エイプリルフールSS だったもの
4月1日に、ふと思って書き始めたものの、他にもやることがあり、書き終わらなかったものです。
こんな感じで、適当にSSを書くのも、面白いかもしれませんね。
4月1日。エイプリフールの昼下がり、桜ちゃんに呼び出されたので、下宿の最寄り駅にある喫茶店までやってきた。
嫌な予感しかしないけれど、天気は良いし、気分転換にはなったので良いだろう。
大手チェーン店の喫茶店の人入りはそこそこで、注文をした後、テーブル席に腰掛ける。
『なんだか、久しぶりのお出かけって感じだね』
「ついつい、学校と家の往復になるからな。あとは、バンド関係で移動はしてたけど」
『全部お出かけって感じじゃないからね』
「今度、どこかにふらっと出かけてみるか?」
『旅行とか行ってみる? お金だけは結構あるから、いろんなところに行けるよ』
「1人で行っても、2人旅っていうのは、割と便利だよな。
問題は観光地で1人ぶつぶつ話している不審者になることだが」
『旅の恥は搔き捨てっていうし、何だったらわたしが表に出ていようか?』
「それはそれで、大変だと思うけどな」
頬杖を突く要領で口を隠して、ユメと雑談をしながら時間をつぶしていたら、呼び出した桜ちゃんがやってきたのが見えた。
手を振って合図をすると、桜ちゃんはなぜかしたり顔で近づいてくる。
「ちゃんと来てくれてよかったです」
「エイプリルフールだから、嘘でしたっていわれるの覚悟だったから、こっちのほうが『よかった』なんだけどな」
「日ごろの行いって大事ですね」
「そんなことで胸を張られてもな」
『桜ちゃんらしい気もするけどね。そういえば、桜ちゃんってこの辺りの大学に入学するんだっけ?』
「確かに、なんで桜ちゃんは、こっちの大学にしたんだ?」
こちらの急な問いかけに、桜ちゃんは「ユメ先輩ですか?」と一拍おいてから、「深い理由はないんですけどね」と、飲み物で唇を湿らせる。
「単純に舞さんのところに少しでも近づいたほうが、仕事上楽だからですよ。毎回、何時間もかけて行くのは大変ですし」
「結局、去年は何回か、ラジオに遊びに行ったな。なんだかんだで、桜ちゃんとユメのペアが多かったし、桜ちゃん単独のこともしばしばって感じだったし。
でも、それならいっそ、向こうまで行ってしまったほうが、楽だったんじゃないか?」
俺が住んでいるところは、大体地元と首都の真ん中ほどになる。
移動が楽になるのは確かだけれど、頻繁に行ける距離だというわけでもない。
頭の中でユメが『そうだよね』と、俺に同意する声が聞こえてきたけど、桜ちゃんはやれやれといった感じで首を振った。
「1人で行ってしまっても、面白くないじゃないですか。
確かに舞さんや翠さん、希さんあたりとは、仲良くさせてもらってますけど、それぞれ仕事がありますから、頻繁に会えるわけではないですし。その点、遊馬先輩なら、予定は大体同じですからね」
「まあ、ユメもいるしな」
「です。つつみんは地元で、綺歩先輩も一誠先輩もいますから心配ないですし。
1年あったので、遊馬先輩が言っていた、周りのサポートなしでユメ先輩とのどうこうを何とかっていうのも、大丈夫ですよね」
「ほとんど情報がないけど、確かに俺たちの都合としては大丈夫だろうな。特に1年間問題もなかったし」
「まあ、こうやって気を抜いたときに何かありがちですけどね」
ニヤリと笑う桜ちゃんに、ため息で返す。そんな風に言われてしまうと、本当に何かありそうで、だけれど何を気を付けて良いのやらわからなくて、もやもやしてしまう。
気分を入れ替えるために、手元のカップの中身を飲み干して、本題に入ることにした。
「それで、今日の目的は?」
「エイプリルフール企画で、適当に雑談してきてほしいって言われたので、雑談しに来ました」
「雑だな」『雑だね』
「正確には、またラジオに呼ばれて、内容的にエイプリルフールに何しましたか? みたいな感じになるので、話すネタ作りに来たんですよ。
遊馬先輩のところに来たのは、とあるアイドルと声優に頼まれたからです」
「もう、半レギュラーだな」
「お仕事もらえるのは、うれしいことです。それに、いろいろ緩いですから、気も楽ですしね」
俺が出演したことはないけれど、確かに緩い。
下手をすると、こういった雑談の場を、そのままラジオにしているんじゃないかと思うくらい。
ユメも何回か呼ばれたけど、緊張していたのは初回だけだった。
『でも、そういうことなら、ちょっとはエイプリルフールらしい話をしたほうが良いのかな?
