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Lv128

 その後戻って来た桜ちゃんに有無を言っても黒の下着を着せられて、次は大手の衣料品店にやって来た。


「ちょっと前のお店で時間を使いすぎたので、今回は時間を決めましょう」


 ああ、ここから本当にわたしの着せ替え人形会が始まるんだなと無感動に考える。


 さっきも遊馬と話していたが、こちらが本番なわけだから覚悟はとっくにできているつもりだけれど、一誠が何を持ってくるのかって事だけが怖い。


 恐らく稜子フィルターがあるから大丈夫だとは思うのだけれど。


 そんな事を考えている間にも桜ちゃんの説明は進む。


「三十分以内に、各自ユメ先輩が八千円以内を払う計算で、ユメ先輩に着せたいものを持ってくる。もちろん、ユメ先輩にはそのまま次の店に行って貰うのでワンピースもしくは上下セットで持ってきてください」


「それでさくらん、その中からどうやって決めるんだい?」


「ユメ先輩に実際に着てもらって、よさそうなのから籤引きと言う感じでどうでしょう?」


 それなら、酷い格好になる事はないだろうと安心する。良さそうを判断するのはメンバーだとは思うのだけれど、綺歩と稜子と鼓ちゃんは良識ある判断をしてくれるに違いない。


 でも、ルールと言うかこれからについて一つ疑問がある。


「その間わたしは何をしたら良いの?」


「自由に待っていていいですよ。ただし何を選んでいるのかを見るのは無しです」


 そうなるだろうなとは思っていたけれど、自由にしていろと言うのが地味に辛い。


 お金もないから何か買うわけにもいかないし、かといって皆の様子を見ている事も出来ない。


「それじゃあ、わたしちょっとその辺歩いてくるね」


 何もせずにボーっと突っ立ているよりは、動いていた方がましかと思って散歩を申し出る。


 それに対して桜ちゃんは頷いてから続けた。


「わかりました。でも、また歌うのを忘れないように注意してくださいね」


「さすがに二回同じ失敗はしないって」


「という事は、一度はしたんですね。確証が持てました」


「う……」


 何と言うか油断も隙もあったもんじゃない。活き活きとした桜ちゃんの様子に一つ溜息をついた後で人ごみの中に入っていく。


 その時にちょっと囁くように歌ってみると、人ごみ特有のざわめきの為か自分で自分の声を聞くのもやっとと言った感じだった。


「ねえ、遊馬」


『どうかしたのか?』


 歌ってばかりいても遊馬が暇かなと思ったので声をかける。


 遊馬に聞こえるか少し不安ではあったけれど、ちゃんと聞こえているらしく返事が返って来た。


「皆どんな服を選んで来ると思う?」


『どんなって言われてもな。割と皆自分の私服に近いものを選んで来るんじゃないかと思うんだが』


 選ぶのはその人の趣味だと考えるとそうなるよなと、わたしも思う。だからちょっと皆が今日どんな服装だったかを思い出してみる事にした。


「そうだよね。だとしたら、綺歩はロングスカートにプリントTシャツ、カーディガンって感じかな」


『稜子はジーパン好きそうだよな』


「桜ちゃんは……ショートパンツに上はシャツにブラウス、ベストだったかな」


『んで、鼓ちゃんはふんわりしたワンピースだったよな。それでユメは誰のを着てみたいんだ?』


 遊馬に尋ねられたけれど、愚問でしかないだろう。


「それは遊馬も分かっているんじゃない?」


『まあ、ユメを客観的に見てどんな風な格好をさせたいかと言ったらありはするが、実際に着てみるとなると話は違うと思ってね』


「そう言われるとそうだね」


 遊馬に言われて納得する。それから、わたしはわたしが着たいものを考えていたのか、それともわたしがわたしに着せたいものを考えていたのかを考えた。


「正直なところ綺歩みたいな恰好が良いかな。何というか無難な感じで」


『歌で目立つのは良いけど、それ以外ではそうでもないってところか』


「そうだね。誰かの前で歌えるのであれば、目立つ格好でもいいんだけど普段はあまり注目されたくないからね」


 普段わたしが表に出て居られる時間がどれくらいあるかはわからないけれど。


 でも、基本は目立ちたくない。男時代には歌っていても目立ちたくはなかったけれど。


 わたしはわたしの理想とする声で姿で歌える分、男時代と比べて自信がついているのかもしれない。


『今は目立たなくても歌を歌わないといけないけどな。そろそろ歌うのを止めて十分くらいたつだろ』


「あ、本当だ。本当に十五分タイマー欲しいよね」


『そうだな』


 十五分タイマー、何かで代用できるかもしれないけれど歌うたびにリセットしないといけないから少し難しい。たぶんリセットを忘れる。


 ともかく今は歌わなければ。


 雑踏の中歌っているとちょっと楽しくなってきた。もしかしたら、このざわめきの中わたしの歌を聞いている人がいるかもしれない。


 その人はわたしの歌をどう思って聞いているのだろうか。


 わたしが歌っているって気が付いているのだろうか。


 まるで誰かに子供じみた悪戯をするかのような、そんな感じがわたしを満たした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 三十分経ったので皆の所へと戻ると皆すでに選び終わっていた。


