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Lv22

 ライブが終わって、心機一転また部活に打ち込もう何て思いたいところだが、残念ながらもう期末試験目前。


 したがって部活も休みとなる。


 これが終わってしまえば程なく夏休みに入るとは言え、「タイミングが悪いな」『タイミングが悪いね』とユメとハモってしまうほどにはタイミングが悪い。


 と、言うか何としてでも稜子がテスト前にライブをしたかったってのが実際だろう。タイミングに関しては俺とユメの問題だとも言えるし。


 流石にテスト本番も含めて一週間以上ユメが一度も表に出ないと言うのはよくないと思いテスト勉強ついでに綺歩に練習に付き合って貰うように頼んでいる。最初綺歩に頼んだ時とても複雑そうな顔をしていたのだけれど、快諾してくれた。


 ライブが終わってからと言えば、それまでと一つ変わったことが起こるようになった。


 一年生組が昼休みにわざわざ俺のクラスまでやってきてお昼ご飯を食べる様になったこと。


 初めて来たときにはドアの向こうで俺を見つけて楽しそうに手を振る鼓ちゃんに人が集まり、怯えかけていたところを助けに入ったので驚いている余裕も無かったが。


 桜ちゃんは元々目立つ方だったけれど、この間のライブの最後の一曲。『鼓草』でリードギターをしてから鼓ちゃんも注目の的になり、先輩である二年生に「次のライブも頑張ってね」なんて声をかけられて照れた表情を浮かべていた。


 どうしてこんなところまで来るようになったのかと尋ねると、鼓ちゃんは「あの、えっと……」と困った顔をしてしまい、桜ちゃんが答えてくれた。


「ライブがあってから一年生の中でも名前が広まってしまいお昼ご飯がまともに食べられそうになかったので、それだったら先輩の所に行った方がマシかなと思いまして」


「確かに同級生は同い年なだけあって容赦なくくるよな。遊馬と違ってオレは経験があるからよく分かる」


「今からユメと替わってやろうか」


「たぶんそれ同級生とか言うレベルじゃ済まなくなりますよね」


 おおよそそんなやり取りがあって、昼休みに二人が居つくようになった。


 あと、俺自身が半ば脅すように使った事だが、ユメの人気が鰻昇り何て言葉じゃ収まらないくらいには上がってしまった。


 本来目立つボーカル。俺が理想としたような容姿。圧倒的歌唱力。それに急に現れた謎の人物と言うものが付けば否応と噂にはなるもので、あちらこちらでユメの名前を聞くことになってしまった。




「なあ、綺歩」


 そんなわけで今は綺歩の家でテスト勉強をしている。何処からかテーブルを持ってきて、二人向かい合うように座って各自問題と向き合っているのだが、ふと思う事があり綺歩に声をかけた。


「どこかわからない?」


 淀みなく綺歩がそう言うので、いかに俺が綺歩に勉強を教えてもらってきたのかが分かってしまう。


 しかし、今回はそう言うわけではないので首を振った。


「いや、勉強会をするならどう考えても稜子を呼んだ方がいいんじゃないか?」


「稜子……ね。遊君は稜子と一緒に勉強して稜子が勉強してくれると思う?」


「いや、流石に稜子とは言え……」


 綺歩の残念そうな顔で全てを悟ってしまい口を閉じる。


「私の部屋みたいに楽器に囲まれたところだと気がつくとそっちに行っちゃってね。挙句の果てには時間いっぱいまで弾き始めるんだよ」


「簡単に想像できるな「同じ勉強ならベースを勉強した方がましだわ。綺歩教えてくれない」みたいな」


「一年生の最後のテストなんてまさにそうだったんだよ」


「だからと言って、赤点取るとしばらくあいつ練習に来られなくなるだろ」


「今は鼓ちゃんがいるから大丈夫じゃないかな」


 「なんて」と綺歩が少し照れた様子で冗談だと気付きにくい冗談を言う。


「結局前日にならないと勉強しないんだよ稜子って」


「稜子らしいと言えば稜子らしいんだけどな。まあ、最悪鼓ちゃんもいるし」


「本当に鼓ちゃんが入ってくれてよかった……」


 本当に安心したような声を出した綺歩に今度は本心だなと確信して、ノートに目を落とした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 しばらく勉強をした後はユメと入れ替わる。


 綺歩は見た目通り成績もいいし普段から勉強をしているので、テスト前に焦ることはないらしい。


 確かに一年生の学年末テストでは稜子と勉強していたはずなのに上位者リストに名前が載っていた気がする。


 対して俺は得意科目に関しては上位をとれるが後は平均点前後くらい。ただ、今回のテストに関しては綺歩に手伝って貰ったので今までよりもいい点数がとれるような気がする。


 一誠は気をかけずともケロリとした顔で高得点を取るに違いない。


 通い慣れた綺歩の部屋であるが、それは綺歩も同じらしく俺がいると言う状態に慣れたためか最近だと部屋着でもって迎えてくれる。


 部屋着と言ってもそんなにだらしない格好ではなく、普段よりも幾分ゆったりとした印象の服を着ているのだが、こういう普段とは少し異なった面を見せられると少なからず意識してしまうのが男の性。