エイプリルフールといえば、ラジオ乗っ取ったよね』
「確かに乗っ取ってたな」
「一昨年の話ですよね。確かにそんなこともしましたね」
「桜ちゃんが発案だっただろ」
「なかなか楽しかったですね。去年も乗っ取ったら、定番化しそうでしたけど、先輩たちの都合が着きませんでしたし」
「入学の準備が……って言っても、今年桜ちゃんは行くんだよな」
目の前の後輩がやることを、去年の俺ができなかったのは、少し悔しい。
とは言え、桜ちゃんとは、頭の出来が違うから仕方がないか。
「せっかくですし、一昨年の話でもします?」
「結局アレって、ミドリムラジオの歌って、タイトルなのか?」
「ミドリムラジオの歌ですよ。あの曲、ごくごく一部で流行ったらしいです」
「それは、流行ったとは言わないと思うんだ」
「力作でしたから、ベストセラーも狙えたと思うんですよ」
堂々とした桜ちゃんの発言に、ユメの苦笑が聞こえてくる。
「crazy painterは、今でもエンディングで使われているよな。
2年前の曲って考えると、かなり息が長くないか?」
「年に1回は、なぜかミドリムラジオの歌がエンディングで流れていますけどね。
桜も詳しくは知りませんけど、ラジオってそういうものみたいです。テレビでも、長寿番組のオープニングが何十年も同じってことありますし」
「ああ、そういう感じで使われているのか」
『2年前の曲だと、もう話題にも上がらない曲もあるし、今でもふとした時に聞けるっていうのは、うれしいよね』
「2年前の曲っていうか、数回しか歌っていない曲って、結構あるよな」
「先輩の卒業式の時しか、歌わなかった曲もありましたからね」
「盛大にフラれたやつな」
たまにこうやって、軽い感じで話題に出すと、ユメは今でも思うところがあるのか『だってぇ』と拗ねたように話す。
俺としては、付き合えないことは残念に思っているけれど、今のままの関係でも十分に満足している。
ユメとしても、単純に過去を蒸し返されて、恥ずかしいという程度だろうけど。
『桜ちゃんだって、「二兎追うもの」歌わせてくれないじゃない』と、ぶつぶつ聞こえてきたのがおかしくて、そのまま桜ちゃんに伝えた。桜ちゃんは、なぜか勝ち誇ったように胸を張る。
「二兎に関しては、既に後輩に教えちゃいましたから、それなりに世に出ていますよ。
せいぜい高校の中だけですけど」
「世の中狭いな」
「狭いですよ。じゃないと、桜と先輩は、こうやって喫茶店でお茶していません」
「それもそうだ。ところで、どういう経緯で桜ちゃんがゲストに呼ばれたんだ? ユメには話来てないよな」
ふと気になったので尋ねてみる。
別にいつも、桜ちゃんとユメが一緒に呼ばれるわけではないが、話題に出たようにエイプリルフールは、ユメが大きくかかわった日だ。
話くらいは聞いてもよさそうなものだが、舞からも何も聞いていない。
「昨日メールで『遊びに来ない?』って連絡がきたんですよ。
たぶん、急だったんで、ユメ先輩へのオファーは気が引けたんじゃないですか? 収録明後日ですし」
「むしろ、桜ちゃんは良くそれで受けたな」
「向こうも呼んでみただけっぽくて、驚いていました。
エイプリルフールネタとして、嘘っぽい本当のことをしたかったみたいです」
『なんかもう、言葉が出てこないね』
いつの間にか復活していたユメに、心の中で同意する。
「でも、最近暇だし、一緒に良ければユメも楽しめたと思うんだけどな」
「じゃあ、一緒に行きますか?」
「邪魔になるだろ」
「いや、普通に歓迎されると思いますよ。いっそのこと、また乗っ取りましょうか」
「そんな軽いノリでいわれても困るんだが」
『まるで、ちょっと散歩に行こうか、みたいな感じだよね』
「ノリは軽くても、実行するのは大変ですよ。
ってことで、場所を移して企画書を書いて、明日のうちに送ってしまいましょう。先輩も手伝ってください」
「桜ちゃんがそれでいいなら、良いんだが……場所を移すって、どこか目星はあるのか?」
「先輩の部屋です。というか、今日は泊っていきますからね」
桜ちゃんの急な発言に、目を白黒させる。
いかに桜ちゃんと言えど、それはさすがに警戒心がなさすぎではなかろうか。ユメと入れ替わっていれば、問題はないように思うけれど、寝ている間に元に戻るし。
『お泊りの話は、前にも出たけど、難しいよね。何というかこう、わたしたちの性質的に』
「だよな。桜ちゃんの中で、俺たちの性別ってどうなっているんだろうな」
「遊馬先輩は、遊馬先輩でカテゴライズするしかないですよ。ですから、これが一誠先輩だったら、泊めてとは言いません。
それに、せっかく大学生になりましたし、先輩たちと旅行とか行きたいじゃないですか。
その時に、遊馬先輩たちだけ別室というのも変な感じですし、その予行練習も兼ねてですよ」
「確かに旅行は行きたいって、さっきユメと話してたけどな」
「結局、遊馬先輩が何もしないって信じていますから。だから、先輩の家に行きましょう」
嬉々として席を立つ桜ちゃんの顔には、俺の家に行くのが楽しみでたまらないと書いてある。
知り合いがどんな家に住んでいるのか、気になるのはわかるけれど、そこまで前面に押し出されると困ってしまう。
小声で「どうする?」と尋ねると、『諦めるしかないんじゃないかな』と返ってきた。
ユメがそう言うってことは、俺としての結論も変わらないのだろう。
「先輩おいていきますよ」と案内される側にあるまじきこと後輩が言うので、わざとらしくため息をついてから、小さな背中を追いかけた。