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Lv122

 家に帰った遊馬が夕食後すぐに部屋に入った理由をわたしはすぐに察することが出来た。出来てしまった。


 でも、入れ替わる条件を聞かれると決まったわけじゃなく、こちらが動揺していると逆に勘付かれる可能性もあるので平静を装い先にこちらから声をかける。


『それで何を聞きたいの? 大体は分かっているけど』


 遊馬が聞きたいことは別にわたしが聞かれたく無い事だけじゃない。むしろもっと聞きたいことがあるはず。例えば、わたしが何なのか、とか。


 そう思っていると案の定「いろいろ聞きたいんだが、結局おまえって何なんだ?」と尋ねられた。


 わたしには嬉しい質問でも遊馬的には嬉しくないだろうなと思う。だって、わたしもそれを正確には答えられないから。


『何って聞かれても、正直わたしもよくわかっていないって言うのが正直なところだよ』


「分かっていない?」


『そ。わたしの認識としても、昨日のカラオケまでは確かに三原遊馬だったんだから。そこから急に自分は女の子なんだっていう気分になって気が付いたら本当に女の子になっていたって感じ?』


 言いながら自分でもこんがらがってくる。急に自分は女の子なんだって言う気分になったと言うよりも、気が付いたら自分が女の子であることに疑問を持たなくなった感じだから。


 当たり前だけれど、遊馬もあまり納得した様子はなく口を開いた。


「じゃあ、お前が俺だっていうのは」


『わたしの中では一貫して三原遊馬として生きているから。私だって遊馬のつもりなんだよ。これはもう推測でしかないけれど、あの時を境にわたしと貴方……面倒だからユメと遊馬って言うけど、に分かれたんじゃないかな? 原因とか何とかは置いておいて』


 分かれた……と言うのが一番しっくりくる気がする。生まれたとか言ってもいいのだろうけれど、男時代の記憶もちゃんとあるから。


「でも、ユメの方が状況理解してるよな?」


『それはわたしが分かれた側だからじゃないかな? 少なくとも急に女の子になったって言う変化があったのはわたしだから、とりあえず現状を受け入れて分析するしかなかったんだよ』


「そう……なんだろうな」


 遊馬が何を思ってそう言ったのかは正確には分からないけれど、遊馬だってあんなに暇な時間があれば分析位すると言う事ははっきりわかる。


 まあ分析って程ちゃんとしているものではないけれど。


「じゃあ、どうやったら俺とユメが入れ替わるかって言うのも分かっているんだよな」


『うん……まあ……』


 ああ、やっぱり聞かれてしまうのか。聞かれないわけがないと言えばそうなのだけれど、やっぱり「どうして」と思ってしまう。


 わたしはその「どうして」を口にしなかったけれど、遊馬の口から音声となって「どうしてなんだ?」と発せられた。


『たぶん、遊馬が裏声を出した瞬間にわたしと入れ替わるんだと思う』


 わたしの声は――これが音声として遊馬に認識されているのかはわからないのだけれど――申し訳なさを諦めで包み隠したようなそんな音をしていた。


 これを聞いた遊馬はきっとこう考えるだろう。


『遊馬はもう裏声で歌えないかもね』


「ふざけるな」


 遊馬が珍しく大声を出す。わたしには遊馬が叫んだ理由もどんな気持ちで叫んだのかも分かる。


 分かるから目を逸らしてきた。分かるけどどうしてあげる事も出来ない。


 わたしが出来る事は遊馬に事実を知ってもらう事だけ。


『ふざけてはないよ。少なくとも過去二回はそうだったわけだから』


 変に希望を持たせないように、出来るだけ気丈に言ったつもりだったけれど、遊馬はどう受け取ってくれたのだろうか。わたしにも今の遊馬の気持ちを正確に解することは出来そうもない。


