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Lv47

 週が明けて、久しぶりの部活。秋葉会長と会った次の日も綺歩に付き合って貰って新曲の練習をしたのでその辺の不安はない。


 ただ、一度早退し一度休んだ後の部活は何だか行き辛い。


 音楽室の前で何度か深呼吸をしてドアを開けると、見なれた音楽室に見慣れたメンバーがいつものように準備をしていた。


「遊馬遅いわよ。早くユメに替わりなさい」


「あー、はいはい」


 稜子の第一声。俺を見つけるなりいつものようにそんな事を言うので、入るまでの緊張は何だったんだろうなって思わなくもない。


 同時にとても助かった。


 忘れていた俺のペースと言うものを思い出す事が出来たような気がしたから。


 綺歩にはこの二日間会っていたので軽く挨拶をする程度。一誠も同様に「よお」と声を交わすだけ。


 すべてを知っている桜ちゃんは何もないとして、この中で一番心配そうな顔をしていたのは鼓ちゃん。


 準備室に向かう俺の所に恐る恐るやって来ると不安そうに上目遣いで尋ねてくる。


「あの、ユメ先輩大丈夫でしたか?」


「心配掛けてごめんね。ユメならもう大丈夫だから」


 そう笑顔で返すと鼓ちゃんも笑顔になってくれた。


 相変わらず小動物のように抱きしめたくなる可愛らしさなのだけれど、そこはグッと堪えて稜子に文句を言われないうちに準備室に入る。


『鼓ちゃんと話している時に限っては妙にユメが羨ましく感じるな』


「遊馬が鼓ちゃん抱き締めたら通報されかねないもんね。


 遊馬にわたしの鼓ちゃんはあげないよ」


『ユメのではないけどな。


 鼓ちゃんにはああ言ったけど、今日は大丈夫そうか?』


「もちろん。だって桜ちゃんの曲を皆の演奏の中で歌う事が出来るんだから」


『それなら大丈夫そうだな。でも、綺歩と練習した限りだと楽譜持っているの桜ちゃんと綺歩と俺らくらいだろ?』


「そうだけど、一曲くらい今日中に完成しそうじゃない?」


『違いない』


 ユメと話している時ユメは目を閉じているので視界は真っ暗。


 パッと脳が光を感知した時には着替えが終わっていて、ユメが音楽室へのドアを開ける。


「お待たせ」


「さて、ユメも揃ったところで文化祭についての話をするわよ」


「あの、ユメ先輩って文化祭大丈夫なんですか?」


「その辺についてもちゃんと話すわ。とはいってもこの中で知らないのって鼓と御崎くらいでしょうけど」


「オレ達だけ仲間外れとか酷いな稜子嬢。仕方ないからつつみんと二人で非行に走るとするかね」


「えっと……遠慮しておきます。それでどうなったんですか?」


「つつみんもつれないな」


「アタシもさっき生徒会長に聞いたのだけど、文化祭に出る事は出来るらしいわ」


「ちょっと含みがある言い方だね。稜子嬢」


「ただ、ミスコンつまり美少女コンテストに出場しないといけないみたいね」


「ミスコンって、ユメユメが?」


 向こう側で稜子の言葉に一誠が疑問を投げかけていると、こちら側では綺歩が小さな声でユメに話しかける。


「この前会長さんに連れて行かれていたのってこの話だったんでしょ?」


「綺歩、気がついてたの?」


「何となくそうかなって。ユメちゃんの前で言うって言っていた割には稜子に言伝って言うのも変でしょ」


「言われてみればそうだよね」


「でも、そうなるとユメちゃんがライバルってことだよね」


 「なんてね」と綺歩は笑うがユメはどう思っているのだろうか。


 ユメなら上位を取ることくらい簡単だろうけれど、歌以外で目立ちたくはないのではないか。


 その割にはこの数日間不満や愚痴は聞いていない。家に帰ってからでも聞いてみようか。


 そう思っていると向こう側の鼓ちゃんの声が聞こえてきた。


「ユメ先輩可愛いですもんね」


「はるるんだって可愛いけどな」


「御崎はちょっと黙っていてくれないかしら。これからの話には関係ないから」


「オレが関係ないってどう言う事だい稜子嬢」


「桜達皆、秋ちゃんが推薦したんですよね」


「ま、そう言うことね。よくもまあ、勝手な事をって思わなくもないんだけれど」


「でも、去年のトップ二人が出場しないってわけにもいかないだろうから変わんなかったんじゃないかい」


「まあ、否定はできないわね」


