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Lv112

 一月も半ば過ぎ、冬もいっそう寒くなって来てテレビのニュースでセンター試験を取り上げたのも記憶に新しい頃。


 俺達も一年後にはその試験を受けないといけないのかと思いつつ、その実感がまるで得られなかった。


 考えてみれば軽音楽部には三年生はいないし、もっとも親しいであろう三年生は既に大学に合格していてこの試験を受けたのかも怪しいので、仕方がないという事にしたい。


 今日部活に行くと、そんな三年生がやってきていた。


「秋葉先輩お久しぶりです」


「あら、三原君久しぶりね」


「今日はどうしたんですか?」


「卒業ライブについての話をしに来たのよ」


「そういうこと」


 秋葉先輩の代わりに答えた稜子に、先輩が笑顔で頷く。


 その瞬間『うっ……』とユメが嫌そうな声をあげた。


 相変わらず秋葉先輩の事が苦手なんだなと可笑しくなる。


 それを表情に出すことは出来ないけれど。


「そういう事なら、秋葉会長が暴走しないように話が終わるまでユメと入れ替わるのは止めておきますね」


「……確かにそうね。クリスマス放送でユメさんを見ることが出来たとはいえ、直接会うのはだいぶ久しぶりって事になるし、私も自分を抑えられるか怪しいわ」


 一瞬秋葉先輩が残念そうな顔をしたのでユメが『ううん』と悩むような声をあげたけれど、その表情を瞬く間に消し去り自分自身の言葉に納得したように頷いた先輩を見てすぐに『ひ』と短い悲鳴を上げた。


 ユメにも先輩が悪い人じゃ無い事は分かっているはずなのに世の中ままならないなと思う。


 だけれど、残念そうな顔が一瞬だけだったと言うことは、ユメに勝てないのは当たり前だとして、それでも未だに俺のファンでもいてくれている事なのだろうかとちょっと嬉しかった。


