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Lv118

 ユメが綺歩の家に行った日から二人の密会は何度も行われた。


 その中で綺歩の作曲は着々と進んで行ったけれど、歌詞の方は何の音沙汰も無いまま。


 曲の方は何だか音が少ないなと言う感じ。勿論伴奏が綺歩だけなのだからバンドでやる時より音が少なくなるのは当たり前だが、それを差し引いても少ない。


 ただ、メロディとしては以前少し話にも出ていたが、可愛らしい感じになっている。


 可愛いけれど、落ち着いていて、どこか明るさも感じることが出来る、なんて言ってもきっと何も伝わらないのだろうけれど、俺としてはそんな印象を受けた。


 歌詞が出来ていない以上、結局曲は完成しなかったと言う事で卒業ライブの日になった。


 やっぱり、と言うか、未だ、と言うかユメからの返事は来ていない。


 正直もうそんな事なんて忘れてしまったんじゃなかろうかと思うくらい曲作りに没頭していたし、何よりも返事が返ってこない事、ユメが忘れてしまったんじゃないかと言う事で俺も結構安心していた。


 肝心の卒業ライブについては先輩方のバンド演奏が順調に進み、予定通りの時間で休憩に入る。


「それじゃあ、行くわよ」


 そんな稜子の声でステージに上がり演奏の準備を始める。


 暗幕がされてあり、その様子を観客側から見る事が出来ないのでちょっとユメに声をかける事にした。


『結局完成しなかったな』


「綺歩と作っていた曲の事?」


『ああ、歌詞出来てないだろ?』


「そうでもないよ。voice called toolとかあるでしょ?」


『そう言う曲じゃなかっただろ?』


 ユメはそれ以降笑うだけで、何も答えてくれなかった。


 仕方がないのでその話は置いておくとして『今日も楽しませてくれよ?』と声をかける。


 ユメは「もちろん」と返してくると、そっと自分の体を抱きしめた。


 ユメの細い体がありありと分かってしまいドギマギしている間にユメは自らの拘束を外していた。


 それから暗幕が徐々に開き始める。


 籠っていたざわめきが大きくなり、


「皆さんこんにちは」


 マイクを持つユメが大きな声であいさつをすると、ざわめきが無くなりさらに大きな「こんにちは」になって返ってくる。


 見回すユメの目に見えるのは体育館の前方に頑張って押し込めたようなような人の群れ。


 ステージの淵にまで行けば簡単に握手出来てしまう距離から体育館のちょうど前半分くらいと言った所だろうか。


 それより後ろ、一階には人が居なくて、二階のギャラリーにまた沢山の人がいる。


 男女関係なく盛り上がっている様子はこちらまで楽しくなってくるように感じた。


「初めに三年生の皆さん。ご卒業おめでとうございます。


 今日はこのような場を用意していただきありがとうございます」


 そう言って頭を下げるユメの言葉には反応が返ってくるが、殆どユメの言葉が邪魔されることはない。


 それだけ会場が一体になっていると言う事なのだろうけれど、何だかユメの中一人面白くなってきてしまった。


「それでは、前置きはここまでにして早速一曲目。


 『ななゆめ』」


 ななゆめの曲で第二十位に選ばれた曲。ではなくてこの曲だけは何位であっても最初にやろうと決めていた。


 やっぱり、俺達のバンド名を冠した曲で俺達を現すような曲だから、最初にやってこちらに引き込みたかったと言う裏事情がある。


 ついでに人気投票では堂々の一位。


 ユメの声から始まるこの曲、会場全体がユメの声を待つようにシンと静まり返っている。


 ユメは大きく息を吸うと、クスッと笑みを見せて歌いだす。


「one two three four five six seven GO」


 今日やる曲は全部既存の曲。


 ユメが飛び上がるのに合わせて会場全体が飛び上がる。


 同時に皆「Go」の部分を合わせるので振動がユメの中に居る俺にまで響いてくるようだった。


 演奏も同時に始まり、また歌詞が戻ってくるところでユメがマイクを高らかにあげる。


「「sing」」


「歌うよ 声高らかに」


「「play」」


「鳴らすよ ボク達の曲


 ただ歌い 鳴らし 騒ぐだけ


 それが共通のmean それぞれのgoal


 音に集った ボク達の曲 盛り上げるためだけの歌」


