Lv126
綺歩と雑談をしながら目的地へと向かう。
その時に男の時には聞けなかったような事とかも話すことが出来て面白かった。
話は最後まで聞けなかったけれど、返答も何となく予想出来るので良いとしよう。結局雑談の中の一つの話題ってだけだっただけの事だし。
待ち合わせ場所につくと桜ちゃんと鼓ちゃんがすでに来ていて、全員が揃うまでわたしは歌わせてもらうことにした。
歌っていると特に桜ちゃんが熱心に歌を聴いてくれている事に気が付いた。
そうやって真剣に聴かれてしまうと恥ずかしい感じもするのだけれど、誰かにこうやって真剣に聴いて貰えるのはとても嬉しくもあり楽しくもあり。
五分前にちゃんと集合場所にやって来た一誠に桜ちゃんが文句を言った時には自然と笑ってしまった。
気に入ってくれたかなと桜ちゃんに尋ねてみた時に、新鮮だっただけだと返ってきたのは残念だったけれど。
「所で桜。今日はどこに行くとか決めているの?」
稜子のその言葉で話が本題へと移る。
「はい勿論です」
「わたし、あんまり高い所は正直辛いんだけど大丈夫?」
女の子の服って高額なイメージなので、本当に今の財布の中身では不安もある。昨日遊馬が頑張ってかき集めてはいたけれど。
「女の子がお洒落に手を抜くのは……と言いたいところですが今日は桜が払いますから大丈夫です」
「さすがに払って貰うわけには……」
後輩に奢ってもらうと言うレベルじゃないと思う。焦って反射的にそう返すと、何故か桜ちゃんはニヤニヤと笑いながら問いかけてきた。
「一つ訊きますけど、先輩は今日いくら持ってきましたか?」
「えっと、確か一万円くらいだったかな」
わたしの返答に桜ちゃんは意外そうな顔をする。
「意外と持っていますね。でも、それじゃあ足りないと思いますよ」
「そんなにお金かかるものなの?」
どんな高級店に連れていかれるのだろうかと、それともやはり女の子の服と言うのはそんなに高いものなのだろうかと恐る恐る綺歩の方を向く。
「普段はそれくらいあれば十分だと思うけど、ユメちゃんの場合一通り揃えないといけないとなると少し心もとないかも」
なるほど、確かにズボンだけ買うとかシャツだけ買うと言うわけにはいかないだろう。
続いて稜子の方に目を向けた。
「アタシは服にお金かけるくらいだったら、ギターの整備にお金をかけるから。それだけあれば十分って感じだけどね」
なるほど稜子らしい。わたしも可愛い服が着てみたいとは言え稜子のような感じでもいいのだけれど、と思っていると桜ちゃんが首を振りながら話に入って来た。
「稜子先輩はそうかもしれないですが、ユメ先輩を学校で歌わせようと思うとそう言うわけにはいかないんですよ」
「桜、それってどういう事なの?」
桜ちゃんの言葉に稜子が首を傾げる。勿論わたしもどういうことかと首を傾げた。
「稜子先輩の事ですからしばらくしたらユメ先輩のお披露目だって音楽室でミニライブをすると思うんですけど、流石にその時にユメ先輩が学ランと言うのは不味いと思いませんか?」
「それもそうね」
稜子は軽く返すけれど、考えてみたらわたしにとっては大問題。
「だから最終目標としてはそれを買いに行こうかなと思っているんです」
それ……ってもしかして制服だろうか。
「でも、流石にわたし制服を買えるだけのお金は持っていないよ?」
「だから桜が払うんですよ、先輩。それはただ桜が先輩と一緒にバンドやりたいってだけなので、プレゼントだと思ってくれてもいいです」
「でも、制服って高いでしょ? 男子の制服でも数万円はしたはずだけど……」
「まあ、桜お金持ちですから」
「そうはいっても……」と渋らずにはいられない。勿論お金持ちだったら買って貰って良いってわけではないけれど、桜ちゃんも所詮は一人の女子高生。
