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ハロウィンの前準備

ハロウィンというか1100pt企画。


 大学に入って、面倒なことも多いけれど、それなりに充実した毎日を送っていた。

 それなのに、その電話はある日突然かかってきた。携帯電話に映し出された『忠海(ただみ)(さくら)』の文字で嫌な予感しかしなかったけれど、出ないという選択肢はなかったので、ほぼ必然だったといえる。


『で、遊馬はなに物思いにふけっているの?』

「いや、桜ちゃんは毎回唐突だなって思って」

『まあ、確かにね。でも、遊馬も了承したんだから、諦めるしかないんじゃないかな?』

「ユメも楽しんでるだろ」

『遊馬が女装ってしてくれそうになかったからね。

 一誠が女装するって言ったら、全力で冷やかしに行くでしょう?』

「それもそうだな」

『だけど、遊馬は冷やかされないと思うよ』

「俺もそう思う」


 その辺振り切るのはかつての得意分野だから、出来ないこともないだろうし、俺だけが普段と違う格好をするわけでもない。

 問題があるとすれば、声か。


「女装している間ずっと喋らないっていうのは、アリだと思うか?」

『声だよね。できれば、可愛い声で話してほしいけど、わたしと入れ替わっちゃうもんね。

 でも、無理だと思うよ? 桜ちゃんと翠さんと希さんは確実に来るし、憧子ちゃんの誤解を解くのがメインの目的だし』

「誤解自体は解けていると思うんだけどな」

『だからこその、きっかけでしょ?』


 わかっているからこそ、ユメの指摘は容赦がない。

 さて、なんでこんなに現実逃避をしているかといえば、今日桜ちゃんがやってくるから。

 何でも、この日のために培ってきた技術を見せるのだそうだ。



 1人暮らしということになっている家のチャイムが鳴る。

 ユメと俺とで2人暮らしということにしても、こちらは問題ないのだけれど、法律とかなんとか考えると、1人暮らしが良いらしい。

 俺達の法的な扱い云々に関しては、雪先輩に一任している。自分たちのことだからと前に一度聞いてみたのだけれど、正直話半分くらいしか理解できなかった。


 それは今は良いとして、部屋の扉を開ける。

 やってきたのは、白と茶色で大人っぽく決めた桜ちゃん。大学生になって制服が不要になってからというもの、桜ちゃんは非常にたくさんの服を着ている。

 子供っぽいものから、大人っぽいもの、ありふれたものから、個性的なものと実に楽しそうだ。


「先輩お久しぶりです」

「少し前に電話で話したけどな」

「電話は電話ですよ」

「じゃあ、一人で男の家に来るもんじゃないって言っておくか?」

「以前泊めたくせに、いまさらそんなことを言われてもって感じですね」

「まあそうだな」


 別に桜ちゃんに何かするわけでもない。

 むしろ今日は俺が桜ちゃんに何かされる側になるわけだし。


「とりあえず上がってくれ。大体は覚えているだろう?」

「はいはい。勝手知ったる他人の家ってことで、自由にさせてもらいます」

「勝手を知られるほど来たことはないはずだけどな」

「先輩と桜の仲ですから」


 楽しそうに笑った桜ちゃんは、それでも俺の後ろをついて歩く。

 廊下があってリビングに入り、リビングから寝室とキッチンに繋がっている。

 トイレとお風呂は廊下から。大学生が住むには少し広い家かもしれないけれど、ユメと2人と考えると狭いといえるそんな部屋。

 実際問題、住もうと思えば一軒家にだって住めるけれど、どうにもその辺りユメも俺も物欲が薄いのだ。


 桜ちゃんにはリビングにあるソファに座ってもらって、キッチンに行ってお湯をわかす。


「何か飲みたいものは?」

「ではオリジナルブレンドでお願いします」


 よくわからない注文が来たので、コーヒーとココアとミルク、それから黒蜜でも混ぜてやることにする。ついでに「ユメは?」と聞くと『じゃあ、ココアかな』と返ってきたので、マグカップを二つ用意して、市販のココアを入れる。

 そして桜ちゃん用のカップにインスタントコーヒーと、黒蜜を突っ込んで、お湯が沸くのを待つ。


『なんか昔、舞ちゃんと遊馬が、桜ちゃんを喫茶店で待っていたことがあったよね?』

「確か俺が初代ドリムとして、収録したときか」

『そうそう。その時、桜ちゃんがオリジナルブレンドを頼んでたな、って思って』

「俺はココア飲んでたんだったか」


 それでココアを飲みたいと言ったのか。

 でも、その喫茶店で最初に飲んでいたのは、カフェオレだったような。まあ、どちらでもいいか。少なくともブラックではないのは確定だし。


「今日はたぶんユメと入れ替われないけど、大丈夫か?」

『別に毎日入れ替わらないといけない、ってわけじゃないからね。

 何だったら、数日くらい遊馬でいてもいいんだよ?』

「それは却下」


 お湯が沸いたので、マグカップ2つに半分ずつくらい入れてから、ミルクを足す。

 以前ココアなのになんで、お湯入れた後でミルク入れるの? と聞かれたけれど、ミルクは入れたいけれど、温めるのが面倒だし、何より高い。

 お金には困っていないけれど、変なところで節約してしまう傾向がある。


「話は戻るけど、あの時桜ちゃんが飲んでたのって、ブラックだったよな」

『凄いよね。高校生でブラックコーヒーが飲めるなんて。

 わたし達もいつか飲めるようになるものなのかな?』

「飲もうとしていないから無理だろ。いまも飲めなくはないはずだけどな」

『おいしくは飲めないよね?』

「無理だなぁ」


 二つのカップをもってリビングに行くと、桜ちゃんがニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「先輩方は何をいちゃついていたんですか?」

