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Lv124

 一曲終わって、演奏してくれた皆の方を見ながらボーっとしていると「決まりね」と稜子の声が聞こえてきた。


 それに対して一誠が白々しく問いかける。


「決まりって言うのは?」


「さすが御崎、察しが悪いわね。この子、ユメをメンバーに入れることよ。同時に三原のリストラもね」


「やっぱり遊馬を外すのか」


「当たり前でしょ? 最初からそう言う約束で居たんだから」


「オレとしては遊馬と二人でボーカルって言うのも悪くないと思うんだけどな」


「あ、あたしもそう思います……」


 稜子の話はもっともだけれど、こうやって一誠と鼓ちゃんに遊馬の事を庇って貰える事は嬉しい。


 そう思ってみていると、桜ちゃんも「桜もいじれる先輩が減るのは少し寂しいですね」と喜んでいいのか悲しんでいいのか分からない事を言う。


 皆にそう言われ少し癪に障ったのか、稜子が「綺歩はどう思う?」と投げやり気味に尋ねた。まあ、稜子の事誰が何といっても言葉は曲げないだろう。


「その事に関してなんだけど事情が複雑でね。ユメちゃんの事を遊君は知っているし、ユメちゃんも遊君の事は知っているんだよ」


 まあ、わたしと遊馬の関係を考えればわたしか遊馬かを追い出すことなんて出来はしない。それに驚くのは稜子で「綺歩、それってどういうこと?」と怪訝そうな目を向けた。


「稜子としては、ユメちゃんをメンバーに加える事に反対ではないんだよね?」


「もちろん。こんな逸材を逃すつもりもないもの」


「で、代わりに遊君を辞めさせるつもりだよね?」


「ええ、元々新しいボーカルが来るまでって約束だったでしょ」


 頑として稜子は譲ろうとしない。綺歩は特に変わった様子はないけれど、一誠が不満そうな声を出した。


「だからって、なあ。何だかんだで今まで一緒にやってきたんだぜ?」


「そこで感情に流されていたら上には行けないのよ」


「上……ねえ」


 稜子と一誠の間で空気がかなり悪くなる。何だか二人が見当違いな事で喧嘩しそうな雰囲気にやきもきしていると、綺歩が「二人ともその辺で……ね」と仲裁に入った。


 それが良いタイミングだとわたしも口を出す。


「一誠も稜子に何言っても一緒なことくらい分かっているでしょ? それにわたしが入ったところで遊馬を辞めさせることは稜子にも出来ないよ」


 口を出すにあたって敬語を使う事が面倒になったのでそう言ったのだけれど、急にわたしの口調が変わったせいかいがみあっていた二人がそれも忘れてキョトンという顔をした。


 そう言う意図はなかったのだけれど、空気が軽くなって良かったと思う。


 キョトンとしたままの稜子がわたしに問いかけた。


「えっと……ユメ、何を?」


「そう言えばちゃんと自己紹介していなかったね。わたしの名前は三原遊馬。今はユメって名乗っているけど。一誠と同じクラスの二年生で、一昨日もここで歌わせて貰っていました。皆一昨日ぶりだね」


