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Lv45

「でも、副会長って秋葉会長と一緒に調べていたんじゃなかったか?」


「一緒に調べていたからこそですよ。各部の二代目ファンの人たちに密かに接触して、会長の行動を把握しつつ先生と話を進める事が出来る。


 副会長と言うだけあって頭が良かったんだろうなって気がします」


「でも、そもそもが間違っていたわけだよな」


「結構自分が正しいと思っている時の行動って盲目的なのかも知れませんね。


 桜だってユメ先輩の為にいくら使ったか覚えていませんが五桁は行っているはずですし」


「冗談なんだろうけど、そう言うのは本気にするから控えてほしい」


「金額は本当ですよ。副会長と違って骨折り損だったとは思いません。ですから返してくれなんて言いませんよ。


 代わりにユメ先輩には頑張ってもらいたいところですが」


 その桜ちゃんの言葉を聞いて思わず肩の力が抜ける。


 いや、借りっぱなしと言う事になって申し訳なさはあるけれど現実問題として五桁をすぐには返せないし、返せたとしても痛すぎる。


 何か自分が嫌な人な事に気がついたところで、これ以上気がつかないようにするために話題を副会長に戻す。


「そう言えば副会長は何で俺に近づいてきたんだろうな。俺を犯人に仕立て上げるためか?」


「それははっきり知りませんが、たぶん色々な考えがあったからでしょう。


 先輩を犯人にしてって言うのもあったと思いますし、もしかしたら副会長側に誘い込もうとしていたのかも知れません。


 ただ結局は先輩を見て下手に手を出さない方がいいと判断したんじゃないですかね。本当にその辺の判断は冴えていたのにって感じです」


「聞いておいてって感じではあるが、どうして桜ちゃんそこまで詳しいんだ?」


 俺が尋ねると、桜ちゃんが「ふふん」と言わんばかりに胸を張って誇らしげな顔で話し始めた。


「桜は秋ちゃんとメル友ですから」


「……秋ちゃん?」


「先輩が副会長に捕まっている事を秋ちゃんが知らせに来たじゃないですか。その時に教えて貰ったんです」


 ああ、秋ちゃんって秋葉会長か。あの会長のこと嬉々として秋ちゃんと呼ばれているのだろうけれど、それだとしてもそれで呼べる桜ちゃんはやっぱり大物だなと思う。


「それで尋ねたら教えてくれました」


「教えてくれたって……」


 教えていい事なのだろうか?