「え、あの、あの。それってつまり」


「つつみんも桜も出場するって事ですよ」


「あ、あたしには無理です。嫌です。そんなイベントに出たら死んじゃいます」


「残念ながら鼓の写真も掲示されるわね。せめて恥ずかしくない写真を撮ってもらうしかないわ」


「うう~……」


「いいのよ、アタシ達にはライブがあるんだから。何も気にせずにそれにだけ集中しておけば」


「そうですよね。桜ちゃんの曲も練習しなくちゃいけませんもんね」


 見たくない現実から逃避する事が出来るものを見つけた鼓ちゃんが普段以上に熱意を燃やす。


 とはいってもその姿もやっぱり可愛くて、本人の希望とは真逆にいいところまで行ってしまうのではないだろうかと思ってしまう。


「それで桜、曲はもうできたのかしら。ほとんどできているから大丈夫って言っていたけど」


「それなら徹夜で仕上げましたから出来ていますよ。


 ユメ先輩にはもう渡しているのできっと綺歩先輩にも渡っていると思いますが」


『どう頑張っても桜ちゃんの方が一枚上手だよな……』


「わたし達の当面の目標が桜ちゃんに一矢報いるになりそうだね」


 ユメが練習してくる事が分かっていたと言わんばかりの桜ちゃんの言葉に脱帽するしかない。


 ユメも言っている事が本当に今後の目標になるんじゃないだろうか。


「言っていたように三曲あるので一通り目を通して見てください」


 そう言って桜ちゃんが譜面を配る。一応綺歩にも配られて、反応はそれぞれ。


 稜子は満足そうににやりと笑っているし、一誠は「やっぱりSAKURAだね、さくらん」なんて意味分からないこと言っているし、鼓ちゃんは少し不安そうな顔をしている。


 すでに持っているユメのところには配られなかったので、綺歩が持っていたものを少し覗かせて貰うが、やっぱりあの二曲目には歌詞が付いていない。


「桜ちゃん一つ訊いてもいい?」


「なんですか?」


「voice called toolって歌詞がないって事でいいの?」


「そうです。ユメ先輩の声を楽器にって言うのがコンセプトですから、楽器になったつもりで適当に歌ってください」


「適当って難しいよね」


「まあ、楽器ですから意味のある言葉とか、一音一音別の文字にするとかはしないでほしいですね。しないと思いますけど」


「わたしにはこの綺麗な曲を駄目にすることはできそうにないよ」


『練習通り「ラ」と「タ」を使ったらいいんじゃないか?』


「うん、そうする。


 それから、稜子この三曲目なんだけど」


「三曲目? ああ、これね。


 ユメにはまだ言っていなかったものね。


 アタシ達のバンド名が漸く決まったわ」


「やっぱりそう言う事だよね」


「相手があのドリムだもの。こちらも相応のインパクトをぶつけないといけないわよね」


「インパクトだけならただみんの曲だけで十分じゃないかい?」


「この会話前回もやったわよね?」


「ユメユメが居なかったから再現しておこうかと思ってね」


「そんな必要ないわ」


「要するに、せっかくバンド名考えたから大きな舞台で発表した言って事でしたよね」


「桜も要しなくていいわ」


 そんな他愛ないやり取りが妙に久しぶりだなと思っている間に一旦話が終わって練習に入った。



◇◇◇◇◇◇



 初めて楽譜を見た曲を練習の後半で会わせる何てうちのバンドでは当り前の事だが、普通そんな事出来ないよなと思う。


 今回に関して言えばユメと綺歩と桜ちゃんは初見ではないので三人で軽く合わせてみている。


「やっぱりユメ先輩、桜が思っていたよりも歌えますね」


「桜ちゃんそれってやっぱりなの? それとも予想外だったの?」


「これでも頭の片隅くらいでは驚いていますよ。


 それ以上に涼しい顔で桜の予想を超えて来てくれるって予想が当たって嬉しいです」


「色々言いたいことはあるけど、大変だったんだよ二日で歌えるようになるの」


「桜にしてみたらよくこんな曲歌えるなって思いますけどね」


「作ったの桜ちゃんでしょ?」


「そうですけど、ここまで自由に作れたのは久しぶりですよ? 桜は誰にでも弾ける曲で有名になったようなものなので、その辺を考慮して作ることが多いんですから。


 依頼されればある程度弾く側の力量に合わせますけど、力量を知ると言ってもメール通しての質問で測れる力量なんてたかが知れていますし。