 しかも相手が校内屈指の美人なのだから役得と言うか、理性が試されると言うか。ユメのおかげか、ユメのせいで女と言うものに慣れてきたような気がするので良かったもののと言ったところ。


 まあ、ユメがいなければそもそもこうやって綺歩の家で勉強なんてしていないのだが。


「今日はピアノなんだね」


「勘が鈍らないように色々触っておきたいからね」


 綺歩がそう言ってピアノで鼓草を弾き始める。


 今日はと言う事で、昨日はギターを弾いていた。


 以前までやっていたようないわゆるボイストレーニング的なものも行いはするのだけれど、こうやって綺歩が思うままに弾く楽器にユメが合わせて歌うと言うのがこの練習の始まりになりつつある。


「やっぱりユメちゃんの歌はすごいよね」


「ありがとう。でも、皆の演奏にはまだまだ追い付けていないんじゃないかな?」


「そんな事ないよ。人によって好みはあると思うんだけど、私が今まで聞いてきた人の中でもトップレベルだと思うよ」


「そうなのかな?」


『自分じゃ分からないものだな』


 とはいえ、綺歩が見え透いた冗談を言うとも思えないし、もしもそうであるならば俺としても鼻が高い。


 ユメが高い評価を受ける事に全く嫉妬心がないと言えばうそになるが、今はそれ以上に誇らしい。


「文化祭ではもちろん、学外ライブでも驚かれるんじゃないかな?」


「学外ライブの予定なんてあったの?」


『そんなの初耳だな』


「予定はないけれど、テストが終わったらもう夏休みでしょ? そんな時に稜子が何もしないとは思わないんだよね。テストが終わって、それが戻ってきてから急に「八月の頭に学外ライブやるわよ」って言ってきそうじゃない?」


「確かに想像できるね」


 苦笑気味にユメが返す。確かに稜子なら言ってきそうだけれど、言われる方の身にもなって欲しいものだと思わなくもない。


 学外ライブと言うのは稜子の知り合いの小さなライブハウスでライブをすること。俺も一度だけ参加したことがあるが、何故か俺達がやる時には宣伝等々ライブハウス側がやってくれる。


 曰く「君らほどの演奏ができるグループは他にいないし、その分人気も高くてね。参加してくれるってだけで普段の数倍の集客になるし、君ら目当てのお客はここでチケット買うしかないからね」とのこと。


 詳しい事はわからないが、要するに俺達は看板としてライブハウスのもうけにつながっているかららしい。


「そう言えば優希がわたし達のライブに来たいみたいなこと言っていたっけ」


「そうなの?」


「綺歩や稜子の演奏を聴きたいんだって」


「でも優希ちゃんにはユメちゃんのこと言っていないんじゃなかったっけ?」


 綺歩が少し言い難そうな顔で言う。それを聞いてユメはちょっと困ったように俺に「何て返せばいい?」と尋ねてきた。


 以前ならばそんな事はせずに答えていたと思うのだけれど、俺よりの質問にはこんな風に尋ねてくれるようになった。結果答えが同じであろうとも、ユメと遊馬の境界をしっかりと分けるという俺達だけの意味合いがある。


『俺としてはユメを優希に自慢できるから構わないんだけどな』


「やっぱりそれをわたしが言わないと駄目?」


『後約十分も綺歩は答え待っていてくれないだろ』


 俺の言葉を聞いてユメが一つ溜息をついて、綺歩の方を見る。


「遊馬としてはわたしを優希に自慢できるから、わたしが歌っていてもいいみたい」


 そのユメの台詞を聞いて綺歩は少し驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの顔に戻って口を開いた。


「遊君はそれでよくても、優希ちゃん的にはどうなんだろう?」


「優希はあまり遊馬が好きじゃないみたいだから……」


「私はそんな事無いと思うんだけどね」


 綺歩がそう言って見守るような笑顔を向けてきたけれど、それは流石に綺歩の勘違いではないだろうか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 軽音楽部に入って綺歩と練習をするようになって家に帰るのがおおよそ夕飯を作っている時間帯になってしまった。


 それはちゃんと家族に言っているので咎められることはないのだけれど、藍は手伝いを行っているので結果リビングでテレビを見ている優希とよく顔を合わせる様になる。


「兄ちゃんお帰り」


「ただいま。優希もう少し格好考えた方がよくないか?」


 ソファにうつ伏せに寝転がりながらテレビを見ている優希の服装はノースリーブにショートパンツ。それは別に構わないのだが、ノースリーブの方が捲れて白い肌が露出している。