「さて、桜はそろそろ帰りますね」


「いろいろ助かったありがとう」


「存分に桜に感謝してください。


 それはそれとして帰る前にユメ先輩に替わってもらっていいですか?」


『わたしに?』


 急とも思える桜ちゃんの言葉にユメが疑問の色を浮かべる。


 しかし、ここまでして貰ったわけだし断る理由もないのでユメに一声かけてから入れ替わった。


「桜ちゃんどうしたの?」


「どうってわけじゃないんですが、ちょっと桜の膝の上に座ってみませんか?」


「桜ちゃんの膝に?」


 首をかしげながらも立ち上がり桜ちゃんのもとへ行くと、ぽんぽんと膝を叩く桜ちゃんに促され恐る恐るユメが座る。


「えっと、桜ちゃん重くない?」


「驚くくらい軽いですよ。ちゃんと食べているんですか?」


「食べているはずだけど、食べるのは基本的に遊馬だから」


「身長分桜の方が重いって感じですね」


「身長以外にも重くなる要素があると思うんだけど……」


 ユメが羨ましそうにそう言うと、桜ちゃんが後ろからギュッとユメを抱きしめる。


 身長以外の重くなる要素が背中にもろに当たる形になってしまっているが、桜ちゃんは全く気にしていない様子。


 対して後輩の膝の上に座っているという良く分からない状況に陥っているユメはそわそわして落ち着かない。


 桜ちゃんの表情は読めないけれど、とても真面目なトーンで話し始めた。


「先輩はどうして桜が先輩にいろいろ知って欲しくなかったかわかりますか?」


「桜ちゃんがわたしや遊馬にそのままでいいって言っていたこと?」


「そうです、今回の件だって桜は最初から副会長さんが怪しいと思っていました。


 それに先輩方が桜が探していたドリムさんだと言う事も、先ほども言いましたが、かなり早いうちからそうなんじゃないかと思って行動していました。


 それらを教えなかったことも含めて、先輩はどうしてだと思いますか?」


「副会長については確信がなかったから、ドリムに関しては確信していたからこそ下手に関係をややこしくしないためにってところじゃないかな?」


「三角で一点ってところですね。


 桜は先輩らしい歌が好きなんです。言い方が悪いかも知れませんが、先輩が好き勝手に歌っている歌が好きなんです。


 そもそも先輩の歌には人を惹きつける魅力があるのですから、先輩が歌いたいように歌ってその魅力を存分に引き出してもらいたいんです」


「そこまで言われるとなんだか恥ずかしいんだけど、それとネットを見ないようにすることとどう関係するの?」


「ユメ先輩が体感した通りですよ。もともと軽音楽部って結構注目度が高かったんですよ、桜達が入学する前から。


 そのせいで実はネットの中では批判もされているわけです。こんなことを言いたくはなかったのですが、特に遊馬先輩への風当たりは強いイメージがありましたね。


 ドリム名義だと批判の数は跳ね上がります。桜にしてみれば中学生が試しにあげた動画を必死に批判するくらいなら楽器の練習した方がましだと思いますが……」


「わたしはどうかわからない……ってことだったんだね。今回のこともあるし、返す言葉もないな」


「そうやって、愛想笑いで済ませてしまうユメ先輩だからこそ知らないままでいてほしかったんですけどね」


 桜ちゃんが呆れの色を滲ませてそう言うと、続けて桜ちゃんが話す。


「桜より、もしかすると、つつみんよりも軽くて小さいのにため込む必要ないんですよ?


 たまには弱音くらいはいていいじゃないですか、先輩は強くないんですから」


「鼓ちゃんよりは大きいと思うんだけど……


 それに桜ちゃんに弱音を吐くのは先輩としてちょっと」


「その後輩である桜に抱っこされている人が何を言っているんですか」


「それは桜ちゃんが……ううん。意地張っても仕方ないかもしれないね。


 桜ちゃんの方が音楽に関しては詳しいし」


「そうです。そうです。こんなに胸だって小さいのに」


「ちょっと桜ちゃん!?」


 ユメを後ろから抱き締めていた桜ちゃんの腕が上に移動しユメの胸を鷲掴みにする形になる。


 これで何回目になるんだろうかと思わなくもないけれど、すぐにそんな事を考えている余裕もなくなってしまう。


「さ、桜ちゃん……何か、触り方が……ん、……さっきまで、真面目に話してたのに」


「桜だって学習しますよ。ユメ先輩の反応見ながら研究しましたから」


「そう言うことじゃ……あん」


 桜ちゃんにこんな風に遊ばれる度に、実は桜ちゃんは俺の方に攻撃をしているのではないかと思わなくもない。


 いや、最初はそのつもりでやっていたんだっけ。


 ようやく解放されたユメは肩で息をしていて、顔は見えないけれどたぶん桜ちゃんはとても満足した顔をしているのだろう。


「はあ、はあ……もう、桜ちゃん」


「ユメ先輩の反応がいいのが悪いんですよ。ついつい桜も悪ノリしてしまいます」


「人のせいにしないでよ。それと、もう膝の上から降りていいよね?