「それじゃあ、全員そろったら最初に説明して貰うから遊馬は適当に待っておいて頂戴」


「了解」


 そう俺が返した時、秋葉先輩が何か言いたそうな顔をしていたのだけれど、何を言いたかったのだろうか。




「と、言うわけで卒業ライブについて元生徒会長様から説明があるわ」


「元生徒会長様が説明してあげるから、よく聞いておいてね」


 全員が揃った所で言われていた通り説明が始まった。


 それにしても、自分の事を元生徒会長様と堂々と言える秋葉先輩は相変わらずと言うか、その自信に応えるだけの何かがあるのだろうなと羨ましささえ覚える。


「一応、一年生の子もいるし当たり前だと思うだろう所にも触れながら行くわね。


 まず卒業ライブについて。卒業式の後、全校生徒昼までで下校ってことになるわ。


 ホームルームまで含めて遅くても十三時半には終わるんじゃないかしら」


「三年生は結構時間かかると思うんですが、その辺を加味しての時間って事で良いですか?」


「その通りよ」


 授業中かのように手をあげて発言する桜ちゃんに秋葉先輩が肯定する。


 去年の卒業式の日はどれくらいかかっていたのだったか。ライブをした記憶はあるけれど、昼くらいに終わったイメージしかない。


「卒業ライブはその後。体育館で十五時から十九時までの四時間。


 ライブなんて言っても結構適当な感じになるから、卒業生も在校生も出入りは自由で、でも、卒業生が優先されるようになるわね。


 去年の例を出すと、在校生が近寄れるのはせいぜい体育館の半分くらいまで。


 あの時は流石に私も自重して前に出るのを諦めたからよく覚えているわ。


 でも、今になって思うとどうしてあの時卒業生とか押しのけて前に行かなかったのかしら……」


「いくら秋葉先輩でも流石にそれは……」


 悔しそうに首を振る何故だかスイッチが入りかけの秋葉先輩の言葉に思わずそんな声を漏らしてしまった。


 そんな俺の声が聞こえてしまったのか秋葉先輩がしっかりこっちを見ながら「冗談よ」と笑う。


 さっきの目は冗談を言っているような目ではなかったと思うのだけれど。


 ともかく話を戻さないといけないかと口を開くことにした。


「それで、前の方に卒業生が来るんですね」


「それは貴方達には直接関係ないかもしれないけどね。


 初めの二時間程は卒業生の希望者が演奏して、休憩挟んで後半が貴方達の出番になるわ」


「二時間近くも桜達の時間があるんですね」


「時間的にも去年の倍近く取ってあるから問題ないわ。


 それと、決定事項は基本的に卒業生側の総意だからその辺を気兼ねしないで欲しいわね」


 秋葉先輩はそこまで言うと一度こちらの顔を見回す。


 それから頷くと続けて話し出した。


「ここまでを確認すると、大体十七時から二時間が貴方達の出番ね。


 こういうイベントって得てして押してしまうものだから、もしかすると十七時を過ぎる事になるかもしれないけれど、出来れば十六時半くらいには舞台袖に準備をしに来て頂戴。


 ここからが貴方達に直接かかわってくるところなんだけど、演奏してもらう曲はこちらから指定させてもらえないかしら」


「別にかまわないわ……と言いたいけれど、アタシ達のオリジナルしか演奏しないわよ?」


 稜子の言う通りなのか、そもそも稜子の意志なのか、ななゆめは殆どカバーすることはない。


 そう言う意味だと文化祭で舞と舞の曲をやった時はかなり例外的だったとも言える。


「その辺は心配しなくてもいいわ。と言うよりも言葉が足りなかったわね。


 貴方達の曲の中から曲を指定させてくれないかしら」


「それなら文句ないわね」


 と言いつつも稜子はこちらの様子をうかがう。


 それに対してユメが頭の中で『歌えるのなら何でも』と言うので、代わりに頷いておいた。


 秋葉先輩もその様子を見ていたのか、満足そうな顔をして頷くと稜子に尋ねる。


「ところで、二時間程度の長さだとやっぱり二十曲くらい候補を出しておけばいいのかしら?」


「それくらいかしらね」


「確かにそれくらいで十分かもしれないですが、色々な状況を考えてその中での優先順位的なのも頂けると嬉しいですかねえ」


 一誠に付け加えられたせいか稜子がムッとした顔を見せたが、秋葉先輩は感心したように頷いた。


「当日は私でもどうなるかわからないものね」


「そう言えば曲目ってどうやって決める気ですか?


 まさか秋ちゃんの独断と偏見ってわけじゃないですよね?」


「ええ、流石にそれは無いわね。


 実はすでに三年生の中でリクエストを募っているのよ」


「そのリクエストの数が多かったものを上からって事ですね。


 それなら優先度を決めるのも簡単そうです」


「そういう事ね」


 桜ちゃんの質問に答える秋葉先輩を見ながら、一誠にしても桜ちゃんにしてもよくこんなに質問が思いつくものだと感心してしまう。


 俺なんて何一つ思いつかないと言うのに。


 そう思っていると今度は稜子が口を開いた。


「曲順はこちらで決めてしまっていいのかしら?」


「ある程度順位を考慮してくれるのなら任せるわ。


 素人ばかりのこちらで決めるよりも何度もライブをやっているそちらで決めてもらった方が上手く行くでしょうしね。


 リハーサルは一応あるけど、順番の確認をメインであまり時間もかからないから来てもらえると助かるわ。


 日時は今調整中だから曲目と同じ時に教えるわね。


 話としては以上だけれど他に何か聞きたいことはあるかしら?」


 そう言われて俺は首を振る。ユメも何も言ってこないし。


 散々質問した他のメンバーも特に無いようで、秋葉先輩は一度顔を見回した後、再度口を開いた。


「って、事で今日は集まってくれてありがとう、助かったわ。


 それで何だけど……」


「邪魔しないなら構わないわよ」


「話が分かるわね。一時間くらいで消えるから、それまで見学させてもらうわね」


 秋葉先輩の台詞、何のことかと思ったら練習を見たいのか。


 今日一番とも思える笑顔を見せた秋葉先輩にどういう反応をしていいのか困ってしまったが、練習が始まると言うことはユメと入れ替わらなければいけないと言う事でいそいそと準備室に向かう。