 歌、楽器ともに一流で実力もよく知っているからこその曲です。


 ですから歌に限らず、桜が弾けるのはベースだけです」


 桜ちゃんの言葉に綺歩が不思議そうな顔で口を出す。


「でも、桜ちゃんならキーボード弾けるんじゃないかな?」


「無理ですよ。むしろ一番弾ける気がしないです」


「そうかな? 何か一番簡単そうに見えるんだけど……」


「それは丸投げしているからです」


 まるで姿勢を曲げない桜ちゃんに綺歩が渋々納得する。


 二人の会話を聞いて譜面を見ていても俺にはさっぱりわからないから、何が簡単でどうして渋々なのかは理解できない。


 理解できないからユメが話題を変えた。


「そう言えば桜ちゃんよく三曲も作れたよね」


「もともと作っていた曲ですから」


「確かにそう言っていたけど、何で三曲もストックしていたの?


 桜ちゃんなら発表の機会いくらでもあると思うんだけど……」


「単純な話、軽音楽部の為に作った曲だからです。いつか桜の曲を演奏してもらおうと思っていましたし。


 その時の為に前々から作っていて、これでも思った以上に早くその機会が来たんですよ?


 ライブの曲全部桜の曲にするくらいには作っておくつもりでしたから」


 桜ちゃんがそう言って楽しそうに笑った。


 冗談だよなと思うけれど、桜ちゃんならやりかねないとも思ってしまう。


「じゃあ、そろそろ合わせてみるわよ」


 稜子の声に一誠のドラムが止まる。


 非初見組は話していたし、ギターは二人で練習しているので稜子が止まった時点で鼓ちゃんも止まる。


 そんなわけで一誠のドラムしか鳴っていなかった。


 一人しか鳴らしていないからと言って演奏を止めるのはこの中には居は――もしかすると、鼓ちゃんがそうかなってくらい――しないのだけれど。


「今日は桜が作ってきた曲だけを合わせるわ。順番は演奏順。


 それじゃあ、御崎」


 稜子の声の直後、一誠がスティックをかき鳴らした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「色のついた世界 君に近づくほどに


 わかるのは キミの光の強さだけ」


 最初に練習したから一曲目と呼んでいる『lost&found』。


 本番では最後に歌う曲なので、一先ずはこれが最後の曲。


 ユメの声はさっきの練習や綺歩と二人で練習した時よりも弾んでいる。


「夜空の向こう 海の向こう 水平線


 どこに キミが居ようとも」


 曲の流れとしてはまだ盛り上がるところではないのにそんなに弾ませる事はあまり良くない。


 たぶん綺歩あたりから「ちょっと楽しみ過ぎているかな」なんて困った笑顔で言われるのは目に見えているのだけれど。


 こればかりは仕方がないと俺は思う。


「探し出してやる それこそが夢


 諦めるなんて 絶対に できるわけがないんだから


 外の世界にも行ける」


 だって、このカッコいい曲で楽器がすべてそろったのだから。


 前奏が始まってすぐに音に乗せられてしまう気持ちは俺にはよく分かる。


「lost&foud


 見つけたキミは 今の僕でも 霞みそうで


 それがとてもうれしくて



 外で輝く キミは僕の想像以上だから」


 サビに入るとユメの声が一段と活き活きとし始める。


 皆の方へと視線を向けると、まだ上がるのかとばかりに呆れた顔をしていたり、楽しそうだったり、満足そうな顔をしていたり。


「I struggle


 負けるわけにはいかない 僕も僕の想像以上へ



 キミとなら何処までも」


 最後のロングトーン、まだ歌い足りないと言うユメの気持ちが手に取るように分かるけれどこれで曲は終わり。




 今更だと言われるかもしれないが数が揃うと演奏と言うものは格段に良くなる。


 その曲の特徴がさらに増し、音が厚さをもつ。


 綺歩と二人でやっていた時には感じなかったけれど一度こうやって完全な状況を聞いてしまうとどの楽器が抜けたとしても物足りなさを覚えてしまうだろう。


 それ最も分かるのが『voice called tool』。普通のボーカルが入る曲とは違い、常に何かしらの楽器が目立つので顕著なのだと思う。


 ただ綺麗だと思うだけだった曲だったけれど、楽器が増えて音量も大きくなった分荘厳さみたいなものを帯びる様になったし、ピアノで小さくなる所が際立ち幻想的な雰囲気も増すのだ。




