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Lv108

「皆のあふれる笑顔に 嬉しくなっていく


 そして弾む私の声に また盛り上がっていく



 気が付けば終わりの時間とき 夢は覚めてさようなら


 だけど最後にもう一曲 皆にあげる


 最高のクリスマスプレゼント 届けられましたか?」


 流石にもう慣れてしまったのでユメが歌詞を担当したところも淀みなく進み、最後まで歌い切ると後奏が終わるのを待ってからパチパチと拍手が聞こえてきた。


 それから赤井さんが話し始める。


「ありがとうございました。クリスマスイブと言う今日、皆さんのクリスマスプレゼントになったでしょうか。


 わたくし的にはお年玉までもらった気分ですね。なにせ目の前で聞く事が出来ましたから」


 まるでこちらから「終わったらこう言ってください」と頼んだかのように、歌詞に沿った発言に感心してしまう。


「ところで一つ聞いてみたい事があるんですが良いでしょうか?」


「駄目だと言ったらどうしますか?」


「忠海さん以外の答えてくれそうな方に質問することにします」


「何か失礼ですね」


「桃色を甘んじなくてはならなくなったわたくしのささやかな仕返しです」


 この一連の流れは文化祭の時にも見たことがあるような気がする。


 桜ちゃんの言葉に赤井さんが反撃するのだけれど、大して桜ちゃんにダメージを与えられていなさそうなところまでそっくり。


 むしろ桜ちゃんは美少女コンテストのステージ上の事を意識しての言葉選びなんじゃないかとも思う。


 そんなケロッとしている桜ちゃんが何事も無かったかのように口を開いた。


「それで聞きたい事とは何でしょうか?」


「ななゆめの皆さんは毎回オリジナルの曲を演奏されていて、すでに結構な数になると思うのですが、誰が作っているんですか?」


「アタシか桜よね」


「例外的に綺歩先輩って所でしょうか」


「それでは、クリスマスソングを作ったのは?」


「作曲は桜ですね」


 含みを持たせながら、その行為が楽しいとばかりに無邪気な笑顔で桜ちゃんが言う。


 流石、赤井さんもその含みにすぐに気が付いて言葉を返した。


「作曲は……と言いますと?」


「歌詞は桜達皆で書いたんですよ。それぞれ担当を振り分けて」


「じゃあ、誰がどの部分の歌詞を書いたか考える楽しみがあるわけですね。


 さて、実はわたくし一つ気が付いてしまった事がありまして、こうやって皆さんからクリスマスプレゼントを貰ったわけですが、そのプレゼントの最後の方にありましたよね「最後にもう一曲あげる」って。


 急な事ですがアンコールとかしちゃったりしても……」


 おずおずと言い難そうな演技をしつつ赤井さんが尋ねてくる。


 何せ目に申し訳なさの欠片もないし。言ってみて上手く行けば儲けものみたいな魂胆が透けているように見えた。


 とは言え、こちらもちゃんと準備はしているので驚くことも無く、困る事も無く。


「安心しなさい。そう来ると思ってアタシ達も準備してきたわよ」


「おお、流石志手原さん。部長だけの事はありますね。


 わたくしも驚いてしまいましたよ」


「別にアタシが言いだした事ではないのだけれど。


 まあいいわ。早速演奏するわね」


「今から演奏していただける曲は何なのでしょう?」


「『日々、道』です」


 最後、稜子に替わってユメが答えるとササッと赤井さんがその場を離れて、すぐに演奏が始まった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「さて、気が付けば一時間近くやって来たクリスマス特別放送最終回。そろそろ終わりのお時間です」


 カメラに向かって赤井さんが寂しそうな顔をして言う。


 もう一時間も経つのかと、ちょっと不思議に思って――思ったのか――ユメがふと時計に目をやると確かにそれくらいの時間が過ぎていた。


 時間にすると現在昼の二時になろうとしているところ。


 二度も歌えたユメは満足そうだが、それに比例するようにお腹も空いた。


「それではまた来年からの放送もよろしくお願いします」


 そう言って赤井さんが締めくくると、カメラを持っていた子がパタンとその液晶画面を閉じて、繋がっていたコードを抜いた。


 それを見届けてから赤井さんが俺達の方を向いて――今になって気が付いたが、カメラに背を向けないようにと言う事なのだろうか今みたいにちゃんと俺達の方を見るのは今日初めてな気がする――声を出した。


