両声類だった俺は両性類にＬｖＵＰした

第一章

Ｌｖ２

　数日前まで、俺は俺としてこのバンドのボーカルをしていた。

　とはいえ、超絶に歌がうまいわけじゃなく、演奏は最上位なのに歌に関してはあまり上手くないという演奏バカともいえるこのバンドの中では地声でも一番うまかったからということ。

　それから、大抵の歌は二・三回聞けばある程度は歌えるという力。

　何よりも綺歩が連れてきたという事が理由で、稜子が認める歌唱力のある人物が出てくるまでと言う条件付きでこのバンドに所属している。

　あと、もう一つ理由を挙げるなら荷物持ち二号。

　その日も練習を終え、稜子に小言を言われながら日課と言うほどでもないが、少なくとも練習よりも楽しみにしている一人カラオケに向かうため他のメンバーよりも少し早く音楽室を後にした。

　ここで、少し話は変わるが俺達の通う学校には科学部なんてものがある。

　そもそも、部活動が盛ん且つ自由な学校で多種多様な部活や研究会が渦巻いている。

　有名な所で言うと、バスケットボール部やラグビー部なんて言うのが学年平均二十人近くいるらしい。

　幸いと言うか俺達のバンドもかなり有名な部類で人気があるため音楽室を休日も含めると週の半分も使えると言う待遇を受けている。

　人気なのに人数が少ないのは言わずもがな稜子の仕業であるが、人気が出たのも稜子のおかげと言わざるを得ないので文句も言えない。

　それなのに、演奏の上手下手もなんとなくでしかわからない素人である俺が入れたのは綺歩のおかげであるし、綺歩のせいである。

　閑話休題。科学部の話に戻すと、こちらは何をしているかわからないという点において有名な所だ。

　変な笑い声が聞こえる。少し開いたドアからドライアイスの煙のような白いものが出ていた。時折何かものすごい光る。エトセトラエトセトラ……

　残念ながらこの科学部室、音楽室からあまり離れていない。

　音楽室が防音のため練習中に気になることはないのだが、帰るときには近くを通らないといけないので、笑いも煙も光も見たことがある。

　その日も一人科学部室の前を通ったのだが、その日は話し声と笑い声、それからすぐに強烈な光を浴びせられた。

　とは言え慣れたものなので、気にせず一人カラオケ店に向かった。

　一人カラオケとは何と寂しいやつなんだと思う人もいるかもしれない。

　それも俺はつい数十分前までカラオケ店の音響とは比べ物にならないレベルの音をバックに歌っていたのに何故カラオケなんかに来るのか。当然と言えば当然の疑問だ。

　その前に一つ言っておかないけないことがある。

　俺は歌うことが好きだ。

　一番好きだと言ってもいい。

　ただしそれはバンドで地声で歌っているときじゃない。カラオケで裏声で歌っている時なのだ。

　要するに俺は両声類と言う奴に分類される。

　両声類と言うのは男の声も女の声も出せると言う奴だが、裏声と女声はまた違うという話もあろう。

　しかし、ただの裏声も五年以上使い続けてくれば女の子らしい声を出せるようになる。

　では何故女声で歌うことが好きなのか。単純な話そっちの方が上手いからだ。

　カラオケの点数での判断しかできないが、地声で歌うことが増え地声のレベルも上がったのは確かだが、それでも裏声で歌った方が点数的に約五点は高くなる。

　それから、女声――裏声――で歌うのが好きな理由としてもう一つ。

　それは、俺が俺でない錯覚に陥れるから。裏声の時の俺は俺であって俺でないという認識。だからどんな曲でも歌うし、台詞があろうと躊躇わず感情を籠める。

　痛い奴と思われるかもしれないが、そんな時は頭の中で勝手に美少女を想像していた。

　俺よりも十五センチほど背が低く、華奢でそれでも前向きな。言ってしまえば自分がもしも女の子だったらこうなるだろうなって言う姿をかなり補正して想像していたわけだ。

　幸い歌っている時に自分の姿が見える事などそうそうないので思う存分入っていける。手とか足とかに関しては心配されるレベルには細いし。

　まあ、そう言うわけでその日もそうやって歌い始めた。

　アニメソングから入り、有名なアーティストの曲をはさんで、アイドルグループの曲へと。

　三曲目にはいつものように、例の美少女になったつもりで歌っていた。

　その時にふとこの頭の中の少女が羨ましくなった。

　考えても見てほしい。この少女は俺と同じ声、同じ歌い方をしているのに、カラオケなんてちっぽけな空間じゃなくて普段バンドでやっているような大きな舞台で活き活きと歌う事が出来るのだ。

　これが羨ましくならないはずがない。

　変化に気がついたのは四曲目の曲を入れようとしたとき。

　着ていた制服が急に大きくなった。

　それから、前奏が流れはじめ、最初のワンフレーズを歌ったとき凄まじい違和感が俺を襲った。

　裏声を出す時と言うのは地声を出す時とだいぶ違う――説明は難しいが、裏声の時の息の出し方は無声音を出す時のそれに近い――のだが、そのワンフレーズは地声でうたった時のような感覚に襲われた。

　それだけなら、裏声を出し損ねただけだと考えられなくもないのだが、スピーカーを通して聞こえてきたそれは明らかに裏声の時のそれで俺は思わず歌うのを止めた。

　正確には止めようとした。結果は止めることはできなかった。

　俺の支配から逃れた俺の身体は、しかし俺に様々な感覚を与えながら一曲を歌い終える。

　次の曲へと画面が切り替わる、その暗転の時俺の姿が黒い画面に映った。

　そこに映っていたのは、俺が歌う時に想像していた美少女によく似た美少女。

　何故かその映った少女はとても驚いた顔をしていたのだが、次の曲が始まると何事もなかったかのように歌い出す。

　俺としてはもう変な夢でも見ているような感じで、時間がきてカラオケ店から出た後しばらくこの感じが続いた。

　身体の主導権が戻ってきたとき、急に止まった足に驚いて俺が転んでしまい、頭の中で鈴を転がしたかのような笑い声が響いた。

　その日はそれ以降何もなく、普通に家に帰って普通に夕飯を食べて普通に寝たわけだが、また不思議な事が起こったのは次の日の放課後になってからだった。