「替わるけど大丈夫か?」


『流石に秋葉先輩も練習は邪魔しないと思うから大丈夫……だと、思う』


 頼りない返事だけれど、駄目と言われてもユメには初めから選択肢はないし即座に入れ替わる。


 恐る恐る音楽室に戻ったユメを迎えたのはまるで恋をするかのような瞳の秋葉先輩だったけれど、それ以上の事は無くいつも通りに練習をすることが出来た。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 練習が終わって着替えるためにユメが準備室に入る。


 いつものように『お疲れ様』「そんな事ないよ」みたいな会話をしていると、いつもとは違いガチャッと準備室のドアが開く音がした。


 すでにユメは簡易カーテンの中に居るので誰が入って来たのかはわからなかったけれど、すぐに声が聞こえてくる。


「ユメ先輩お邪魔しますよ」


「桜ちゃん? どうかしたの?」


「ちょっと忘れ物をしてしまいまして」


 そこまで聞こえた所で、ドアが閉じる音がする。


 桜ちゃんが此処に何かを忘れると言うことがあるのだろうかと、不思議に思うと俺の気持ちを反映するかのようにユメが首を傾げた。


 桜ちゃんがこっちに荷物を置くと言う事が無いとは言えないが、珍しい事には違いない。


「と、言うのは建前でユメ先輩と遊馬先輩にお話がありまして」


「わたしと遊馬に?」


「話と言っても別に何という事はないのですが、先輩方は最近巡先輩の所に行きました?」


「そう言えば行ってないね。年が明けたら行こうかなって言う話はしていたんだけど……」


「だからどうしたと言うわけではないですが、たまには顔を見せてあげてください。


 結構寂しがっていましたよ」


 桜ちゃんの言葉に寂しがる巡先輩を想像してみる。まるで浮かばない。


 と言うか笑いをにじませた桜ちゃんの言い方からして本気にしてはいけないのは分かりきった事か。


『そうだな、明日は部活が休みだし放課後行ってみるか』


「明日の放課後行ってみるよ」


「明日……ですか」


 桜ちゃんの声が何故か沈む。そのまま黙り込んでしまった桜ちゃんにユメが恐る恐る声をかけた。


「桜ちゃん……どうかしたの?」


「いえ、ちょっと考え事を思い出しまして。


 言っておきたかったことはそれだけなので、桜はお先に帰りますね」


「うん、それじゃあね……?」


 釈然としないままに準備室のドアが開き閉まる。


「ねえ遊馬、今のどういう事なんだと思う?」


『明日巡先輩の所に行けば分かるんじゃないか?