「まだユメは満足していないって顔ね」


「え、ううん。そんなことないよ。ただ、ちょっと皆の演奏で歌うことから離れていたからいつもよりも楽しかったな、ってだけで。


 それに桜ちゃんの曲格好いいから……」


「アタシとしては物足りなかったって言って欲しかった所だけれど、まあいったも同然の回答よね」


「ユメちゃん本当に楽しそうだったもんね」


「お陰でこっちまで楽しくなってきました」


「ちょっとやり過ぎではあった気がするけれど。まあ、何度か練習しているうちにユメも慣れて落ち着くんじゃないかしら」


 予想は外れ。稜子にそう言われてユメが少し恥ずかしそうに視線を下げる。


 それでもまた曲が始まれば顔をあげて楽しそうに歌い始めた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 練習が終わって家に帰ると、優希が待っていましたと言わんばかりにやってきた。


「お帰り兄ちゃん。お姉ちゃんも部活お疲れ様」


「どうしたんだ優希、そんな楽しそうな顔して」


「兄ちゃんに一つ訊きたいんだけど、兄ちゃんの学校の文化祭でドリムちゃんが来るって言うのは本当なの?」


「ああ……やっぱり噂になっているんだな」


 はたして言っていいのだろうか? そもそもどうなったのだろうか?


 ユメが文化祭に出られるようになったから、ドリムさん? ……ちゃん?


 まあ、ドリムも出るのかもしれない。で、それを言っていいんだろうか?


 まだ公式発表していないんじゃなかったか?


『いいんじゃないかな、言っても。ちゃんと言っておけば優希が不用意に誰かに話すなんてことはないだろうし』


「そうだよな。


 と、言うことで優希、ドリムは来るだろうな」


「やっぱりそうなんだ」


「でも、まだ正確には発表していないから人には言うなよ?」


「藍にも?」


「藍なら……まあ。大丈夫だとは思うが……


 優希そんなにドリム好きだったのか?」


「あたしはそうでもないけれど、クラスには大ファンだって子もいるし有名人にちょっと会ってみたいなって思うから。


 もしも兄ちゃんの所の文化祭に出るんだったら、お姉ちゃんの歌聴きに行くついでに見てみようかな……ってね」


「普通逆だと思うんだけどな」


『まあ、わたし達のライブだったらチャンスは何回もあるからね』


 俺とユメとで意見が一致したにも関わらず、優希は「もう、この兄ちゃんは」と言わんばかりに首を振った。


「言ったでしょ? あたしはお姉ちゃんの歌が一番好きだって。


 それはもちろんドリムちゃんよりもって事なんだよ?」


「俺はドリムの歌を聞いたことがないから解らないんだが……


 そうだ優希。訊きたいことがあるんだがいいか?」


「その後で兄ちゃんも質問に答えてくれるならね」


 そう言って優希が子供っぽい笑みを浮かべる。子供っぽいとは言うが、元が大人っぽいので小悪魔っぽいとかいう表現の方が似つかわしいような気もする。


 そんな事は置いておいて、別に質問に答えるくらいなら何の問題もないだろうと優希に問いかけた。


「ともかく文化祭でドリムが来る事になっているから、俺も多少曲ぐらい知っておいた方がいいと思うんだが、ドリムの曲の中でも特にライブで盛り上がりそうな曲とかあるのか?」


