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Lv132

 一曲目が終わって二度目のMC今度は緊張する事もなく楽しくこなすことが出来た。


 それから先もつつがなくライブが進んでとうとう最後の曲。稜子が鼓ちゃんの為に作った『鼓草』。


「今日道の端に見つけた 小さな小さな鼓草


 君に似ているねなんて 言ってみたけれど」


 こんなにも沢山の人が演奏だけじゃなくて歌にまで耳を傾けてくれている状況。


 そこには一人でカラオケに行っていては知ることなどできなかった感動がある。


「君は頬をふくらませて 「鼓草ってなによ」だって


 「タンポポだよ」と教えると


 君はますます怒って そっぽを向いてしまった」


 “遊馬の歌”はこんなにも受け入れられるのだ。


「桃ではなく 桜ではなく 目立たないかもしれないけれど


 チューリップや 梅のように 人の目には止まらないけれど」


 かつてドリムなんて名前でネットに歌を投稿した理由が分かった。


 わたしはわたしの歌を誰かに聞いてほしかったのだ。


「それでも 道の端 力いっぱい咲くタンポポは


 いつも頑張っている君のようだから」


 だからきっと遊馬も今喜んでくれているのではないだろうか。


 遊馬の歌であるわたしの歌がこんなにも沢山の人に聞いて貰えているのだから。


「やっぱり僕は タンポポを見るたびに君に伝えるだろう


 僕が伝えたいことが伝わるまで」


 遊馬とわたしは同じ“遊馬”なのだから。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ライブの熱気が余韻のように残り続けている中を見に来てくれた人が帰っていく。


 楽しかったライブ、それが終わっての名残惜しい時間のざわめきに混ざって確かに聞こえてくる声があった。


「今まで何であんなボーカル使っているんだと思ったけど、ピッタリの子が見つかったみたいね」


「ユメちゃん……だっけ。前のボーカルの何倍、何百倍も良いよな」


「そもそも前のボーカルって誰だっけ?」


「どうなったんだろう?」「辞めさせられたんだろ」「まあ、正直下手だったしね」


「駄目聞かないで」


 歯に衣着せぬ遊馬への非難に耳を塞ぐ。


 遊馬への非難がそのままわたしへの非難へとなるのは言わずもがなだが、それでも遊馬の方がきっと辛い。


 皆には悪いけど準備室に逃げ込む。


 そこで遊馬に何度か声をかけたけれど全く反応は無く、十五分が経ち遊馬と入れ替わると遊馬は着替えてすぐに廊下へと出てしまった。


『遊馬……?』


 何も言わない遊馬が怖くて、何だか不安でもう一度声をかけてみたけれど、遊馬は何も答えずに足を動かす。


 遊馬が足を止めたのは科学部室前。乱暴にドアを開ける遊馬はいつもの遊馬ではなくて、声をかける事も出来ない。


「物騒だね」


 わたしの動揺とは対照的に、巡先輩は涼しい顔をしている。


「十五分タイマーだったかはまだできていないよ。正確にはワタシが満足するものが完成していない……だが」


「そんなことどうでもいいんです。そんな事よりもどうにかしてくださ」


「どうにか……志原君みたいなことを言うね。あの時はどうしようもなかったが……」


「どうにかなるんですか?」


『遊馬何を?』


 綺歩のような事って? それってもしかして……そう思って声をかけても遊馬は何も言わない。


「君たちをよくよく調べていくうちに、そもそも入れ替わる時に生じる体積の変化をどうしているのかと思って、それを深めていったわけだが」


 回りくどい巡先輩の言葉が何だかわたしの存在を引き延ばしているような気がする。


 だって、今のこの流れまるでわたしを……。


「そういうことは良いので早くしてください」


 しびれを切らした遊馬が声を荒げる。巡先輩はやれやれと言った様子で話し出そうとするのだけれど、嫌だ、聞きたくない。


「今日の君はどうも好戦的だね。では手短に話すと、願望実現マシーンのプロセスを逆に行えば元に戻るのではないか……と言うわけだ」


「元に……?」


「そう、もう一人の君が生まれる前と言うべきかはわからないがそんなところだね」


 元に……それはわたしは消えるって事だろうか。だってどう考えてもわたしの方が枝分かれした方の意識だから。遊馬とわたしの意識が統合されたらきっと残るのは遊馬。


「その試作品はもう出来ていてね。君に渡そうと思っていた所なのだよ」


「それを早く渡して貰えませんか?」


 遊馬、なんで。なんでそんな事を言うの? それ使うとわたし消えちゃうんだよ?


 いや、遊馬はわたしに消えて欲しいんだ。逆の立場だったらわたしだってそう思う。


 だからわたしが消えたくないと思うのは何かの間違い。だってわたしと遊馬は同じだから。


 遊馬の為にわたしが消えても良い……そう思う自分が居るのも事実なんだ。


「ワタシは構わないが、もう一人の君は納得しているのかい?」


「だって俺らは同じなんだから、ユメが否定するはず……」


『遊馬……嫌だよ……』


 でもそう言わずにはいられなかった。


「嫌ってどういう事だよ。俺達は同じなんだろ?」


『そう。でも、怖いの。消える事が……またわたしも遊馬になるだけなのかもしれないけれど、でも、そうなるとわたしはもう綺歩とは話せない、稜子とも一誠とも、桜ちゃんとも鼓ちゃんとも』


