Lv11
「それで、そろそろ十分経つと思うんだけれど」
稜子の言葉を受けて一誠が視線を時計に移し頷く。
「そうだね」とユメが言った直後、帰ってきた二人の顔が面白いように驚きに充ち溢れた。
「遊馬……お前……」
先に声を出したのは一誠で、こちらに指を向け意図の分からない言葉を口にする。
その後は皆固まってしまったかのように動かなくなってしまったので、仕方なしに口を開くことにした。
「まあ、こういうわけだ」
「こういうってどういうよ。ユメは? ユメはどこに行ったの?」
「稜子、とりあえず落ち着いてくれ。ユメは俺の中にいるから」
「俺の中って、つ、つ、つまりさっきの美少女がお前だったってことか?」
「ユメもそう言ったと思うんだけどな」
一誠の問いかけに溜息交じりに答えつつ、驚くメンバーを眺める。
そもそも稜子がこんなにも驚く事も、一誠がこんなにも挙動不審になる事もほとんど見る事がないのでそういう意味では面白いものが見られて良かったと思いたい。
「質問はいろいろあるだろうが、正直俺もどうなっているのかよく分かっていないから答えられないぞ?」
「何よそれ? って言いたいところだけど、三原でも答えられそうな事をひとつ聞かせて貰うわ」
ようやく言葉を取り戻した稜子がその大きな胸を張り自信たっぷりにそういう。
俺は一つ溜息をついてから「まあ、答えられるならな」と返した。正直聞かれることは分かっているからな。
「ユメは女の子なのよね?」
「そうだな。桜ちゃんに聞けばわかると思うが身体まで女のそれになっていて、人格まで変わっているな」
「そうなの桜?」
「そうですね。ちゃんと膨らんでいましたから女の子で間違いないと思いますよ。とはいってもその膨らみはとっても慎ましやかでしたけれど」
『どうせ、無いですよー……』
猫のように笑いながら毒を吐く桜ちゃんにユメが反応するのだが、その声には全く覇気がない。
声が聞こえているのは俺だけなので反応に困ってふと綺歩の方を見ると、こちらに気がついた綺歩が苦笑いを浮かべていた。
なんとなく俺の状況が理解できているのか。さすがは幼馴染。
「そう言うことなら話は簡単よ。三原、今度からここに来る時はユメできてユメで帰りなさい」
「ユメで帰るのは嫌なんだが」
「志手原さんよ。簡単に決めちゃっているがまだまだ尋ねておかないといけないことがあるだろう?」
「別にないわよ。三原よりもユメが歌が上手い。アタシにはそれだけの情報で十分だもの」
「いやいや」と一誠は苦笑いを浮かべながら首を振ると俺の方を見る。
「遊馬、お前はそれでいいのか?」
「それでいいと言うか、それしか選べないからな。それに、女の子ばかりになって一誠は嬉しいだろう?」
「そう言うことじゃなくてな……いや、遊馬がいいならこの場はいいか。それで、綺歩嬢が後十分とかって言っていたってことは、入れ替わる条件はわかっているんだろう?」
ここまでの話を聞いてやはりと言わざるを得ないのだが、一誠はふざけているようで実は二年生のメンバーの中で一番頭がいい。むしろ、普段ふざけられるだけ頭の回転が速いともいえる。
逆に稜子は勉強に関してはからきし。何でもできそうに見えて実は赤点ラインすれすれを器用に飛んでいる。
「ああ、俺からユメになるには俺が裏声を出せばいい」
「裏声?」
「それで、ユメから俺に戻るには十五分間歌わなかったらいい。確かに人格は違うし、性別も入れ替わるが感覚は共有しているからな」
「そうそう、それでなんですが」
桜ちゃんがとても楽しそうに話しに入ってくる。
その笑顔の良さと言ったら、嫌な予感しかしない。
「ユメ先輩のを揉んでいた時って、先輩はどんな気分だったんですか?」
「何? 遊馬、お前ただみんに揉まれたのか?」
先ほどまで真面目だった一誠も混ざって反応に困る。
と言うか「ただみん」って誰だよ。それに何故揉まれた方でお前が興奮してんだ。
心の中ではいくらでも色々言えるが、言葉にしたのは「別にどんな気分ってわけでもなかったな」だけ。