 今日はユメしかマイクを持っていない。


 後ろでメンバーも声を出しているが、それ以上に見に来てくれた人たちが一緒に歌ってくれると思っていたから。


 その読み通り会場が震えるくらいの声が聞こえてきた。


「 放課後集う 音楽室 向かう道で 歌いながら


 昇る階段 はるか高みを 目指すように


 ドアを開ければ 仲間に出会い


 音楽に身をゆだねる



 そうさ 約束しよう


 次会う時も 最高の楽しさを 最高のボク達を



 次会う場所が ステージの上でも


 non non ステージの上だったなら



 もうボク達を止める事は出来ないのさ」


 そんな風に体育館が盛り上がればユメの歌にも反映される。


 今まで何度もライブなんてこなしてきたと言うのに、ユメは本当に毎回楽しそうに歌う。


 まるで俺が飽きる事無くカラオケに通っていたかのように。


 そう思うと当時の自分がなのか、それに似ているユメがなのか、可笑しく感じられた。


 やっぱり俺とユメは似ているんだなと再確認。


 ユメの「いっせーの」の声に合わせてまた会場が一つになる。


「「catch」」


「つかむよ ボク達の夢を」


「「yes」」


「皆の 夢だって



 一緒に歌い 踊り 騒げば


 夢を追うための力 目的は違っても



 音楽が呼んだ 今と言う奇跡 今を楽しむためだけの曲」


 そう言えばこの曲を初めて人前で歌ったのも確かこの体育館のステージの上だった。


 その時に思った事は今でも覚えている。


 ななゆめとは俺を含めた七人のバンドで、七人の歌。


 ななゆめがななゆめである限り俺はちゃんとそこに居られると思う。


 ユメの時間が延びる事に対して何も思わないわけじゃない。


 でも、例え俺の時間の全てがユメのものになったとしても、俺自身が消えるわけでも、皆の中から俺が消えるわけでもないだろう。


 それにユメの時間が延びること自体は何も悪い事ばかりじゃない。


 ユメが表に居られる時間が延びれば、今まで以上にユメはユメとして様々な事を楽しむことが出来る。ゆっくり食事をする事も、のんびりおしゃべりする事も。


 その中でユメが笑ってくれるなら、それ以上の事はない。


「未知 歌 仲間 出会い 楽しさ 約束 頂点 七つの夢追いながら


 同じ場所で 違うゴールを 目指すボクら



 だけど 永久とわに作ろう


 ボク達の曲 別れが来ても その先の再開を


 集まる場所は きっと ステージの上


 no doubt 空前のステージを



 七つの夢がボク達を動かすのさ」


 結局ユメとの関係がどうなるのか今はサッパリ分からないけれど、七つの夢における俺の担当は未知なのだから、ユメに俺にはいけない所に連れて行けと頼んだのだからこれからなるようになる世界を楽しめればいい。


 こんな事強がりかもしれないけれど、ユメが消えるよりも何百倍もマシだから。


 「せーの!」とユメが声をあげる。


「「sing」」


「歌うよ 声高らかに」


「「play」」


「鳴らすよ ボク達の曲


 ただ歌い 鳴らし 騒ぐだけ


 それが共通のmean それぞれのgoal



 音楽に集った ボク達の曲 盛り上がるため」


「「catch」」


「つかむよ ボク達の夢を」

「「yes」」


「皆の 夢だって



 一緒に歌い 踊り 騒げば


 夢を追うための力 目的は違っても



 今日の盛り上がりは 一人だけじゃないから



 無限の夢 また追いかけよう」


 ユメがメンバーの方を見る。


 一人一人と目を合わせて、全員に笑いかけた後正面を向いた。


 それから、まだ一曲目だと言うのにそんな事お構いなしだと言わんばかりの大声を出す。


「一緒に!」


 そう言うユメが俺にマイクを向ける事はない。


 そんな事分かっているけれど、きっと歌うユメには聞こえない程度に混ざってみようかなんて思っても許されるだろうか。


「「one two three four five six seven yeah!」」


 会場全体で飛び上がり、曲を締めくくるような爆音が響いた後、ユメが驚いたような顔をして、それから優しく笑ったような気がした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「本当の自由を手にしてやる 無かったボクを探すために


