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Lv38

 桜ちゃんも海組に合流し、最初の方に空気を入れていたフロートを海に浮かべてそれに乗っている。


 一誠は最後のベッドに空気を入れている所で、珍しく稜子が未だに手伝っていた。


「鼓ちゃんは行かないのか?」


「着替えから色々あってちょっと疲れたので少し休憩したら行きますよ」


「そっか」


「そう言う先輩は行かないんですか?」


「俺まで行くと荷物番が誰も居なくなるかな。綺歩はジュース買いに行ったし。


 それにしても、鼓ちゃんが海に来るのに快諾してくれたのは意外だったな」


「やっぱり変でしたか?」


「いいや。ただ、少し驚いただけだよ。鼓ちゃん海とかプールって恥ずかしがりそうなイメージだったから」


「これでも恥ずかしかったんですよ でも、先輩たちと沢山思い出作りたいですし、実際こうやってきてみると案外恥ずかしくないです。海って大胆になれるんですね」


 そう言ってコロコロと鼓ちゃんが笑う。その笑顔を見ているともう心配はいらないかなと安心した。


「もう部活辞めるとかは言いそうにないかな?」


「はは……そうですね。先輩方のおかげです。


 先輩。ひとつ聞いてもいいですか?」


「訊きたいこと?」


「先輩には好きな……」


 鼓ちゃんはそこまで言うと首を振る。


 それから小さな口で何かを言おうと少し開くと、また閉じると言うのを繰り返すと意を決したかのようにこちらを見た。


「どうして遊馬先輩だと頭を撫でてくれないんですか?」


「どうしてって言われてもな……鼓ちゃん嫌だろ?」


「そんな事無いです。むしろ遊馬先輩に撫でてほしいです」


 まっすぐな目でそんな事を言われて戸惑ってしまう。期待するような目で見られて、恐る恐る鼓ちゃんの頭に手を持って行くと、鼓ちゃんが満足そうな顔をした。


 軽く二、三回撫でたところで手を降ろす。


「こ、これで……」


「ありがとうございました。じゃあ、あたし皆の所に行きますね」


 そう言って立ち上がり駆け出した鼓ちゃんと入れ替わりに綺歩が帰ってきた。


「鼓ちゃんなんだか嬉しそうな顔してたけど何かあったの?」


「ん? ああ、ちょっとな」


「そっか。遊君は行かないの?」


「そう言う綺歩だってここにいるだろ?」


「それもそうだね。


 ねえ遊君」


「どうした?」


「今日はありがとう」


「まだ今日は始まったばかりだと思うけどな」


「でも、早めに言っておかないとユメちゃんになっちゃうでしょ?」


「確かに格好的に大丈夫だとしても、あんまり俺とユメを行き来はできないか」


「それにしても今年は色々な事があるよね。ユメちゃんが生まれたり」


「それで買い物に行きもしたしな」


「ライブも去年の何倍も盛り上がっているしね。今年は本当に忘れられない一年になりそう」


 綺歩は三角座りで膝の上に顔を乗せて、こちらを見ながら笑う。


 その時の笑顔もさることながら足につぶされた胸や白い手足が妙に艶っぽくて思わず見とれてしまう。


「ほら、遊君優希ちゃんと藍ちゃんが呼んでるよ。行ってあげなきゃ」


 綺歩にそう言われて我に帰ると慌てて立ち上がり、妹達の元へと向かった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「疲れた……」


 妹達に呼ばれたと思ったらシャチを引っ張れと言われ、その後一誠に水鉄砲で撃たれたのでそこから一戦始まり、定番だとは言ってもこれはないだろ思うくらいの大きな砂の城を作っていた桜ちゃんの手伝いを稜子として、ようやく一段落付けたところでシャチに干されるようにつかまりぷかぷかと浮いている状況。


