Lv116
ユメが実際に言ったのか、それとも俺がただ思い出したのか分からないが、その声に押されて、風で長い髪が靡いている綺歩に向かってゆっくりと口を開く。
「綺歩がそんなに俺の事を思ってくれているのは知らなかった。
その事は嬉しいし、もっと早く知っていたら良かったと思う。
だけど……ごめん。その気持ちには応えられない」
『遊馬どうして!?』
言い切って綺歩の顔を見るのが怖くなる。
きっと悲しそうな顔をするから。ショックを受けたような顔をして、それでも気丈に笑うだろうから。
でも、目をそらすわけにはいかないと、真っ直ぐに綺歩を見ていると予想外にも晴れ晴れとした笑顔になった。
「遊君、振ってくれてありがとう」
「ちょっと待て、それってどういう事なんだ?」
「どういう事もこういう事も、言葉通りの意味だよ?
私は遊君が好き。それは本当。でも、だからこそ遊君は私と付き合って欲しくなかったの。
だって、遊君の気持ちを無視して自分の我儘を通す女だもん。
それに、今だって遊君の為じゃなくて私がすっきりしたいから告白したようなものだし」
綺歩はそこまで言うと「でも……」と下を向いて悲しそうな顔をする。
それからゆっくりと続けた。
「一言だけ言っても良い?」
「ああ……」
「遊君のバーカ!」
初めて聞くんじゃないかってくらい大きな綺歩の声。
悲しみや怒り、その言葉に何が込められているのか俺には到底理解しきる事は出来ないのだろう。
でも、受け止めなければいけない。
言い切った綺歩は満足したような笑顔を見せてから元の穏やかな綺歩の口調で話す。
「遊君には別に好きな人が出来たんだよね。
それまでは私の事を好きでいてくれたみたいだけど」
『え? そうなの?』
「……知ってたんだな」
「知ってたから告白したし、知ってたから今まで告白しなかったんだよ」
俺に振られると分かっていたから告白した、俺が告白を受け入れると分かっていたから告白しなかった……そういう事なのだろう。
俺が誰を好きなのかって言うのも綺歩には気が付かれているに違いない。
「さて、準備も終わったし遊君が知りたかった事を話してあげる」
「良いのか?」
「その為に遊君を呼んだんだよ? 忘れちゃったの?」
そう言って綺歩が楽しげに笑う。
さっきの今でどうしてそんな顔が出来るのだろうか。そう思うと同時にいつもの綺歩のようで、変にぎくしゃくする事もなくて安心する。
綺歩はそんな俺の考えを知ってか知らずか続けて話し始めた。
「最初は、んーっと……十一月の二回目の日曜日かな。
大学祭の後の最初のお休み」
「その日って……」
「そう、遊君と舞ちゃんがレコーディングしていた日」
「それも知っていたんだな」
「桜ちゃんに聞いていたから。
その日桜ちゃん遊君たちの方にはギリギリだったか少し遅れちゃったかもしれないんだけど、午前中に私が桜ちゃんに編曲のアドバイスを貰って、そのまま一緒に巡先輩の所に行ってたんだよ」
それを聞いて俺の中で上手く何かが噛み合った。
その日に綺歩と桜ちゃんが繋がったのか。
確かにあの日桜ちゃんは巡先輩の所に行っていたから遅くなったと言っていたし、綺歩も大学祭の次の休みにアドバイスを貰ったと言っていた覚えがある。
てっきり土曜日だと思っていたけれど。
「巡先輩の所に行くって聞いてね。
たぶん遊君関連だろうなと思って私も一緒に行くって言った時、最初桜ちゃん渋っていたんだけど。
結局一緒に行って、桜ちゃんが巡先輩にユメちゃんでいる時間が長くなっているかもしれない事の結果は出たのか、って聞いたんだよ」
「何か変な言い回しだな」
「元々桜ちゃんが巡先輩に話を聞きに行っていたんだって、でもその時には詳しく分からなかったみたいだから、改めて行ったのがその日……みたいなことを言ってたよ」
「何で桜ちゃんが俺達よりも早くその事を知っているんだ?」
巡先輩から俺達の事を聞いていたから、桜ちゃんが俺に科学部室に行くように言ったと言う予想をほぼ肯定する言葉が返って来たけれど、順番が俺の予想とは前後していたので疑問を投げかける。
