて貰うわよ」


「遊馬、わたし此処から逃げたい」


『たぶん桜ちゃんに捕えられると思うぞ、後ろから妙に視線を感じるし』


 写真撮影。ユメの番。相変わらず秋葉会長が変態チックなのでユメが拒否反応を示しているが、あの鼓ちゃんが撮影をこなした手前ユメが逃げるわけにはいかないだろう。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、ユメ先輩。


 秋ちゃんああ見えて結構様になっていますから」


「別にわたしは緊張しているわけじゃないんだけど……」


「さて、ユメさんだもの。やっぱり撮るなら歌っている姿よね」


「桜は儚げな少女気取らせてもいいと思いますよ」


 確かにユメなら似合うだろう。さすがは桜ちゃんと言わざるを得ない。


 ただ俺がその姿を見る事は……と思ったところで今が撮影会だと言う事に気がついた。


「確かにそれもいけそうね……」


「と言う事でユメさんちょっと切ない感じの歌を歌っていてください」


「わたしの意見は……」


『まあ、時間的にもそろそろ歌わないといけないし、ついでと言う事で歌ってもいいんじゃないか?』


「う~ん……遊馬がそう言うなら歌うけど」


 ユメが半信半疑で歌い出す。


 歌い初めこそ半人半儀だったが、歌い始めればそこはユメ。


 すぐに歌に入り込む。


「さっきまで渋々と言う感じだったのに、やっぱりユメ先輩ですね」


「ユメさんの歌……ユメさんの生歌……録音を……」


「秋ちゃん今は写真を撮るのが目的ですよ」


「そ、そうだったわね」


 そんな会話が聞こえてくる。と、思ったら数回シャッターの音がした。


 そのまま何度も写真を撮るかと思ったらすぐに静かになる。


 それから歌が終わるまでに二、三回シャッター音が聞こえた程度だった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はあ……満足したわ」


 恍惚そうな表情でカメラに頬ずりをする秋葉会長。


 この人が会長でこの学校は大丈夫なのだろうかと今更ながらに思ってしまう。


「会長の事は置いておいて、ユメさん」


「あ、えっと……副会長なんでしょう?」


「会長に言っていたあれ、本気でやる気?」


「文化祭を盛り上げるためですから」


「ねえ、ユメちゃん。あれって言うのは?」


「そう言えば言っていなかったね。そんなに難しいことじゃないと思うんだけど……」


 それからユメが皆に説明を始めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ユメ先輩の頼みなら仕方ないですね」


 説明を聞いて渋々と言った様子で桜ちゃんが了承する。


 桜ちゃんなら乗ってきてくれると思ったのだけれど、協力してくれるのならまあいいか。


 その日はその後解散し、一度音楽室に戻る。このまま練習するには少し遅い時間なので帰ろうかとなったところで桜ちゃんが一つ提案をした。


「先輩方この後お祭り行きませんか?」


「あれ? この辺りでお祭りってあったっけ?」


「少し遠くはなりますが川の方であるんですよ。最後には花火も上がるらしいです」


「へえ、そんなのあったのね」


「私も知らなかったな」


「と、言うわけで行きましょう。行けない人はいないですよね」


「あの、桜ちゃん……」


「もちろんつつみんも行くんですよ?」


「でも、今から行くとしたら少し早くない?」


「さすがに制服でお祭りには行けないですから、一度帰ってそれから再集合って事にしましょう。


 家に帰って桜が詳しい情報を調べて集合場所とか時間とかメールしますから」


「それって別に今から携帯で調べても……」


 俺が桜ちゃんの案に口出しをしようとすると桜ちゃんが大げさに「あ」と声を出す。


「遊馬先輩は、遊馬先輩のままで来てくださいね。お祭りとは言え夜ですし、男の人が居た方が安心なので」


「まあ、それはそうだろうけど、集合場所とか今ここで……」


「もちろん、一誠先輩には桜が連絡しておきます。それじゃあ、解散しましょう」


 そんな桜ちゃんの勢いに負けて、そのままの流れで一度解散してしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 家に帰って少しすると桜ちゃんからメールが届いた。


 夏祭りの会場近くにある橋。そこに一九時までに集合すること。


 今必要な内容としてはそんな所で、その橋までは歩いて一時間かからない位と言ったところか。時計を見ると一八時まで後一五分と言ったところ。


 バスで近くまで行ってもいいかもしれないが、考えてみると夏祭りなんて行く予定なかったのでお金がやや厳しい。


 と言う事で歩くことにして家族に一言言ってから家を出る。


 妹達が妙に行きたそうにしていたけれど、夏休み明けすぐに模試があるとかで諦めていた。


 家を出て数歩歩いたところで、そう言えば綺歩どうするのだろうかと思い、ついでに綺歩の家に寄ってみる。


 呼び鈴を鳴らしてドアを開けたの綺歩のお母さん。浴衣を着るとかでもう少し後にバスに乗っていくから先に行っておいてと言われたので、涼しくなった道を歩く。


「それにしても桜ちゃんの様子変だったよな」


『むしろ露骨すぎて何もないような気がしないでもないんだけど……』


「まさか桜ちゃんに限って、だからな」


『実はお祭りなんて嘘で肝試しでした……とか?』


「あー……それはありそうだな。確かあのへん神社とかあっただろうし。


 俺としては、急に夏祭りに誘って何人が浴衣で来るか実験したいとかそんなことじゃないかと思っているんだが」


『せっかくその考え以外の案を出してあげたのに。


 遊馬俺以外全員浴衣だったらどうしようって考えているでしょ?』


「いや、絶対に浴衣を着てこない奴が居るからな」


『むしろ、稜子が浴衣だったらそれこそ遊馬独りぼっちだね』


「その時はユメと入れ替わるか」


『今日は遊馬が指名されたんでしょ』


「それなんだが、ユメはいいのか?」


『何が?』


「入れ替わらなくて」


『遊馬が楽しかったらわたしはそれで十分かな。最近遊馬の時間って少なかったと思うし』


「俺はユメが楽しければいいんだけどな」


『それなら、会場に着くまでの間替わってくれない?』


「了解」


 周りに人が居ない事を確認してユメと入れ替わる。


 入れ替わったユメはすぐに静かに歌い出した。


 夏の終わり、夕暮れ、誰もいない道。そんな少し寂しげな雰囲気の中で、ユメの寂しげな歌声が風に溶ける様に消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