「先輩お疲れ様です」


 大きなシャチフロートであるので人が二人つかまる事も容易。桜ちゃんが俺とは反対側の少しずれた位置でシャチにつかまるとそう声を掛けてきた。


「何だかんだで桜ちゃんの手伝いが一番疲れたんだけどな」


「お陰さまで桜史上最大の砂のお城ができました」


「桜ちゃんが楽しそうでなによりです」


 言い返す体力もなくそう返すと、桜ちゃんは軽く笑ってから話しだした。


「先輩はあまりネットって見ていないんでしたよね?」


「たまに調べ物するくらいかな」


「それで少し話しておこうかと思いまして」


「話?」


「はい。チクバの方々が言っていたアイドルについてです」


「確か顔とか出しているんだったよな? まさかバンドの誰かだったって話じゃ……」


 桜ちゃんの前例もあるし全くないとは言い切れない。


 しかし、言葉より先に桜ちゃんの呆れたような顔がそれを否定した。


「そのアイドルが桜達の誰かならチクバの人たちも喧嘩売ってこなかったと思いますよ? それにそうだったらまず先輩がボーカルだった理由が分かりません」


「それもそうだな」


「それでそのアイドル、名前は『ドリム』って言うんですよ」


「ドリ……」


「どうかしましたか?」


 思わぬ名前に動揺を隠せない。でも、俺は勿論ユメですらネットに顔を出したりはしていないわけだから、たまたま同じ名前だっただけだろう。


 ひとつ深呼吸をして落ち着くと口を開く。


「いや、ちょっと似た名前の人を知っていてね」


「顔を出して活動していますし、先輩の知り合いとは関係ないと思いますよ?」


「そうだよな」


「そのドリムさんが今年の文化祭に来るみたいなんですよね」


「文化祭に?」


「まだ噂レベルなので何とも言えないですが、有名と言えば有名なので文化祭に呼ばれてもおかしくはないと思うんですよ。ただこういったイベントへの参加も初めてなので恐らく外部のお客さんが増える可能性があるんですよね」