経済力はわたし達と比べて少しは良いってだけじゃないのだろうか。
そう思っていると、桜ちゃんが良い事を思いついたとばかりに声を出す。
「じゃあ、私服に関しては先輩が自分で買ってください。そしてその服は桜に選ばせてください。それとも、これだけ人が来ていて何もせずに帰りますか?」
確かに部活メンバーも休みを使ってここに来てくれているわけで、それなのに何もしないのは申し訳ない気がする。桜ちゃんはズルいと思いながら、諦めたように頷いた。
すると、一誠が桜ちゃんに何かを手渡して話し出す。
「ただみんや、これでユメユメの着せ替え人形会に参加させてくれないかい」
「先輩も分かっていますね。もちろん……ですが、手加減はしてあげてくださいね」
「それならアタシも参加しようかしら。参加費はこれくらい?」
稜子の発言で一誠が何を渡したのかが分かった。お金か。
その着せ替え人形会と言うのはすごく嫌な予感しかしないけれど、わたしに気を遣わせない為だと考えると嬉しくもあり、申し訳なくもある。
「わ、私もユメちゃんの服選びたいかも……」
そう言って綺歩まで参加すると、鼓ちゃんまで参加して着せ替え人形会は部員全員で行われることになった。
「それでは、最初に下着でも買いに行きましょうか」
「した……」
桜ちゃんが何のためらいもなく下着を買いに行くなんて言うので思わず絶句してしまう。
しかし、桜ちゃんはわたしの反応の方が意外とばかりに話し出した。
「ユメ先輩なんで驚くんですか? 流石に綺歩先輩から下着までは借りていないでしょうし、スカート穿くのに男ものの下着は止めた方が良いと思うんですが」
確かにその理由で今日は綺歩からスカートを借りなかったけれど。
「スカートは穿かせる前提なんだね」
「あくまで選択肢の一つですよ。それともスカートは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど……」
それに考えてみれば制服はスカート何だっけ。わたしが諦めたのを分かったのか、桜ちゃんが向きを変えて「そんなわけで、移動しましょうか。あまりここにいても仕方がないですから」と歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
移動中、皆はそれぞれ会話していたけれど、わたしは一人歌いながら歩いていた。
遊馬と入れ替わらない為に始めたけれど、歌っている途中からはただ楽しかっただけ。
気が付くとお店の前についたのか皆が足を止めた。
辿り着いたのは所謂ランジェリーショップというやつだろうか。見たことはあるけれど入った事はない類のお店。
桜ちゃんが躊躇いなくその中に入っていくのでわたしもそれに続く。でも、お店の中は当たり前だけれど、下着ばかりでちょっと居辛い。
わたしも女の子なので気後れする必要はないのだけれど、でも、この前まで男だった為か何だか悪い事をしているような気がしてならない。
だから、入った直後から綺歩に甘えるように陰に隠して貰って歩く。
わたしでもそうなのに、一誠は堂々と店員さんと話して堂々とこの場にいる権利を手に入れていたのでもう脱帽するしかなかった。
「一誠、よく大丈夫だね。わたしでも少し居辛いのに」
「そりゃあ、一人では入れないけどさ、ユメユメ。穿いていない下着に魅力は感じるかい?」
「そう言われるとそうなんだけどね。でも、いざこれを自分が使うとなると妙な感じがするんだよ。可愛いとは思うんだけど」
こういう性別を直視するような場面だと今でも戸惑いが生まれてしまう。
そうしている間に、桜ちゃんに呼ばれたので綺歩の陰から出て桜ちゃんの所へと向かった。
「桜ちゃんどうしたの?」
「とりあえず、採寸してきてもらっていいですか? サイズが分からないと選びようもないので」