 分かるのは体が急に重くなったと言う事だけ。


「そっか、俺はもう俺の好きな歌を歌えないんだな」


 諦めたような遊馬の声に思わず、違う、と返したくなる。確かに遊馬が裏声で歌う事は出来なくなったけれど、本当は地声で歌ったとしても楽しくて好きになれるはずなのだ。


 でも、わたしにはそんな事言う資格も無いし、そもそも遊馬には地声にいい思い出が無い事をわたしは身に染みて知っている。


『そう……だね』


 わたしの言葉を聞いた遊馬はどこを見るでもなく部屋を眺めながら、いつの間にか眠ってしまっていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 昨日存分に話すことが出来たからか、朝起きて何の躊躇いもなく『身体痛い……』と漏らしてしまった。今の遊馬はわたしの声は聞きたくないはずなのに。


 でも、ちゃんとベッドで寝てくれなかった遊馬も悪いと思う。わたしだって逆の立場なら遊馬のように寝ていただろうけれど。


 それに、遊馬にどう思われようとも離れることは出来ないのだから、せめて話せるくらいにはなりたい。だから、久しぶりに綺歩が家に来た時にも『どうして、綺歩が?』と言ってみた。


 遊馬からそっけない返事しか返ってこなかったけれど、今は仕方がない。




 綺歩が家まで迎えに来てくれたのはわたしと遊馬が分かれた原因と考えられる科学部に行く事について話したいかららしい。


 綺歩も遊馬と一緒に科学部室に行くことに決まってから、ふと綺歩が思い出したかのように口を開いた。


「そう言えば、ユメちゃんについて何かわかった?」


「んー……どうやら裏声を使えば入れ替わるらしいな」


「裏声?」


 遊馬の言葉に不思議そうに返す綺歩を見ながら、遊馬もちょっと不用意に話し過ぎたんじゃないかなと思う。


 勿論ちゃんと言っておかないといけない事だろうけれど、綺歩には裏声で歌っていた事は言っていない――VS Aのように地声を使いながらどうしてもという場合は除くが。


『多少は女の子らしい声になるからじゃないか?』


 自分自身に助け舟って言うのは変な感じがするけれど、少なくともこの場はこれで乗り切れるだろうと言う言葉を男だった時の言葉遣いを思い出しながら伝える。


 もしもそのまま発音されてしまったら、遊馬が女の子の様な言葉遣いになってしまうから。と、気を遣ったのが功を奏したのか本当に遊馬はわたしの言葉をそのまま言った。


「ああ、そっか」


 と納得する綺歩をしり目に遊馬から「ありがとな」とお礼を言われてしまった。


 わたしがわたしである遊馬を助ける事は当然のはずなのだけれど、この場は『いえいえ』とだけ返しておく。


「戻る時は十五分待てばいいんだよね?」


「そう言えばユメが昨日言っていたな。その辺どうなってんだ?」


 会話の流れとは言え自然にそう尋ねられることに安心感を得る。遊馬がわたしの事をそこまで悪く思っていないような気がするから。


『十五分って言うのは歌わないでいる時間かな。わたしが表に出ている時に十五分歌わないと遊馬に戻る。そう考えると遊馬も納得できるでしょ?』


 昨日暇だった時に考えていた仮説を遊馬に伝える。歌の間の休憩が十五分なら……と言う事も言ってもよかったのだけれど、別に言わなくても分かるだろうと思っていると案の定「ああ、なるほどな」と返って来た。


 急になるほどと言った遊馬に当然綺歩は疑問を覚えて、遊馬がわたしの言葉を繰り返す。


 何だか手間と言うか何というか。この辺は慣れないと大変なのだろうなと何となく考えていた。





 自分のクラスについて、遊馬が部活に遅れる事を同じ部活のメンバーの一誠に伝える様を見ながら一誠がわたしを見たらどんな反応をするのかなんてことを考えてみる。


 驚かれるだろうけれど、怖がられたりはしないだろう。他のメンバーも綺歩の反応を思い出す限りたぶんそんな事はない――むしろ桜ちゃんは喜びそう――と思うのだけれど、唯一鼓ちゃんだけはどんな反応をされるか少し不安ではある。