綺歩は何かを思い出すようなポーズをとると、ゆっくり口を開いた。
「確か大学祭の時に何かあった、みたいなことを言ってたと思うよ?」
「……結果発表のときか」
言われて思い出した。十五分で出るはずの結果発表がユメが歌い終わってまだユメでいる時に行われていた。
その時には早めに結果が出たのかと思ったけれど、何故か桜ちゃんが不思議そうな顔もしていた。
何故まだユメなのかって。
そのことが気になった桜ちゃんが巡先輩の所に行ったと言うわけか。
「それで、私が二人に口止めしたの。そのことを遊君に言うのは少し待ってほしいって。
結局巡先輩とは遊君が巡先輩の所に行くまでって約束になったんだけど」
「……何のために?」
「ごめん、それは後で話すね。
それで桜ちゃんに私が遊君の事を全部知っていた事を話して、遊君が科学部に行かないように気を逸らしてほしいって頼んだの。
私が動くと遊君に変に勘付かれるかもしれないし、桜ちゃんなら急に何か企画してもおかしくないから」
「それがクリスマス放送だったって事か」
「どちらかと言うと作詞の方だけどね」
だから桜ちゃんは妙に手元を見ずに字を書く練習をさせようとしていたのか。
年末まで何て言っていたのも時間を稼ぐためって事だろう。
「さっき綺歩は口止めって言ったが、二人とも快く黙っていたのか?」
もしかしてと思って聞いてみると、思った通り綺歩は否定を示すように首を横に振った。
「私に色々黙っていたことを盾にして、しぶしぶ折れてもらったんだよ。
桜ちゃん達には悪いことしたなって思ってはいるんだけど」
「だから、桜ちゃん達はたまに寂しそうな、申し訳なさそうな顔していたんだな」
不本意ながら黙っていないといけなかったから。
綺歩を見ると、とても意地悪そうな顔でクスッと笑うと「それじゃあ、本題だね」と言った。
「なんで私が今こうやって遊君の前にいるのか。
遊君はこれ見たことあるよね?」
そう言って綺歩が取り出したのは小型のピストルのようなもの。
見たこともあるも何も、以前巡先輩が見せてくれたユメを消すための機械。
何だかとても嫌な予感がして問い詰めるように綺歩に言葉を向ける。
「綺歩、お前何をするつも……」
「遊君、取りあえずユメちゃんと入れ替わって貰っても良い?
そうしないとこの機械使っちゃうから」
怒っているわけでもなく、綺歩は淡々とそう言う。
しかし、その淡々とした言葉が今は逆に有無を言わさない迫力になっていて、綺歩の意に沿わない事をやった瞬間にその機械を使われるのではないかと言う恐怖を誘った。
こうなってしまっては俺は黙って従うしかない。
心の中で謝りつつユメと入れ替わる。
しかし、当のユメはあまり怖がっている様子も無く落ち着いた様子で口を開いた。
「綺歩どうしたの急にわたしと入れ替えさせるなんて」
「ユメちゃん知ってる?」
綺歩の方は、また意地悪そうな顔になっていて、実は中身は桜ちゃんなんじゃないかとすら思う。
「知ってるって何をなの?」
「この機械に使ってある部品って結構特殊なものらしくて一度壊れるともう一度作るのに三か月はかかるんだって」
銃口をユメに向けながら、いきなり綺歩は何を言い出したのだろうか。
そう思っているとユメがとても焦ったような声を出した。
「待って綺歩、何をする気」
「何って、これを壊そうかなって思っているだけだよ」
「ダメ、絶対ダメ。その機械をこっちに渡して」
『ユメ、何を言ってるんだ?』
「何って遊馬。壊されたらもうわたしが消えられなく……」
そこまで言ってユメが口を両手で押さえた。
同時に綺歩が満足そうな顔をする。
状況だけ纏めると、ユメが自ら消える道を選ぼうとしていたように思うのだけれど……
「遊君聞こえた? ユメちゃんね自分から消えようとしていたんだよ」
『ユメ、どういう事なんだ?』
俺の言葉の後沈黙が流れる。俺の言葉は周りには聞こえないので傍目には綺歩の言葉の後、なのだろうけれど。
その沈黙に耐えられなくなったのかユメが自棄になったかのように言葉を投げ始めた。
「いくら約束があるからって、それだけが理由で遊馬から時間を奪うわけにはいかないでしょ?