採寸……必要なんだろうけど、何をされるんだろうとちょっと不安に思っていると桜ちゃんに「まあ測らなくても何となく分かるほど小さいですけどね」と言われてしまった。
それには何か一言物申したいのだけれど、実際問題小さいのは見ての通りなので「うー……」と言う言葉しか出てこない。
「それではこちらにどうぞ」
桜ちゃんと話している間に店員さんの準備が出来たらしく、試着室のカーテンの中に招かれた。
「それでは失礼します」
「は、はい……」
何か変な事はしていないだろうか、とか、どんなことをしたらいいんだろうか、とか考えているうちにスッと体にメジャーが巻き付く。
「次は上を捲くっていただいて、お胸をしたから支えて貰ってもよろしいでしょうか」
言われた事をすぐにやろうと服をまくっている時にふと遊馬が見ていることに気が付いた。下着くらいなら別にいいかと思うのだけれど、直接見られるのはちょっと恥ずかしいかなと思ったのでその後の作業は目を瞑る。
「もうよろしいですよ」
そう言われて力が抜けるように手を下げて、乱れた裾を正す。
「アンダー六十二のAカップですね」
分かっていたけど、数字として言われるとがっくりくる。
数字と言うかAカップという所だけれど。でも、全て終わったなと安堵の息も漏らす。
これまでの緊張もあってか、ちょっと誰かと軽い話をしたくてもっとも身近な男の子に話しかけてみる。目を閉じていた理由も話しておかないといけないかなと思ったし。
「やっぱり相手が遊馬でも少し恥ずかしいかな」
『少しなんだな。こっちはだいぶ緊張したんだが』
「遊馬は女の子の身体見た事ないもんね。まあ、現状わたしもそうだし……今後はそうはいかなくなるんだろうけど……」
勿論、小さい頃の妹達は除く。それに遊馬も興味がなかったわけではないけれど、見る機会が無かったからと言うべきか、遊馬はそういうことに関しては免疫が少ない。
と、言うかわたしも免疫が少なかった。女になって思うと遊馬って純情だなと思う。でも遊馬には内緒。自分自身相手に言うのは変な感じだけど、ちょっとからかいたくなってくる。
『それは……なんだ、諦めてもらうしかないな』
「ちょっと役得なんて思っているでしょ?」
『そんなわけ……』
「分かっているよ。遊馬は綺歩のブラだけでいっぱいいっぱいだったもんね」
早速からかえる場に出会ってしまったので遊馬をからかっていると「ユーメ先輩」と急に声をかけられた。
「何一人でブツブツ話しているんですか?」
そう言ってカーテンが開き桜ちゃんが顔をのぞかせるから、きゃっと悲鳴を上げてしまった。
「なんだ、桜ちゃんか。一人でじゃなくて遊馬と話していたんだけどね」
「傍から見たら一人ですよ。それでいくつだったんですか?」
「えっと……六十二の……カップ」
何だか桜ちゃんに言うのは恥ずかしくて敢えてAとは言わない。それでも次はちゃんと言わないといけないんだろうけれど。そう思って桜ちゃんの胸を盗み見る。明らかにわたしよりは大きい。
「Aカップですね分かりました」
「発音してなかったのに……」
自分で言わなくて良かったとも思うけれど、見透かされていたのはなんか悔しい。
「一度触らせてもらった身ですから、流石に分かりますよ。
それじゃあ、選んで来るのでユメ先輩は適当に歌っていてください」
桜ちゃんはそう言うとカーテンを閉めて出て行ってしまった。
それを見送ってから溜息をつく。
「桜ちゃんが活き活きしているね」
『そうだな。付き合いは長くないとはいえ見た事ないほど活き活きしているな。それでそろそろ歌った方が良いんじゃないか?』
「そうだね。遊馬は何か歌って欲しい曲ってある?」
『そうだな……』
桜ちゃんの件でちょっと疲れがあったけれど、遊馬に頼まれた歌を歌っていると疲れを忘れることが出来た。