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Lv44

 昼食の時母さんに「あんたには綺歩ちゃんが居るのに、また女の子だなんて」と言葉とは裏腹に嬉しそうな顔で声をかけられてしまったが、そこは適当に乗り切り今はオレの部屋。


 モノがないために殺風景なこの部屋は如何に俺が歌う事だけをしてきたのかと感じさせる。


 CDに関してはいくつかあるが好きな歌手とかもいなければ好きなジャンルの曲もない。


 曲を聴く理由が歌えそうか否かくらいだったので、レンタルで済ませることが多かったし、時間ができたらカラオケに行ける様にある程度お金を使わないようにしていた。


 そのためにモノが少ない。


『遊馬ちょっといい?』


「どうした? ユメ」


『今日の手紙の事なんだけど……』


「秋葉会長が一番怪しい。だけどそんなはずはない……だろ?」


『うん。自由に使える鍵を持っているのは会長だけだから。職員室に借りに行くと足がついちゃうと思うし』


「だからと言ってあの会長がやるはずないんだよな。何より鍵を持っているって俺に言っている時点で仮に秋葉会長がやったとしてすぐにばれる事はわかっているだろうし。


 それはそれとして問題なんだがユメ。やっぱり人前で歌うの怖いか?」


 ここでユメと犯人探しをした所でどうにかなるわけでもないので話を変える。


 ユメにしてみたらどちらの話もしたくはないのだろうけれど。


『……うん』


「そっか。まあ、俺はそこから人前では歌わなくなったしな」


『でも、歌う事だけは止められなかったんだよね』


「歌っている間は楽しかったからな。その辺りはユメもよく知っているだろ?」


『たぶん遊馬以上にね』


「だったらさ、俺にみたいに一人で歌い続けるのもありなんじゃないか?」


『それだと遊馬との約束が守れなくなっちゃう』


「俺の見られなかった景色なんて十分に見られたさ。それに、また何年かすれば人前で歌えるようになるかもしれないしな」


 俺がそう言うと「ありがとう」と謝るような声色がぽつりと頭の中に残った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 それから次の部活は休んで家でゴロゴロしていた。


