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大学生編その2 わたしのあこがれの人は変態!?

1000ptを記念して遊馬が大学2年生になった時の入学式前後の話を、別視点で描いた嘘予告になります。

だいぶ書き方を変えたというか、ラノベっぽくならないかなと模索した感じになっているかと思いますが、よろしくお願いします。

 新幹線。揺れが小さくて、窓の向こうの景色は目まぐるしく変わっていく。

 トンネルに入ると、真っ黒に染まった窓に、イヤホンをつけて頬杖をついているわたしの姿が映る。

 電車での移動はガタンゴトンと揺れるのが、情緒があって好きなのだけれど、新幹線は快適すぎるのが玉に瑕だ。


 だけれど、今はイヤホンから流れてくる歌のおかげで、今日という日を特別に感じることができる。

 ななゆめの最新曲『片道切符』。ななゆめは、わたしとほぼ同年代の人たちのグループで、おそらく同世代で知らない人はいないのではないだろうか。

 何を隠そうわたしもななゆめの大ファンで、彼女たちの情報が流れてくるラジオを聞く中で、同じく同世代のアイドルのドリムの大ファンでもある。


 閑話休題。


『片道切符』は、簡単に言ってしまえば、初めて一人暮らしをする女の子の気持ちを歌ったもの。

 残してきた家族はもちろん、ほのかに思っていた同級生と別れを告げて、いつもよりも少ない金額の切符で改札をくぐる。

 寂しさや新生活への不安と、そこから前向きになろうとする女の子が、健気で可愛いのだ。

 まさに大学生になり、一人暮らしをするために新幹線に乗っているわたしに、ピッタリの曲。

 まあ、わたしはボーカルのユメさんほど可愛くないけど……って余計なお世話だ。


 もう何度も聴いた曲だけど、まだまだ聴ける。一生聴ける。ななゆめの曲はそんなものがたくさんある。

 そう、わたしの一番好きな曲は、常に数を増していくのだ。同率1位が多数あるゆとり仕様。それで何が悪い。




 片道切符をリピートすること数十回。新幹線が目的地に停まり、わたしは新天地へと足を踏み入れた。

 すでに受験や手続きなどで何度か訪れているから、右も左もわからないなんてことはないし、感慨にふけろうと足を止めると邪魔になるので、流れに飲まれるままに進んでいくのだけれど。

 ただ、地元よりも広く人が多い駅には、何度来ても慣れない。はっきり言って迷子になる。

 だから、定期的に流れから抜け出し、スマホを取り出してわたしが行くべき改札を確認する。


 受験の時に初めて来たときには、流されるままに改札を出てしまって、迷子になって泣きかけた。泣いてない。決して。

 小柄なせいで、中学生に見られて、駅員さんに優しくされて助かったなんて、全然思ってない。でも、嬉しかったのは確か。

 人の厚意はきちんと受け取らないとね。


 片道切符では、駅を出たら新しい家に向かうのだけれど、わたしが向かうのは不動産屋さん。

 新居のカギをもらって、ようやく私の家に向かうことができるのだ。

 でも、その前に『憧子、着いた?』と短いメールを送ってきたお母さんに、『着いたよ』と返信でもしておこう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 疲れた。何というか、精根尽き果てるとはこういうことなんだって、今ならわかる。

 ガスや電気を通すために、電話をするのはもちろん、部屋に置かれた段ボールをすべて開けて、部屋としての体裁を整えるころには外は真っ暗。

 近くのスーパーで、出来合いのお弁当を買ってきて食べたはいいものの、今はもうベッドの上から一歩も動ける気がしない。

 実家の温かい食事とか、住み慣れた部屋とか、思い出して寂しくなるなんてことがないのは、疲れのせいなのか、わたしが図太いだけなのか。


 んー、後者だと思うけど、前者だと思いたい。

 このまま寝てしまうのは簡単だけれど、さすがに女子として、乙女として、せめてシャワーくらいは浴びたい。

 設備がなくて使えないわけではないのだから。

 けだるい体に鞭打って、シャワーを浴びたけれど、やっぱり浴槽にお湯を貼ればよかったと少し後悔した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんなこんなで、ビシッとスーツを着込んで、入学式。体育館のような場所に、何百というパイプ椅子が規則的に並べられて、学部ごとに固まって座っている。