 それから放課後、綺歩が来るのを待って科学部室へと向かった。


 科学部の前。遊馬も綺歩も緊張した面持ちでその扉の前に立っていた。


 勿論、わたしもそれには漏れない。色々悪い噂を聞く部活ではあるし、もしもわたしと遊馬が分かれた原因であるならばその噂はあながち嘘ではなかったと言う事になる。


 遊馬と綺歩は一度顔を見合わせると、わたしの意志とは関係なく手が動き扉をノックした。しかし反応は無く、もう一度ノックする。


「もう、何なのだね」


 二度目のノックでようやくそんな返事が返って来たかと思うと、ガラッと扉が開いて不機嫌そうな顔をした女子生徒が姿を見せた。


 何というか如何にもマッドサイエンティストです、みたいな瓶底メガネと白衣とぼさぼさの髪をしていて、生憎わたしの記憶にはこの人物は存在していない。むしろ存在していたらすぐに思い出せる自信がある。噂が去年から会ったことも考えると少なくとも先輩だろう。


 その辺は遊馬も同じだろうなと思っていると、不機嫌な声で女子生徒が話し出した。


「ワタシは崇高な研究をやっていると言うのに……」


「一昨日ここで何かやっていませんでした?」


 遊馬が必要以上に丁寧に言うのは相手を変に刺激したくないから。わたしだってそうする。


 しかし、その意図はまるで意味をなさなかったらしく先輩の目にどんどん生気が宿って行ったかと思うと、先ほどまでとは別人のように遊馬に話しかけ始めた。


「君はワタシが作り出した、願望実現マシーンを知っているのかい? あれをどう思う? そもそもどうして君なんかがワタシの崇高な研究を知っているんだね?」


 襲い来るように話す先輩を遊馬越しに見ながら、相手をしているのがわたしだけどわたしじゃなくて良かったと、遊馬には悪いが心底安心していた。




 本当に同じ学校の中なのだろうかと思うくらいに異様な空間が科学部室には広がっている。


 科学部の先輩は巡雪先輩と言うらしく、巡先輩はわたしたち、正確には遊馬と綺歩を科学部室に招き入れてくれた。


 先ほど言っていた願望実現マシーンと言うものについての話をしてくれたのだが、願望実現マシーンはその名の通り人の願いを叶える機械だったらしい。


 完成した機械を試行してみた所壊れてしまったが、偶々近くにいたわたしに作用したと言う話のようだ。


 一通り機械の説明を終えた所で巡先輩が身を乗り出すかの勢いで遊馬に話しかける。


「そう、それでだよ。君には何か変化があったのかい? いや、わざわざここまで来たのだから変化があったのだろう? どうだ、願いはかなったか?」


「願いがかなったかは知りませんが、二重人格且つ女体化するようにはなりましたね」


 事実を事実として伝えるように感情を殆ど乗せずに遊馬が返す。


 願望実現マシーンと聞いて何となく思う所はあった。歌っていた時に想像していた女の子を羨ましく思った事。それが願いとして受理されたのだろう。


 そうだとするならば、願いは叶った。あくまでわたしは。でも、遊馬はイエスとは答えなかった。でも、ノーだとも言わなかった。


 わたしも遊馬なのに、遊馬の願いがかなったかどうか分からないと言うのは本当に妙な感じがする。


 わたしが考えている間にも会話は進んでいたらしく、わたしと遊馬が入れ替わると言う話になっていた。しかし遊馬はすぐには入れ替わろうとしない。


 わたしの事を気にかけてくれているのかなと嬉しかったけれど『わたしは大丈夫だから入れ替わろう?』と声をかけた。


「いいのか?」


『あまりいい気はしないけどね。でも、入れ替わらないと話が進まないでしょ』


 わたしの答えに遊馬が「頼む」と言ってくれたので、心の中で「よし」と気合を入れる。


 入れ替わった直後「ほほう……」とわたしを見回す巡先輩にいい気はしなかったけれど、黙って先輩の言葉を待った。