 妹達は受験前と言う事で二人して学校まで勉強しに行っているし、母さんは今日中には帰ると言う書置きを残して居なくなっていたので恐らく帰ってくるのは早くて夕方。


 ほぼ丸一日一人家でのんびりすると言う事が久しぶりなような気がして、午前中はそれを謳歌していた。


 チャイムが鳴ったのはカップラーメンと言う質素な昼食を食べ終わってソファで何をしようかと考えていた頃。


 未だユメは人まで歌う事には抵抗があるみたいだったが、だいぶ元気にはなっていて外にでも行ってみるかなんて話していると景気よくピンポーンと鳴った。


 こんな時に誰がと思いながら玄関まで歩いて行き「今開けます」と扉の向こうにいるであろう人物に声を掛けてから扉を開く。


 そこにいたのは大きな紙袋を持った見知った後輩。


「遊馬先輩こんにちは。せっかく桜がやってきたんですからもっと早く開けてほしいところですね」


「どうして桜ちゃんが家に?」


「途中まで綺歩先輩と来ましたから見つけるのは簡単でしたよ」


「いや、どうやって俺の家を見つけたのかって話ではなくて……」


「それだけ話せるなら遊馬先輩の方は元気そうですね」


 そう言って猫のように桜ちゃんが笑う。それから咎めるように俺を睨みつけてきた。


「所で先輩、あんまり外にいると焼けそうなので中に入れてくれませんか?」


「あ、ああ。悪い」


「お邪魔します」


「……ちょっと待って桜ちゃん。今この家俺しかいないんだけど」


「そうみたいですね。それがどうかしたんですか?」


「いや……その、嫌なんじゃないか?」


「桜は気にしませんよ。綺歩先輩なんかよくやっていそうですし、今はユメ先輩だって居るじゃないですか」


 確かに「よく」ではないにしても昔は綺歩と二人でこの家で遊んだ――演奏していた――事もないわけではないが、それとこれとは別の話じゃないんだろうか。


『要するに遊馬が変な気を起こさなかったら何の問題もないって事なんじゃないの?』


「まあ、そうなるよな」


 変な気は起こす気はないので大丈夫だと思うが、桜ちゃんにとって俺ってなんなのだろうか。


 桜ちゃんをリビングに案内してソファに座って貰う。その間に台所に向かって冷蔵庫から麦茶を取り出し二つのコップに注いで持って行く。


「先輩案外気がきくんですね」


「そうでもないだろ。今日は暑いし俺も飲みたかったしな」


「それを気がきくって言うと思うんですけど、まあいいです。


 今日は色々と伝えないといけないこと渡さないといけないものがあってやってきました」


「悪いな、わざわざ来てもらって。連絡してくれたら……」


「その連絡手段が渡すものの中にあるからこうやって、やってきたんですけどね」


『ごめんね。わたしが携帯学校に忘れて帰ったから』


「そうだったな。桜ちゃんありがとう」


「存分に桜をほめると良いです……と言いたいですが、これは本来綺歩先輩がこの前の練習後に持っていこうとしていたものなんで、先輩には二日間音信不通の不便をかけてしまいました」


「携帯ってないならないで結構何とかなるものだから気にしなくてもいいさ。持ってきてもらったのは助かるし」


「とりあえずこの間ユメ先輩が忘れて帰ったものを全部渡しますね。とはいっても後は制服くらいなものですが。


 あ、後どうでもいい話ですが、やっぱり高校生にもなると男の人ってもう白いブリー……」


「うん、桜ちゃんありがとう。それからそれは見ないでほしかった」


 桜ちゃんから紙袋を受け取りながら項垂れる。尊厳的な何かを失ってしまったようで。


 楽しそうな桜ちゃんの表情が今のおれの反応を予期していたのだと見てとれる。


「それで伝えたいことって言うのは?」


「できればユメ先輩に伝えたいんですが、ユメ先輩桜の前で歌えますか?」


『…………難しいと思う』


「無理みたいだな。十五分じゃ終わりそうにない話なんだよな」


「結構話が込み入ってて、どれくらいかかるかわからないんですよね。


 とは言え、伝えないわけにはいかないのでこのまま話させて貰います」


「ユメそれでいいか?」


『ごめんね』


 ユメの返事を聞いて桜ちゃんに頷いて答える。


「結論から言ってしまうと、ユメ先輩を出演させたがらなかった人たちのトップは副会長さんでした」


「副会長が?」


「その辺の説明は長くなるので後回しにさせてください。


 それで、現在その副会長が頑張ってユメ先輩を出演させようとしていますからもしかしたらユメ先輩の所に現れるかもしれないです」


「話がよく分からないんだが……」


「最後まで聞いて貰って理解できなかったら質問を受け付けますよ。


 ユメ先輩が出演できるかどうかは今から教師側と話し合うらしいので結果はもう少し先ですが、今の問題はユメ先輩が歌えるようになるかどうかってところですね。出演認めて貰えても歌えないと元も子もないですし」


「それじゃあ、手紙を置いて行ったのは」


「副会長とはまた別の人です。とは言っても指示したのは副会長なので副会長がやったともいえますけどね」


「副会長の指示? そもそも何で副会長がユメを?」


「先輩は手紙に何て書いてあったか覚えていますか?」


「えっと確か『二度と歌うな偽物』……みたいな感じだったよな」


 俺が答えると、桜ちゃんが自分のバックから見覚えのある便箋を取り出し広げる。


 それを見たユメが『あ……』と驚いた声をあげた。


「正確には『二度と歌うな、この偽物』ですね。


 偽物って事は本物が居ると思うんですが心当たりありますか?」


 言われてみればそうなのだけれど、心当たりなんて……そう思い首を振ろうとしたところで、一人の名前が頭をよぎった。


「ドリム……?」


「そうです。先輩はこの辺りさっぱりだと思いますし、できれば桜も知らないままでいてほしかったのですが流石にそう言うわけにはいかなくなってしまいました。


 先輩の家ってインターネットが使えるパソコンとかありますか?」


「ああ、そこに」


 そう言ってリビングにある共有パソコンを指さす。パソコン台に乗せられたデスクトップのパソコン。


 その前には椅子が一つしかないので、食卓から椅子を一つ引っ張ってきてパソコンの前に座る。


「それでドリムって調べてみてください」


「カタカナでいいんだよな」


「はい」


 桜ちゃんに促され慣れない手つきでキーボードで文字を打つ。


 検索をクリックして現れた検索結果の一番上は『ドリム公式ブログ』。


 二つ目三つ目くらいはドリムちゃんの画像だったりSNSと言うやつだったり。


 この時初めてドリムちゃんを見たわけだが、確かにアイドルと言う感じがした。画像しかないので身長などははっきりとは分からないが、小柄で二つ結び、所謂ツインテールの髪。


