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Lv125

 事はわたしが初めてユメと言う名前で部活に行った時に遡る。


 わたしが歌う事を皆に納得してもらった後、桜ちゃんがわたしの服を買いに行こうなんて言いだした。


 勿論、わたしだって可愛い服を着てみたくはあったからはっきりと断る事はしなかった――正しくは遊馬がわたしの言葉を聞いて了承した――けれど、まさか部員全員で行くことになるとは思ってもいなかった。


 そんなわけで皆で買い物に行く前日遊馬は部屋に沢山の洋服を並べている。


「明日ってやっぱりユメが行くんだよな?」


『たぶんそう思うんだけど……』


 わたしの服を買いに行くと言う話なのだから、わたしが居ないと話にならないと思う。


 それはそれで構わない。むしろ、一日わたしでいられる時と言うのは今まで無かったからちょっと楽しみだとも言える。


 でも、並べられた洋服たちがわたしの不安を煽っていた。


『わたしが着れそうな服ってないよね?』


「知っているだろうが、男もの、しかも俺の身長に合わせているからな。ユメが着るとなるとぶかぶかで歩き難いどころじゃないと思うぞ?」


『そうだよね』


 ほとんど人の来ない音楽室のある棟とか部活時の音楽室とかなら遊馬のぶかぶかの制服でも我慢できるが、流石に外を歩くとなると恥ずかしい。


 何だかとっても困ってしまった所で藍の「お兄ちゃん今大丈夫?」と言う声が聞こえてきた。


 勉強を教えて欲しいと言う藍に遊馬が受け答えをしている時、ふと藍に服を借りたらどうだろうかと思いつく。わたしはわたしの身長を知らないけれど、遊馬の服を着るよりも事故が起きる可能性は低く、わたしの恥ずかしさだって無くなるはず。


 それに確信は持てないけれど、遊馬との身長差からしてあまり身長は変わらないのではないだろうか。


 と、考えたあたりでこの考えが全くもって無意味だと言う事に気が付いた。わたしと藍の間ならばうまくいくであろうやり取りも、実際に行うのは遊馬と藍の間なのだから。


 兄に服を貸す、という心境は分からないけれど異性に服を貸すと言うのは躊躇われる。


 異性にと言うよりも女の子が男の子にと言った方が正しいかもしれないが。


 ともかく、藍から服を借りようとすれば、借りられないどころか下手すると遊馬が変態扱いされかねない。藍に限って理由も聞かずに罵倒することはないだろうけれど、理由を問われても遊馬はそれに答えられない。


 考え終ったところでちょうど藍が部屋を出ていこうとしていた。


 それを遊馬が引き止める。何だか嫌な予感がしたので遊馬が藍に何かを言う前に口を開いた。


『流石に藍や優希に服を借りるのは止めた方が良いと思うよ。わたしも考えはしたけど』


「う……」


 唸る遊馬を見て先手を打っておいてよかったと安心する。


 しかし、呼び止められた藍は不思議そうな顔をして「お兄ちゃんどうしたの?」と問いかけてきた。


「あ、いや。そうだな……藍が着るならこの服の中でどれを選ぶ?」


「この中で? うーん……どれも大きくてずり落ちそうなんだけど……」


 ずり落ちるよね。と心の中で同意する。それでも、藍はジーパンと白のタートルネックのロングティーシャツを選んだ。


「確かにそれなら藍が着ても事故とかは起きなさそうだな」


「でも大きくて動き難そうではあるけどね」


「そっか、わかった。ありがとな」


「いえいえ」


 そう言って藍が部屋から出ていくのを確認して、遊馬に声をかける。


『何ていうか、誤魔化しが上手くなったよね』


「お陰様でな。やっぱり、兄に服を貸すって言うのは嫌なものなのか?」


『何と言うか、男の人に自分の服を理由もよく分からないままに貸すって気が引けるかなぁ、くらいなんだけどね』


 わたしが答えると遊馬は「ああ」と納得したような声を出す。


「藍はユメを知らないから俺が着るみたいな流れになるのか」


『知っていたとしても、ある意味遊馬が着ているようなものだからね。こういう時は事情を知っている人に頼むのが一番だと思うよ』


 言いながらそんな人一人しか思いつかないけれど。遊馬も考えつく先は同じらしく「やっぱり綺歩……か」と呟く。


『貸してくれるかはわからないけどね。駄目もとで連絡してみた方が良いかも』


「わかった」


 綺歩の服も正直大きいだろうけれど、遊馬の服よりはマシだろうし、何より女の子が着ていても不自然じゃないはず。


 わたしの為にも遊馬には頑張ってもらわないと、と思いながら遊馬と綺歩のメールを眺める。


 件名など特に書かずに何通かやり取りをしたところで遊馬が件名に増えていく「Re」の文字を消し始めた。ほぼほぼ無意識でやっていた事だけれど、こうやって傍から見てみるとなんでわざわざこんな事をするのだろうかと言う気になる。


