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Lv41

 部室に戻ると何故かと言うか、やっぱりと言うか綺歩が残っていて、着替えて俺に戻るまでしっかりと待っていた。


「別に待っていなくてもいいんだけどな」


「でも、帰る方向が一緒なら一緒に帰った方が楽しくない?」


「あー……綺歩はそうかもな」


「ユメちゃんが居ない私はそうなんです。それにやっぱりユメちゃんのこと気になるし」


「それだったらユメだった時に話した方が良かったんじゃないか?」


「そうすると、それこそ帰るの遅くなっちゃうでしょ?」


「それもそうか」


 音楽室の鍵を返して下駄箱に向かう。


 今日に限らず最近は一人で帰ると言う事が少なくなったなと思う。


 そもそもユメが居るから既に一人ではないのかもしれないが、誰かと肩を並べて帰る事が多くなった。


「今日はユメちゃんにしてみたらちょっとショックな事が多かったね」


「俺でもいくらか衝撃は受けたからな」


『わたしは大丈夫だよ。ちょっと驚いたけど、でもわたしの為に頑張ってくれる人がたくさんいるんだもん』


「皆が頑張ってくれているのにわたしだけ落ち込んでもいられない、だってさ」


『遊馬、わたしそんな事言ってない』


「でも、実際はそうなんだろ?」


 言葉そのまま通訳をしなかった俺にユメが非難の声を上げるが、俺の返しを聞くなり『それは……』と黙り込んでしまった。


 だいたいユメにとって歌とはイコール人生みたいなものなのだから、それをはっきりとではないにしろ否定されたら落ち込まないわけがないのだ。


 ただ、ユメがそう言う事をあまり表に出さないのは校内ライブの後のことで明らか。


「たぶん私達の中の誰もユメちゃんの為に頑張っているなんて思っていないよ?


 実際今のところ何かできているわけでもないし、それに、私達がユメちゃんと音楽をやりたいから頑張ろうとしているんだから。


 全部私達の我儘なんだよ」


「だってさ」


「でも、私はまた遊君とでも……」


「どうかしたのか、綺歩?」


「ううん。何でもないよ」


 少しうつむいていた綺歩が首を振るとこちらに少し寂しげな笑顔を向けて答える。


 綺歩が何かを呟いたと思ったのだけれど、気のせいだっただろうか?


 何でもないと言われてしまった以上追及するわけにもいかないし、気のせいだったのかもしれないので話題を変えることにした。


「綺歩もドリムってアイドル知っているのか?」


「ちょっとはね。私もたまに動画投稿サイトでプロの演奏を聞いたりするんだけど、その時にお勧めみたいな感じでトップページに彼女の動画が上がっていたりするから何度か見たことあるって感じかな」


「綺歩的にどうなんだ? そのアイドルって」


「何ていうか、アイドルって感じだったかな」


「なんだよそれ」


 まるで答えになっていないような回答に思わず笑いながらそう返す。


 それに対して、綺歩が困った笑顔を向けてからあらためて答えた。


「えっとね、歌もダンスもやっていて、ダンスに関しては私は素人だから良く分からないんだけど、歌は上手かったかな。


 後はやっぱりアイドルって言われているだけあって可愛かったよ」


「少し皮肉に聞こえるのは俺だけか?」


「どうして?」


 首をかしげる綺歩にそのまま鏡を見せてやりたい。確かに綺歩は可愛いか綺麗かと言われたら綺麗だろうけれど、それでも可愛いとは思うし、綺歩より可愛い人物に俺は未だ会った事がない。


 いや、可愛いだけで言ったら鼓ちゃんの方が可愛い気がするし、桜ちゃんだって負けてはいないはず。


 勘定に入れていいかわからないが、最も可愛いのはと言われたらユメを選ぶ――そもそも俺の理想が実現したような女の子なわけだし――。


 こうなるといつだか一誠が言っていた好みの問題になるのだろうが、結局の去年ミス北高に選ばれただけあって校内外で綺歩は十分アイドルみたいなものじゃないだろうか。


 俺がいつまでも何も言わないためか、綺歩は不思議そうな顔をしたまま「ま、いいか」と口にする。


「それから、これは今になって思うとって感じなんだけど、歌い方がちょっとユメちゃんに似ていたかな?」


「ユメに?」


「どう言ったら遊君が分かってくれるかわからないんだけど、力の入れ方とか盛り上げ方とか、全く一緒ではないと思うんだけど近いものがあるかも」


「何か変な感じだな。アイドルと似ているって」


「でも、私はユメちゃんの歌の方が好きかな」


 綺歩がそう言ってスカートを翻し後ろ向きに歩きだす。その顔は何だか満足気と言うか、今の綺歩の発言が本心だと言うような感じがした。


「ユメちゃんの声はついつい惹きつけられちゃうんだよ。それは技術とかじゃどうしようもないユメちゃんの才能。


 私はそんなユメちゃんを皆に自慢したいんだ。こんな人と私は一緒にステージに立っているんだぞって」


「ま、ユメを自慢するのは俺の役目だけどな」


「あー、遊君だけずるい」


 そう言って笑う綺歩を見ていると、頭の片隅で『そっか』と小さな声が聞こえた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「兄ちゃんのバンドって今度はいつライブするの?」