頭の中では『わたしは初めて女の子って感覚に襲われて変な感じだったけどな』なんて声が聞こえてくるんだが、妙に生々しいから次ユメと話す事が出来た時にそういう事が出来るだけ言わないように頼むか。
「なーんだ。面白くないですね」
「何か目はそうは言っていないような気がするんだが……」
「はいはい、冗談はそこまでにしておいて」
綺歩が手を叩きながらそう言って話を元に戻そうとする。
それは嬉しいのだが、俺にしてみれば桜ちゃんのあの目は冗談に見えなかった。
「今後一切裏声を使わないと言うわけにもいかないだろうし、本番で急に入れ替わったら困ると言う事でこれからはユメちゃんが歌う事に本人たちも納得済みなんだよ」
「で、いいんだよね?」と綺歩が小さい声で尋ねてくるので「ああ」と短く返す。
「それで選べないなんて言っていたのか」
「そうだな。十五分もあれば次の曲に入れるし、それにユメの方が上手いのは否めない。稜子だって俺の方が歌がうまかったら「仕方がないからまだあんたが歌っていなさいよ」って言うだろ。稜子のそういう音楽に対して真摯な所は信頼も尊敬もしているからな」
「あとは、もう少し男に優しくなってくれたらな」
一誠がそう言って肩を組んでくる。組み返したところで稜子が呆れた声で「何馬鹿なこと言っているのよ」と溜息をつく。
ただ、その頬が若干赤い気がするという事は怒ろうとしていたのだろうか?
「でも、確かにそうね。ユメが三原よりも下手だったら三原を取っていたわよ。それは、私を含め皆同じ。自分よりうまい人が入部を希望してきたら入れ替えだってあり得るわ」
「正直お前らよりうまい高校生なんて想像もできないけどな」
稜子の言葉にしみじみそう思っていると「ところで遊君」と綺歩が声を掛けてきた。
「ユメちゃんのことって私たちと巡先輩を除くと誰かに言っているの? 優希ちゃんや藍ちゃんには言っていなかったみたいだけど……」
「あー……誰にも言っていないな。正直大事になりそうだからあまり広められたくないんだよな」
『わたしもそれでいいと思うよ』
ユメが頭の中で同意してくれる。家族にまで黙っている理由はないけれど、ユメと俺の関係を知っているのは最小限にとどめておきたい。
ユメで帰りたくないのだって大凡それが理由なわけだし。
「まあ、その辺にはオレも賛成だわな。音楽室に突如現れる美少女。その美少女の秘密を知るのは我らのみ。何かワクワクしてくるねぇ」
「そんな風に思われても困る」
「普通「遊馬が女になるんだって」なんて言っても信じないから、後は遊馬の心がけ次第じゃないか?」
「確かに、お前ら頑なに信じてなかったな。ユメが俺だって」
「普通信じられるわけないでしょ?」
そんな風に話が進んでいる時、いきなり桜ちゃんが「そうだ」と声を出した。
「せっかくですから、今度の休みにユメ先輩の服でも買いに行きませんか? 先輩のことですからきっと女物の服なんて持っていませんよね?」
「確かに持ってないが、買いに行く必要なんてあるのか?」
「もしもの時のためですよ。それにユメ先輩も可愛い服とか着てみたいんじゃないんですか?」
「そうなのか?」
ユメにだけ聞こえる様にそう尋ねると『着てみたくないわけじゃ……』と遠回しに肯定したので少し考えて「わかった」と答える。
しかし、しめたとばかりに笑顔になる桜ちゃんを見ていると嫌な予感がしてならない。
「もちろん、先輩達も来てくれますよね? その時にまたユメ先輩の事を話しませんか?」
「つまりオレに荷物持ちをしてくれってことか」
「はい、その時には三原先輩に荷物持ちは頼めませんし、御崎先輩ある意味でハーレムですよ?」
「それは行くしかないな」
一誠陥落。
「志原先輩も稜子先輩も来てくれますよね?」
「私は遊君が良いなら行くけど……」
「まあ、この流れで行かないとは言えないわよね」
綺歩、稜子陥落。こうなると……
「あ、あたしも……行きたい……かなぁ」
鼓ちゃん陥落。と言うわけで恐らく桜ちゃんの思惑通り全員でユメの服を買いに行くことが決まってしまった。