Lv109
勢いで手を繋いでしまったが、流石に冷静になると結構恥ずかしいもので、綺歩がもう家に戻ると言いださないだろうと思った所で手を離す。
それから、結構走っていたこともあってずいぶん余裕をもって、ひとまず駅までたどり着くことが出来た。
後は此処から地図を頼りに目的地にたどり着くだけ。
「こうやって改めて地図を見ているとやっぱり例のスタジオだと思うんだよな」
「それなら遊君に案内して貰おうかな」
「そこで正しいと言う保証はないぞ?」
「その時にはもう少し探してみるとか、桜ちゃんに連絡してみる余裕くらいはあるから大丈夫だよ」
「分かった」
綺歩が言う通り時間的に余裕もあるし、試しに行ってみようかと歩みを進める。
一度来た事をある道を綺歩と二人並んで歩き目的地が見え始めた頃、ふと願望を口にしてみた。
「合っていたとして何か目印があると良いんだけどな」
『そうだね』
「例えばあんな感じの?」
「あんな?」
首を傾げながら綺歩が指差した先を見てみると、スタジオの前に髪型が違う以外そっくりな二人が立っていた。
一瞬目を疑ったけれど、流石に見間違える事はないだろうと目をこすりもう一度確認する。
確かに見知った双子。毎日顔を合わせている二人。
藍と優希が街行く人に視線を送りながら何かを探しているような感じだった。
「何であの二人が?」
さらに首を傾げて二人の下へと駆け寄る。
その途中で二人は俺に気が付いたのか俺に視線を向けて手を振っていた。
「お兄ちゃんお疲れ様」
「結構早かったね」
「何で藍と優希が居るんだ?」
「それは忠海さんにお呼ばれしたからだよ」
「そうそう、桜先輩が来ないかって、メールでね」
いつの間に連絡先を……と思ったがたぶんライブハウスでの演奏の後初めて妹達が桜ちゃんに会った時だろう。
優希がなんで先輩をつけているのかはわからないが、確かに桜ちゃんは年齢的に先輩にあたるし、来年度同じ学校に入ろうとしているわけだからと言った所だろうか。
「で、なんで二人がここに立っているんだ?」
「目印……かな?」
「確かに二人とも一度は皆と会ってるもんね」
急に話に入って来た綺歩がそう言うと、藍が頷き優希が付け加える。
「それに、あたし達二人並んでいるだけで分かり易くもあるから」
「まあ、双子ってだけで目立ちはするな」
「そう言うわけだから、お兄ちゃんと綺歩さんついてきてください。
優ちょっとここ任せるね」
「いってらっしゃい」
優希に見送られながら、藍の後を追って建物の中に入る。
カウンターをスルーして、この前舞と桜ちゃんと来た時とは違う方向へと進んだ先のドアを開け中に足を踏み入れた。
中は広い空間。最初に靴を脱ぐところがあり、横に靴箱。
集会場のような場所の真ん中にはテーブルがあってその上にはお菓子やおにぎりなどが置かれている。
部屋の端っこにはツリーがあって、奥の方がカーテンのようなもので仕切られていた。
そして二人の人が赤と白の服を着てせっせと飾り付けをしている。
その俺とも親しい二人の片方は髪を結ぶことはなく眼鏡をかけていた。
「あ、先輩達もう来たんですね」
「遊馬君と……志原さん? こんにちは」
「桜ちゃんもう来てたんだね」
「桜ちゃんは分かるんだが、どうして舞が此処にいるんだ?
それとこの空間は……」
「相変わらず遊馬先輩は質問が多いですね」
あきれ顔の桜ちゃんにそう言われたのだけれど、俺ってそんなに質問が多いだろうか?