「……と、言うわけなの」


 わたしの開き直りにも似た自己紹介に綺歩がそう言って纏める。


「なあ、綺歩嬢。オレの耳が可笑しくなかったらその美少女が遊馬って事になるんだが、耳鼻科に行った方が良いのか?」


「大丈夫よ御崎。アタシにもそう聞こえたもの。きっとこれはどっきりか何かね」


 言葉だけだとこうなるのかと、もやもやしてしまう。わたしが遊馬だと証明しようにも綺歩の時と違い遊馬じゃないと分からない事ってそうそうないし。


「なるほど、綺歩嬢にしてははっちゃけたことをしてくれたわけだ。それで綺歩嬢。その美少女は本当は誰なんだ?」


 証明しようがないとはいえここまで信じて貰えないのはちょっと悔しい。悔しいのでもう一度言ってみる事にした。


「わたしは正真正銘三原遊馬だよ?」


「うん、その冗談は良いんだよ、お嬢さん」


 一誠の癖に何で信じてくれないんだ、そんな理不尽も言いたくなってくる。


 ちょっと頬でも膨らませてやろうかなんて感情的なところは良いとして、このまま話が進まないのも好ましくない。


「とりあえず、その話は少し待っていてくれないかな? 後十分もしたらきっとわかるから」


「十分?」


 綺歩の言葉に一誠が疑問を浮かべる。それは無視するとして、なるほど綺歩は最初からわたしと遊馬が入れ替わる瞬間を見せようとしていたのか。


 もうわたしの事は皆に認められただろうし、後はわたしと遊馬が同一人物だって分かってもらえばいいのだから入れ替わる瞬間を見せるのが手っ取り早い。


 散々したわたしの主張では認めて貰えないのはちょっと気に食わないけれど他に何も思いつかないので「まあ、そうするしかないよね」とため息交じりに口にする。


「それなら、綺歩の言う時間が来るまで適当に待ってみましょうか。何か飲み物買ってくるけど何か欲しいものある?」


「じゃあ稜子嬢、オレブラックコーヒーで」


「あんたも来るのよ。荷物持ちでしょ?」


「あいあい、了解」


 稜子が男嫌いだからか、単純に男女の差なのか子の部活の男子は荷物持ちと言う称号を与えられている。


 つまりわたしもこの間までこういう雑用をしていたのだけれど。


 そう思っている間に皆飲み物を頼み終わったらしく、いつもの癖と言うかやらないといけないと言う気になったので「わたしも一緒に行った方がいい?」と尋ねた。


 しかし稜子は少し戸惑ったような顔をすると「いえ、いいわ」と返す。


 行かなくていいのならと一誠にいつものを頼む。勿論、一誠は困った顔をしていたけれど「行ってらっしゃい」と扉の外に追いやった。


 ひと段落して一息つくと思わず声が漏れる。


「やっぱり稜子は難しいね」


「ごめんね。私がもっとちゃんと説明出来たら良かったんだけど」


「普通こんなこと説明できる人なんていないよ」


 むしろ綺歩だけでも理解してくれていて助かる。でも、やっぱり難しくて乾いた笑いが出てきてしまうが。


 気が付くと、一年生組が近づいてくるのが見えた。


「あの、ユメ……先輩? は三原先輩なんですか?」


「そう言う事なのよ」


「でも、ユメ先輩なんですよね?」


 不思議そうに首を傾げる鼓ちゃんはやっぱり可愛いなと思う。何というかマスコット的可愛さと言うか、小動物的可愛さと言うか。


 気が付いたらわたしの手が鼓ちゃんの頭の上に乗っていた。気が付くが早いか「ごめんね」と言って手を引っ込める。


「そうですよ。つつみん撫でていいのは桜だけなんですから」


 隣にいた桜ちゃんに鼓ちゃんが守られるように抱き着かれる。


「本当に桜ちゃんは鼓ちゃんが好きだよね」


「桜ちゃんの名前を知っていたってことはやっぱり三原先輩なんですね」


「そうだけど……決め手はそこなの?」


 納得したようにぱあっと鼓ちゃんが笑った。


 少しずれているかのような鼓ちゃんの理解にちょっと可笑しくなってしまう。


 気が付くと、鼓ちゃんはまた困った顔をしていた。


「でも、そうだとしたらユメ先輩も三原先輩で三原先輩も三原先輩で……」


「今の先輩はユメ先輩。普通の先輩は遊馬先輩でいいんじゃないですか?」


「おお、流石は桜ちゃん」


 それでいいんだと内心苦笑してしまう。と、同時に何故桜ちゃんに睨まれているんだろうと疑問に思う。


「さて、仮に貴女が先輩であったとして、見た目が女の子になっているのは認めます。でも、ひとつ気になっていることがあるんですよ」


「桜ちゃん、なあに?」


「それで中身は先輩なんですか?」


「ああ、なるほど」


 外見だけ変わると言う事も考えられるのか。むしろ、中身まで二人になっている方が珍しいのかもしれない。現実には――わたし達を除いて――どちらも起こりえないのだろうけれど。