わたしは約束よりも遊馬の方が大切なの。
だから、わたしは消えたいの。遊馬にとってはわたしが消えた方が本当はいいんだよ」
胸が張り裂けるんじゃないかと思うくらいに痛々しいユメの言葉を否定したい。
それだけじゃないと声を出したい。
しかし、どうしてもその言葉が言えなくて、そんな自分が情けなくて。
ユメを通してそんな俺を見ているんじゃないかと思える、綺歩の優しい視線がこちらを向く。
でも、それはすぐに悪戯っぽい笑顔に変わった。
「そんなユメちゃんと遊君だから私は此処にいるんだよ。
でも、私は自分勝手だからもうちょっとだけ二人を虐めるね」
「虐めるって……」
「遊君はさ、ユメちゃんが好きなんだよね?」
「へ……?」
何の前置きも無く綺歩が言った言葉にユメが素っ頓狂な声をあげる。
同時に俺の中にどうしようもない焦りが生まれた。
綺歩にその事がばれていることはわかっていた。むしろ、綺歩に気がつかれないようにする方が無理だろう。
でも、それをユメに聞かれるわけにはいかなかった。
単純に怖かっただけなのかもしれないが。
「遊馬……そうなの?」
探りを入れるような、恐る恐るという形容が相応しいユメの言葉に、諦めたように『ああ』と声を出した。
それから、ユメに何かを言われる前に開き直って畳みかける。
『ああ、ユメの事が好きだ。
だから、ユメには消えて欲しくない。
ユメが居なくなるくらいなら俺が消えた方がいいとすら思う』
あーあ。と心の中で後悔する。
別に今まで通りの関係で良かったのに、と。
幼馴染ともまた違う距離の近さ。家族みたいだけど、それともどこか違う。
何処までも自分に近いけど、自分とは違う。
そんな、俺とユメでしかありえないそんな関係。
しばらく黙って何かを考えていたユメがゆっくりと口を開いた。
「ごめんね、遊馬。今すぐには答えを出せそうにない……かな」
『いや、それでいい。今のままでも俺には十分だから』
「ううん。ちゃんと答えは出すよ。蔑ろにはしたくないから」
『……分かった。ただ、一つ約束してくれ。
どんな答えになったとしても消えるなんて言わないでほしい』
「うん。約束する。もう消えるなんて言わない。
それで遊馬が自暴自棄になったら困るもんね。
だから、待っててね」
『ああ、待ってる』
何だかすっきりはしない終わり方。だけど、それでもよかったと思う。
ユメが消える事が無くなって。
「ねえ、ユメちゃん」
「どうしたの綺歩?」
こちらの話が付いた事が分かったのか綺歩がユメに話しかける。
自然になのか努めてなのかユメがいつもと変わらない態度で返すと綺歩が答えた。
「私と遊君の約束はもう果たされなくなったでしょ?
だから、代わりにユメちゃんが私と約束してくれないかな?」
「どんな約束?」
「これからずっと、私が作った曲を私の演奏に合わせて歌ってくれないかな?」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
繰り返される「ずっと」という言葉。
綺歩の本当の気持ちかもしれないけれど、きっとユメがもう二度と消えるなんて言わないように、綺歩の言葉を借りるなら約束で縛りつけようとしているのだろう。
「分かった約束する」
ユメがそう言って頷いたのを見て綺歩は笑顔で頷き返すと「えい」と言って手に持っていた拳銃もどきを足元に叩き付けた。
見た目は頑丈そうだったけれど、案外もろかったらしくパリンともガシャンとも取れるような音を出して拳銃もどきがいくつにも分かれて飛び散る。
その一瞬ユメが惜しい事をしたとでもいうように口をきゅっと閉じるのを感じた。
壊れた機械を見ながら綺歩が安心したように「ふう」と息をつくとそのまま口を開く。
「その約束をしたって事は遊君だって今まで通り私に接してくれないと駄目だからね?」
『分かった』
ユメと綺歩との約束がなぜ俺にまで影響するのかサッパリわからないが、やっぱり綺歩との関係が変わってしまうのも嫌なので反論せずに肯定する。
俺の代わりにユメが頷くと、綺歩が「うーん」と背伸びをして、あげた手をそのまま体の後ろで組んだ。
「これで本当に私がやりたかったことはおしまい。
ねえ、ユメちゃん一つ聞いていい?」
「えっと、何かな?」
「どうして私と遊君をくっつけようとしたの?」
「それは……その……」
綺歩の言葉にユメが困った声を出す。
そんな如何にも図星を突かれたなんて反応をするので、やっぱりユメは俺と綺歩を付き合わせようとしていたのかと確信が持てた。
でも、その理由は俺が綺歩の事を好きだと思っていたからじゃなかっただろうか?