「あたしはそんなに詳しくないんだけど……ちょっと待っててね。友達にメールで訊いてみるから」


「ドリムが文化祭に来るって事は言うなよ一応」


「わかっているよ兄ちゃん」


 優希がそう言って携帯を取り出しメールを打つ。


 その速度が一般的に遅いのか速いのか俺には分からないが、少なくとも俺よりは速い。


 前にその速さに驚いて尋ねてみたことがあったが、その時には最低限にしか使っていないと返ってきたはずなのだけれど。


 何と言うか、優希と俺の交友範囲の違いをありありと見せつけられているような気がして少し虚しくなる。


『交友範囲よりも遊馬もわたしが連絡する人が少なすぎるのが原因だと思うけど』


「そりゃあ、連絡して綺歩ぐらいだもんな。それも月に何回ってレベルだし」


『それと優希を比べても』


「仕方がないのはわかっているんだけど」


『何か考えてちゃうんだよね』


「これでも最近は減ったんだけどな」


『うん。知ってる』


 そんな他愛ない会話をユメとしていると、メールを送り終わったのか優希が「たぶんすぐ返信来ると思うから……」とこちらを向いた。


 向いて次に何かを口にしようとした時には優希の携帯が鳴った。


 その着メロに聞き覚えがあって、と言うか聞き覚えしかなくて思わず尋ねる。


「それ『夏たそがれ』だよな。ピアノアレンジなんてどうしたんだ?」


 『夏たそがれ』。いつだかユメが海の上で歌っていた曲。桜ちゃんも聞いていて何故か怒られたっけか。


 ライブで歌った事も確かにあるけれど、どうして優希がそのピアノアレンジの音源を持っているのだろうか?


「これ? これは綺歩ちゃんに頼んだら弾いてくれたんだ」


「確かに、綺歩ならできそうだな」


『と、言うかあたしや遊馬の練習のためにアレンジした奴なんだろうね』


「聞くまでもないと思うが、ちゃんとお礼は言ったよな?」


「もちろん。


 それで、さっきの質問返信が来たよ?」


「早いな」


「そういう子だから。えっと、ドリムちゃんってあんまりオリジナル曲は歌っていないみたい。


 そうはいっても有名なだけあって何曲かある内の『Miracle I Love』って曲がお勧めだって」


「『Miracle I Love』ね。後で調べてみるか。それで、優希が訊きたいことってなんだ?」


 俺が尋ねると携帯を片付けようとしていた優希が二、三度大きく瞬きをする。


 それから思い出したように口を開いた。


「そうだった。文化祭お姉ちゃん達が出るのって何時になるの?」


「一日目と三日目だな」


「一日目って事は金曜日だよね……」


「曜日も何も優希受験勉強はいいのか?」


「一日、二日休んだくらいで志望校が受からなくなるような勉強はしてないよ。


 そもそも兄ちゃんが勉強始めたのって一月入ってからじゃなかった?」


『本当によく受かったよね』


「本当にな。それはそうとして、優希今「一日、二日」って言ったよな?


 二日とも来る気なのか?」


「それについてもう一つ訊きたいんだけど、兄ちゃん」


 言いながら優希が面白い物を見つけたかのような顔をする。


 優希に限らずこんな顔をする人と言うものは大概碌な事を考えていないと思うのは俺だけだろうか?


「お姉ちゃんって美少女コンテストに出場するの?」


「あー……ユメ、言っていいか?」


『それってほぼイエスって言っているようなものだよね……いいよ別に。隠してもどうせばれちゃいそうだし』


「と言う事でイエスだ」


「やっぱりそうなんだ。でも、お姉ちゃんこういう事苦手そうだよね」


「優希は覚えているか? 美少女コンテストの参加方法」


「確か自推か他推……あ、なるほど」


「どうやら生徒会長が軽音楽部の面々が大好きらしくてな……」


「って事は一誠君も出るんだ」


「それはないな」


『気持ち悪いよね』


「冗談は置いておいて、鼓さんは嫌がりそうだよね」


「嫌がっていたって言うか、ほぼ拒絶していたけどな」


「唯一救いなのは上位四人には入る可能性が他の学校よりも低いってことかな」


「そうか? 鼓ちゃんなら結構いいところまでいっていしまうと思うんだが」


「普通ならそうかもね。あたしも年上だってこと忘れて撫でまわしたくなるもん。


 でも兄ちゃんの学校だと綺歩ちゃんとか稜子さんとか桜さんとか。それにお姉ちゃんを足したら四人でしょ?」


 そう言われるとちょっと否定できない。順位がどうなるかはさっぱりだが、俺の周りだけでも上位四人に入りそうな人が五人いるのだから鼓ちゃんが上位に入らない可能性だってある。