「兄ちゃんには言われたくない」


 そっけなくそう言いつつ服装を正す優希に「はいはい」と返してから、荷物を部屋に放り投げるついでに藍と母さんのいるキッチンに顔を出す。


 Tシャツにロングスカート姿の藍は赤と白のチェックのエプロンをつけて、お玉を持ったままこちらに振り返る。


 その奥には片付けに入っている母さんが居た。


「お兄ちゃんお帰りなさい。もう少ししたら出来るから待っていてね」


「わかった、楽しみにしているな」


「そう言えば遊馬、今日も綺歩ちゃんのところ行ってきたんでしょ? 迷惑とか掛けなかったでしょうね」


「そんな迷惑とか……かけなかった……とは言えないよな。教えられっぱなしだったし」


「いっそ綺歩ちゃんに家庭教師して貰えばいいんじゃない?」


 そんな冗談を言う母さんは何とも軽いと言うかノリがいいと言うか。


「そうしたら藍や優希にも教えなくちゃいけなくなって綺歩が勉強できなくなるだろ」


「あ、お兄ちゃん酷い」


「ま、綺歩も教えるのがお前たちなら迷惑もかからないんだろうけどな」


 楽しそうに酷いと言ってきた妹にわざとらしく肩を落としてそう返すと、部屋に向かう。


『やっぱり優希は相変わらずだよね』


「話してくれるだけマシって感じでもあるよな」


『わたしも藍や優希とまた話をしたいんだけど……』


「悪いなユメ」


『ううん。わたしが聞きたいことは遊馬が聞いてくれるもんね』


 ユメとそんな会話をしながら着替えるとリビングへ戻る。


 夕飯はまだできておらず――そもそも五分もかかっていないので当たり前だが――相変わらず優希が寝転がっているソファに寄りかかるように座る。


「兄ちゃん近い」


「寝転がっている方が悪いだろ、この場合」


「そうだけど……」


 バツの悪い顔をする妹に「そう言えば」と話題を切り出す。普段はこんなことは稀なのだけれど今日は話す話題もあるからな。


「もしかしたら、夏休みにライブハウスでライブするかもしれないらしい」


「本当?」


 かつていない食いつきで優希がガバッと起き上がる。そんなに綺歩の演奏を聴きたいのか思いつつ話を続ける。


「まだ確定したわけじゃないけど、可能性は高いだろうな。部長の性格を考えると」


「でも、ライブハウスってお金取られるんじゃないの?」


「たぶん頼めばお前と藍の分くらいならチケットくれるんじゃないのか?」


「確かチケットって三千円くらいだったよね」


「あと、それとは別にドリンク代で五百円くらい取られるらしいけどな」


「と、言う事は……でも何とか……」


 俺の言葉を聞いているのかぼそぼそと優希が呟き始めたところで、夕飯が運ばれてきてそのまま話は終わってしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夕飯も終わり、お風呂上がりさて何するかと思っているとコンコンとノックする音が聞こえてきた。


 誰だろうと思いつつドアを開けると、居たのはパジャマ姿の藍。その手にノートを抱えているところを見ると勉強を教えてと言ったところだろう。


 とはいえ別の理由かもしれないのでとりあえず尋ねる事にする。


「藍か、どうしたんだ?」


「テスト範囲で分からないところがあって、お兄ちゃん時間大丈夫?」


「そっか、中学校も期末テストだっけか」


 そんな事を呟きながら藍を部屋の中に招く。普段は机で勉強するが、藍が来た時にはテーブルで行う。


 綺歩の家でもそうだが、その方が教える――教わる――時にやりやすい。


「たまに思うんだが」


「どうしたのお兄ちゃん?」


「藍なら別に俺に教えてもらわずとも勉強できるんじゃないのか? テストの点も良かっただろ確か」


「そんな事無いよ。お兄ちゃんに教えてもらってこその点数だから」


「そうは言いつつ藍が間違えているのって十中八九ケアレスミスだろ」


「そ、そんな事は……」


 藍の目が泳いだのでじっと見ていると白状するように藍が口を開いた。


「本当はお兄ちゃんとちょっと話がしたくて……でもいつもは本当に分からないから来ているんだよ?」


「それで話って?」


「あ、えっと。今日優の機嫌が好さそうだったから何かあったのかなって思って」


「それでどうして俺の所に来るんだ?」


 確かに思い当たる節がない事もないが、優希が俺の事をよく思っていないは藍も知っているだろうに。


「だってお兄ちゃん以外に考えられないから」


「そんな、他に何があるの? みたいな顔されてもな……


 そうだな、夏休みにライブがあるかもしれないって教えはしたが」


「お兄ちゃんがやっているバンドの?」


「まあ……そうだな」


「そうなんだ。私も行きたいな」


 そう言って笑顔を作るこの女の子が本当に俺の妹なのだろうかと思わなくもない。ただ、ユメの妹だと言われたら妙にしっくりきてしまうのはなぜだろう。


「あ、ああ……いろいろ決まったらまた教えるから」


 そしてどうして俺はこの妹に本当の事を言う事が出来ないのだろうか。


 「それじゃあ、邪魔してごめんねお兄ちゃん」と藍が部屋から出て行った直後頭の中で声がした。


『ごめんね遊馬』


「ユメが謝ることじゃないだろ。今のところ俺の問題だしな」


 そんな事があった事もテストが始まってしまえば忘れてしまうもので、テストが終わって案の定稜子が校外ライブをすると発表があるまですっかり忘れてしまっていた。


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