 わたしはスーツだけど、女子だと結構着物の子も多い。んー、やっぱりわたし、女子力足りないかなー。


 引っ越してから、入学式まで数日あったけれど、特に寂しさに押しつぶされそうになることもなければ、素敵な出会いがあるわけでもなかった。

 数日間は、新しい部屋にそわそわして、「あ、これって寂しさを感じているのかも」とも思ったのだけれど、それがただただ退屈だったと気が付いた後は虚しさが心を覆った。


 ずっと家にいたわけではなくて、途中で説明会もあったから学校には行ったけれど、迷子にならないようにスマホと睨めっこしていただけだし、説明会自体も、周りは知らない人ばかりで「皆楽しそうだなー」と傍観者を気取っていた。

 でも、説明会の中でサークルを紹介している冊子をもらったので、だいぶ暇つぶしにはなったかな。


 ラクロスとか見たことないし、旅行サークルとかもあって、お金どうしているんだろうとか、他人事ながら心配になった。

 これでも、ななゆめ・ドリムの大ファンなので、軽音サークルも見てみたけれど、大きいところはのんびり楽しむのがメインのサークルみたい。

 音楽はするより聴きたい派としては、本格的に活動しているところの裏方を所望したいので、パスかな。


 別に、本格的にやっているところだったら、ななゆめやドリムさんに会えるかもなんて、これっぽっちも思ってないよ。本当に。

 せめて、一緒にライブに行ってくれる人くらいいないかな、とか、期待してない。してない。


 ドリムさんといえば、今『ドリム』名義で活動しているのは、2代目に当たる。

 ネットでは情報が入り混じっていたけれど、公式情報だけ集めると、男性だった初代ドリムさんが、声変りを期に活動をやめた後、正式に今のドリムさんに代替わりしたんだって。

 声変りをした後の初代ドリムさんが歌ったのは、ネットの動画上で1回限り。今はその動画も役目を終えたからって消されたので、もう聴くことはできない。

 当然わたしは聴き込んだけど、できれば実際に会ってみたいな。なんで音楽活動辞めちゃったんだろう。


 そんなわけで、サークル紹介は暇つぶしにはなったけれど、今のところここに入りたいってところはない。

 せっかくだから、どこかには入ってみたいんだけど、それはこの退屈な入学式が終わってからになるだろう。

 んー、学部の説明はすでに終わっているから、講義が始まって困ることもないし、別に配布物とかもないらしいし、何のためにこの入学式ってあるのかな。




 入学式は午前中に始まったから、正午までには終わったのだけれど、それでも拘束時間は数時間。その間に、サークル見学をしていたほうが、何十倍も有意義だったと思う。

 まあ、大学に限ったことではないと思うんだけど。


「終わった、終わった」と出口に差し掛かったところで、妙な熱気を感じて立ち止まる。

 ガラス張りの重厚な扉の向こうに、男女入り乱れた集団がまるで通路を作るように並んでいた。

 これが、噂に聞くサークル勧誘か。勇気ある者が扉をくぐると、その手にどんどんチラシが増えていく。一枚もらったが最後、通路を抜けるころには、両手いっぱいのチラシを抱え込むことになりそうだ。


 だからといって、チラシをもらわずに通り抜けられる自信はない。

 そういうわけで、両手いっぱいにチラシを抱えたわたしは、とりあえずいったん家に帰ることにした。

 すでに、サークルの新入生歓迎期間は始まっているらしいから、チラシを置いて、私服に着替えて、サークル棟とやらに行ってみよう。




 サークル棟はその名の通り、サークルが使う部屋が集まったところで、講義が行われる学部棟や一般教育棟から、少し離れたところにある。

 大学の入り口には地図もある。

 それなのに、どうして目的地につかないのだろう。仕方がないから、学食に面した学生が集まっている広場で、簡素なベンチに座って様子を見る。


 スーツを着ている人のところには、チラシを持った上級生っぽい人が押し掛けるのだけど、わたしのところに来ない。わたしも新入生なんだけど。私服だからだめなのか。

 スーツを着ている新入生の反応は、戸惑っていたり、楽しそうにしていたり。中には、先輩と一緒にどこかに向かっている人もいる。


 間違いなく、サークル棟につれて行かれているのだろう。

 と、言うことは、着いていけば目的地に到達できるに違いない。

 行こうかどうしようかと迷った挙句、行くことに決めたらしい女の子2人組が連れていかれるのを見計らって、無関係を装い、レッツ尾行!