「二人で何話しているの?」


「あ、藍どうしたの?」


「手が空いたからちょっと来て見たんだけど、優とお兄ちゃんが楽しそうな話をしているなって」


「楽しそうな話って言ってもな。文化祭の話しくらいしかしてないぞ?」


「やっぱり。私を差し置いて」


 突如やってきた藍がそう言って口をへの字に曲げ腕を組むが、目は笑っている。


「そうそう、藍。やっぱりドリムちゃん出るんだって」


「そうなんだ。やっぱり高校ともなると有名人とか呼んじゃうんだね」


「いや、うちの学校も今年が初でたぶん今年が最後なんじゃないかと思うんだが」


 今回は半ば向こうから行かせてくださいという形だったのだから。


「それから、お姉ちゃん達のライブがあるのが金曜日と日曜日」


「じゃあ、どうやって金曜日に休むか考えないとだね」


「あ、藍いけないんだ」


「冗談だよ、優」


「どの道金曜は一般開放しなかったんじゃないか? あんまり覚えていないが」


『って言うか、藍が冗談言うって珍しいよね』


「それだけ楽しみにしてくれているって事なら責任重大だな」


「ユメさんはなんて?」


 いきなりユメと話したからか藍が不思議そうな顔で俺を見ながら尋ねてくる。


「ああ、藍が冗談言うのが珍しいなって」


「そうでもないと思うけど……金曜日も行きたいのは本当かな」


「でも、藍も優希もこの間のライブ来ていたから金曜の方は来てもそんな目新しいことないと思うけどな」


「そうなの?」


「今日の練習終わりに稜子がな。諸々の発表は三日目にするから、一日目はその宣伝を兼ねてライブハウスと同じ感じでやるって言っててな」


「発表って新曲?」


「それは来てのお楽しみってやつだ」


「それもそうだよね」


「で、あと一つがお姉ちゃんが美少女コンテストに出るって話」


「ユメさんでるの?」


 藍が優希の言葉に驚きの声を上げる。


「ユメがと言うより、軽音楽部の女子組が全員推薦されたんだけどな」


『結果的にはね』


「じゃあ、綺歩さんとかも出るの?」


「綺歩と稜子は前回のトップ二人だからな。出ないわけにはいかないだろう」


「それもそうか。


 そうだお兄ちゃんに優、そろそろご飯だから早めに来てね」


 そう言って台所に戻っていく藍を追うようにして俺と優希も食卓へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 夕飯のあと部屋に引きこもって優希に教えて貰ったドリムの曲でも聞こうと思ったところで自分の部屋を見回す。


「俺の部屋ってパソコンなんてないんだったな」


『リビングにあるパソコンが元々遊馬のだったもんね』


「ドリム事件の後部屋にパソコンがあるのも嫌になったんだよな」


『まあ、携帯でも聞けるんじゃないかな?』


「そうなんだけどな。部屋にパソコンがないから俺の無知が加速してるんじゃないかと……」


『そうなんだろうけど、今はそう言うこと言っていても仕方ないでしょ?