 それに加えて遊馬を通さないとこういった連絡すら取れないのかとちょっとだけ寂しく思った。


『傍から見ていると、件名のReを途中で消すのって変な感じだよね』


「まあ、ユメも知っているだろうが、Reで情報量増やしても勿体ない気がするからな。変と思われようが多少溜まってきたら消す」


『そうだよね』


 メールが終わったところでさっき沸いた違和感を遊馬に言うとすぐに応えが返って来た。


 その応えがわたしが想像していたものとほとんど変わることが無かったため何となく楽しさを覚える。普通の人との会話ではなかなか味わえない感じ。


『すんなり貸してくれることになったのは良かったね』


 良かったのはわたしだけれど。


「そうだな。でも、一応明日ちゃんと言っておくか「俺とユメは感覚共有しているけど良いのか」って」


『綺歩、変にぬけているところがあるからね』


「そうなんだよな。誰かに言っても信じてもらえないが」


 普段はしっかりしている……と言うか気を許した人の前だと変なミスをすることがあるのが綺歩なのだ。たぶん今だとバンドのメンバーとわたし達の妹たち位だと思うのだけれど。


「明日綺歩の家に行って駄目だったら諦めて藍が選んだものを着ていくか」


『そうするしかないよね……流石に人が大勢いる所でああ言った格好は恥ずかしいんだけど……』


「でも、ユメなら似合うんじゃないのか?」


 それってどういう意味だろうか。そう思って男時代に想像していた女の子にだぼだぼの服を着せてみる。何というか……あざとい。可愛いと言えばそうかもしれないけど。


 まあ、遊馬の単なる軽口だろうとわたしも軽く返す。


『はいはい、そうかもね。でも、わたしはそれを見ている側が良いな』


「それもそうだな。ユメが着ていても俺には見えん」


『馬鹿な話は置いておいて、今日はもう寝ない?』


「そうするか」


 明日の事もあるし、あまり起きていてもわたしが辛い気がするので寝るように提案したが、ベッドに横になった遊馬が不思議そうな声を出した。


「そう言えば、ユメって俺が寝ている時どうなってんだ?」


 そう言えば確かにわたしの状態で眠っていたことはない。でも、わたしもちゃんと寝ている。


『普通に寝ているよ? 遊馬が眠くなるのに合わせてわたしも眠くなるし、たぶん遊馬の意識がなくなったところでわたしの意識もなくなるんだと思う。同じ夢まで見ているかとなると流石に分からないけど』


「そう言うものか」


『そう言うものみたい』


 まあ、結局わたしの話だって想像でしかない。何せ、自分がいつ寝たのかなんて分かったためしがないのだから。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 今の状態になって色々と大変な事は多いけれど、一つだけこれだけは良かったと思える事がある。