「普通に雑談してただけだな」

「なんだか桜の話題が出ていたようですが」

「あぁ。昔、桜ちゃんが喫茶店で、オリジナルブレンドを頼んでいたなって話だ」

「良くある話なので、いつのことかさっぱり何ですが」

「アカペラ収録した日」

「なるほど、了解です。ありましたね」

「で、良くブラックコーヒー飲めるな、って話になった」

「先輩方は飲めませんからね」


 桜ちゃんはからかうように笑ってから、カップの中身を確認して、もの言いたげな目を向けてくる。


「その話題が出ていた割には、桜のブラックじゃないんですね」

「うちでブレンドしようとしたら、他に選択肢がなくてな」

「何混ぜたんですか」

「飲んでからのお楽しみだ。飲めないものは入れてない」

「全部当てたら、今日女装した状態で外に連れて行きますからね」


 おっと、余計なことをしたばかりに、余計な約束をねじ込まれてしまった。

 割と難易度は高めだと思うけれど、どうだろうか。

 恐る恐る桜ちゃんがカップに口をつけるのを横目に見ながら、ココアを飲む。

 飲みなれた、ほっとする味わいに、思わず息を吐いた。


「とりあえず、コーヒーとミルクは確実ですよね」


 俺が和んでいる隣で、桜ちゃんが必死に中身を当てようとしているので、「そうだな」と情報を確定させてやる。


「あといくつ混ぜましたか?」

「教えてもいいけど、間違えたら即失格な」

「それでいいですよ」

「あと2つだ」

「だったらココアとはちみつです」

「残念。ココアと黒蜜」

「なんでこの家、黒蜜とかあるんですか」


 何でと言われても、面白半分に買ってきたからとしか。『あれは衝動買いだったよね』とユメが言う通り、まさに見てほしくなって勢いで買った。

 別に使う予定があったわけでもないので、何かに使えないかとやっていたけれど、せいぜい食パンにぬって焼くとか。

 ホットケーキにかけてもおいしかった。


「それで、今日はハロウィンの確認に来たんだよな?」

「そうです。さすがに当日ぶっつけ本番でメイクして、中途半端になってしまったら、それはそれで面白いかもしれませんが、臨むところではないですからね」

「本音は抑えてくれ」

「まあ、さっそくやってみますね」


 俺の言葉を無視して、桜ちゃんが自分の荷物を広げる。

 中身はウィッグとメイク道具。ウィッグは長いものから、短いものまで3種類。

 無駄に桜ちゃんの本気度が見える。


「とりあえず、ウィッグ被ってみてください。

 やり方はわかりますか?」

「いや。ただ頭にのせるものじゃなさそうだな」

「まあ、難しくはないので、このネットをまずつけてください」


 付属のネット――ウィッグネット――を渡されて、それで髪をすべて覆いこむように被る。

 そしたら、桜ちゃんがウィッグを載せるので、任せることにした。


「結局は端から見て、違和感がなければいいんです」

「で、今の状態は違和感がないのか?」

「違和感しかないですよ? 遊馬先輩の髪が長いんですから」

『ちょっと見て見たいかも』

「鏡で見てきて良いか?」

「良いですよ。桜は準備しておきますから」


 了承を得たので、頭に物理的な違和感を覚えつつ、寝室に入る。

 いつだったか、姿見もないのかと妹に怒られたので、買ったもの。

 俺の時はともかく、ユメの時にはファッションに気を使うので、姿見があるとだいぶ便利にはなった。

 その姿身を覗いてみると、確かに違和感しかない。


 ウィッグがきちんとつけられていないとか、そういう意味ではなくて、長い髪――と言っても俺にしては――であることに対してだ。

 なんだかちょっと冷静になれる。


『何というか、変な感じだね』

「俺が髪を伸ばしたことはないからな。

 ユメはもっと髪長いだろ?」

『それはね。綺歩ほどじゃないけど』


 ユメの望みも叶えたので、桜ちゃんのところに戻ると、ここに座ってくださいとばかりに椅子が用意されていた。


「先輩どうぞ」

「準備してくれて悪いが、たぶん自分でメイクできるぞ?」

「それはそうでしょうけど、女性が普段やるメイクと、男性が女装するときのメイクってやり方違うんですよ?」

「それは聞いたことあるな。でも、桜ちゃんはやり方知っているのか?」

「もちろんです。いつか遊馬先輩に女装させようと思って、しっかり調べましたし、すでに実験も終了済みです」


 何だか胸を張って桜ちゃんは宣言するけれど、気になる点がいくつもある。

 それなのに、桜ちゃんはメイクを始めてしまうので、話せそうなタイミングを見計らって、尋ねることにした。


「今回の言い出しっぺは桜ちゃんじゃないんだよな?」

「舞さんですよ。それは間違いありません。ポロッとこぼした言葉を、桜が強引に成立させましたが、言い出しっぺは舞さんです」

「あー、はい」


 なんだかもの言わせぬ感じだったので、納得しておく。

 ここまで来たが、納得しようがしまいが、やることは変わらないので、駄々をこねても仕方はない。


「あと、すでに実験済みって言うのは?」

「桜の後輩には女装して歌ったり、女装せずに歌ったりする子がいますから。

 先輩もあったことありますよね」

「なるほど。それじゃあ、任せて大丈夫ってわけだ」

「大船に乗ったつもりでじっとしていてください」


 大船でじっとしてることはないと思うけれど、桜ちゃんが自信をもって言うのだから、安心していいだろう。

 いろいろと仕掛けてくる桜ちゃんだけれど、自信もって出来るといったことは、しっかりやり遂げる子には違いないから。

気が付いたら、もう1話くらい必要になりました。

あと、遊馬がいやいや女装することを期待した人がいたらごめんなさい。

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