 少し焼けているのか白いとは言えない肌は寧ろ健康的な女の子と言った印象を与える。


 容姿も整っていて、長いまつげにぱっちりと大きな目。口は小さく、印象としては大人しそうに見えて実は大胆な女の子と言ったところか。


 きている服はフリフリしている割にはやけに露出度が高めで、夏に着る分にはいいのだろうが冬には着れないだろうなって服。もちろん冬用の服なんかもあるのだろうけれど。


 スクロールすること四つ目。気になることが書いてあるサイトに行きついた。


「初代ドリムちゃん出現か? それとも単なる偽物なのか? ……って何だこれ?」


「そこを開いて貰うと何となく理解して貰えると思いますよ」


 そう言うことならばと文字をクリックしてサイトを開く。


 そこに書かれている事をざっと読んだ所、ドリムには初代と二代目がいてさっき見たアイドルは二代目のドリムちゃんらしい。


 初代の方は全く活動していなかったが最近ドリムちゃんに似た歌い方をする人物がとあるライブハウスに現れた。しかも、二代目よりも歌が上手いと言われている。


 その人物が所属しているのは高校の軽音楽部らしく、その高校が今度文化祭らしい。しかもその文化祭に二代目がゲスト出演するかもしれない。


 おおよそこんな事が書かれてあって、後はその人物が本当に初代ドリムなのかどうかって言うことや二代目と呼ぶなみたいな事がコメント欄に埋め尽くされていた。


「さて、説明を再開させて貰うと、要するにユメ先輩が本物のドリムさんなのかどうかがネットの中では騒がれているわけなんですよ。


 もう少し根本から話しますと、元々初代ドリムと言う人がいて、その人が三作品ほど動画を投稿して以来音沙汰がなかったわけです。ただ、人気があったのでそれを利用して現れたのが二代目のドリムさんです。