 ひと気が少なくなってきたので、バレないように建物に張り付きながら着いていくと、全く見つかる様子がない。

 もしかして、わたしって尾行の才能があるのでは? と思ったところで、「あ、あの」と後ろから控えめに声をかけられた。


「わっ」と、驚いて背筋がピンと伸びきった後、恐る恐る振り替える。

 まず見えたのは、大きなお山。シャツの白とスーツの黒がはっきりしている。見上げるように顔をあげると、困ったような顔をした、優しそうな子が私を見ていた。


「どうしたのかな? 迷子?」


 彼女はスーツを着ているから、新入生で間違いないだろう。留年を考えれば、年上の可能性は否定できないけど、状況は彼女も同じはず。

 だから、言葉遣いが砕けていても、特に問題ないし、気にもしない。


 しかし、しかしなのだ。わたしは今、私服。2年生以上に見えているはずではないだろうか。

 まあ、迷子で間違いないし、地図を読める人かもしれないので、普通に返答してみよう。


「サークルの見学にいきたいんだけど、サークル棟の場所わかる?」

「え? 見学?」


 彼女は目を丸くして、数秒沈黙した後、何かを察したように「あっ」と声を上げた。

 でも、最初の「え?」でわかっちゃったよ。妙に話し方が砕けているな、と思った理由。ついでに、なんでわたしに話しかけてくる人がいなかったのか。

 目の前の子は気まずそうに、曖昧な笑みを浮べた後で、気を取り直したように手をたたいた。


「サークル棟だったよね。場所知ってるから、一緒に行く?」


 うん。彼女に尋ねて正解だった。これで、当初の目的を達成することができる。

 でも、素直に喜べない。喜ぶ前に、確認しておかないといけないことがあるから。

 視線を真下におろすと、ひざ丈のチェックのスカートに、首元を青のラインで縁取ったVネックのセーター、まだ寒かったから羽織った茶色のコート姿のわたしが見える。


 ゆっくりと視線をあげて、懇願するかのような心境で、問いかける。


「入学式だからおしゃれしてきたんだけど……変かな?」

「へ、変じゃないよ。可愛いよ」

「でも、大学生には?」


 露骨に視線を逸らされて、ズーンと体が重くなったのを感じた。

 つまり、わたしは大学生にすら見られていなかったのか。迷い込んだ中高生とか、誰かの妹に見られていたのか。

 なんだか、この場にいるのが恥ずかしくなってきて、帰ろうかなと校外へと目を向ける。


「あの、一人でサークルを見て回るのが不安だから、一緒に行かない?」


 不安そうな声で問われて、少し考える。

 きっと、わたしのことを気にかけてくれているのだろう。このまま家に帰ってしまっても、しばらくは新歓は続くだろうけど、早めに動いておいたほうが良い場合は多い。

 それに、厚意はきちんと受ける主義なのだ。


「それじゃあ、案内お願いするね」

「うん!」

 身長はわたしより高い彼女は、しかし、幼さの見える笑顔でうなずいた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 一緒にサークルを回り始めたのは良いのだけれど、自己紹介をしていないことに、先輩たちとの自己紹介の時に気が付いた。

 わたしの名前は渡林(わたばやし)憧子(あこ)なのだけれど、大学では名前よりもニックネームで呼ぶことが多いらしくて、高校の頃に呼ばれていたアッコとか、トーリンとか呼ばれた。