 そんなことより早く聞こう?』


 ユメにそう急かされたのであきらめて携帯を取り出す。


 アプリやらなんやらと面倒なので殺風景な画面なのだが、幸い大手動画サイトのアプリくらいは最初から入っていたので、初めてそのアイコンを起動させる。


 それから検索しようとしたわけだが、そんな事せずともドリムは見つける事が出来た。


「本当にトップ画面に居るんだな」


『何かこうやってみると雲の上の人って感じがするね。もう少しは近いかな?』


「で、その人が実は俺の名前を使っていたと」


『そりゃあ、知名度高くなるよね。知らぬ間に』


 トップ画面にあるとは言え、そこに書かれていたタイトルは優希に聞いたものとは違ったので今回は保留と言う事にして検索をかける。


 検索結果の一番上『Miracle I Love full』と書かれた動画を選択して画面を開く。


 携帯のスピーカーからアップテンポでやや女の子らしい感じの曲が流れだす。


 この手の曲はやはり耳に残りやすく、一番を終えて二番に入る頃にはたどたどしくても一緒に歌える。


 頭の中でユメが歌っているので、これならたぶん大丈夫だろうと安心して俺も曲に集中する。


 人気があると言う事もあって上手いとは思う。とはいえ俺やユメの判断。


 昔と比べると多少は判断がつくようになったとはいえ、声が綺麗に伸びているとか声量がどうだとかしかわからない。


 ユメと比べてどうかなんて言うのは尚分かりはしない。


 曲全体としては合の手を入れる事を想定しているのか、思わずこちらから言ってしまいそうにもなる。


 確かにライブでこれをやると会場全体で盛り上がれそうなそんな曲。


 そして何より……


『言われてみると確かにわたしみたいだよね』


「ユメみたいと言うか、昔の俺みたいが正しいだろう。


 どこが似ているかと言われると決定的なものはないと思うんだが」


『低音で声が小さくなるところとか、ロングトーン伸ばし過ぎそうになるところとかね。


 遊馬が小さくなっていたのは裏声使って歌っていたからなんだろうけど……』


「ドリムはわざとそうしているって感じだよな。上手くウィスパー使えているようにも聞こえるけど」


『たまたま似ているって言うよりも、やっぱり意識してるよね』


「嫌か?」


『全然。それだけ遊馬の歌を聞いてくれたってことでしょ?


 たった三曲しかないのによくここまでって感じもするよ』


「そうだよな」


『それに踊りながら歌っているわけだし、歌の上手さはわからないけど、総合的なパフォーマンス能力って言う見方したらわたしの負けだよね』


「俺達は踊れないもんな。歌っている時に身体が動くことはあっても」


『そうだよね。決まった動きしろって言われたら歌が酷い事になりそう』


 そんな感じで感想を言い合ったあともう一度『Miracle I Love』を聞く。


 今度は全編通してユメの呟きつき。俺は歌えない代わりに映像をしっかりと見ているのだけれど、よくスカートで踊れるよなと思う。


 動き自体そこまで大きくないのでその中が見えることもないが、危うい場面なら何度もある。たぶん画面をスクロールさせコメントを見ると『見えた』とか『みえ……』見たいなもので埋め尽くされているのではないだろうか。


 踊っているのは何処かのステージの上。カメラは定点カメラではなく、ダンスに合わせて動いていることから一人で撮っているというわけではないのだろう。


 ここまでやっておいて、未だ人前には出たことないって言うのも変な話だとは思うのだけれど、そこはドリムなりの考えがあるに違いない。


 曲がもう一周した所で携帯をホーム画面に戻し電源を落とす。


『なんにせよ、歌っていて楽しそうな曲なのにね』


「楽しそうなのにな。


 ところでユメ。一つ訊きたいんだけどいいか?」


『珍しいね。どうしたの?』


「ユメはミスコンに出ることどう思っているんだ?」


『あー……それね。どう思っていると思う?』


「目立ちたくはないなー」


『確かにね』


 ユメの笑い声が頭の中に響く。


『前までならそうだし今でもそうではあるんだけど、ちょっと楽しみでもあるかな』


「楽しみ? 意外だな」


『わたしの姿って遊馬の理想が元になっているでしょ?


 だったら結構いいところまで行けるんじゃないかなっては思っているんだ。


 そしたらわたしの、遊馬の歌を聞いてくれる人が増えるかもしれないでしょ』


「俺の理想がって言うのはやや疑問が残るが」


『巡先輩曰くわたしと遊馬の違いって性別だけって話だもんね。遺伝子的に』


「それに、藍や優希を見ているとその話の信憑性が格段に上がるしな」


『遊馬の妄想だってあくまで自分が女の子だったらが元だし。


 遊馬が女の子の方が良かった?』


「それってたぶん無意味だよな」


『今入れ替わるって言うなら違うんだろうけどね』


 ユメの声に楽しさが混じる。


 何にせよユメが自分を前向きにとらえていると言う事は俺にとっても嬉しい事で。


 今のこの状況、俺が不満を言うとすればユメの姿をちゃんと見る事が出来ないことくらい。後はそれに付随する諸々。


 とりあえず、今日やるべきこと確認すべき事はすべてした気がするのでベッドに横になる。


「もう寝るけどいいよな?」


『いいと思うよ。わたしも眠たくなってきたし』


「それじゃ、おやすみ」


『うん、御休み』


 そう言ったあと目を瞑ると聞こえてくるのは俺の呼吸音くらいで、こんなに近くにいるのに寝息すら聞こえないんだなと今更ながら思ってしまった。


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