「えっとね。もともとは一緒だったんだけど途中で分かれたみたいな感じかな?」


 二重人格みたいに、とつけた方がよかったかもしれないけれどちょっと気になる事があったので、おざなりなってしまった。


「ねえ、桜ちゃん」


「ユメ先輩、どうしたんですか?」


「こんな事を聞くのも変な話なんだけど、仮にでもよくわたしの事受け入れられたね」


「そんな事ですか。そりゃあ、性転換や女装なんていうのは最近のライトノベ……」


 すらすらと話していた桜ちゃんがそこで固まり取り繕うように慌てて言い直す。


「つ、つつみんが納得したんですから、桜だって納得しますよ。そ、それでユメ先輩の中にもう一人先輩がいるって事で良いんですよね?」


 桜ちゃんの反応は変な感じだけれど、さっき言えなかった説明が出来るなと深く考えずに言葉を返した。


「何となく二重人格を想像してくれると分かりやすいかな。ただ、わたし達の場合感覚まで共有しているんだけどね」


「ユメ先輩。本当に女の子になったかどうかだけ確かめてもいいですか?」


 にやりと笑ってそう言う桜ちゃんの目が怖い。


 でも、その辺はちゃんと分かっていてもらわないといけないよなとも思う。


「え、えっと。別に構わないけど……どうやって確かめ……」


 話している途中で桜ちゃんが視界から消えたと思ったらスッと胸あたりに何かが伸びてきた。その時に思わず「きゃあ」と女の子の様な叫び声をあげてしまう。今は女の子なので当たり前なのだけれど。


 伸びてきた手が桜ちゃんのものだと分かる頃には、わたしの胸は好き勝手まさぐられていて今まで感じた事のないようなくすぐったさにも似た感覚に「あ、えっと、桜ちゃん何をして……」と返すのが精一杯。


「大丈夫ですよ。女の子同士なんですから」


 何が大丈夫なのかわからない。でも、鼓ちゃんも綺歩も止めてくれない。


「戻ったわよ」


 そう言って稜子が戻ってきてくれたおかげで、ようやく呼吸を整える事が出来た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それで、そろそろ十分経つと思うんだけれど」


 稜子の言葉に綺歩が時計を確認して頷く。


 本来こういう時間管理ってわたしがしないといけないんだろうなと思っていると、飲み物を買いに行っていた二人の表情が急変する。稜子がこんなに驚いた顔をすることも珍しいので写真を撮っておけばよかっただろうか。