 一緒に行った子の名前は里見(さとみ)(さと)。さとさととか、さっちゃんと呼ばれることが多かった。


 サークル棟は、白いアパートみたいな建物で、年季が入っているのか灰色にくすんでいる。

 中は、廊下の左右にそれぞれの部屋があるという感じかな。なんとなく、廃病院を彷彿とさせるけど、さすがにそこまで荒れ果ててはいないよ。

 特に新歓時期だから、扉は開け放たれているところが多くて、賑やかとても賑やか。


 わたし達は、ちらっと部屋をのぞいて、雰囲気がよさそうなところに入っては歓迎されるを繰り返していた。

 背が低いわたしは、何度も迷い込んだ中高生に間違えられたけれど、そのたびにお詫びということでお菓子が増えていったので少しうれしい。

 中には面白そうだなと思うサークルもあったけれど、今日は見学ということで、ほどほどでサークル棟から抜け出した。


 そのころには、さっちゃん、アッコで呼び合うくらいには、さっちゃんと仲良くなっていたのだけれど、残念ながらサークルの趣味は違うらしい。


 せっかくだから、同じサークルには入れたらと思ったんだけど、残念。でも、同じ学部だったらしい。


 同じ授業を取ろうと約束して、連絡先を交換してサークル棟の前でさっちゃんと別れた。

 急ぐというさっちゃんを見送って、わたしも帰ろうかなと思ったとき、聞き覚えのある旋律をかすかに感じ取った。

 サークル棟には、いくつも音楽系サークルが入っているので、部屋の中はともかく廊下は煩く、外に出ていてもいくつもの楽器の音が混ざって聞こえてくる。


 でも、聞き間違えるわけがない。初期のななゆめの曲『loved girl』だ。いくつかサークルを見て回ったけれど、こんなに古いななゆめの曲を演奏しているところはなかった。

 最近ではあまりライブでも聴かない曲を演奏しているということは、よほどななゆめが好きなのだろう。

 これは、もしかして、もしかしないだろうか。


 目を閉じて集中して聴いている分には、そんなに下手というわけでもない。

 少なくとも、最大手のサークルよりも、上手なバンドだろう。ただ、今日見て回った中には無かったはずだし、サークル紹介の冊子でもそれらしいサークルは見ていない。

 つまり、新しいメンバーを集めていないサークルなのだろう。でも、ダメもとで行ってみてもいいのではないだろうか。

 早くしなければ、演奏が終わって、場所すらわからなくなってしまう。


 誘われるように再びサークル棟に入って、音を頼りにたどり着いたのは、最上階である4階の一番奥の部屋。少しだけ扉が開いていて、そこから音が漏れている。

 たどり着いたときに、ちょうど演奏が終わったらしく、静かになった。


 扉がわずかに開いているとはいえ、他のサークルでは、全開にして新入生を待ち構えていることを考えると、明らかに歓迎されていない。

 やはり、新メンバーが不要だと考えているところなのだろう。


 1つのバンドだけで作られたサークルなら、下手に新入生が増えても困るだろうしね。

 仮にボーカルをやりたくて、ここの扉を開いたとしたら、すでにいるボーカルの先輩と競合してしまう。


 でも、わたしが志望するのは裏方、荷物運び!