『眠い中、身体が勝手に動くのって便利だね』


「眠い中、身体を動かさないといけないのは辛いけどな」


 それは朝わたしが何処に力を入れようと意識をしなくても、勝手に力が入り勝手に動く事。


『でも、動いたら目が覚めたでしょ?』


「じゃあ、明日はユメが動いてくれるか?」


『それは遠慮しておきます』


 こんなどうでもいい会話が出来るようになって最初の頃を思うと嬉しく思う。


 勝手に動くわたしの身体が昨日藍が選んだ服を着た所で、遊馬から声をかけられた。


「いったん表に出てもらってもいいか?」


『了解。本当に今の格好で大丈夫か確かめるんだね』


 そう返した所で入れ替わる。ベルトがきついなと思っていたのだけれど、どうやらわたしだと緩いくらいで袖だって指が全部隠れてしまっている。


「やっぱり大きいね」


 大きすぎて脱げると言うことはないけれど、一応自分の姿を見て見たくて携帯を探す。


 男の部屋だからって手鏡すらおいていなかったのは反省点だなあと思いつつ、暗くなった画面に自分を映した。


 久しぶりに見た自分の顔、むしろこうやってまじまじと見るのは初めてなような気もする。やはり想像していた女の子みたいな顔をしていた。


 そんな事は置いておいて、何というか子供に大人の服を着せたみたいになっている。


『あざといな』


「あざといね。でも、このくらいあざといと逆にありって事ないかな」


 半分開き直って遊馬に尋ねてみると、返ってくるのは想像していた通りの言葉。


『どうだろうな。俺個人としてはあざとかろうと似合っていれば構わないと思うが』


「もちろんわたしもそうなんだけど、それが自分となると少し考えるところがね」


 例えば鼓ちゃんがこういう恰好をしているのであれば可愛いと思うけれど、自分でするとなると躊躇う。何とも自分勝手なような気もするけれど。


『そうは言っても綺歩の家にはこれで行くしかないわけだが、大丈夫か?』


 そうなんだよね、とは思うが隣の家で会うのは恐らく綺歩だけなので諦める事にする。


 とりあえずちゃんと歩けるか辺りを歩いてみることにした。


 少し歩いては裾を曲げ、また歩きながらちゃんと歩けるようになるところを探す。


 歩けないと綺歩の家までもいけないから。


「裾を曲げたら何とかって感じかな。ベルトはもう少しきつく締めたいけど」


『じゃあ、次替わる時は全力で締めるか』


「よろしくね」


 いかに遊馬が細いとはいえ大変だと思うのだけれど、事故は起こらないようにしたい。


 この後、遊馬と入れ替わるまで待って朝食を食べてから家を後にした。


 人気のない路地に入ったところでわたしと入れ替わる。


 裾を曲げ歩こうとしたところである事に気が付いた。


「何ていうか、靴って言うのは盲点だったよね」


『そうだな』


 盲点とは言っても流石に靴はどうする事も出来ないのだけれど。


 つま先に引っ掛けるようにしながらひとまず綺歩の家に向かう。


 呼び鈴を押すと出てきた綺歩が「ユメちゃん、いらっしゃい」と言った。


「今日はごめんね」


「ううん。そんな事よりも早く私の部屋に来てもらってもいいかな? お母さんに見つかると少し厄介だと思うし」


「わかった」


 確かにわたしも綺歩のお母さんに今の姿を見られるのは困る。


 綺歩の友達と言えばいいとかそう言う問題ではなくて、格好的な意味で。


 前を歩く綺歩について行く形ではあるが、何度も来た事のある綺歩の部屋、一人でも向かうことは出来る。


「改めていらっしゃい」


「お邪魔します」


 綺歩の部屋に入ったところで、また迎えの言葉を貰う。


 その辺は事務的なものだろうけれど、その後で何とも言えない笑顔をわたしに見せた。


「やっぱり、遊君の服じゃおっきいね。それでも可愛くはあると思うんだけど……」


「まあ、あざといよね」


「そこまで言うつもりじゃ……」


 困ったような声で否定を示す綺歩に「いいの、いいの。わたしも遊馬もそう思っているから」と軽く笑って返す。これなら本題に入っても大丈夫だろうと、変わらず気を張らずに綺歩に尋ねた。