 やっぱり消えるのは怖い。消えたらわたしはどうなるのだろう。


 次の瞬間意識がなくなって、何も考えず何も感じず何もできない無の世界にたった一人で行ってしまうんじゃないだろうか。


『誰とも話せなくなっちゃう……遊馬とだってこうやって話せなくなっちゃう。そんなの嫌。だから……消さないで』


 一人ぼっちにしないで、わたしは遊馬の人生を乗っ取りたいわけじゃない。遊馬が望むのであればもう表に出られなくたって構わない。


 だけど、消えるのだけは嫌。


「でも、それじゃあ、俺はどうしたらいいんだよ。わかるだろ? お前は俺なんだから、なあ、ユメ」


『……ごめん、わからないの』


 でも、消えたくないのはわたしの我儘でしかない。遊馬からしたら、急に自分の中に生まれた自分の時間と楽しみを奪っていく邪魔な存在でしかないのだから。


『いや、分かっている。遊馬はね、わたしを消したらいいの』


 そう、だからこう言うしかない。どんなに怖くても、辛くても、不安でも、遊馬は何も悪くない。そんな遊馬がわたしの我儘を聞く道理などないのだから。


 今まで我儘を聞いてくれた遊馬の為に、せめて遊馬が後腐れないように消えるのがわたしの最後の仕事。


「なあ、ユメ……」


『大丈夫だよ、遊馬。ちょっとからかってみたかっただけだから。わたしだってユメは消えた方が良いって思っているよ』


「やっぱり、俺とお前は違うんだよ」


 穴に落とされると思っていたら上から岩が降って来たようなそんな感覚を遊馬の一言はわたしに与えた。


『違う、そんな事ない』


「でも、ライブ終わった後で「聞かないで」って言ったのは俺に対してなんだろ? それだけじゃない、何度も俺を気遣ってくれたよな。俺なら少なくとも自分は気遣わない」


 遊馬の正論が今度はわたしのもろい足場を崩していく。唯一の拠り所を奪っていく。


 空虚になりそうな心の消えそうなものに必死にしがみつく。


『違う、違うの。わたしと遊馬は同じじゃないといけないの』


「どうしてだよ」


『わたしは遊馬じゃなかったらいったい誰になるの?』


 わたしの世界はすべて遊馬を通して出来上がっている。遊馬と言う存在があるからこそ、バンドのメンバーも今のように接してくれているし、わたしの中にある記憶、過去だって全部遊馬のものだ。


 好きなものから考え方、歌だってわたしの歌じゃなくて遊馬の歌。


 そんなわたしから遊馬を取り上げたらわたしには何が残ると言うのだろうか。


 だから、遊馬とのわずかな違いに目を背けて遊馬であると信じ続けてきたのに。直視してしまうとまるで自分が自分じゃなくなってしまうかのように不安だったから。


「ユメはユメだよ」


 それでも遊馬はわたしをユメだと言う。生まれて間もない子供の様に、何も持ち合わせていない、そんな存在だと遊馬は言う。


「お前に遊馬はやれないけれど、ユメは歌はやるから。それで納得してくれないか」


 でも、遊馬はそう言った。自分の一番大切なものと名前をくれると。それで納得できるかと言われたら正直よくわからない。


 でも、先ほどまでと比べて不安は幾分もマシになった。それはたぶんわたしが歌うために生まれてきたから。わたしの中で一番大切なものを遊馬がくれると言ったから。


 それは遊馬にとっても大切なもののはずなのに。


『……遊馬はそれでいいの?』


 今まで我儘を聞いてくれていた遊馬、これからも我儘を言い続けるだろうけれど、遊馬が望むならわたしが遊馬であると言う我儘くらいは我慢しよう。


 わたしを消そうとしていた遊馬がわたしを消さないために、葛藤してそう言ったのだろうから。


「ユメが俺のいけない所に連れて行ってくれるならな」


『うん。分かった』


 遊馬の中でどんな葛藤があったのかはわからないけれど、この約束だけは守り続けよう。


「クックック……」


 急にそんな笑い声が聞こえて来て、遊馬の中で一人驚く。


「いやはや、傍から見ると見事なまでの一人芝居だったよ。まるでもう一人の君の台詞まで分かるようだった」


 巡先輩にそう言われて、恥ずかしくて穴があったら入りたいような心地がする。でも、わたしは今、遊馬の中に隠れているのでそれほどでもないのだけれど。


「そう言うわけで、すみませんがこれは使えないです」


「まあ、構わないさ。貴重なサンプルもとれたし、これから更なるサンプルもとれるだろう。今日はもう帰りたまえ、君らも疲れただろう」


 巡先輩に促されて遊馬が科学部室を後にしたところで、遊馬に声をかけた。


『ねえ遊馬』


「どうしたんだ?」


『これからもよろしくね』


「こちらこそ」


 簡単なこの言葉に込めたわたしの思い。たぶん、遊馬は分からないんだろうなと思うと、少しだけ楽しく思えた。

 これでユメ視点での一章は終了です。

 他にも別視点の話のリクエストはありましたが、別視点の番外編はこれで終了とさせてください。力が尽きました……

 と、言いつつユメ視点一章が終了という事で、番外編的な何かがもう少しあります。恐らく引き続き投稿していきますのでお付き合い頂ければと思います。


 次がどういう話なのかと言うのはその時にでも。


 ひとまずここまでご覧くださりありがとうございました。

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