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Lv129

「そう言えばデパートで食べたら良かったんじゃないの?」


「デパートのレストランって割と高いんですよ? 幸い制服を扱っているお店の近くにファミレスがあるのでそちらに行った方がいろいろ優しいと思ったんです」


「なるほどね」


 そんな稜子と桜ちゃんの話を何となく聞いていると、桜ちゃんがわたしの所にやって来たので真面目に話を聞く事にする。


「そう言えば先輩、お昼ご飯代とか持っているんですか?」


「持っていないよ。最初に桜ちゃんに渡したお金が全部。だから今日は我慢かななんて思っていたんだけど」


 お昼ご飯を食べないと確かに辛い部分はあるけれど、じゃあ食べなかったら何か深刻な問題があるのかと言われたらそんな事もない。


 実際に昼を抜くことは何度もあったので今日も大丈夫だろうと思っていた。


「そうだろうと思ってさっきおつりが出るように選んだんですよ。ワンコイン五百円ですけど、ファミレスなら何か食べられますよね?」


「本当に? それなら良かったんだけど……」


 そんなわけないと思うのだけれど、違うのだろうか。


 勿論、さっきのお店でいくら使ったのかわたしには分からないけれど、五人選んできた中だと一番金額が大きいのが桜ちゃんのような気がする。それなのにおつりがくると言う事は、全体的に抑え目な値段のものを選んできたのだろうか。


 でも、綺歩は帽子を買うと設定金額を超えるとか言っていたし……。


「ねえ、桜ちゃん」


「どうしたんですか? ユメ先輩」


「桜ちゃんもしかして自分でルールを破っていたなんてことない?」


「あるわけないじゃないですか。ちゃんとおつりまで返したんですから」


 嘘は言っていない……と思う。でも、何だか変な感じ。


「そうですね。今日の桜は少しはしゃいでいるかもしれません。そのせいで多少大盤振る舞いしているかと問われたら否定できません」


 鼓ちゃんが言っていた事は本当だったんだなと感心する一方、はしゃいでいる理由がわたしには一つしか思い浮かべることが出来なかった。違っていて欲しいと言う思いで尋ねてみる。


「わたしをおもちゃにするのがそんなに楽しい?」


「はい、とっても。でもそれだけじゃないです。何年も夢見ていたことが現実になるかもしれない。


 そんな時にはしゃがずにはいられない。そう思いませんか? 手が届く距離に夢が転がっているのに全力を尽くさないなんて事ありますか?」


 そう言う桜ちゃんは何処か情熱的で、その情熱が何処から来ているのかわたしにはわからない。恐らくその“夢”と言うのが関わっているのだろうけれど。


「桜ちゃんの夢って?」


「“ユメ”……ですよ」


 それだけ言うと、桜ちゃんはもう意味ありげな笑顔を見せる以外何も言わなかった。


 そんな意味ありげな笑顔を向けられて、でも言われた事はA=Aみたいな事でわたしに何を伝えたかったのだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ファミレスで次のライブの事とバンドの名前の事とを話してから、制服を扱うお店へと向かう。


 ちょっとした事だけれど遊馬ではなくわたしでご飯を食べるとすぐに満腹になるから少し食費を抑えられるな、なんて感じた。


 お店の中に入るとさまざまな種類の制服に迎えられる。


 たぶんこんな量と種類の制服と言うのは見た事がないと思うのだけれど、一応中学の時には学ランを買ったわけだしもしかしたら見ていたのかもしれない。


『ユメ覚えているか?』


「遊馬が覚えていない事は覚えていないよ。中学入学のために制服買った時の話でしょ?」


『まあ、そうだよな』


 正確にはそうではないかもしれないけれど、おおよそはそれであっていると思う。


 わたしが覚えている事は遊馬も覚えているし、遊馬が覚えていない事はわたしも覚えていない。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうから恰幅のいい女性が怪訝そうな顔でこちらを見る。