「遊馬……お前……」


 一誠の言葉になりきれていない問いかけに遊馬が「まあ、こういうわけだ」と返す。


 わたしと遊馬の入れ替わり、これ以上に状況を説明するうえで分かりやすい事もないと思うのだけれど、稜子も一誠も驚いたまま遊馬に詰め寄る。


「こういうことってどういうよ。ユメは? ユメはどこに行ったの?」


「稜子、とりあえず落ち着いてくれ。ユメは俺の中に居るから」


「俺の中って、つ、つ、つまりさっきの美少女がお前だったって事か?」


「ユメもそう言ったと思うんだけどな」


 二人からの迫ってくるかのような質問に遊馬が四苦八苦している様は何だか気の毒で、でもちょっと面白いような気もする。


 自分の事を本当に俯瞰しているかのようなそんな感じがして。


「質問はいろいろあるだろうが、正直俺もどうなっているのかよく分かっていないから答えられないぞ?」


「何よそれ? って言いたいところだけれど、三原でも答えられそうなことを一つ聞かせて貰うわ」


「まあ、答えられるならな」


 稜子の質問。何となく予想は出来る。だって、稜子は男があまり好きではないのだから。


「ユメは女の子なのよね?」


「そうだな。桜ちゃんに聞けばわかると思うが、身体まで女のそれになっていて、人格まで変わっているな」


「そうなの桜?」


「そうですね。ちゃんと膨らんでいましたから女の子で間違いないと思いますよ。とはいってもその膨らみはとっても慎ましやかでしたけれど」


『どうせ、無いですよー……』


 思わず声に出してしまう。男時代女性の胸部に興味がなかったわけではないが、優劣をつける事は無かった。


 しかし、こうやって女になってみるとなかなかどうして、女性の象徴が羨ましくなるのだろうか。男だった頃身長の一センチで勝った負けたしていた頃に似ているような気もする。


「そう言うことなら話は簡単よ。三原、今度からここに来る時はユメできてユメで帰りなさい」


「ユメで帰るのは嫌なんだが」


 わたしが落ち込んでいる間に話は進んでいたらしく、遊馬が稜子に無理難題を押し付けられそうになっていた。無理難題って程じゃないけれど、わたしだってぶかぶかの制服を着て目立ちながら帰るのは嫌だ。


 そんな時横から一誠が話に割り込んでくる。


「志手原さんよ。簡単に決めちゃっているがまだまだ尋ねておかないといけない事があるだろう?」


「別にないわよ。三原よりもユメの方が歌が上手い。アタシにはそれだけの情報で十分だもの」


「いやいや。遊馬、お前はそれでいいのか?」


 もう遊馬はこの質問を何度されたのだろうか。まあ、殆どはわたしからしたのだけれど。


 この問いかけで遊馬の気持ちが揺らいでくれてもいいなと思った。思ったけれど、揺らがないんだろうなと言うことも分かった。


「それでもいいと言うか、それしか選べないからな。それに、女の子ばかりになって一誠は嬉しいだろう?」


「そう言うことじゃなくてな……いや、遊馬がいいならこの場はいいか。それで、綺歩嬢が後十分とかって言っていたってことは、入れ替わる条件は分かっているんだろう?」


 一誠の問いかけに遊馬が感心しているのが分かる。やっぱり一誠は頭が良いんだなとかそういう所だろう。


「ああ、俺がユメになるには俺が裏声を出せばいい」


「裏声?」


「それで、ユメから俺に戻るには十五分間歌わなかったらいい。確かに人格は違うし、性別も入れ替わるが感覚は共有しているからな」


「そうそう、それなんですが」


 遊馬と一誠との会話に桜ちゃんが躊躇わずに入ってくる。


 別にそれは良いと思うのだけれど、その楽しそうな笑顔は何なのだろうか。


「ユメ先輩のを揉んでいた時って、先輩はどんな気分だったんですか?」


 どんな気分だった……やっぱりあのくすぐったさとかが女の子特有のものなのだろうか、だとすると。


 『わたしは初めて女の子って感覚に襲われて変な感じだったけどな』と呟いてしまったが遊馬に聞かれてしまっただろうか。


 でも、基本的に歌う時しかわたしでいないのだから本当に初女の子体験って感じだった。


「何? 遊馬、お前ただみんにもまれたのか?」


「別にどんな気分ってわけでもなかったな」


 遊馬がどんな感覚だったのか少しは気になっていたので、この返答には残念。


 桜ちゃんも「なーんだ。面白くないですね」と言ったけれど、何だかわたしのそれとは意味合いが違う気がする。


「なんだか目はそうは言っていないような気がするんだが……」


「はいはい、冗談はそこまでにしておいて」


 そう綺歩が話を区切ったので遊馬が小さく息を吐いた。


「今後一切裏声を使わないと言うわけにもいかないだろうし、本番で入れ替わったら困ると言う事でこれからはユメちゃんが歌う事に本人たちも納得済みなんだよ」


 綺歩がわたし達の代わりに全部説明し終わった所で遊馬に「で、いいんだよね?」と尋ねる。それに対して遊馬は短く「ああ」とだけ返した。

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