「それが事実だとしてどうしてわざわざうちの高校の文化祭何かに来ようと思ったんだろうな。そのドリムってアイドルも」


「それですか? それなら……」


 桜ちゃんが何かを言い掛けた時不意に俺の下を何かが通り過ぎて行った。


 通り過ぎて行っただけではなく、それは俺の海パンの紐を解き途中までずらすという徹底ぶり。


 それを元に戻す暇もなく俺の海パンは波にさらわれて行った。


「先輩どーかしましたか?」


「わー、遊馬の海パンが波に流されてどこにいったかわからなくなったー」


「それはたいへんです。でも、Tシャツが流されていないのが救いですね。ユメ先輩に替われば見えないはずです」


「桜ちゃん、一誠。やるならもうちょっとうまく演技してくれないか?」


 桜ちゃんと少し離れた所にいた一誠があからさまな棒読みでそう言うので、俺は溜息をつくしかない。


 いや、近くにいるのが一誠だったら一発殴っていたかもしれないが。


「でも先輩。そのままじゃ陸に上がれないですよね?」


 棒読みじゃなくなった桜ちゃんの意見は実は至極ごもっとも。Tシャツをいくら引き伸ばしても下を隠しきることはできないが、ユメと替われば隠す事が出来る。


 むしろ、万一を考えてやや長めのTシャツを着てきたのだ。


『わたし替わるの嫌だよ……って言うわけにもいかないよね……』


「俺としては替わってくれるとありがたいんだが……陸についたら後は何とかなるだろうし」


『恥ずかしいけど仕方ない……よね。でも、替わる前に一つお願いしていい?』


「ああ、分かってる。


 おーい、一誠。お前ユメの半径十メートル以内に入ったら半殺しな。ってか、陸に上がったら桜ちゃんの分も含めて何発か殴らせろ」


「前半は了解。後半は却下」


 一誠からの返事を聞いて溜息をつき「悪いなユメ」と謝ってから入れ替わる。


「ユメ先輩こんにちは」


「こんにちは、じゃないよ桜ちゃん。うう……何か変な感じ……


 何でこんなことするの?」


「なんでって、ユメ先輩に入れ替わってもらうためですよ」


「そんないい笑顔で言わないでよ」


『入れ替わって欲しかったなら別にこんな事しなくても良かったんじゃないか?』


「そうだよ」


「ユメ先輩、急にそうだよって言われても困ります」


「入れ替わるだけなら、遊馬にそう言えばいつでも入れ替われたのに。こんな事しなくても……」


「それもそうですね。失念していました」


 それを聞いてユメが溜息をつく。


 Tシャツが上がってこないように片手で押さえながら、片手でシャチにつかまり陸に向かう。


 流石に桜ちゃんにも罪の意識もあるのか、積極的にシャチを引っ張ってくれたので陸までは思ったより早く着くことができた。


 陸に上がると、Tシャツが張り付いてしまい細いユメの体のラインが浮かび上がっているが透ける事はなくユメが一つ安堵の息を洩らす。


 荷物がある所に戻ると、綺歩が驚いたように「どうしたの?」と尋ねてきた。


 まあ、見た目Tシャツ一枚に見えるだろうし、本当にTシャツ一枚だしユメも苦笑いを浮かべて「ちょっとね」と返すことしかできない。


『とりあえず、ユメの服に着替えて今日は後浅瀬で遊ぶしかないか』


「そうだね。わたしとしてはいち早く今の状況から脱却したいし」


 ユメと今後の方針を話し合っていると、桜ちゃんが何やら自分の荷物を漁っていることに気がついた。


「どうしてでしょう。水着をもう一つ持ってきていたみたいです。でも、この水着桜には着られそうにないですね。どうしましょうか」


 桜ちゃんの目がユメを捕らえる。その手にはスカートのようにフリフリしたセパレートの水着。


「こんなところに水着を持たずに海まで来た先輩が、これは偶然ですね」


「偶然って桜ちゃ……」


 ユメが言い終わる前に拉致られるように桜ちゃんに更衣室の方まで連れて行かれる。


 その間もユメは桜ちゃんに何か言っていたけれど全く相手にされず、入る直前に「ユメ先輩は目を閉じていてくださいね」と言われた。


 一瞬何のことかわからなかったのかユメはポカンとしていたが、中の肌色な光景に目を閉じた。


 真っ暗な視界の中桜ちゃんの手だけを頼りに数歩歩くと足を止める。


「それじゃあ、下穿かせますから右足から挙げて貰っていいですか」


 もう何も言うつもりはないのかユメが黙って桜ちゃんの指示に従う。右足をあげ左足をあげたところで桜ちゃんがツーっとユメの足を指でなぞるのでユメが小さな悲鳴をあげた。


「ちょっと、桜ちゃん何するの」


「先輩ってやっぱり肌綺麗ですよね。白いですし。遊馬先輩もこうなんですか?」


「そんな事言われても分からないよ」


「そんなものなんですね。上脱がせますから腕上げてください」


 黙って腕をあげるユメ。直後脱がされる感覚があって、桜ちゃんの腕が前の方に回される。その時に自分の胸が背中に当たるのもお構いなし。


 何かこの状況以前もあったなと思ったところで、前回同様桜ちゃんの手が不穏な動きをしだした。


「やっぱりユメ先輩のは小さいですよね」


「小さくて悪か……じゃない、止めてよ桜ちゃん」


「でも、すべすべだからさわり心地はいいんですよね。シルクのような肌ってやつですね」


「ん……そんなんで、褒められても……」


「さて、上も着せますから協力してくださいね。


 つつみんで練習はしたんですけど、やっぱり状況も形状も違うと着替えさせるのは大変ですね」


「たぶん、状況とか形状とか関係ないよね?」


「そんな事無いですよ。つつみんはふにふにと言うかぷにぷにと言うか、子供らしさが残っていてそれはそれでさわり心地がいいんです」


「鼓ちゃんもご愁傷さま」


 ほどなく着替えが終わり「それじゃあ戻りますよ」とまた手を引かれる。


 更衣室から出て荷物がある所まで戻るのに、ユメは珍しく不満そうに歌っていた。


「桜ちゃん何でこんなもの持っているの?」


「何でって先輩に着せるために決まっているじゃないですか? 気に入らないですか?」


 桜ちゃんに言われてユメの視線が自分の体の方へと移る。黄色と白を基調とした水着は女の子らしさを際立たせるようで俺から見ても可愛いと思う。


「水着は可愛いけど……」


「さすがはさくらん。上手く行ったみたいだねん」


「一誠……上手く言ったって」


「いやはや、皆さんが御崎先輩の荷物に注目してくれていたおかげで桜の方にはまるで関心が無いようで助かりました」


「念には念を入れてね。オレが囮で桜ちゃんが本命。一日であれだけ集めるのは苦労したのよ」


 笑う一誠の腹をユメが殴る。「ゴフッ……」とオーバーリアクションでうずくまった一誠にユメが声をかける。


「一誠殴らせてね」


「殴った後に言われてもな。まあ、でもユメユメの力じゃ大して痛くないからいいけどね」


「じゃあ、さっき遊馬が言ったとおり桜ちゃんの分も貰ってね」


 そう言ってユメが一誠に握手を求める様に手を出す。その意味が分からないのか首をかしげる一誠が応じる様に手を出したところで、ユメが一誠の小指を思いっきり弾いた。


「痛っっっっっっつ」


「水着が可愛いから今日はこれで許してあげる」


「声が出ないほど痛いもんなんですね、それって」


「桜ちゃんも体感してみる?」


「遠慮しておきます。代わりに一つ言い訳させて貰っていいですか?」


「聞くだけならね」


「一応桜達もただ悪戯がしたかったわけじゃなくて、皆さんに楽しんでもらおうと思っていたんですよ。御崎先輩が持ってきたものは桜と先輩の自腹ですしね」


「まあ、確かに皆楽しんでいたとは思うけど……


 でも、わたしはまだ楽しめてないし、すっごい恥ずかしかったんだからもうしないでね?」


「仕方ないです。今日遊馬先輩にやった事はもうしません」


「何か引っかかる言い方だけど……


 一誠も次やったら絶交だからね」


「ういー……」


 小指を押さえている一誠が力無く返したところで、ユメが一つ溜息をついて座り込む。


 それから、お昼過ぎ昼食食べに戻ってきた妹やメンバーにユメに入れ替わった事を口々に指摘されて適当に説明することを繰り返した後、綺歩と藍が持ってきたお弁当を分けながら食べた。


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