 怪訝そうな顔をしているのは、新学期も始まってしばらくたったこの時期に学生だけで来たからだろう。


 しかしながら桜ちゃんは躊躇うことなく女性の所へと向かった。


「こんにちは。すいません、この子の制服を作ってほしいんです」


「桜ちゃんかい?」


 桜ちゃんの声を聞いた女性は驚いた声をあげると、怪訝そうな顔から朗らかな顔へと変わった。


 何と言うか、桜ちゃんにこの子って言われると我ながら残念な感じがする。


 とは言え、わたしの身長とか考えたら桜ちゃんの先輩と言うよりも、友達と言った方が話は早そうだけれど。そう言う理屈なら、鼓ちゃんはわたしの妹ってところだろうか。


 そんな事を考えているうちにも話は進んで行く。


「そうですよ。お久しぶりです」


「それで今日はどうしたんだい?」


「この子、桜と同じ学校の子なんですけど、お姉さんの制服お下がりだったのがどうしても嫌だったらしくて新しいのが欲しいらしいです」


「それは良いんだけど……お金はあるのかい? 制服だからやっぱりそこそこの値段はするよ?」


「確かこれくらいでしたよね」


 わたしの話がわたしの関与しない所で、事実無根の理解をされていく。


 確かにちゃんと説明するのは面倒ではあるのでわたしも黙っているけれど。


「新しい制服が欲しいってあの子が頑張って貯めたんですよ。貯金もいくらかあったらしいですけどね」


「へぇ、珍しい子もいたもんだね。じゃあ、採寸するからこっち来てくれるかい」


「あ、はい」


 結局わたしが一言も話す事も無く採寸が始まってしまうらしい。


 断るわけにもいかないので女性について採寸を受ける。


 結構時間がかかるらしく、遊馬に入れ替わらないように歌っているとご機嫌と思われたのか女性に声を掛けられてしまった。


「そんなに楽しみなのかい?」


「これで大きい制服とはおさらば出来ると思うと嬉しくて」


「お姉さんは大きかったんだねえ」


「そうですね……百七十センチくらいはありますから」


「ほお、それは大きいね」


『なあ、ユメ。俺は女じゃないんだが』


 そんな遊馬の苦言が聞こえて来るけれど、わたしは姉、つまり女だとは一言も言っていないし実際に着た制服は身長が百七十センチの人のものだったのだから仕方がない。


 ちょっと楽しくてクスクスと笑っていると女性が口を開いた。


「まあ、こんなものかい。三十分くらいで長さを合わせて来るからちょっと待っておいてくれ」


「あ、はい」


 女性が奥に戻って行ったところで、桜ちゃんがやって来た。


「ユメ先輩お疲れ様です」


「この子じゃないんだね」


「怒らないで下さいよ。桜と同級生って事にした方が何かと楽だと思っただけなんですから。それとも、先輩は桜に「ユメユメ」とか呼ばれたいですか?」


「別に怒ってはいないんだけど、よくあんなにするすると嘘が出てきたね」


 怒ってはない、でも少しだけやり返したくはあったけれど。でも、やり返せた感じは全くしない。


「今日までずっとシミュレーションしていましたから。言いましたよね、夢を叶える為に全力を尽くすって」


「そっか」


 桜ちゃんがそこまでして叶えたい夢と言うのは気になるけれど、多分教えてくれないだろう。でも、少なくともわたしの為に色々考えてくれていた事には感謝しなければ。


「桜ちゃん、今日はありがとう」


「な、何言っているんですか。今日は桜がやりたかったからやったんです。ユメ先輩に感謝されることなんてないんです」


 そう言って慌てる桜ちゃんが何処か可愛くて、珍しくて思わず笑みがこぼれてしまった。




 出来上がった制服を受け取ってからお店を後にする。


 それから他人の邪魔にならない所まで移動してから桜ちゃんが足を止め、わたし達の方を見た。


「先輩方も今日はお付き合いありがとうございました」