それから少しだけ間があってユメが申し訳なさそうに口を開いた。
「遊馬と綺歩が付き合ったらきっとわたしが邪魔になるだろうから、そうしたら私が消えたいって言っても受け入れてくれるかなって思ったから」
『そんな事考えていたんだな』
「それくらいしか遊馬を説得する方法が思いつかなかったんだもん」
「それで遊君が説得出来たら良いんだけど……」
そう言って綺歩が恐らくユメの中の俺にジト目を向ける。
流石にその目が何を言わんとしているかは分かるけれど、それを答えろと言うのも酷じゃないだろうか。
『正直今はその前提で考えられないな』
「その前提では考えられないって」
「まあ、そうだろうね。ちょっと意地悪だったかな」
『ところで、なんで綺歩は桜ちゃんと巡先輩の口止めをしていたんだ?』
何だかこのまま話を続けられるとこの場にいるだけでも辛くなりそうだったので、先ほどの話を掘り返す。
後で話すと言ってくれていたし。
しかし先にユメが首を傾げてしまった。
「何でって今日の為にでしょ?」
『でも、こんなに長い間口止めする必要はないだろ?
綺歩が巡先輩から話を聞いてから二か月近くも経っている上に、桜ちゃんが去年の終わりまでは練習しろと言っていた所を見ると少なくとも綺歩は去年のうちには行動する気はなかったって事になる』
「言われてみればそうだよね。
ねえ、綺歩どうしてこんなに長い間黙っていたの?
もっと早く言えたよね?」
ニュアンスが少し変わってしまったけれど、聞きたいことはおおよそあっているので口を出さずに様子をうかがっていると、綺歩が言い難そうに照れ笑いを浮かべた。
「何でってわけじゃないんだけど、時間が欲しかったんだよ」
「時間が? どうして?」
「だって遊君に振られるって分かっているのに告白するんだよ?
そんなにすぐにっては出来なくって……私の身勝手だって言われるとそうなんだけどね」
『……いや。悪かった』
確かに俺から見るとすぐに教えて欲しかった事だが、綺歩から見ると行動を決意するのに時間がかかってしまう事は分かる。
「悪かったって。ううん、わたしからもごめんね」
ユメがそう言って頭を下げると、綺歩が首を振る。
「私だってこんな風にしちゃったのはちょっと後悔しているから。
もたもたしているからこんな何もない日になっちゃった。
バレンタインまでは何て思ってたんだけどね」
そう言って綺歩は笑うと「さてと」と扉の方へと歩き出した。
そのすれ違いざまに綺歩がユメに話しかける。
「それじゃあ、私帰るね。
鍵は後で巡先輩がかけに来てくれることになっているから都合が良い時に帰ってくれたら大丈夫だから」
「うん、わかった。それじゃあ、また明日ね」
「また明日」
手を振るユメに綺歩が手を振り返すと扉をくぐって校舎の中に戻って行った。
徐々に星が見え始めた空を見上げてユメが背伸びをする。
「巡先輩に鍵を開けてもらったんだね」
『まあ、途中からそんな気はしていたけどな』
「あーあ、見事に綺歩に阻止されちゃった」
『変に考えないって約束しただろ?』
「約束はしたけど、その時には遊馬とした一番大切な約束を破ろうと思っていたんだから関係ないかなって思ったんだよね」
まるで悪戯がばれて言い訳をする子供のように言うユメに溜息が出る思いだけれど、それは心の中に留めておいて言葉を返すことにした。
『その約束を破らないって約束してくれるか?』
すんなり頷いてくれるだろうとそう言ったのだけれど意外にもユメは首を振った。
「そこはもう約束なんてものじゃないよ。
わたしがこうやって遊馬の時間を貰いながら生きている意味だから。
約束だとまた破るかもしれないでしょ?」
『綺歩とは約束していたのにな』
そんな減らず口を叩いてしまうが、ユメの言葉は素直にうれしかった。
だから、俺も決意する。
『なあ、ユメ』
「どうしたの?」
『ユメの事母さんにも話そうか』
「え? どうして?」
今まで隠してきたのにと、ユメが首を傾げる。
『どんな反応をするかはわからないけど、ユメの事を伝えていた方がこれからは便利だろ?