 例えそれが 常識からかけ離れていようとも 大人のためにボクは生きていないのだから」


 今日最後の曲。三年生が選んだななゆめの曲ベスト二『VSヴァーサス アダルト』。


 一曲目の『ななゆめ』の後は二十位から順番にやっていった。十番台は昔からあるライブの度に中ごろ演奏していたような曲。


 一桁台になってくるとここ一年に出来た曲が主になってくる。


 綺歩が作った『日々、道』は五位と健闘していたのだけれど、綺歩曰く「たぶん、クリスマス放送で演奏したからじゃないかな?」との事。確かに今日を除くと最近表に立ったのはその時なので分からなくもない。


 卒業ライブなのにクリスマスソングが六位だったし。


 で、初めは何で『VS A』が二位なのかと疑問に思ったのだが、恐らく最近ではないが美少女コンテストの場でやった曲だし、そこそこ盛り上がる曲ではあるから。


 それに今から大学や社会人になっていく先輩方の気持ちに合致するところがあったのだろう。


 歌い終わった時点で十八時四十五分。


 まだあと一曲くらい演奏できる気がするけれど、今日はこれで終わり。


 今日はユメがMCを焦り気味にやっていたのでこうやって時間が余っているのだけれど、まあ、最初は十七時を過ぎてからスタートする予定で考えていたのでこうなったのも仕方ないのだろう。


「最後の曲『VS A』でした」


 後奏まで終わって、余韻が無くなったところでユメが息の上がった声でそう言うと、歓声が上がる。


 それからユメは一度息を吸い込むと再度口を開いた。


「さて、これで今日の曲はすべて終わりです。


 時間的にもギリギリになりつつありますから、アンコールも応える事は出来ないんです」


 誰かが音頭を取ったのか「えー」という声が体育館全体から聞こえる。


 ユメはそれに困ったような顔をして「わたしももっと歌っていたいんですけどね」と笑った。


「ここで皆さんにわがままを聞いて貰いたいんですが良いでしょうか?」


「「いいよ」」


 会場の一体感は良いとして、ユメが段取りにない事を言い出す。見えはしないが後ろのメンバー達も困惑しているんじゃないだろうか?


 しかし、ユメはメンバーの方を向くことはなくマイクに向かって声を出す。


「最後にもう一曲だけ、先輩方の為にではなくわたしのわがままで歌って良いでしょうか?」


 やけに真面目なユメに対して、会場は肯定を示すように歓声を上げる。


 それにユメはお礼を言うように笑うと一度マイクの電源を切った。


 それから、俺だけにはっきりと聞こえるように「遊馬聞いていてね」と言ってから綺歩の方を見る。


 何か目で合図したように頷き合うと綺歩がキーボードに手を乗せた。


 今からやろうとしていることが何となく分かってしまって、落ち着かなくなってしまっていると、呼吸をするように綺歩のキーボードが二度鳴った。


 この始まりは知っている。綺歩が作っていた未完成だと思っていた曲。


 先ほどの二回の音を合図にユメが息を吸い歌い始める。


「ごめんね 世界で いちばん 好きな人


 いつも いつも いつも わたし わがままで」


 いつにも増して優しくて、しっかりした声で歌うこの曲がきっと俺の告白に対するユメの返事なのだろう。


 ユメがいつも我儘を言っていたなんて俺は思わないけれど。


 なんて思いながら半分現実から目を逸らす。だって相手がユメだから。


「だけれど わたしは その想い その想い 応えない 応えられない


 近い 遠い 曖 昧 好きだから」


 こんな風にすぐに返事をしてしまうんだから。


 振られたなんて、改めて考えなくても良く分かっている。


 その理由も予想していたし、今確信も出来た。


「君がくれたもの 歌と名前


 それから たくさんの時間とこの気持ち



 君から もらった 世界


 それが わたしの 全て」


 俺は自分の中に女の子が生まれたとしか思えなかったから、最初からユメは全くの別人で俺の気持ちを汲み取ってくれるのが上手い相手だと思っていたから、ユメを女の子として好きになった。