 下手に考えるとどつぼに嵌るのは見えているし』


「そうだね」


 そう言ったところでユメが着替え終わりカーテンから顔を出す。


 誰もいない電気のついた部屋の中、一誠のドラムだけがその存在感を放っている。その隣を素通りして音楽室に戻ると綺歩が窓の外を見ていた。


「あ、ユメちゃんお帰り」


「綺歩どうしたの?」


「たまには一緒に帰ろうかなって思ってね」


「それは良いけど、遊馬に戻るのにまだ少し時間かかるよ?」


「大丈夫」


 腕時計がまだ震えていないので俺とユメが入れ替わるまで三分以上あるのだけれど、本人がそう言うのなら別にいいのだろう。


 その時間を潰すためかユメが綺歩に話しかける。


「そう言えば今日は何で一緒に帰ろうと思ったの?」


「理由が無いと私は遊君やユメちゃんと一緒に帰っちゃ駄目なの?」


「そんな事はないんだけど……」


「冗談。たまにはゆっくり話したいなって思っただけだよ。


 卒業ライブなんて話題も出てきたし、来年には私達も卒業しちゃうんだなって思うと誰かと話したくって」


 少し拗ねたような顔をしていた綺歩が冗談と言うと同時に楽しそうな笑顔になる。


 こんなにころころと表情が変わる綺歩と言うのも珍しくて少しだけ昔の事を思い出した。


「卒業って言われると、わたしはどうなるだろうって思うけどね」


「一応ユメちゃんも遊君と一緒に卒業って事でいいんじゃないかな?」


「じゃあ、大学も一緒か。綺歩はどこの大学に行きたいとか考えているの?」


「ぼんやりと……は考えていないことも無いけど、この辺の大学になるんじゃないかな」


「国立だよね。綺歩は頭良いもん」


「遊君はどこ行くか考えてるの?」


 ユメの言葉に笑顔を作るだけで応えた綺歩にそう問われて『未定』と返した。


 綺歩は女の子だし、一人っ子だし、レベル的にも十分ではあるので地元の国立大学だと言うことは予想出来ていたけれど、残念ながら俺はそこに入れるほど頭は良くない。


「未定だって」


「まだ一年あるから大丈夫だよ」


「綺歩は余裕って感じだね」


「余裕ってわけじゃないよ。本当は遊君が行くって言う大学に行きたいもん」


 「なんてね」と綺歩は笑うがそれと余裕かどうかは別問題だと思う。


 ユメも「はいはい」と適当に返すので綺歩がちょっとだけ拗ねたような表情を見せた。


「わたしも遊馬も大学とかいうよりも来年度のことの方に意識が行ってるんだよ」


「ななゆめが纏まっていられるのも後一年って事だもんね。


 稜子が暴走しないと良いんだけど」


「受験なのに月一でライブとか言われたら困るよね」


 この場にいない稜子に飛び火し笑いが生まれた所で、綺歩の背が縮んだ。


「それじゃあ遊君帰ろうか」


「微動だにしないんだな」


「何て言うか……慣れたから、かな?」


 考えるように視線を上にあげてから綺歩がゆるっとした笑顔をこちらに向けた。


 本当に今日の綺歩はころころと表情が変わる。


 それが昔の綺歩の姿と重なるような感じがして思わず目を逸らすと綺歩に声をかけた。


「それじゃあ、帰るか」


「うん、帰ろう」


 それから電気を消して音楽室を後にした。




「ななゆめと言えば」


 帰り道ふと綺歩に声をかけると、綺歩が首を傾げて此方を向いた。


「遊君どうしたの? 急に」


「いや、さっきななゆめが一緒に居られるのも後一年くらいって話してたろ」


「ユメちゃんとね」


 そう言って綺歩がにこにこと笑う。


「それで、軽音部に入るきっかけは綺歩だったなと思ってな」


「ボーカル探してたからね」


「じゃあ、綺歩がボーカル探してくれてよかったなと思っただけだよ」


「うーん……」


 感謝のつもりで言ったはずなのに綺歩が何やら思わしくない表情をする。


 それから何かを決心したように口を開いた。


「私が遊君を誘った本当の理由はね、遊君が覚えてくれているかなって思ったから」


 綺歩の言葉が耳に入ると同時に自分の鼓動が早くなるのが分かった。


 それは別に綺歩が何を言いたいのかわからないからではなく、むしろどうしようもなく分かるからこそ。分かっているくせにこう問う事しか出来ない。


「覚えてるって言うと?」


「私が演奏上手になったら遊君の後ろで演奏させてねって約束を。


 遊君は覚えてくれていたかはわからないけど、遊君がボーカルを引き受けてくれた時覚えていてくれたんだなって嬉しかったんだ。


 だって、私が音楽を続けているのは遊君のお蔭だから」


 そう言って綺歩が昔を懐かしむような柔らかい表情になる。


 その顔を見ていると俺の心臓も緊張しているのが馬鹿らしくなったのか落ち着いてきた。


「ああ、覚えてたよ」


「本当に? 良かった」


 呟くような俺の声に綺歩は一度ぱちくりと瞬きをすると、眩しい位の笑顔を見せた。


「やっぱり覚えていてくれたんだね」


 しかし、そう付け加えた綺歩の表情がさっきまでと何も変わらないはずなのに、妙に悲しそうだったのは気のせいだろうか。


 それを尋ねようかとも思ったけれど、どう聞いていいのかもわからず結局口からは別の言葉が出てきた。


「前も似たような事を話した時に、結局約束の事を言わずにいたよな。


 どうして今日は話したんだ?」


「だって、何か小さい頃の約束で喜んでいたって言ったらそれこそ子供っぽい気がしたんだもん。


 でも、私がボーカルの為だけに遊君を誘ったって思われ続けているのも嫌だなって思って」


 そんな事を子供っぽく言う綺歩を見ていると、さっき感じたことは気のせいなのだろうと、そうに違いないと思った。

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