「それで綺歩、今日はいいの? 服借りちゃって」


「もちろん。その格好じゃ歩き難いでしょ?」


「まあ、そうなんだけど。わたしが着るって事は遊馬が着るって事と大して変わらないんだよ?」


「あ、そっか。そうなっちゃうのか……」


 ああ、これは借りられないかな。流石に幼馴染とは言え男の子に服を貸すのは抵抗あるよねと思っていると『やっぱり気が付いていなかったのか』と遊馬の声が聞こえる。


「でも、変な事しなかったら大丈夫かな?」


「変な事って?」


「あ、えっと……」


 予想外にも貸してくれそうな事は嬉しいけれど、ちょっと綺歩をからかってみたくなって尋ねてみる。


 思い通り顔を真っ赤にする綺歩が何を想像しているかは置いておいて、勿論普通に着て普通に返すつもりなので特に何もするつもりはない。


「匂いを嗅いだり……とか?」


「大丈夫、しないしない」


「うん。信用するからね」


 今綺歩が来ている服を借り訳じゃないんだし、別に匂いを嗅がれても問題ないような気がするけど、とは言わない。


 ふと、そろそろ遊馬に戻るんじゃないかと思って鼻歌を歌う事にした。


「どうしたの、急に鼻歌なんて歌いだして」


「遊馬に戻らないようにね。気がけて歌っていないといけないんだよ。耳障りかもしれないけど我慢してね」


「耳障りなんてことは全然ないんだけど、そっか、大変だよね」


 そう言ってタンスの方に向かう綺歩を見ながら、納得してくれてよかったと胸を撫で下ろした。


 確かに遊馬に戻らない為って言うのもあるけれど、本当は何となく歌いたかったからというのが大きかったから。


「こういうのはどう?」


 綺歩の声がして慌てて綺歩の方を向く。その手にあったスカートを見て、わたしはちょっと複雑な気持ちになった。


「上は良いと思うんだけど、スカートは……」


「やっぱり、抵抗ある?」


「抵抗はないし、着てみたいとは思わなくもないんだけど……」


 着たいけど着るわけにはいかない。それに、その理由はちょっと説明し辛い。


 でも説明しないわけには行けないらしく「だけど?」と綺歩が促してきた。


「何かの拍子に中が見える状態になった時に男ものの下着が見えるのは良くないんじゃないかなって」


 女ものなら良いのかと言われると良くはないけれど、男ものならより嫌だと言う感じだろうか。綺歩もその辺は分かってくれたらしく「えっと、あの……そうだね」と戸惑いの声をくれた。


「わたしスカート穿き慣れてはいないからどう気を付けていいのかもわからないし」


「さすがに下着は貸せないから……」


 まあ、当然だよなと思う。借りる事が出来た所で綺歩の下着が町中で晒される可能性も大きい。


 タンスに行って帰って来た綺歩が次に持ってきたのはスキニージーンズ。


「これなら大丈夫そうだね」


「それなら良かった」


「それじゃあ、早速」


 ちゃんとした服があるならば、早くそちらを着たくて今着ている服を脱ごうと思ったのだけれど「え、あ、ユメちゃん、ちょっと待って」と綺歩からストップがかかってしまった。


「綺歩どうかしたの?」


「どうかってわけじゃないんだけど、ここで着替えちゃって大丈夫?」


「一応女同士なわけだし、わたしは気にしないよ? 遊馬も大丈夫だよね?」


『まあ、これはあくまでユメの身体だからな。ユメが見られて大丈夫なら俺も構わないが』


「大丈夫だって」


「それならいいんだけど……」


 遊馬の了承があったので綺歩の言葉を待たずに服を脱ぐ。だぼだぼで着替えにくいのでいっそ全部脱いでしまえと上も下も脱いで袖を通し始めたところで綺歩の視線を感じた。


「綺歩、そんなにじっと見られると流石に恥ずかしいんだけど……」


「あ、ご、ごめんね。なんて言うのか女の子なのに男の子の下着を着ているのが……っていうか本当に女の子なんだなって思って……」


「まあ、それに関してはわたしも戸惑わないわけじゃないんだけどね」


 そう言って自分の身体を見る。自分が女の子になった、自分は女の子であると言う認識はあったけれど、こうやって女の子らしい身体を見ると、変な話だけれどやっぱり女の子なんだなと自分の中で少し戸惑いに似た感動がある。


 まあ、もう少しメリハリがあってもいいんじゃないかとも思うけれど。


『ユメ、出来れば早く着替えてくれないか?』


「あ、ごめん」


 遊馬に言われて着替えの手が止まっていた事に気が付いた。


 いつまでも裸でいるわけにもいかないので急いで着替えたのだけれど、何故か背中のあたりがもぞもぞする。


「ユメちゃん髪の毛。服の中に入っているよ」


「あ、なるほど」


 髪の毛も遊馬の時と違って長くなっているのか。


 テレビか何かで見た時のように服の中から髪の毛を出して、二度三度首を振ってから口を開く。


「女の子って大変なんだね」


「大変ではないと思うんだけど、慣れないと難しい事ってたくさんあるのかもね」


 そうなんだろうなと思う。現に綺歩がこの事に関して困っているのは見たことがないし。


 気が付くと綺歩が後ろに回ってわたしの髪を梳かし始めた。


 どうして急にそんな事を、と思ったけれど多分さっきので髪がぼさぼさになったのだろう。


 綺歩にお礼を言ってから、ちょっと時間が出来たかなと思ったのでふと頭に浮かんだ歌を音にしてみた。

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