 でも、ユメはそうじゃなくて、遊馬と言う存在は元々自分と同じだったものとして認識していたから「一番好き」なんて言いながらもそれを特別なそれとは思っていない。


 だから、告白なんてするつもりはなかった。自分に告白されても困るのは目に見えていたし、それを受け入れられないのも見えていたから。


 分かっていたつもりだったけれど、改めて現実として見せられると辛いものがある。


「また今日もわがまま言わせて


 ねえ 君の気持ちに 応えてあげられないけど わたしここに居ても良い?



 わがまま言わせて


 約束だけは守るから もとの曖昧な関係 また戻れないのかな どうなのかな」


 戻れたらいいのになと、本当にそう思う。


 冗談でしたと言えれば良かったし、ユメに聞こえなければよかった。


 でも、こうやって返事が返ってきたと言う事は、冗談にもならず、ちゃんと聞かれていたと言う事だ。


 だけど曲の中で「ここに居ても良い?」とも言った。それが何だか嬉しくて、よくわからない感情が俺の中に渦巻く。


 一番が終わったのか綺歩のソロが始まる。


 それから二番に入ろうかとした時、後ろの方からドラムがリズムを取る音が聞こえてきた。


 ユメはそれに驚いて一誠の方を向きながらも、慌てて歌いだす。


「出会いから 今まで ずっと君といて 


 いろ いろ いろ いろ あったよね



 わがままを


 許して 許して 許して 許して なんて言わないよ


 だけど 決めた わたし ずっと 君といる」


 気が付けばギターもベースも入ってきていて、ユメの返事がななゆめの音楽へと変わっていく。


「君と過ごしてきた 短くて長い時間


 いっぱいの経験 消せない程の思い


 君もね きっとね 知ってる


 もとに戻るのは 無理と」


 なんでユメはそう言う事をはっきりと言ってしまうのだろうか。


 今でも色々と抑え込んでいると言うのに、分かっていてもそんなことを口に出されると溢れてしまいそうになるじゃないか。


 告白する前に戻ることなど出来やしない事、今こうやって振られた現実が無かったことになる事などない事くらいわかっている。


 本当に出ているのがユメでよかった。


「今日だけは わがまま聞いていて


 もとには きっと 戻れない


 だけど 形は似せられるから


 その関係で 騙されて



 わがまま聞いていて


 君のシャイな唇から わがままわたしにも聞かせて


 わたしは君も幸せにしたいから」


 この曲を、ただ黙って聞いていろだなんて、何と酷な事なのだろうか。


 でも、何か喋って良いと言われても多分上手く話すことは出来ない。


 それどころか、下手すると泣いてしまうかもしれない。


「君との時間 それは消せない消させない


 例え君でも それだけは許さないから


 ねえ 進んだ時は


 ねえ 戻るなんて事はない


 時計の針を 回してもダメ




 わがまま言わせて 君の事 一番好きだよ




 今日から 新しく 始まる物語


 だけど それは 変わ らない ようでいて


 本当は 全然 全然 全然 全然 違う日々で」


 そこまで歌ったユメが、伴奏はまだ続いているのに口を閉じる。


 そして、一度頷くと「わたしの願い、許してくれるかな」とまるで台詞でも言うかのようにゆっくりと目を閉じた。


 台詞でも言うかのように……ではないか。台詞なんかではなく、本当に俺に尋ねているのだ。


 ユメの中、何度も何かを言おうとして、喉で詰まってしまう感覚。


 言葉と一緒に色々な想いも吐き出してしまいそうなそんな感覚。


 ユメがここに居たいと言ってくれただけで本当は十分な筈なのに、何でこんなに胸が苦しいのだろう。


 ユメの前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない想いに対して、俺が何とか『ああ』と肯定すると同時に、ユメの目から流れた涙。


 はたしてそれはユメが流したものなのか、俺が流したものなのか、わかるのはその涙に対してユメが驚いていたという事だけだった。

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