 間違いなく、競合することはないだろう。万が一、億に三、競合したとしても、不和の原因になるようなポジションではない。

 このまま待っていても、歓迎はされないだろうし、明日になったらこの微妙な隙間すらなくなっているかもしれないし。

 とりあえず入ってみて、駄目だったら迷い込んだ中高生のフリをしよう。そうしよう。


 内開きの少し重たいドア、思いっきり開けて、ちょうど人がいたらいたたまれないので、二度ノックしてからゆっくり押し開ける。


「あの、見学したいんですけど……」


 今日何度も使い、何度も受け入れられてきた魔法の言葉を唱えながら、部屋の中を確認する。

 おそらく、一人暮らしのわたしの部屋とあまり変わらないくらいの広さで、ドラムセットがおいてあるからかなり狭く感じる。

 人数は4人。ギターが2人で、ドラムとベースが1人ずつ。男2人に女2人。

 なんだか、身長的にとても仲良くできそうな先輩がいるけれど、歓迎されている様子もなく、困ったようにわたしを見ていた。


「新入生? 悪いけど、メンバー募集してないから」

「確かにそうなんだけど、もう少し言い方考えてあげて、心ちゃん」


 同類の先輩は心先輩というらしい。想定内の反応だったから、返事も考えてはいたけれど、世話焼きっぽい先輩が、お世話を焼いてくれそうなので様子を見る。


「えっと、新入生で間違いはないんだよね?」

「はい」

「それじゃあ、入会希望ってことかな?」

「かすかにななゆめの曲が聴こえてきたので、思わず来ちゃいました。

 入会するかどうかはおいておいて、練習見させてもらえないかなと思って。わたしななゆめ大好きなんですよ」

「少なくとも、『loved girl』を知っているくらいだもんな」


 はきはきと尋ねられていることに応えていたら、ドラムの先輩がからかうように話に入ってきた。

 もしかしなくても、いける口なのだろう。

 今の状況を完全にポイっと放り投げて、ななゆめについて語り合いたい気がする。


「せっかく、俺らの曲を聴いてやってきてくれたんだから、見学だけならいいんじゃないか?」

「是非!」


 わたしが即座に食いつくと、心先輩が諦めたようにため息をついた。

 それを見ていた、もう1人の女の先輩が困ったように笑って、「じゃあ、自己紹介でもする?」と提案した。



 先輩はそれぞれ、ドラムが一先輩。ベースが結葉先輩。女性のギターが心先輩で、男性が遊馬先輩というらしい。

 一先輩は、いかにも男子というか、テンションが高い。

 結葉先輩が、まとめ役というか、お世話焼き係で、わたしよりも頭半分くらい大きい。優しい学級委員長みたいなイメージ。

 心先輩は、わたしと身長がほぼ同じ。ツンツンしているけど、怖いわけじゃなくて、結葉先輩と違ってクールな学級委員長タイプ。


 遊馬先輩は何というか、とらえどころが難しい。周りに人がたくさんいると、埋没してしまいそうなくらい、言い方は悪いけれど、冴えない人。一先輩よりも口数は少なく、目立っていないように見えるのに、他の3人からの信頼が厚いようにも感じる。

 服装が中性的なのも、とらえにくさに拍車をかけているのかもしれない。


 部屋の隅、入り口側――つまりわたしの近く――には、バッグがまとめて置かれているので、わたしのバッグも一緒に置かせてもらうことにした。その中に男性用にも、女性用にも使えるデザインのものがあるのだが、おそらく中性的な格好をしている遊馬先輩のものだろう。

 ついでに、わたしのバッグと同じメーカーで、似ている。


 なぜ私が持っているのかといえば、ユメさんがプライベートで好んで使っているって、ラジオで言っていたら。

 遊馬先輩もユメさんが好きに違いない。


 ついでにわたしは、一先輩からは渡林、心先輩からは憧子、結葉先輩と遊馬先輩からは憧子ちゃんと呼ばれるようになった。


「曲何にするか」

「はい!」


 わたしがピンと手を伸ばし挙げると、一先輩が苦笑気味に「じゃあ、渡林」とこちらを向いた。

 loved girlを演奏していたので、大体の曲は弾けると考えていいだろう。最新曲の片道切符は難しいかもしれないけれど、古い曲ならいけそうだ。


「trickが聴きたいです」


 わたしが曲名を挙げると、一先輩がにやりと笑って、スティックでリズムを刻み演奏が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 trickの演奏が終わり、わたしは拍手で先輩方を迎える。

 この部屋に入ったことは、失敗ではなかったと、胸を張って答えられるいい演奏だった。


「やっぱりtrickは良いですね。切なさと明るさのバランスが絶妙です。

 それが、男性ボーカルになると、また印象が変わってくるんですね。知っているはずの曲が、ちょっと変わった感じがして、面白かったです」


 聴かせてもらったので、惜しげもなく感想を伝えると、気をよくしたのか一先輩が「次何にする?」と尋ねてくれた。

『夏たそがれ』とか『日々、道』とか聴きたい曲はたくさんあるけれど、ちょっと先輩たちがどこまで行けるのかを、探ってみたくなって変化球を投げてみる。


 たぶん、演奏できない曲だとしても、気を悪くはしないよね?