 そのせいでドリムファンには何種類かいて、初代だけを認めている人、二代目だけを認めている人、初代と二代目は同一人物だと言う人。と言ったところでしょうか。


 初代だけを認めている人は二代目が好きではないですし、二代目だけを認めている人は初代が好きじゃないです」


 「ここまではいいですか?」と桜ちゃんが隣の椅子から俺を見る。


 話自体には何とかついていけていたが、案外桜ちゃんと俺との距離が近くて、目を泳がせながら頷いた。


「初代が現れたのは数年前なのでそのファンの数は二代目に比べると少なく勢いがなかったんですが、そこにユメ先輩が現れてしまったと言うわけです。


 そうなると二代目ファンはあまりいい気はしませんからその人を偽物だと言いだします。それに対抗するように初代ファンは本物だとより声を上げ始めました。


 本人はドリム何て名乗っていないので見ていて滑稽ではありますが、見る人が見たらその人物がユメ先輩だと判っちゃうわけですよ」


「それで副会長がその二代目ファンだったからユメをステージに上げないようにしてきたってわけか」


「ドリムさんが上がるステージに偽物なんてとんでもないって感じでしたが。


 手紙はもしもユメ先輩がステージに上がる許可が出たとしてもユメ先輩が上がりたがらなくするための保険だったみたいです。


 そのお陰で、手紙を書いた人を突き止めて副会長に至ることができたらしいですが。さすがにここまで行動に起こすと先生側も無視していられなかったみたいです」


「でも、その副会長が今度はユメを出演させようとしているんだよな?」


「副会長の計画は自分の首を絞めているだけだったという話なのですが、そもそも何でドリムさんはこの学校の文化祭に出ようなんて考えたのかわかりますか?」


「いいや」


「それは初代ドリムさんがいるかもしれないからです。二代目さんはドリムと言う名前の人気に乗っかって人気を得た人物ですから。


 今でもある場所では初代の方が歌が上手いと言われ続けているんです。本人はそうは思っていなくても初代さんは居ないわけですから証明する事が出来ない」


「そんな時に初代ドリムと言われるような人物が現れた」


「しかもバンドで歌うとなれば話早いですよね」


「自分も同じ場所で歌って観客の反応等々で自分の方が優れていると証明する」


「そう思っていたのに、当の本人が出ないとなると自分も出ないと言い出しかねません。と言うか言い出しました」


「それで困った副会長がユメを……ね。


 それはそれで言いたいことはあるが、ユメはドリムじゃないんだけどその辺いいのか?」


 俺がそう言うと、何故か桜ちゃんが大きなため息をついた。


「仮にユメ先輩が本物じゃなくてもいいんですよ。本物だと思われている人に勝つことができれば」


「なるほどな。無関係なのにドリム抗争に巻き込まれたのか」


「全くこの先輩は……」


「桜ちゃん、何か言った?」


「いいえ、何も。それで、現状ユメ先輩は出演できるように事が運ばれているので桜たちにできる事はないんですが、一つ問題がありますよね」


「ユメが歌えない事……だな」


「あれですよね。ユメ先輩は批判が怖くて歌えないんですよね。だから桜も先輩にはネットを見てほしくなかったんですが、ちょっと『SAKURA』って調べて貰ってもいいですか?」


 桜ちゃんに言われるがままにインターネットで検索をかける。


 直後桜ちゃんがマウスを持つ俺の手を握ってきた。


 人が変な気を起こさないようにとか思っていたのにこの子はとか、その近さにいい匂いがするなとか、大体近すぎるとか内心穏やかでいられなかったが、桜ちゃんはそうでもないようで俺の手の上からマウスを操作しとある掲示板のようなサイトを開いた。


 『SAKURAについて』と銘打たれたその掲示板の内容は無法地帯とも言えるようなところでSAKURAを評価する書き込みもあれば、思わず目をそむけたくなるような酷いものまで見てとれる。


「まあ、こんなものです」


「桜ちゃんはこれを見て……どう思うんだ?」


「そうですね。それこそ、こんなものかって感じですよ。有名になると言う事はそれだけ桜のことを気に食わないと思う人の目にも留まるようになってしまいます。


 むしろ批判が来るくらいには有名になれたんだなと思わなくもないです」


『でも、こんなのって……』


 ユメに見えているのは恐らく俺の視界にある『SAKURAなんてただの餓鬼だろ。餓鬼の作る曲に聞く価値なんてあるのか?』か『ちょっと聞いたけど全く駄目。あれ聞くくらいなら畳の目を数えていた方が数倍有意義』と言うコメントだろう。


 桜ちゃんではない俺ですら見ていて気分が悪くなってくる。


 それを桜ちゃんは「こんなものか」と言ってのける。


「桜ちゃんはすごいんだな」


 桜ちゃんは確かお金を貰えるくらいには実力がある。そこからくる自信が桜ちゃんの強さなのだろうか?


「まあ、桜の曲を好きだって言ってくれている人がいる限り桜は曲を作りますよ。


 とは言っても別に桜がこんな風に言われていても大して気にしていないからユメ先輩も気にするななんて言いません。


 ただ、ひとつ昔話をさせてください」


「昔話?」


「なんで桜が曲を作ってそれを公開するようになったかです。


 きっかけは一つの動画でした。もともと多少音楽はやっていたんですが、その歌だけ歌っているアカペラの動画を見てその歌声に引き込まれました。


 いま思うと技術なんかは未熟な所は確かにありましたが、その動画をあげた人のページに飛んでみた時桜は目を疑いました。


 職業の欄が当時の桜と同じ中学生でしたから。桜と同じくらいの子が何十万回も視聴されている動画を作ったんだと思うと居てもたってもいれなくなって、アカペラで歌っているこの人に曲をあげたいって思ったんですよ」