「はい、お疲れ様でした」


「白もお疲れ」


「いやあ、わたしは楽しかったですよ。皆さんとこうやってまた会えましたし」


「また会えるも何も皆同じ学校じゃない」


「そうではあるんですけど……」


 稜子と話していた赤井さんが急にユメの方を向いたので、俺に戻らないように歌っていたユメが驚いて歌うのを止めてしまった。


「えっと、わたし……?」


「そうです。ユメさんにはどうやって会えばいいのか分かりませんから。


 出来れば独占取材を……と行きたいところですが、今日はお腹も空きましたし引き揚げます。


 本当に今日はありがとうございました」


 そう言って赤井さんが後輩を連れて音楽室を出て行った。


 それを見送ってから、桜ちゃんが声を出す。


「そう言えば皆さん今日はこの後、予定はないんですよね?


 誰も挙手しませんでしたし」


「一誠が予定あるみたいだけどね。ボランティア?」


「そんなところかねえ」


「御崎先輩は置いといて、他の人は予定無いですよね。


 それならちょっと来てほしいところがあるんですが良いですか?」


「別にかまわないけど、先に何があるかを教えるべきじゃないかしら?」


 稜子の言葉に桜ちゃんが「それは来てのお楽しみです」と笑う。


 それから桜ちゃんはA4サイズの紙をメンバーに配り始めた。


 渡されたユメは首を傾げながらその紙に目を落とす。


「地図?」


「今から、そうですね……一度帰って身支度をするのも含めて一時間後でしょうか、そこに集まってください」


「一時間って言うと三時くらいよね。


 昼食を食べている時間もない気がするんだけれど」


「それは食べないで来てください。何とかしますから」


「ここでお食事会でもするの? 桜ちゃん」


「まあ、そんな感じです」


「また何か企んでいるような気がするんだけど、まあいいわ。


 今日は今後の予定を言ってから一度解散にするわ。それでいいかしら」


 稜子は言葉の後異を唱える人がいないか少し待ってから、もう一度口を開く。


「今年の練習はあと三回。明日二十五日と二十七日、二十九日。


 時間は昼の一時からいつも通りね。


 年明けは四日から四、六とやって七日が始業式って事になるからその後はまた平日の練習ね」


 話を終えてメンバーを見る稜子にユメが分かったと言うように頷いた。


 ユメの視線が稜子の方に向いてしまっているので他のメンバーがどんな反応をしたのかは見えなかったのだけれど、一誠は「了解」と言っていたし、他の皆も同様の意志表示をしたのだろう。


 稜子は一度パンッと手を叩くと「それじゃあ、解散。また後で」と言った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな事があっての帰り道、ユメから俺に戻るのを待って皆に遅れて音楽室を出た。