「crazy painterいけますか?」

「ななゆめの曲じゃないけど、いいの?」


 今度は心先輩が反応する。先輩の言う通り、crazy painterは、ななゆめの曲ではなくて、ドリムさんがメインパーソナリティーのラジオのテーマソング。

 当然歌っているのはドリムさんともう1人のパーソナリティー。


「初出はななゆめver.ですから」


 心先輩は満足そうにうなずいて、一先輩をにらむように見る。

 すぐに、演奏が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 crazy painterのあとは、ミドリムラジオの歌をリクエストしてみたり、VS Aをリクエストしてみたり。

 曲と曲の間では、わたしが感想を言って、先輩方が反応してくれて、ちょっとななゆめについて語ってみたりして、満足、満足。


 でも、ここまで来たら、もうちょっと欲を出してもいいかな? ダメかな?

 んー、駄目で元々。最後に一曲リクエストしてみよう。


 リクエストするのは、『二兎追うもの』。とある大学のゲリラ的に行われたライブで歌われたという、半ば伝説の一曲。

 確かに歌われたという情報はあるのだけれど、ななゆめがそれ以降演奏した実績はない。

 同じくらい伝説とされている曲もあるのだけれど、ななゆめの所属していた高校の卒業式で歌われたもので、タイトルすら知らない。


「できたら、二兎追うものをリクエストしていいですか?」

「二兎まで出てくるとは、ななゆめのファンを自認するだけのことはある。でもな……」


 一先輩がわたしのリクエストに感心したように目を見開いた後で、遊馬先輩に視線を向けた。

 遊馬先輩は、我関せずといった感じで、こちらの会話に興味を持っていなかったらしい。声をかけられて、はっとしたように一先輩を見てから、面倒くさそうに三白眼でにらんだ。