 そう言うわけですぐにわたしの着せ替え人形会が始まる、最初は意外にも綺歩が持ってきた服から。


 正直、一誠か桜ちゃん辺りだと思っていたのだけれど。


 気に入らなかったら言って欲しいと言う綺歩に首を振ってから、試着室の中着替え始める。


 綺歩が持ってきたものはさっき遊馬と話していたものとほぼ同じで、ロングスカートとTシャツとカーディガン。


 髪の毛に注意しながら、Tシャツを着てスカートを履こうとしたところで、スカートなんて履いたことがない事を思い出した。


『確か横にチャックとかついているんじゃなかったか?』


「あ、そうだっけ」


 遊馬に言われて思い出す。妹達の手伝いを昔やった経験があるのだからわたしも知らないはずはなかったのだが、思い出すスピードは遊馬とは少し違うらしい。


 確かにチャックが付いていて、それをおろして履くと何だか頼りないような感じがしてならない。


 でも、女の子らしいと言えば女の子らしい。こんなにひらひらした服着た事なかったから。


『楽しそうだな』


「うん。楽しいよ。こんな服今まで着た事無かったし、何となく大人っぽくなった気がしない?」


『確かにこれに帽子があったらいい所のお嬢様に見えなくもない気がするけど、ちょっと背伸びしている感じもあるよな』


 分かっていた事を遊馬が言う。分かっていた事なので、特に気にすることもないのだけれど。


「やっぱりそう見えちゃうよね」


『まあ、似合っているよ』


 遊馬が恥ずかし気もなく言うのでちょっと照れる。


 考えてみれば男時代わたしもそういうことを素直に言っていた気がするのだけれど、言われてみると嬉しかったり恥ずかしかったりしてしまう。


 自分じゃ気が付かない事ってたくさんあるなと実感した。


「着替え終わった?」


 外から綺歩の声が聞こえたので「終わったよ」と返すとカーテンを開けて綺歩が現れた。


 それからまじまじとわたしの服装を見る。


「えっと、綺歩どうしたの?」


「あ、えっとね。最終チェックをしてからって事になっているんだよ。でも大丈夫そう。あと帽子とかあったら良かったかなって思うんだけど……」


「言われてみるとそうかもね」


 実は遊馬にすでに言われてはいるけれど、その事を話す必要もないと思うのでそれだけ返す。


 そんなわたしの意図など分かるはずもなく、綺歩は申し訳なさそうな顔で続けた。


「でも、設定金額内だとこれが限界だったから」


「先輩方もう開けて大丈夫ですか?」


 綺歩に「そんな事ないよ」と言おうと思ったのだけれど、しびれを切らした桜ちゃんに遮られてしまった。


「ごめんね。もう大丈夫」


 綺歩もそう返したので、シャッと音を立ててカーテンが開かれた。その向こうにはメンバーがいて何となく動物園の動物の気持ちが分かるような気がする。


 それぞれに批評をすると、時間がないと桜ちゃんが次に進むように促した。


 次は一誠。持って着たのはスポーツウェアの様な服装で、着るとどうやら下着が透けてしまうらしい。と言うか一誠の策略に嵌ってしまったわけだ。


 流石にきゃーとか声をあげるほど、女の子歴も長くないので大してって感じだったけれど、稜子に処理を任せて次は鼓ちゃんの番。


「ユメ先輩疲れてないですか?」


「うん。大丈夫。気を遣ってくれてありがとう」


 試着室で最初に私を気遣ってくれる鼓ちゃんに思わず頭を撫でてしまった。ふわふわの髪はやっぱり触っているだけで気持ちが良い。


「それじゃあ、これ、お願いします」


 そう言って鼓ちゃんが見せてくれたのは茶色をベースとして縦三列ドットで模様が付けられたワンピース。


 半袖くらいの袖があり、そのまま被れば着られるもので、裾部分にはさらに薄いレース生地が顔を覗かせている。


 着てみると丁度レース生地が膝を隠してしまうくらいの長さ。


 さっきのスカートよりも違和感があって、逆にそれが女の子じゃないと着られないと言う感じがしてやっぱり楽しい。


 鼓ちゃんの服が終われば次は稜子。ジーンズに白のTシャツ、それからハンティング帽。


 今までの服に比べれば着なれた感じで何となく安心はできた。




 ようやく最後は桜ちゃんの番。何かあるんじゃないかと警戒していた所、渡された服の数に驚かされた。


 Tシャツにショートパンツ、パーカーにソックスまである。


 今までで一番多かった稜子よりも一点多い。服の値段をよくよく見た事無いのでわからないのだが、イメージとして稜子のジーンズとかTシャツとかは安そうなイメージなのだけれど、桜ちゃんのはTシャツが被っているもののそんな事無く見える。