確かに気になった事を聞く事は多いが……
「わたしは桜ちゃんに言われて来たんだよ。クリスマスパーティするから来ないかって」
「クリスマスパーティ?」
舞の言葉に我に返ったが、気になる単語が飛び出してきたので思わず繰り返す。
それを聞いた桜ちゃんが首を振ると、諦めたように口を開いた。
「舞さんばらしたら駄目じゃないですか」
「あ、ごめん。でもこの状態ってもう今からパーティしますって言っているものだと思うんだけど」
「それでも、気が付かないのが遊馬先輩なんですよ」
「悪かったな気が付くのが遅くて」
「変なところ鋭いくせにって思いますよ」
「確かに遊馬君は変なところ鋭いよね」
「うんうん。遊君は何というか自分の事には疎いんだよね」
いつの間にか綺歩が桜ちゃんと舞の所にいて、混ざってそんな事を言う。
三人とも言っていることはちょっとずつは違うのにそのポーズはほぼ同じ。
腕を組んで目を閉じて頷く。
「これって怒っていいところなのか?」
『わたしは何とも言えないかな。遊馬の気持ちも三人の気持ちも分かるし』
ユメにそう言われて仕方なくため息をつくと後ろからくすくすと笑い声が聞こえて来た。
振り返ってみてみると藍が少し俯いて笑っていて、俺の視線に気が付いたのか「それじゃあ、私はまた外に行ってるね」と言うと出て行ってしまった。
妹にそんな風に笑われて、本当諦める以外の選択肢が無くなってしまったので話を戻そうと桜ちゃんに声をかける。
「それでクリスマスパーティって言うのは?」
「知っての通りクリスマスパーティです。だからこんな服を着ている訳ですよ」
「そういう事じゃ無くてな」
「前々から計画していたんですよ。一年間の労をねぎらう意味も込めてクリスマスパーティが出来たらいいなと。
クリスマス放送はこの事を悟らせない為のものでこっちが本命と言っても過言ではないですね」
楽しそうに話す桜ちゃんを見ながら、だとすれば鼓ちゃんと俺の予想は当たっていたのではないのだろうかと思う。
しかし、一度クリスマスパーティじゃなくてクリスマス放送だったのかと――しかも最初はクリスマスソングを作るだけだと――思わされた時点で桜ちゃんの手の上だったと言う事か。
それに……と部屋の中を眺める。
ツリーはただ木を置いてあるだけじゃなくてサンタの人形や、靴下などと言ったオーナメントでカラフルに飾り付けられてあるし、壁にもリースなどがかけられてある。
俺達が来るまでにここまで仕上げるのに桜ちゃんがどれほど苦労したのかと言うのは言うまでもないだろう。
やっぱり桜ちゃんには負けるな、と息を吐くと変な力が抜けたような心地がして、そのまま桜ちゃんを見る。
「パーティって事は俺達の他にも誰か呼んだのか?」
「ななゆめのメンバー以外だと妹さん達と舞さんくらいです。
本当は秋ちゃんも呼んでよかったんでしょうけど、ユメ先輩は苦手そうですからね」
『別に苦手ってわけじゃ……』
「もしかして、俺達が簡単に入れ替われるようにか?」
「本当に遊馬先輩って変なところ鋭いですよね」
面白くなさそうに言う桜ちゃんだけれど、俺がその気遣いに「ありがとう」と感謝を述べるとまんざらでもなさそうに「先輩方に気苦労なく楽しんでもらうのは大変です」と言って離れて行ってしまった。
そんな桜ちゃんを見ながらまだ聞きたいことがあるような気がしたのだけれど、今聞く必要はないかと辺りを見回す。
するとまだ飾り付けが終わっていなかったのか壁際で舞と綺歩が背伸びをしていたので手伝いに向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、皆さん揃ったのでクリスマスパーティを始めます。皆さん飲み物は持ちましたか?」
飾り付けが終わって間もなく、鼓ちゃんと稜子が来て二人に説明をすることも無く桜ちゃんがそう声をかけた。
何が何だかわからなくて鼓ちゃんは驚いているようだったけれど、すぐ理解し困ったような笑顔を見せる。
「今日は皆さんお集まりいただきありがとうございます」
「集まるも何もって感じがするわよね」
「そうだよね」
稜子の言葉に綺歩が返す。こういう時綺歩は呆れたような諦めたような笑顔を見せることがあるのだけれど、今日は何処か楽し気。
そんなやり取りを無視するかのように桜ちゃんが言葉を続ける。
「折角なので忘年会も兼ねていますが、その辺も含めて部長の稜子先輩ご挨拶をどうぞ」
「仕方ないわね。まだ練習はあるけれど、今年は一年間お疲れ様。
会うこと自体久しぶりの人もいるみたいだけど、折角なので今日は桜に付き合ってくれると嬉しいわ。
それじゃあ……」
「乾杯」と稜子が言いかけた所で「ちょっと待った」という掛け声とともに部屋のドアが開いた。
全員の視線がそちらに向くと現れたのはサンタクロース。しかし、プレゼントは袋の中じゃなくて手に箱を二つ持っている。
「じゃあ、乾杯」
「「乾杯!」」
稜子の掛け声に合わせて皆が紙コップをぶつけ合う。
そこに悲しき男の声が割って入った。
