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大学生編(前)

 次で最後だと言ったな、あれは嘘だ。

 いえ、何と言いますか、思いのほかに長くなっているので先にちょっとだけ投稿しておこうかと思ったので投稿します。

 続きの投稿は金曜日を予定しますが、どうなるかは少しわからないのでご了承ください。

「大学に入学して早数か月。最初のテストも終わり、夏休みに入った。


 俺、綾川あやがわはじめは、その短い間に入学当初に入った軽音サークルを辞めてしまった。


 ななゆめのようなバンドを作る事を目指し本気でバンド活動をしたかった俺とは違い、サークルの方針が緩く楽しくのんびりと、みたいな感じだったから。


 その方針が悪いとは言わないが、唯一の軽音サークルがその体たらくで正直失望したし、俺には合わないと確信したので辞める決意をした。


 幸い、入学してすぐだった事や俺の決意を分かって貰えたらしく、諍いもなく辞める事が出来たが、何よりも幸運だったのは、俺の意志を解するお手伝いが二人……」


「あたし達はお前の手伝いじゃない」


「……あで、何すんだよ、観音寺」


 観音寺かんのんじこころのチョップが俺に飛ぶ。


 細腕から繰り出されたそれは、大して俺にダメージを与える事は無かったが、一度それを口にしたら本当に痛い一撃を貰ってしまったので黙っておく。


 黒髪を一つにまとめ、釣り目気味の目で睨み付けてくる観音寺は、身長百五十数センチで結構小柄。身体の起伏もそれほどでもなく、昔はそれを気にしていたらしいが、ななゆめのボーカルユメさん似たような体型と言う事で最近は満更でもないらしい。


「私達は一緒の目標を目指す『テンレジ』の仲間なんだから、お手伝いって言うのは酷いな」


「冗談だって、と、言うか琴南も分かってそれ言ってるよな」


「一君だって」


 そう言って笑うのが琴南ことなみ結葉ゆいは。身長は観音寺よりもいくらか高く、話を聞いた感じだと百六十はあるらしい。大きすぎない胸に、細すぎないウエスト、いうなれば普通の女の子と言った所か。


 攻撃的な――痛くはないが――観音寺とは違い、温和だがシャキシャキした何というかクラスで人気の優等生タイプ。実際この前のテストではかなりいい成績だったらしい。


 琴南が言った『テンレジ』とは『Temporary residence(仮住まい)』の略で、俺達が新しく作ったサークルの名前である。


 大学で初めて会った観音寺と琴南だが、気が合う仲間としてここ数か月、こうやって近くのファミレスで集まっていると言うわけだ。


「綾川の冗談ついでに一つ聞くが、何ださっきの物語の冒頭みたいな一人語りは」


「何って、物語の冒頭みたいな一人語りだが?」


「綾川、次は本気でやっていいよな」


 観音寺が睨み付けながら俺を見ると、手をグーにして殴る構えを取ってくる。


 それに危機を感じた俺は、慌てて言葉を注ぎ足すことにした。


「冗談だ、冗談。折角夏休みに入ったんだから、一からのスタートって事で気分を入れ替えたかったんだよ」


「この中で休みに入ったの綾川だけだけどな」


「私と心ちゃんは今週末までテストあるよね、あと二教科くらいだけど」


 観音寺と琴南の言葉に「う……」と唸るように返す事しか出来ない。確かにそんな事言っていたっけ。


 俺のテストが終わったから皆終わったものだとばかり感じていたが、大学とは何と奥深いものだろうか。


 結局、テスト期間中に呼び出してしまった、と言う事で頭ぐらい下げようかと思ったが、先に観音寺がため息をついて話し出した。


「まあ、ある程度勉強もしているし、あたしは呼び出されても構わないけど」


「私も」


「むしろ、綾川は今期そんなに授業を取らなくて大丈夫だったのか?」


「何とかなるだろ」


 何とかなると言っていた先輩もいるし。同時に何ともならないと言っていた先輩がいるのも確かなので、正直今のは虚勢でしかないが、終わってしまったものは仕方がない。


「でも、確かに、サークルの方はちょっと気合い入れていかないと、辞めて作った意味無いよね」


「だよな」


「作るだけなら二人でもいいが、部屋を貰うには四人必要というのは盲点だったな。


 流石に綾川もそういうことを危惧して、あたし達を集めたんだろうし」


 つまり俺達は現在無料で使える練習場所がない。集まれる場所もない。


 だからこうやって、ファミレスで屯っているわけだ――学食は人が多すぎて話し合いには向かない。


 観音寺の言う通り、夏休みになり練習を思いっきりできるのに、それが出来ない状況を打破すべく今日は二人を呼んだのだ。


 ついでだが、今日まで練習はお金を出し合いスタジオを借りていた。それにも限界が近づいていた、と言うのがもう一つの理由。俺の財布が悲鳴を上げている。いや、むしろお金が入っていないから、悲鳴は上げないと思うが。