 ジーンズとショートパンツだとジーンズの方が布面積が多いのにショートパンツの方が高い気がするのがなぜなのかって事には目を瞑るとして、早速着てみる事にした。


 今日何度目かの着替えで慣れたおかげかパパッと着替え終えることが出来たので、すぐに鏡の方を向く。


 大きいなと思っていたパーカーはやっぱり大きく、ショートパンツを隠してワンピースのように見えた。


 ワンピースのようだと言っても鼓ちゃんが持って来たものとは違いふとももくらいまで見えてしまっているが。


『似合わないとは言わないが……』


「あざとい感じがするよね」


 遊馬もそう思っていたらしく、否定するような言葉は返ってこない。


 正直オーバーニーソックスとか自分で履くことになるとは思っていなかった。


 手もショートパンツもパーカーで隠れてしまっているし、あざとさしか感じない。


 手が隠れる事に関して言えば半ば慣れてしまった所があって実はあまり違和感はなかったのだけれど。


 わたしが着替え終わったのをどう察知したのか桜ちゃんがカーテンを開けて入ってくる。


「やっぱり先輩が着るとあざといですよね」


「誰が着てもあざといと思うんだけど……」


「身長がもう少し高かったらちゃんとショートパンツも手も見えてあざとくなくなると思いますよ」


 桜ちゃんの言う事は一理ある。でも、わたしが小さいと言われているのと同義である上、この服を持って来たのは桜ちゃんなのだ。


 しかし、そう桜ちゃんに言った所で笑ってごまかされるのが落ちだろうと思っている間に桜ちゃんが続ける。


「さて、ユメ先輩ちゃんとパーカーの前は閉めてくださいね半分くらいで良いので」


「そうすると、パッと見下履いていないように見えない?」


 開けている今でも角度によってはそう見えるのに、閉めたりしたらどこから見てもそう見えるのではないだろうか。


 そんな事を考える暇もなく、桜ちゃんが「それが良いんじゃないですか」と豪語した。


 これは何を言っても無駄だと悟ったので、桜ちゃんが言うようにジッパーを半分ほどあげる。それと同時にカーテンが開かれた。


「ほう、なかなかただみんもいい趣味しているね」


「可愛いと思いませんか?」


 一誠の言葉のあと桜ちゃんが同意を求めるようにそう言う。


 しかし、返って来たのは稜子の「ちょっと狙いすぎじゃない?」という言葉。


 聞きようによっては可愛い事は認めるみたいな返答だけれど。


 桜ちゃんは稜子からの問いに初めから決めていたかのように淀みなく返し始めた。


「確かにそうですが、ユメ先輩はいつでもお洒落できるってわけじゃないですからこれくらいしてしまっていいかなと思ったんですよ」


「まあ、それなら……」


 稜子はそれで納得してしまったのだけれど、わたしにはどこに納得要素があったのかわからない。


「と、言うわけでもう十二時半くらいですし早く決めてお昼にしましょう」