「いや、そこは待ってくれるところじゃないかい?」
「あら、御崎。配達があるって言ってなかったかしら? 不審者が来たかと思ったわ」
「だからこうやって配達に来たわけですよ」
「御崎先輩ありがとうございました。こっちに来て手に持ってるそれ一緒に食べましょう」
「一誠君持ちますよ」
「じゃあ、あたしはこっち」
箱を二つ持っていた一誠から藍と優希がそれぞれ一個ずつ受け取りテーブルの方に持ってくる。
取り残された一誠はすたすたとテーブルの一角にやってくるとストンと座った。
それから一人紙コップにジュースを注ぐ。
その姿があまりにも寂しげだったので、その背後まで歩くとポンッと肩に手を置いた。
「凄い、初めて見た」
急に優希の驚いた声が聞こえて来て一誠から手を離しそちらを見ると、箱の中からテレビや漫画何かでしか見たことのないあの七面鳥の丸焼きが出てきていた。
「こういうのって本当に売っているんですね」
「でも、ちょっと多くないかな?」
「人数がいるからどうにでもなるわよ。それにアタシ達昼ご飯まだじゃない」
口々にそんな事を言い始めたが「クックック」とわざとらしい桜ちゃんの笑い声が割って入る。
「これを探すのがどれくらい大変でしたでしょうか。ねえ、御崎先輩」
「まるでサンタのようにあちらこちらを探し回った甲斐があったねい、ただみん」
「サンタは関係ない気がするが、どうしたんだ丸焼きなんて」
「どうするもこうするも、近くに売っている所が無いか探しただけだねい」
さっきまでとは一変生き生きと一誠が話す。
だけ、と言うが結構大変じゃないだろうか。少なくとも俺が知る範囲で売っている店は無かったはずだし。
一誠が遅れたのも遠くまで行ったからじゃないだろうか。
声には出さないように一誠に感心していると、今度は「ケーキはブッシュドノエルなんですね」と藍の声がする。
見てみると木を模したケーキの上に「HAPPY CHRISTMAS」と書かれたホワイトチョコレートのプレートとサンタクロースの砂糖菓子が乗っている。
七面鳥とケーキの二つが揃うとクリスマスの雰囲気がさらに増して、もうサンタクロースなんて信じていない歳なのに楽しくなってしまう。
そこで改めて桜ちゃんが「クリスマスパーティにようこそ」と声を出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パーティが始まって談笑をしながらケーキや料理を食べる。
ななゆめのメンバーに関しては最初食べる優先だったけれど。
「お疲れ」
「別に桜は疲れてませんよ。好きでやっている事ですからね」
大丈夫だろうと思いつつ、妹達の様子を窺うと案の定何の違和感も無く溶け込んでいる様子で、舞の方も少し緊張しているけど楽しそうに話しているようだったので、桜ちゃんの所に行って声をかける。
桜ちゃんは素直に言葉を受け取ってくれなかったけれど。
「そう言えばこの場所なんだが……」
「パーティルームですよ。ちょうどその無料券があったので料金は気にしないでください」
「スタジオにもそんなのがあるんだな。あとちょうどよくそんなものがあるのか?」
「不景気で色々考えているみたいですよ。カラオケなんかとの差別化もしないといけないとか言っていましたが。
それと確かに「偶々パーティルームの無料券だけ」持っていたわけじゃないですよ。無駄にある無料券の中にあったんです」
「たくさん持っているって言っていたな」
「特にパーティルームに関してはサービスを始めた時、周知を兼ねて常連にお試し券を配っていましたからね。
桜はそれを使う機会なんてありませんでしたし」
それもそうかと思ってしまって良いのか悪いのか。今日こうやってパーティを開いてくれたのだから良かったと思っておくべきか。
俺と話しているはずの桜ちゃんはずっと会場の方を見ていて、その顔が安心した様子だったので「それもそうか」では無いなと思いなおす。
たぶんこの話を続けてもうまい具合にそらされるだけなので話を変えようと思っていると、奥にあるカーテンが目に入った。
「そう言えばあの向こうって何かあるのか?」
「おっと忘れていました」
俺の質問に桜ちゃんは答えることはせずにそう言うと立ち上がる。
そして俺が示した部屋を仕切っているカーテンのところまで歩くと「皆さん良いですか」と大声を出した。
「折角のパーティで何かをしようかと思っていたんですよ」
「クリスマスパーティの定番と言ったらプレゼント交換とかよね」
「でも、あたしたちプレゼント買っていないと言いますか……買う時間も無かったですよね?」
「稜子先輩やつつみんが言うようにプレゼント交換もいいかなとは思ったんですが、やっぱり桜達はこれかなと思って用意してみました」
そう言って桜ちゃんがカーテンを開けると、その向こうに見えたのは見慣れた――正確には違うだろうけれど――楽器たち。
ベースにドラムにキーボード。それにギターが何故か三本。
二本なら稜子と鼓ちゃんの分だろうと思うのだけれど、実は舞が弾けたりするのだろうか?