「こちらに話を振られても困るんだが」

「はぁ……まあ、そうだろうな。というわけで、残念ながら俺達には演奏できない。ごめんな」

「い、いえ。さすがに二兎追うものは、駄目で元々のつもりでしたから」


 残念といえば残念だけど、それ自体はそんなに気にしていない。

 それよりも、先輩方の会話がどこか引っかかることに、意識が持っていかれていた。

 と、言うか遊馬先輩の存在が、妙に気になる。


 わたしが黙ってしまったことで、先輩方に気を使わせてしまったのか、皆困った顔をしてしまっている。

 その中で、代表するかのように結葉先輩が、遊馬先輩に話しかけた。


「遊馬君。例のテスト、今からここでやっちゃダメかな?」

「駄目……とは、言えないが」

「フォローは私達がするから。良いよね?」


 遊馬先輩との話を切り上げて、結葉先輩は一先輩と心先輩に確認を取るように尋ねる。

 二人の先輩は、真面目な顔をしてアイコンタクトを取ると、神妙にうなずいた。

 なんだか、わたしの思わぬ方向へと話が進んでいるけど、悪くない気もするのでじっと話がつくのを待つことにした。


「じゃあ、これが最後の曲。曲は『loved girl』で良いかな?」

「是非聴かせてください!」


 結葉先輩の言葉に、わたしは大きく頷く。

 loved girlは、かすかにしか聴こえなかったとはいえ、先輩たちはすでに一度演奏したものだから遠慮していたのだ。

 だから、願ったり叶ったりである。


 それから、先輩達は演奏の準備をするのだけれど、今までと違う部分が1つある。

 そう、遊馬先輩が三人の前に立っているのだ。その手には楽器がない。

 ギターだと思っていたのだけれど、本職はボーカルなのだろうか。


 わたしが首をかしげている間に、先輩方の準備が整ったのか、一先輩がスティックで拍を取って演奏が始まった。


 前奏での感想は、やっぱり上手だなってことくらい。

 演奏もできないわたしが、どれくらい上手と評価するのは躊躇われるけど、ネットでよく見かける素人の演奏動画と比べても、上位に入ると思う。

 素人といっても、中にはプロやセミプロのような立ち位置になった人もいるし、決して蔑ろにできるレベルではない。


 でも、歌が始まってから、そういった感想はすべてどこかに行ってしまった。

 遊馬先輩の歌は、頭1つ、2つ抜けている。


 というか、ヤバい。たぶん、わたしこの人の歌聴くの、はじめてじゃない。

 どこで聴いたかなんて、ネット上でしかありえない。

 そもそも、男性ボーカルでだれが歌っているのか、判断できるほど聴いたことがあるのは1人だけだ。

 だけど、「まさか」という言葉が頭をぐるぐるめぐっている。それくらい、あり得ないのだ。


 わたしが混乱していても演奏は続き、聴けば聴くほど、確信に変わっていく。

 たった数分。1曲だけなので。すぐに終わってしまったけれど、もう間違いはないだろう。

 遊馬先輩が、初代ドリムだ。これで違ったら、笑われても後悔しない。


 余韻を残すように後を引いていた音がすべてなくなり、遊馬先輩がため息をつくように目を閉じてから、わたしを見る。それから、「どうするんだ」と言わんばかりに他の先輩のほうを向いた。