 そう言って桜ちゃんがいつの間にか用意していたくじを四本わたしに見せた。


「この先にそれぞれの名前が書いていますから、その人の選んだ服を買いましょう」


「なあ、ただみん。それ一本足りなくないか?」


「そうですか? 御崎先輩を除いた四人で四本。ぴったりじゃないですか」


 そう言いながら笑顔を見せる桜ちゃんがいつもより頼もしく見えた。流石に下着が透けるのが分かっている服装はしたくない。


 それに、明らかにあの格好は浮いてしまう。


「そんな。ただみん殺生な」


 わたしも男だった経験があるので、一誠の気持ちは分からなくもないけれどいざ自分の身に降りかかってきそうになると同情なんてしていられない。


 桜ちゃんが「ともかく、ユメ先輩早く引いちゃってください」と言うので、ちょっと迷って一本引いた。


 くじにはきれいな字で『桜』と書いてあって、それを桜ちゃんに見せる頃には桜ちゃんは店員さんを呼んでいて、あれよあれよとタグを切られて、桜ちゃんはレジに向かっていた。


 凄い手際だなと思っていると、鼓ちゃんが隣にやってくる。


「今日の桜ちゃん楽しそうです」


「わたしをおもちゃに出来ているからじゃないかな?」


「それもあると思いますが……」


「やっぱりそれもあるんだね」


 分かっていたけれど、そうはっきり言われてしまうと先輩としての威厳と言うか何というか……男時代から桜ちゃんに対して威厳も何もあったものじゃなかった記憶があるけれど。


 入部当初から綺歩よりもベースが上手かった桜ちゃんと数合わせだったわたしとでは天と地ほどの差があったのだから。


 今は少しは差が縮まったと思いたい。


「桜ちゃんですから。でも、何というかそれだけじゃない感じがします。柄にもなくはしゃいでいると言うか」


 わたしにははしゃいでいると言う感じはしなかったのだけれど、流石は仲良しと言った所だろうか。


 それは置いておくとして、鼓ちゃんははしゃぐまで行かなくても楽しくはなかったのだろうか?


「鼓ちゃんは楽しくない?」


「楽しいですよ。こうやってみんなでお出かけする事なんて今まで無かったですから」


「そう言えばわたしも……遊馬もそうなんだよね。音楽以外の事で集まるって少なかったから」


 ぶんぶんと首を振って否定してくれた鼓ちゃんにそう返した所で桜ちゃんの声が聞こえてきた。


「つつみんと先輩で何話しているんですか?」


「桜ちゃんは可愛いねって話だよ」


 ちょっと仕返しがしてみたくて、そう言ってみたのだけれど桜ちゃんの返答は「そんな事話さなくったって桜は可愛いですよ」と言った具合。


 桜ちゃんらしいなとは思うけれど、ちょっぴり悔しさも混じりながら先導する桜ちゃんについて行った。

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