ともかく何をするかわかったので、俺は速やかにユメと入れ替わる。
その直後入れ替わった事に気が付いたユメが何かを言いかけて、それから口を噤んだ。
「基本的に桜の私物とレンタル物になってしまいますが我慢してください」
「いいえ。流石桜、分かっているわね」
「でも、何を演奏するの?」
そう言って首を傾げる綺歩に舞がいち早く口を開いた。
「クリスマスソング作ったんだよね? それを聞きたいな」
「兄ちゃんそうなの?」
「遊馬は引っ込んじゃったけど、作ったよ」
俺のままだと思った優希にユメが問いかけられて答えを返すと、優希は俺とユメが入れ替わった事に驚くことはせずに「お姉ちゃんの歌聞けるんだね」と嬉しそうに言った。
「ほらユメ急ぎなさい。演奏するわよ」
いつの間にかななゆめは二人を除いて準備が整っていて、ユメがいつものポジションにたどり着くよりも早く一誠がスティックを叩き始めてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日二回目のクリスマスソング。スタートがスタートだっただけに一回目よりも上手く歌えていなかったけれど、舞も藍も優希もパチパチと拍手をしてくれた。
「さて、次の曲ですが今度は此処にいる全員で何かやってみましょうか」
「ここにいる全員で?」
「そうですよ、ユメ先輩」
桜ちゃんが頷くと同時に見ていた三人がこちら側にやってくる。
舞は分かるのだが、妹達も混ざるのだろうか?
「ユメさんと歌うのは初めてですね」
「と、言うかこの中で演奏するのはさすがに緊張する」
ユメの右隣に来た藍と、余っていたギターを手に取った優希がそれぞれユメにそう言う。
今の状況に豆鉄砲を喰らった心地でいると、後ろの方で桜ちゃんの声が聞こえてきた。ユメはすぐに笑って「楽しもうね」と言っていたけれど。
「稜子先輩。今日の目的は楽しむことですからね」
「分かってるわよ。と、言うかなんでアタシにだけ聞くのかしら?」
「稜子だからじゃないかな?」
「だねえ」
ユメと一誠でそう言うと稜子は「フンッ」とだけ言って黙る。
それを見兼ねたのか「それで何を演奏するの?」と綺歩が仕切り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
合計で五曲演奏し終わったところでいったん休憩と言うことになった。
気になっていた藍と優希は思っていた以上に上達していたけれど、ボーカルばかり三人と言うのはちょっと多すぎたような気もする。
自分たちが楽しむためだから、その目的は十分に達することが出来たと思うが。
聞けば優希も一応歌えるらしい。今回は周りについて行くだけで精いっぱいで歌えなかったと悔しそうにしていた。
で、今は休憩に入って何を思ったのか稜子が「折角だから、桜ベース教えてくれないかしら」と桜ちゃんに教えを乞い始め、それに便乗するかのように優希が鼓ちゃんにギターを教えてくれないかと頼む。
それが波及して何分か後には全員が普段使わない楽器をその楽器の担当に教えてもらうと言う構図が出来上がった。
「藍もやっぱり楽器に興味があるんだね」
『だからと言って一誠にドラムを教えてもらうって言うのは複雑だけどな』
「本当に遊馬は一誠が好きだよね」
『そう言う意味だとユメも変わらないだろ』
「そうだね」
『ユメは混ざらなくていいのか?』
この楽器教室の中でユメだけはその輪から外れてそれを眺めている。
正確には眺めながらお菓子を食べている。
「わたしの状態でお菓子食べたいんだもん」
『で、本音は』
「遊馬が表に出ていたら混ざるの?」
『混ざらないだろうな』
間違いなくこの中で一番楽器が弾けないし。
藍も恐らく俺と同じくらいしか楽器を扱った事はないだろうが、そもそも俺とは出来が違う妹なのだ。
同級生だった場合勝てるのは歌くらいじゃないだろうか。
そうしている間に腕時計が振動し始めた。
『歌わないのか?』
「もう結構表に出ているからね。今日はわたしも遊馬も楽しめるようにって桜ちゃんが気を配ってくれたんだから遊馬も楽しまないと」
『このままだとやる事は変わらないと思うけどな』
「たぶん誰かこっちに来てくれるんじゃないかな?