「うむ。完全に女になったようだな」


「だから言いましたよね」


 遊馬は嘘を言っていなかっただろと、半分むきになって返す。


 巡先輩はそんなわたしの発言など気にしないかのように続けた。


「それで、今喋っているのは先ほどの男とはまた別の人格と言うわけか」


「わたしとしてはあまり違う人格って感じはしないんですけどね」


 この問診の様なやり取りの後に何をされるのだろうと不安だけれど、不安に思わないように気丈に返す。


 また「ほほう……」と興味深そうにわたしを見る巡先輩にどんな怪しげな機械をつけろと言われるのだろうかと思っていると先輩は口を開いた。


「その辺の事を詳しく教えてはくれないかい」


「それでいいんですか?」


「それでいい、とは?」


 以外にもなにもされないことが拍子抜けで思わず口に出してしまった言葉に巡先輩が首を傾げる。言ってしまった手前何か言わなければと正直に「何かされると思っていた」といった意図の言葉を伝えると「何かして欲しいのか?」と返ってきてしまった。


 勿論なにもされたくないので全力で首を振る。


「とりあえず今日は何をしてもらおうなんてことはないよ。まあ、髪の毛の一本くらいは貰うがね。もともとの君の分も含めて」


「髪の毛を?」


「別に頬の裏の皮膚とかでもいいんだが、生憎今綿棒なんてものはなくてね」


 髪の毛に頬の裏の皮膚? いったい何をしたいんだろうかと思っていると、一緒に来ていた綺歩が声を出した。


「DNA鑑定でもするんですか?」


「そうだ」


 DNA鑑定何てすぐに出てきた綺歩も綺歩だが、肯定する巡先輩も先輩である。


 そんなわたしの戸惑いなど知るはずもない巡先輩がわたしの方を向いた。


「それよりも、だ。さっきの君の発言の意味を聞かせてもらおうか」


「えっと、わたしとしては一昨日まで遊馬だったのに、急にわたしになったって感じです。新しく生まれたと言うよりも、二つに分かれたと言うのが近いんじゃないかと……」


 この辺に関しては本当にどうなっているかはわからない。


「ふむ……と、言うことは君もオリジナルの君の記憶をしっかりと持っているわけだね」


 遊馬の事をオリジナルと言われてしまうと、わたしがコピーの様な気がしてしまうが、今その辺をごねても話が変な方向に行ってしまいそうなので「少なくとも一昨日までの記憶は全く同じです」と返した。


「と、いう事は君は女でありながら、男の身体の事も良く知っていると、それはなかなかに興味深い」


「男のから……」


 言われてみれば巡先輩の言うとおりだな、と思っていると後ろから綺歩の声が聞こえた。


 どうしたのだろうかとみてみると綺歩は顔を真っ赤にしている。


 何というか綺歩もお年頃なんだなと思わずにはいられなかったが、巡先輩の声がしたのでそちらに集中することにした。


「まあ、ともかくだ。記憶が同じというのなら尋ねてもいいだろう」


「何をですか?」


「果たして君の望みが叶ったかどうかをだよ」


「望み……」


 わたしに改めて問う意図は分からないけれど、確かにわたしからするとわたしの望みは叶ったと言っても良い。


 しかし、現にもう一人いる三原遊馬からすると、望みが叶ったどころか楽しみを失ったとも言える。難しい話だが半分叶って半分叶っていないどころかマイナスになった。


「叶った……とは、言い難いです」


「ま、そうだろうな。そうでなければ、こんなところには来るまい」


 分かっていたのなら聞かないでほしかった。わたしの内心の不満とは裏腹に「さて」と巡先輩が話を変える。


「ひとまず、現段階で分かった事でもまとめておくか」


 それから巡先輩はノートパソコンをカタカタと鳴らし始めた。

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