 それで気が付いたのだけれど、もしかして、ずっと遊馬先輩を見つめていたらしい。


 で、今の先輩の反応から察するに、わたしが気が付いたことには、気が付かれたのだろう。

 今思えば、演奏前の妙なやり取りも、わたしの推論を決定づける要因だったのかもしれないね。


 とりあえず、先輩達にも事情はあるのだろうけど、わたしもわたしで、言わないといけないことができた。

 何事も、先制攻撃をしたほうが有利なので、先輩方に先んじる。


「今の演奏を聴いて決めました。わたしをこのサークルに入れてください」

「あー……やっぱり、遊馬が元ななゆめだって、気づいたんだな」


 諦めたように話す一先輩に「もちろんです」と答えた後で、先輩の言葉がおかしなことに気が付いた。

 遊馬先輩は初代ドリムではないのだろうか。

 先輩の言葉を、わたしの確信を結び付けるとしたら、遊馬先輩は初代ドリムであり、元ななゆめということになる。


 ななゆめが、ななゆめというバンド名になる前、男性ボーカルがいたという話は、度々耳にする。

 だから、遊馬先輩=初代ドリム=元ななゆめ、というのは矛盾しない。

 言われてみれば、ななゆめに入ることができる同年代の男性といえば、初代ドリムしかいないと思う。むしろ、それ以外ありえない。


 うん。これは、大変なことだよ。何がって、遊馬先輩の存在が。


 ななゆめはもちろん、ドリムさんにもコネはあるだろうし、ラジオの情報が正しければ、有名声優さんともつながりがある。

 これはもう、一般人とは言えない。


 結論として、わたしはわたしのために、何としてもこのサークルに入らないといけないらしい。


 改めてリーダーっぽい一先輩と相対する。先んじたおかげか、わたしの視線に先輩がひるんだ様子を見せる。


「悪いけど、俺たちに新入生を指導している余裕はないんだ。

 さっきの演奏で分かったと思うけど、俺たちはまだまだ遊馬の歌に合わせられるレベルにもなってないからな」

「大丈夫ですよ。わたし荷物運び志望ですから」


 胸を張って応えると、一先輩が困った顔で、他の先輩に目を向けた。

 断るための口実を探しているのだと思うのだけれど、積極的に雑用に回る人間を断りきる方法はないだろう。考えられる断り文句としては、会費に関するところだろうか。


「荷物運びしかしないのに、会費払うのは嫌だろ?」

「全然。むしろ、大歓迎です。このサークルにはそれだけの価値がありますから」


 予想通りの問いかけに、わたしは緊張することなく答える。

 この問答に関しては、先輩が開き直らない限り、サークル内に荷物運び専門がいない時点でわたしの勝ちなのだ。

 サークルの、というか遊馬先輩の価値をよく理解しているのか、一先輩がばつが悪そうな顔で黙ってしまった。


「いいんじゃない。綾川、いつも荷物運びが欲しいって言ってたたし」

「遊馬君のフォローをするのも、一緒にいてくれたほうが、都合がいいよね」


 心先輩と結葉先輩の後押しもあって、一先輩が「わかった」と頷いた。

 ひとまず話がまとまったところで、いくつか確認事項があるとのことで、「じゃあ、これからよろしくね。またね」とはならなかった。


 確認事項というのは、わたしの荷物運びとしての能力と、サークル活動の詳しいやり方について。

 あとは、遊馬先輩に関してだ。


 わたしは小さいし、女性ということで、心配されがちだが荷物運びは得意なのだ。


 荷物運びに力は大切だけど、それ以上に重心とか、力の使い方のほうが大切。

 大きすぎるものは持てないけど、大体の機材を持って動けることを知ってもらい、難なく合格をもらった。

 サークル活動は、基本的に自由参加。来たいときに来て練習をしているらしい。

 それこそ、わたしは機材の移動があるようなイベントがない限りは、好きにしてくれていいといわれた。

 いつになるかは、事前に連絡されるので、その時にしっかり予定を開けておくのが仕事になる。


 まあ、できるだけ来るつもりなんだけどね。


 で、最も大切なのが、遊馬先輩について。まず、遊馬先輩は元ななゆめではなくて、正確にはななゆめの裏方。だから、基本的にななゆめの活動を優先して、不定期に練習に顔を出すみたい。

 ななゆめに会えるかもしれないという期待値が上がると同時に、それはそうだろうと頷いて話を聞いた。


 それから、遊馬先輩については、他言無用。これも当然といえる。仮にサークルに入れなかったとしても、初代ドリムである遊馬先輩に迷惑をかけるつもりはないから、他言するつもりもなかった。


 こうして、わたしの大学生活は、あり得ないほどスムーズに、あり得ないほどベストな形で始まったのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 わたしがサークルに入って数週間。

 先輩たちはわたしのリクエストに応えてくれるし、荷物運びの仕事も、練習の準備などであるのでとても充実した毎日を過ごしていた。


 そんな今日は、いつも使っている部屋よりも大きなホールを借りられたということで、そちらで練習をすることになっている。

 先輩たちはすでに楽器をもって移っていて、わたしは細々とした荷物を移動させるために、サークル部屋に一人やってきた。


 とは言え、少し汗をかいてきたので、バッグに入ったタオルを取ろうと思った。

 思ったのだけど、そこでわたしはミスしてしまった。

 そのミスの理由はいくつか思いつく。単純に疲れていて、判断能力が低下していたからとか、似たようなバッグが存在していたからとか。


 とにかくわたしは、何も考えないままに近くにあった、バッグに手を突っ込んでハンドタオルが入った小袋を取り出したつもりだった。

 判断力があれば、その袋がいつもわたしが使っていたものと違うことに気が付いただろう。

 だけれど、それに気が付かなかったわたしは、ためらいなく中のモノを取り出してしまった。


 せめてどこかで気が付けば、これからわたしが大いに思い悩む必要はなかったはずなのだけど、すべては運命のいたずらか、単純にわたしが抜けていただけなのか。

 中にはパステルイエローの、小さい布が入っていた。少なくとも、ハンドタオルの生地ではなくて、こういった生地のモノをわたしは知っている。というか、履いている。


 そう、わたしの手には可愛いショーツが握られているのだ。

 思考回路がショートしたのち、ぐるぐると回転を始める。

 まずこれが、わたしのモノではないということ。そして、このショーツが入っていたバッグ。


 わたしのものと似たようなものを使っているのは、遊馬先輩だけなのだ。


 もしかして、わたしのあこがれの人は変態!? ……なのかも。 


 わたしの大学生活、とんでもないことに なりそうだ。

前書きにも書きました通り、嘘予告なのでまかり間違えないと続かないかと思います。

この辺りは反響次第ですね。


投稿にあたって、完結設定を解除しました。以降こんな感じで気が向いたときに投稿することを考えて、連載設定のままで放置という形を取らせてもらいます。

どんな時に気が向くのかってのはありますが、遊馬視点での続編とか書く気になったときには、続けて投稿するかもしれませんし、イベントに合わせてSSを書くかもしれません。

予定は未定ということで、暇つぶしにでもしていただければと思います。

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