演奏の後すぐにこうなったんだから疲れる人もいるだろうし」
『そうだといいが。まあ、遠慮なく表に出るよ。
でも、休憩とか言って始まったのに休憩じゃないよな。少なくとも十分以上たったはずなのに再開する気なさそうだし』
「今は練習じゃない」
『からね』とユメの台詞が途中で頭の中で響くだけに替わった。
ユメから俺への場合急に変わるってわけじゃないから驚くことはないが。
俺が表に出てからもしばらくは皆楽器に夢中だったが、途中で一人手を振ってこちらにやって来た。
「遊馬君に戻ったんだね」
「どうして舞はこっちに来たんだ?」
「遊馬君と二人っきりで話したかったからって言ったら困る?」
笑いながらそう言うと舞は俺の隣に腰を下ろす。
肩が触れるか触れないかくらいの近距離だけれど、この前舞が来た時もこれ位だったしやっぱりこれが舞の距離なのかもしれない。
「いや、むしろ舞とは二人きりの方が多いだろ」
「正確には三人だけどね」
『そうだよ、遊馬』
「悪かったな。で、本当は何で来たんだ?」
「楽器って疲れるよね。遊馬君はどうしていかないの?」
「オタマジャクシを見ても疲れるからな。それにやっぱり楽器より歌って感じがするし」
俺がそう言うとオタマジャクシのくだりではくすくすと小さく笑っていた舞が、考えるそぶりを見せる。
しかし、それからすぐに口を開いた。
「遊馬君は歌わないのに?」
「それを言われると辛いな」
そう言って笑うと、舞がホッとした顔をしたのでお礼を言う。
「どうしたの? 急にお礼なんて」
「そんな驚く事ないだろ。俺が歌う歌わないの話題を気を遣わないように気を遣いつつ敢えて言ってくれたんだから」
「そう言うのは気がついても知らないふりしてくれるべきだよね?」
「悪かったな。
まあ、俺はその辺もう大丈夫だから普通に話してくれた方が助かるよ。
たぶん歌うことはもうないだろうけど」
「うん。わたしは遊馬君の友達だからね。どんと来いって感じだよ」
そう言って舞が自分の胸を叩く。その様子を見た時サンタ服とまで行かないけれど、それを意識しているであろう衣装に意識が行った。
「それってやっぱりサンタイメージなのか?」
「そうだよ。本当はサンタ服を着ても良かったんだけど、そうすると御崎君と被るからやめといた方がいいって桜ちゃんが」
「流石に一誠もそこまでされると泣きそうだな」
「桜ちゃんと言えば、この前遊馬君の家に行きたいってわたし言ったよね?」
「言ったと言うか来たよな。それと桜ちゃんが何か関係あるのか?」
「うん、実はそれって桜ちゃんに言われていたんだよ」
『桜ちゃんに? どうして?』
「どうしてなんだ?」
俺とユメが同時に驚くと、舞が答え始める。
「クリスマスパーティをしたいけど、遊馬君の妹達も呼ぶからそれまでに一度は会っておいてほしいって言われたんだ。
当日に会ってギクシャクすることが無いようにって」
「なるほど。確かにこの場で反りが合わなかったら最悪だな」
「会ってみてそんな事はないってわかったけど結果論だからね。
それにあんないい子たちならもっと早く会っていたかったかも」
「妹達と言えば、もしかして準備って三人でやっていたのか?」
俺の疑問に舞は首を横に振って否定を示す。
それから短く「四人かな」と言ったので、あと一人はやっぱり桜ちゃんかとすぐに合点がいった。
「それじゃあ、わたしまた教えてもらいに行こうかな。遊馬君も来る?」
「いいや、見てる」
「わかったそれじゃ、あとでね」
舞はそう言うと、また皆の輪の中に戻って行った。