 俺がぺちゃんこの財布を悲壮感漂う視線で見ていると、琴南が口を開いた。


「適当に友達から名前だけ借りるって言うのは出来なくもないけど……」


「却下ね」


「却下だな」


 やる気がない人を名前だけとは言え、サークルに入れるのは認めたくない。


 そうでなければ、最初からサークルを辞めなかったわけだし。琴南もその辺ちゃんと分かっていたらしく「そうだよね」と困った笑顔を浮かべる。


「俺達もななゆめと比べると足元にも及ばないから、ある程度戦力になる人が良いよな」


「正直、教える時間も勿体ないからな」


 観音寺の言葉に俺も同意の意を込めて頷く。実際、この夏休みまで俺達がしたのはサークルを作っただけ。


 ライブハウスでの演奏や、何かのイベントに参加という事は全くしていないし、今のところ予定もない。


 俺達のレベルは上手い高校生レベルと言う所なので、俺達自身のレベルアップも欠かせないが、練習も思うようにはできていない。


「でも、そんな都合が良い人っているのかな? バンドやりたいって人でフリーな人はたぶん、この学校にはいないと思うんだけど……」


 不安そうな琴南の言葉も分からなくもない。俺達が元々いたサークル、それが今まで唯一の軽音楽のサークルだったのだから、殆どはそのサークルに入ったと考えるべきだ。


 だが、俺も何も考えずにこうやって二人を呼んだわけじゃない。


「これが心当たりがある」


「一君、本当に?」


「また冗談とか言ったら……」


 観音寺の威嚇が怖いが、今度はちゃんと冗談ではないので自信を持って声を出す。


「どうやら俺達の大学に、ななゆめの関係者がいるらしい」


「よし、殴る」


「ちょっと待って心ちゃん、その噂なら私も聞いたことあるかも」


 琴南の言葉に観音寺の手が止まる。


 俺の眉間までたぶん一センチと無いのではないだろうか、小さいはずの観音寺の拳が視界のほとんどを奪うほど距離まで近づいていた。


 正直死ぬかと思った俺の口から、思わず安堵の息が洩れる。


「でも結葉、ななゆめのメンバーが何処で何しているのかって大体知ってるでしょ?」


「うん、桜ちゃんと鼓ちゃんは高校生で、稜子さんは大学に行かずに音楽活動」


「御崎さんと志原さんが、此処じゃない地元の大学に進学した」


 この辺は公式発表されているわけではないが、ライブやイベントなどで彼女らが言っていた事を総合するとそんな感じになると言うわけだ。


 だから知っている人は知っているが、知らない人はまるで知らない。


 他の人が分かっているからという心理で見過ごしがちだが、一人全く分からない人物がいるので、問題でも出すように観音寺に問いかけた。


「じゃあ、ユメは?」


「さんをつけろ、この野郎。でも確かにユメさんだけはそう言う話聞かないか……。


 まさか本当にこの大学に?」


「噂の域は出ないんだけどね。でも、人ごみの中一般人とは思えないほど上手な歌が聞こえてきたって話もあるみたいだよ」


 琴南の話を聞いて、観音寺が考えるように黙り込む。それから、うずうずとした様子を隠しているのがまるわかりの状態で口を開いた。


「そ、その話がそうだとして、どうやって探す気?


 公表していないって事は、簡単には姿を見せてくれないと思うし、簡単に分かるんだったらとっくに大騒ぎになっていると思うんだけど」


「そうなんだよね。一君は何かいい案とかあるの?」


「盛大にななゆめを貶す」


 期待の籠った四つの目にそう返すと、痛烈なでこピンが飛んできた。


 最初のチョップなど比較にならない程の痛さに、俺が悶絶していると「馬鹿じゃないの?」と観音寺の怒声が聞こえる。


 痛むでこを抑えながら顔をあげると、琴南も俺を非難するような目で見ていた。


「勘違いしないでほしいが、俺はななゆめの大ファンだ。ななゆめを貶すやつがいたら思いっきりでこピンしてやりたい」


「だからやった。異論は?」


「だが、俺はななゆめのファンだ。ななゆめのメンバーに会えるのであればなんだってする」


「確かに、怒らせたら何かしらアクションをしてくれるかもしれないけど、印象最悪だよ?」


 普段温和な琴南にこんな蔑んだ目をさせるなんて、流石はななゆめ……じゃないか。


「その時には、俺が土下座でも何でもする。ユメさんになら踏まれても良い、むしろ踏まれたい」


「警察の番号は……っと」


 急にスマホを弄り始めた観音寺に「冗談、冗談だから」と許しを請う。


 ため息をついた後、残念なものを見るかのような目で俺を見る観音寺に、ちゃんと俺の考えを伝える事にした。


「俺達には何もかもが足りていないだろ? なりふり構っていられないと思うんだ。


 実際、この夏休みまでの間、何もできていないどころかスタートラインにも立てていない。


 そのスタートラインにすら、この夏休みの間に立てるかわからない。気が付いたら高校生活が終わっていたように、気が付いたら何もできないままに大学生活が終わるとか嫌だろ?」


「それには一理ある……分かった。やろう」


 どうやら、俺の熱意が伝わってくれたらしく観音寺が頷く。


 観音寺が頷いたからか、琴南も了承してくれた。


「でも、一君。どうやって私達の存在をアピールするの?」


「それなら、来週の月曜日から金曜日まで、学食の前の広場で一時間ライブを行う許可を学校から貰ってる」


「……良くもらえたな」


 観音寺が呆れ声に、俺は堂々と胸を張って答えた。


「一年でサークルを作ってみたはいいけれど、新歓などできるわけもなく、人数がどうしても足りないから温情をくれ、と一週間頼み込んだ」


「なりふり構ってないな、本当に」


「もう夏休みに入ると言う事で、しぶしぶ折れてくれたからこうやって二人を呼んだわけだ」


「出来れば、もっと早くに相談してほしかったな」


「まあ、結葉。何だかんだで、ようやく動けるって考えれば」


「うん、そうだね」


 どうやら二人とも納得してくれたらしいので、今日はその後どんなライブにするかを考えて解散ということになった。

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