何も気にせずにユメで帰れるようになるし、ユメから俺に戻る時にも気を配る必要が無くなる。
それに、ユメでいる時間が長くなれば隠し続けるって言うのも無理になってくるだろう』
「そうかもしれないけど……教える時は遊馬からわたしになる方向でね」
『ユメがそれでいいのなら』
話も纏まったところで、時間が来るのを待ってから屋上を後にした。
帰り道、すっかり暗くなってしまった道を歩きながら、思った以上にユメがいつも通りな事に拍子抜けすると同時に安心している自分がいる事に気が付く。
何だか曖昧な関係だけれど、また元通りになればいいのにななんて思っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰ると妹達と夕飯が俺を待っていた。
藍が作ったであろうその夕食を美味しく食べ終わった頃、母さんに「話があるんだけど」と声をかける。
母さんははじめ「あら、遊馬から話って珍しいわね」と半分面白がっていたけれど、こちらが真剣だと分かると真面目な顔をして「それで、話って?」と聞く態勢を取ってくれた。
「たぶん話すより見てもらった方が早いと思うんだけど」
「何? 何かやらかしたの?」
やらかした……と言えばやらかしたのだろうか?
いや、やらかしたのは巡先輩で俺じゃないと思うのだけれど。
そんな事を考えながら『いいよ』という声が聞こえたのでユメと入れ替わる。
ユメの事を話すのは何度やっても慣れない物で、俺からユメに入れ替わってもその鼓動は落ち着く様子はない。
ユメの目から母さんを見ると、当たり前と言うか、目を丸くして驚いていた。
「えっと、お母さん。お久しぶりです……?」
「やっぱり、貴女、藍の友達って言っていた子よね?
どういう事か説明してくれるかしら?」
真面目な顔してそんな事を言うのでユメが少し萎縮して、でも、ゆっくりと説明を始めた。
ある日ユメが生まれた事、二人が別々の人格を持っている事、入れ替わりの条件とこれまでの簡単な経緯。
何でユメが生まれたのか、巡先輩の事だけはぼかしながら、すべて説明を終えた所で母さんが頷いた。
「それで、遊馬は何て言っているのかしら?」
「今のままで良いと……」
「じゃあ、良いんじゃないかしら」
「良いんですか?」
「本人が良いって言っているんだし、お母さんは気にしないわ。
それに、ユメちゃんもそんな無理に敬語遣わなくていいわよ。
ユメちゃんも私の子供って事になるんだろうし」
「はい、分かり……ううん。うん、分かった」
ユメが安心したようにそう返した所で母さんがははーんと納得がいったと言わんばかりの顔をした。
「最近藍も優希も一緒になって何かを隠しているなとは思っていたけど、この事だったのね。
まさか息子が娘になるようになっていたなんて」
「えっと……何かごめんなさい」
「ユメちゃんが謝る事ないでしょ?
それにしても、あの愛想のない遊馬が女の子になるとこんなに可愛くなるなんて、やっぱり性別間違ったのかしら」
『悪かったな愛想が無くて』
母さんが言った言葉に対する俺の返答をユメは繰り返すことはせず、くすくすと笑った。
母さんはそんなユメのさらに後ろを見ると「優希と藍もそんなところに隠れていないで出てきなさい」と声を出す。
その声につられてかユメが後ろを向くと、妹達が物陰から姿を現した。
「どうして二人が?」
「何かあったら助け舟を出そうと思って」
「別に必要なかったみたいですけどね」
ニコニコしながらそう言う二人に母さんだけが不満そうな顔をする。
「どうしてお母さんだけ仲間外れだったのかしらね。
こんなに可愛い娘が増えるんなら反対なんてしないのに」
そう言った母さんに抱き付かれたユメは少し恥ずかしそうだったけれど、嬉しそうに笑っていた。