 結構この格好恥ずかしくて……また桜ちゃんに何されるかわからないし……」


「ダメです」


「なんでっ」


 ユメが桜ちゃんの言葉に高速で突っ込みを入れるかのように勢いよく返すと、桜ちゃんが考える様に唸り出す。


「そうですね。そろそろ足も痺れて来たので、最後に一つお願いしてもいいですか?」


「え、えっちなことは嫌だよ?」


「それはお願いとかせずに勝手にやるので気にしないでください」


「そっちの方が気になるかなー……」


「桜を膝枕して子守歌代わりに何か歌ってくれませんか?」


「膝枕? 別にいいけど、どうして?」


「憧れの先輩を一人占めするためです」


「何かそう言われると照れる……かな」


 そう言いつつユメは桜ちゃんから降りてソファの端っこに座り直す。


 それから桜ちゃんがユメの膝に頭を載せるのだけれど、何と言うかこういう女子的(?)スキンシップに慣れてきている自分が少し嫌になる。


 これはもうユメが表に出ているせいだと信じたい。


「やっぱりユメ先輩足細いですよね」


「だからって今みたいに指でなぞったりするとやめるからね」


「わかってますよ」


「それで、何を歌えばいいの?」


「お任せします」


「子守唄の代わりなんだよね……」


『あの曲でいいんじゃないか?』


 「あの曲」と暈して声をかけるのはユメも恐らく同じ曲を考えているはずだから。


 ドリムとして俺が歌った三曲の内の一曲。一番落ち着いた曲で歌い方を工夫すれば多少は子守唄のように聞こえなくもないだろう。


 何よりドリムに憧れを抱き今まで沢山頑張ってくれた桜ちゃんへのお礼なのだから、この曲以外考えられない。


 ユメは一度頷くと、静かにでも深く息を吸う。それから、声を出そうとしたのち大きく息を吐いてしまった。


 ユメの鼓動がペースを上げて全身が強張っている。


 ユメが緊張しているのは明らか。でも、俺はそれしか分からない。


 どうしたらユメの緊張を解く事が出来るかなんて分かりはしない。


 ふいに頬に体温が伝わってくる。それが桜ちゃんがユメの頬っぺたに手を当てているのだと気がつくと、ユメは桜ちゃんの顔を見た。


 桜ちゃんは何も言う事はなく、ただニコッと笑顔を作る。


 それを見たユメが意を決したようにもう一度息を吸い直すと声を出した。


 初めはどこか固くて何とか声を出していると言う感じ、でも徐々にいつもの歌を取り戻していく。


 何年も前に歌ったきりの曲、しかも今は原曲通りには歌っていないけれど案外何とかなるもので、桜ちゃんだけに向けたユメの独演会は無事に終了した。




 歌い終わった後「ふう……」とユメが安堵した様子で吐息を吐く。


 直後桜ちゃんがスッと起き上がりパチパチパチ……とまばらな拍手をした。


「流石はユメ先輩です。桜の求めていたもの、いいえ、それ以上を簡単に与えてくれるんですね」


「それ以上って……わたしはいつも通りだったよ?」


「気がついていないならいいんですよ。


 ともあれこれで安心して帰れます」


「今日はありがとうね、桜ちゃん」


「今度は妹さん達が居る時にでも遊びに来ますね」


「きっと、優希も藍も喜んでくれると思うよ」


 「それじゃあ」といって立ち上がり玄関の方へ歩く桜ちゃんの後をユメが追いかける。


 玄関で靴を履く桜ちゃんを何も言わずに見守った後で立ち上がった桜ちゃんにユメが笑顔で手を振った。


「じゃあまたね、桜ちゃん」


「これが彼女を持つ男の人の気持ちなわけですね」


「桜ちゃん何を……」


「冗談ですよ。次の練習の日に会いましょう、それでは」


 扉があいて、桜ちゃんが外に出て、扉が閉まって。


 そんな一連の流れをユメはじっと見ていた。


『彼氏を持つ女の子の気持ちにでもなっているのか?』


「もう、遊馬まで」


『もう大丈夫そうだな』


「お陰さまでね。桜ちゃんにだいぶ気を遣わせちゃった」


『桜ちゃんが好きでやっている事とは言え……だな』


「でも、ドリムちゃんが遊馬だったなんてね」


 廊下を歩きリビングに向かいながらユメと会話をする。


「ねえ、遊馬」


『どうした?』


「遊馬がドリムちゃんだったって事は歌うのも遊馬で良かったんじゃないかなって思っちゃって。


 遊馬のままでも十分に受け入れられていたんだから」


『そうだな……中学生だったあの時にネットで歌い続けていれば、と思わなくもない』


「そうだよね……」


『でも、それはユメがどうこうって話じゃないだろ。俺の判断ミスだからな。


 それに、ユメがいなかったら知ることもなかっただろうし、ユメが居たからこそ軽音楽部の皆と今みたいに仲良くなれたんだ。


 今では結構感謝しているんだよ、ユメには。こんなにも早く約束を守ってくれて』


「そっか……そうだよね。


 わたしが居ないとあんなに可愛い後輩を膝枕したり、膝の上に乗ったり、そもそもあんなに密着したりすることもないんだもんね」


『いや、それじゃなくてな……』


「でも、ちょっとは役得って思っているでしょ?」


 そりゃ、元々一人だったんだからその辺は筒抜けなのかもしれないけれど、恐らく満面の笑みであるユメに、久しぶりにその事が厄介だなと思ってしまった。

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