 その道中桜ちゃんに貰った紙を見ながらある事に気が付く。


「ここって、舞と桜ちゃんとレコーディングしたところだよな?」


『やっぱり遊馬もそう思う?』


「もしかしたら隣の別の店かもしれないが、場所的には此処だったよな」


『だとすると何するつもりなんだろうね』


「ななゆめの曲を録音してネットに投稿するとかか?」


『流石に桜ちゃんでもそういう事は前もって稜子に言っていると思うんだけど』


 確かにユメの言う通りではあるが、他に何も思い浮かばないのが現実。


 あまりにも地図に集中しすぎて電信柱にぶつかりそうになった、直前で気がついてそれを回避する。


 それから、今度は周囲への注意も忘れないようにともう一度地図を見た所でふとある事に気が付いた。


「『※遊馬先輩はどちらでも大丈夫な格好をしてきてください』……って」


『本当だ、そんな事書いてたんだね』


「要するに俺でもユメでも大丈夫な格好って事だよな」


『そうだろうね。他に受け取りようがないし』


「最近だともし不意に入れ替わっても大丈夫なように無難な服着てるから別にたいした問題じゃないんだが……」


『わざわざ指定してきたって事はわたし達が入れ替わる予定があるのかな?』


「そうだろうな」


 そんなわけで結局何をやるかはわからないまま家に着いたので、ドアを開けようとノブに手を掛ける。


 妹達はすでに帰っているだろうし、もしも母さんが居なくても鍵は開いているだろう思ったのだがそのドアが開くことはなかった。


『優希と藍でどこかに出かけたのかな?』


「受験勉強の息抜きかもな」


 そう言いあいながら最近はめっきり使用頻度が少なくなった家の鍵をカバンから取り出し家に入る。


 薄暗い廊下を抜けて自分の部屋に入っても、どうせすぐに家を出るのだからと電気は付けずに閉められたカーテンからわずかに漏れてくる明かりを頼りに着替える。


 他に何か必要なものは無かったよなと思いつつ、コートを着て財布と鍵と携帯、それから一応地図をポケットに入れてからすぐさま外に出た。


『こうやって私服で外に出ると、制服の寒さがよくわかるね』


「制服の上から防寒するのは限界があるからな。コートも指定されてるし」


『わたしはこういったもこもこしたのも好きなんだけどな』


「好き嫌いでどうにかなる問題じゃないだろ。それに、俺は制服の上からこのコートは着たくない」


 家に鍵をかけ、学校に着ていったそれとはまた違うコートを見ながらユメの笑い声を聞く。


 それじゃあ、向かうかと足を少し進めた所で「遊君待って。一緒に行こう」と声をかけられた。


 声がした方を向くとやはりと言うべきか綺歩が急ぎ足でこちらに向かってきている。


「綺歩遅いな。俺より早く帰ったはずなのに」


「ちょっと家で色々してたらね」


 全く答えになっていないような答えが困ったような笑顔と共に返ってきたが、女の子は準備に時間がかかるとかそういう事だろうから深くは聞かないで置いた。


 少なくとも手ぶらの俺よりは、手にトートバッグを持っている綺歩の方が準備に時間がかかるのは明白だし。


 それから話を変えようとポケットの中に入っていた折りたたんだ地図を取り出し広げた。


「そう言えば綺歩は此処行ったことあるのか?」


「駅の所なのはわかるけど、行くのは初めてなんだよね。


 遊君は行ったことあるの?」


「たぶん、レコーディングスタジオじゃないかと思うんだよな。


 前にドリ……」


 と言いかけた所で慌てて口を閉じる。


 これで興味を失ってくれればいいなと内心思いながら恐る恐る綺歩の方を見ると、残念なことに綺歩は不思議そうな顔で首を傾げていた。


「ドリ?」


「『ドリムである舞』のレコーディングの見学を一回させてもらったような気がするんだよな。そこで」


「そうなんだ。私もちょっと興味あるな」


 そう言って納得したのか晴れ晴れとした顔をした綺歩に内心ほっとしていると『遊馬もとっさの嘘が流れるように出てくるね』とユメが笑う。


 誰のせいだと言いたくもなったが、言えばまた変に綺歩の興味を刺激してしまうし、今回の場合俺が綺歩を傷つけないように自分の過去を隠しているだけなのでユメは関係ない。


「そう言えばスタジオなんだよね?」


「記憶が間違ってなければな」


 急に綺歩に問われて、慌てて声を出す。


 俺の答えに綺歩は少し考えるしぐさを見せるとすぐに口を開いた。


「まだ時間は大丈夫かな?」


「ちょっとギリギリじゃないか?」


「うーん……どうしようかな……」


「どうかしたのか?」


「スタジオなら楽器持って行った方がいいかなって思って」


「必要なら桜ちゃんが前もって言ってくれるだろ」


「そうかな……」


 綺歩が少し俯きながらまだ迷っているようだったけれど、時間的に怪しくなってきたのは本当だったので一つ溜息をつくと「ほら、急がないと遅れるぞ」と言ってから綺歩の手を取り走り出した。


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