「それが初代の方のドリムって事になるのか? でもそれがどうしたって……」


「先輩の察しの悪さには感心するところがありますが、その初代ドリムさんがまさに先輩なんですよ?」


「……はあ?」


 桜ちゃんの言葉の意味がまるで解らず変な声が出てしまった。


 初代ドリムが俺で、何十万再生もされている動画をあげた? そんな記憶はまるでないのだが。


 あるのはまるで再生数が伸びていないであろう、最初のコメントが「へたくそ」の動画。


 件のドリムとは同じ名前でもその差は天と地ほどあるに違いない。


「論より証拠と言う事で先輩が昔投稿した動画を検索してください」


「ああ……別にいいけど、たぶん良いところ三桁再生くらいじゃないのか?」


 そう思って自分の黒歴史を検索する。内心見たくないと思いながら。


 黒歴史と言うものは結構記憶に残っているもので俺の気持ちに反してすぐに俺の動画を見つける事が出来た。


 懐かしき黒歴史。しかし、その再生数コメント数は見たことのない数字を示していた。


「さすがにトリプルミリオンには達していませんね」


「トリプル……? 何だこれ、一、十、百、千……」


「約二百八十万再生です。相変わらず化け物ですね」


「これどうなっているんだ? 表示壊れたんじゃないのか? いや、間違って別の動画を開いたのか……」


「どうなっているかと言えば、そうですね。


 アカペラだった先輩の動画に誰かが元の曲を付けてみたら無編集で行けたって事が話題になって再生数が伸び始め、癖はありますが中学生離れした歌唱力、年齢以外不明な秘匿性等々が原因となってさらに話題を呼び、二代目が現れ、二代目の動画が投稿されるたびに話題になりこっちも上がるからこんな再生数になっているんだと思います。


 ですから、表示がおかしいわけでも別の動画を開いたわけでもないはずですよ」


 桜ちゃんの言葉が右の耳から入ってそのまま左の耳を通って出て行く。


「ちょっと待ってくれ。と、言う事は桜ちゃんが曲を作りたかったって言うドリムって言うのは……」


「桜はずっと言っていましたよね。もうすぐ夢がかなうんだ、ユメ先輩が歌い続けてくれていればいずれ夢が叶うんだって。それに桜の夢はユメだってちゃんと言ったと思いますよ?


 正確には遊馬先輩なんだと思いますが、今はユメ先輩の歌ですしね」


「でも俺ですら知らなかったことをどうして桜ちゃんが?」


「ユメ先輩の歌を初めて聞いた時からそうじゃないかなと思っていました。桜がどれだけドリムさんの曲を聴き続けてきたと思っているんですか」


 誇らしげな桜ちゃんに俺は何も返せなくなる。


「さて色々分かってもらえたところで、そろそろユメ先輩と替わってもらっていいですか?」


「あ、ああ」


 桜ちゃんに言われて、意識半分ユメと入れ替わる。その間に桜ちゃんが鞄から何かを取り出していた。


 たぶんあれは譜面だろうか。


「えっと、桜ちゃん何かな?」


「ユメ先輩ももう分かっていると思いますが、桜はずっと先輩に桜の作った曲を歌って欲しいと思っていました」


「そう……だね」


「それで今回なんと志手原先輩に桜の曲を使う許可をもらったわけです。


 これは桜の夢を叶える絶好の機会なわけですが、先輩。桜の夢叶えてくれませんか?」


 桜ちゃんがそう言って持っていた譜面をユメの方へと差し出した。


「桜ちゃんずるいよ」


「桜がどれだけ準備してくれたと思うんですか」


「でも、桜ちゃんは優しいよね」


「だって桜ですから」


「わたし桜ちゃんみたいな凄い人が作った曲歌える自信ないよ?」


「少なくとも桜は先輩が桜の曲で歌ってくれるのがとても楽しみですし、先輩なら最高のものにしてくれると桜が保証します。


 もしも批判が来たらそれはもうすべて桜のせいにして貰っても構いませんよ。そしたら桜はその人たちに「ユメ先輩の歌の良さが分からないなんてかわいそうな人達ですね」と言い返してあげます」


「そこまで言われちゃったら、後輩のためにちょっとだけ頑張ってみるしかないよね」


 そうしてユメが桜ちゃんの手から譜面を受け取った時に桜ちゃんが見せた満面の笑みは恐らくユメのそれを映したものなんじゃないかなと言う気がした。


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