「こちらこそ。こうやって皆で集まることってほとんどが無かったから楽しかったよ」


「たまにはこういうのもいいんじゃないかしら」


 綺歩と稜子がそう言った所で、一誠の視線がこちらに向いていることに気が付いた。


 どうしてだろうかと思っていると一誠が口を開く。


「ユメユメのサービスシーン見放題だっ……」


「さすが御崎。さっきのじゃ懲りていなかったみたいね」


 言いたいのは分かるけれど、一誠も言わなければいいのにと思わなくもない。


 耳を引っ張られていく一誠に心の中で合掌したところで、今日はもう解散ということになった。


 特に意図したわけではないけれど、帰る方向が同じというのもあって綺歩と一緒に帰る。


 とはいえ、今日は好都合とばかりに綺歩に話しかけた。


「ねえ、綺歩」


「どうしたのユメちゃん」


「頼みたいことがあるんだけど良いかな?」


「どんな事? 言ってみて」


 こういう時に嫌な顔しないで話を聞いてくれる綺歩は本当に助かる。


 でもそのせいで何かわたしと遊馬が分かれてから綺歩に頼り過ぎている気がしてならない。


「これを綺歩の家に置いておいて欲しいって言うのと、着替えさせてほしいかなって」


「着替えるのは良いんだけど、今日買った物を私の家に置いていていいの?」


「遊馬がそう言うのを買って帰って来たのを藍や優希に見られるとちょっと困ると言うか……」


「なるほど。それなら大丈夫だよ」


「ごめんね、迷惑ばかりかけて」


 本当に申し訳ないと思うのだけれど、やっぱり綺歩は首を振る。なんて出来た幼馴染を持ったのだろうかと、自分の境遇に疑問さえ思える。


「本当に大変なのはユメちゃんと遊君でしょ? それに、私は頼ってくれて嬉しいな」


「綺歩は本当に優しいよね。わたしの幼馴染にしておくには勿体ないくらい」


「ユメちゃんとして接するようになってからまだほとんど時間はたっていないけどね」


 女になってから見てみても、綺歩が人気の理由が分かる。こんなに気が利く子、遊馬でなくても気になっちゃうよなとか考えていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 綺歩の家で着替えて遊馬と入れ替わって無事に帰宅。


 帰るとソファで本を読んでいた優希の「兄ちゃんお帰り」と言うやる気のない声に迎えられた。


 それからの話にわたしが関与できる部分は無かった、というかわたしの事を知らない優希の前で下手にわたしが話しかけるのは良くないかなと思ったので、黙っていた。


 珍しく優希がバンドの事を聞かれたので口は出したかったのだけれど、結局遊馬は優希が来ることのできるであろうライブの日――文化祭――を教えながらも遊馬が歌わない事は言わなかった。


 だから話が終わって、遊馬がベッドに倒れ込んだところで声をかける。


『わたしがこんな事言って良いのかはわからないんだけど、よかったの?』


「よかったって?」


『優希に遊馬が歌わないって言わなくて』


「ああ、そういうことか。別にいいだろう優希は俺の事を見にきたいわけじゃないだろうからな」


 優希の普段の反応からするに遊馬を目当てで優希がライブに期待と言う事はないだろう。


 嫌われてはいないかもしれないが、煩わしくは思われているだろうから。


 だから『そうなんだけど』と返したけれどそういうことが言いたいのではない。


『遊馬としてはどうなのかな』


 遊馬としては妹に自分の歌を聞いて貰いたいとかはないのだろうか。わたしはわたしの歌で優希が楽しんでくれると嬉しいのだけれど、遊馬はそうは思わないのだろうか。それが例え地声で歌っていたとしても。


 思う所は沢山あったが、結局遊馬はそれ以降話してくれなかった。

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