 家に帰ってソファでテレビを見ていると優希が後ろからそんな事を尋ねてきた。


 家中なのでとてもラフな格好。悪く言えばだらしない格好をしている事には目を瞑り質問に答える。


「今度は文化祭……だと良いんだけどな」


「文化祭で何かあるの?」


「ちょっとな。


 そう言えば優希ってSAKURAとかドリムって知っているか?」


「兄ちゃんの口からその二人の名前が出るなんてちょっとびっくりしたかも」


「そんなに変か?」


「ううん。むしろ漸く出たなって感じではあるんだけど、兄ちゃん何かネット毛嫌いしている感じがしてたから」


「あそこには黒い歴史がな」


 単なる黒歴史だったらそうでもないのかもしれないけれど、それはそれは苦い思い出があるので無意識に避けていたのではないかと言われたら否定できない。


 いかに考え直すきっかけになったと言っても当時ワクワクしながらきたコメントが「へたくそ」だったわけだから、それはそれはくるものがあったというものだ。


「それでやっぱり有名なのか?」


「ドリムちゃんの方はね。でも、すっごい有名ってほどではなくてクラスの中で十人くらい知っていてその中で盛り上がっているってイメージかな


 SAKURAに関してはネットをやっている中でも特に音楽に興味が寄っている人が知っていて、ドリムちゃんほど有名じゃないかも」


「ってか、優希はSAKURAを知っていたんだな」


「兄ちゃんが居たから。兄ちゃんの歌を聞いて音楽に興味を持ってネットでいろいろ調べてみたんだよ。


 あたしには上手い下手ってあんまり分からないんだけど、兄ちゃんの歌……今はお姉ちゃんの歌かな? が一番好きかな。声が聞こえると自然に聞き入っちゃうんだよね」


「ありがとう。参考になった」


「いえいえ。兄ちゃんのためだもん」


 優希がそう言ってニカッと言う擬音が似合う笑顔を見せたところで夕飯に呼ばれた。


◇◇◇◇◇◇


 次の練習の時俺は久しぶりに俺のままでメンバーの演奏を聞いていた。


「練習なんだし、別に遊馬が歌ってもいいのよ?」


「へえ、稜子嬢がそんな事言うなんて明日は外出を控えないといかんね」


「御崎だって歌があった方がいいでしょ? 少なくとも遊馬はこの中で一番歌が上手いんだから、歌って貰う事に何の不都合があるのかしら」


「いやいや、そう言うことじゃなくてだね」


 らしからぬ事を言っているのは稜子も分かっているのだろう。そっぽを向いた耳が赤く染まっている。


 その稜子を見る皆の目と言うのも以前とはだいぶ違うもので、よく言えば微笑ましく、悪く言えばにやにやと言った感じで部全体が変わったなと感じる。


 本来ならその流れに沿って俺も歌うべきなのかもしれないけれど、どうしても首を縦に振ることはできない。


「そこまで言って貰って悪いが俺は歌えないよ」


「どうしてかしら?」


「歌っている途中で裏声を出さないとも限らないからな。最近は特にユメが歌っている事に慣れてしまったせいか俺も歌っていると気を抜くと裏声を出してしまうから、いつ生徒会長が来るかわからない状況だったら歌わない方がいいだろ?」


「そう言われると、そうよね。万が一って事があるかもしれないし……


 分かったわ、遊馬は今日は基本的に見学よ」


 稜子がそう言って、メンバーそれぞれが練習に戻る。


 俺がそれを眺めていると、頭の中から声が聞こえてきた。


『遊馬どうして嘘ついたの?』


「嘘なんかついたか?」


『だって遊馬私と分かれてから一回も歌った事無いでしょ』


「ああ、それな。言ったよな? 歌はユメにやるって」


『そうだけど、でも、遊馬が歌わないってことにはならないでしょ? わたしが貰ったのは遊馬の本来の歌なんだから』


 本来の歌……ね。確かにそれはそうかもしれないけれど、


「また歌ったら返して欲しくなるかもしれないだろう?」


『じゃあ、もう遊馬は……』


 ユメが何か言いかけたところでノックをする音が聞こえて来たので、ユメが口を閉ざした。


 「失礼するわよ」そう言って入ってきたのは生徒会長。前回もちゃんとこんな風に入ってきてくれればよかったのにどうしてあんなにいきなりな登場をしたのだか。


 生徒会長はきょろきょろとあたりを見回すと、少し残念そうな顔をする。


「昨日言っていた通り、三原君を借りに来たわ。ちゃんといるみたいね」


「そんな事を言いつつユメのこと探していたわよね」


「そ、そんな事無いわよ稜子さん」


「今日は一人なのね」


「萩君も連れて来ようとも思ったんだけど、真面目な話をするかもしれないから置いてきたのよ」


 生徒会長と言う事は俺たちよりも学年は一つ上なのに、稜子はため口でいいのだろうかと思わなくもない。


 この前は敬語とため口と行ったり来たりしていたっけか。


「俺に話があるんですよね。場所を移動しますか?」


「そうね。生徒会室……は他の役員もいるし、ちょっと生徒会長の特権でも使っちゃおうかしら」


「会長の特権ですか?」


「ついてきてくれたら分かるわ」


 そう言って生徒会長がウインクをする。


 なんだか嫌な予感がしながらも、メンバーに「行ってくる」と振り返った時に綺歩と目が合った。


 綺歩はニコッと笑うと「行ってらっしゃいと」と手を振る。


 それに軽く手を振り返すと、生徒会長の後について歩いた。


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