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Lv107

「はあ……はあ……大変お待たせいたしました。


 校内のスピーカーを通しての放送は此処まで、ここからはテレビを使っての放送となります」


 放送室から急いできたのだろうが、赤井さんは音楽室に来るや否やカメラの確認とマイクチェックをすると切れた息のまま「それじゃあ、本番始めます」と言ってすぐに始めてしまった。


 そのせいで息を整える声を全校に聞かせてしまったわけだけれど、本人は大して気にしない様子で進行する。


「まだテレビをつけていないと言うクラスは是非テレビをつけてみてください」


 現在の状況としては、音楽室の扉を背景にカメラから伸びているマイクを手に持って赤井さんだけが画面に映っている状態。


 メンバー達は音楽室で行うライブのような立ち位置――要するにいつでも演奏を始められるような立ち位置――でそれを眺めていた。


「では、早速。わたくしが今どこにいるのかすでにお気づきの方もおられるかもしれません。


 むしろ放送が始まる前から知っていたと言う方もいるでしょう。


 わたくしは今音楽室に来ています」


 赤井さんの言葉があってカメラを動かしていた子がこちらを映さないように音楽室の中を映す。


 それからまた赤井さんにカメラが向いたところで赤井さんが続けて話し始めた。


「何でここに来たのかわざわざ説明する必要はないでしょう。


 今日のゲストは我が校の軽音楽部、ななゆめの皆さんです」


 今朝綺歩にはいつもと変わらないと言ったけれど、こうやってカメラを向けられると確かにくすぐったいような感じがしてならない。


 声を合わせて、せーので挨拶をするようなメンバーではないので一番目立つであろうボーカルのユメが代表して「こんにちは」とぎこちない笑顔で軽く頭を下げた。


 そのユメに赤井さんが近づいてくる。


「ななゆめの皆さんとは文化祭以来って事になりますよね」


「そうですね。どうやら、そうじゃないメンバーもいるみたいですけど」


 受け答えは基本的にユメ。そう返した後で、視線を桜ちゃんと一誠の方に向けると二人とも素知らぬ顔で目を逸らした。


「流石にこういった形にする以上アポはとらないといけませんから……と、そんな事よりもわたくしとしては皆さんに色々とお話を伺いたいんですよ。


 そうは言っても、今や学校で知らぬ人などいないであろう皆さんに何から聞いてよいのやら、むしろ何を聞いたら存在を消されてしまうのかと楽しさ半分怖さ半分でここに立っているわけですが、先にどうしてここに来たのかをお話ししましょう。


 それは聞くも涙語るも涙の……」


「桃色先輩、そんな事より本題お願いします」


 泣きの演技をしていた赤井さんに桜ちゃんから野次が飛ぶ。


 確かに話がそれつつあった気はするけれど、よくもまあこういった場でそんなことが出来るもんだと桜ちゃんに対して尊敬と呆れが入り混じった妙な感情を抱いた。


 ユメは呆れが多かったらしく呆れ笑いを浮かべていたけれど。


「そうですね。わたくしばかり喋っていても仕方がないので進めしょう。


 ですが、テレビの前で「早くしろよ」と思っているであろう皆さんのせいでこうなったのだと明言させていただきます。


 もっと詳しく言いますと、わたくし達放送部がクリスマスソングを募集した時に「軽音楽部のクリスマスソング」をリクエストした人達です。


 確かに調べると言いました。言いましたが、あるかどうかわからない曲でリクエストの四分の一も埋め尽くされた時にはどうしようかと思いましたよ」


 正確には放送部と桜ちゃん、一誠の策略に全校が乗せられただけのはずなのだけれど、こんな風に言われるとそんな事全くなかったようにも思える。


 まあ、ここで「皆さんわたくしたちの策略にはまりましたね」なんて言ったら快く思わない人がいるだろうからなのだろうけれど。


 この場でユメが無意味に後ろを向けば目立ってしまうので後ろを向くことはないが、多分桜ちゃんとか一誠辺りは実に楽しそうな笑顔になっているのだろう。


「そんな訳で、皆さんの要望通りななゆめの皆さんの所にやってきたわけです……が、部長の志手原さん」


「何かしら?」


 稜子に話が振られたところで画面に映らないようになのか、放送部の女の子が姿勢を低くして稜子の所にマイクを持っていく。


 その姿が珍しかったのかユメが目で追っているとその子と目が合ってしまい微笑んだ。


 微笑まれた女の子は俯いてしまったのだけれど。


「リクエストが締め切られた先週の水曜日なんですが、その時クリスマスソングってあったんでしょうか?」


「残念ながら無かったわね」


「と、言うわけでこれが現実です。そんなわけで色々とお話を聞いていきましょうか。


 そうですね。まずは個人的に恨みのある忠海さんと御崎君に話を聞いて貰いましょうか」


 何かこの赤井さんの台詞にはいろいろ矛盾があるような気がするのだけれど、きっと全校の前で言いたいことがあるんだろうなと思う。


 桜ちゃん達に話が振られた事で後ろを見やすくなったユメが桜ちゃんと一誠の方を向くと、何だかとても余裕そうな顔で桜ちゃんがマイクを受け取っていた。


「それで、桜達は何を聞けばいいんですか、桃色先輩」


「それです」


 桜ちゃんの一言に赤井さんがビシッと桜ちゃんを指さす。


「貴方達がピンクとか桃色とか言ってくれたおかげで、多くの人たちにその名で呼ばれるようになってしまいました」


「でも、最初に「ピンクとは呼ばないで」って言うのはどう聞いても振りにしか聞こえないんですよね。


 それに桃色の方は「それでいい」って言っていたと桜は記憶しているんですが」


「それは……その場だけのあきらめと言いますか……」


「そんな事よりも桃色の君、せっかくなんだからクリスマスの話をしないかい?」


「ぐぬぬ……そうですね……


 お二人はこの後、もしくは明日にでも何か嬉し恥かしな予定があったりするんですか?」


「残念ながらななゆめとしては今日の準備で他の事をしている余裕はなかったですからね。


 御崎先輩は何かあるんですか?」


「そう言えばこの後に用事が……」


「ほお、それはどんな」


 一誠の言葉に赤井さんが食いつく。


 まさか一誠がクリスマスイブに予定何て……と一瞬思ったが考えてみればこいつはイケメンだった。


「無償でクリスマスケーキ等々の配達をねん」


「それは……大事ですね。主に配達される側が。


 他に誰か予定がある方っていますでしょうか?」


 赤井さんが全体を見回すようにそう言ったけれど、声を出す人はいない。


 むしろユメに至っては軽く首を振っている。


「実は寂しい方の集まりなんですね……と一瞬思いましたが、考えてみればこれはチャンスですよね。


 正直安心した方が視聴者の中に何人いるんでしょうか?」


「そう言う桃色先輩は何か予定はあるんですか?」


「さて、それでは今度は一人一人話を聞いていきましょう」


 桜ちゃんから飛んできた言葉を赤井さんは露骨に流すように司会の仕事をする。


「実は頂いたリクエストの一言欄の所に結構な数の質問が寄せられていたんですよ。


 今日はそこにあった質問をぶつけていきたいと思います。


 最初は質問の数が最も多かったこの人。今年度の美少女コンテストの優勝者、ユメさんに話を聞いていきましょう」


「わたしですか?」


 いきなり名前を呼ばれてユメが驚く。でも、質問が多かった、の時点でまあ、ユメだろなと言う気はするんだが。


 その質問の内容の大部分もおおよそ予想はつくがそれはたぶん尋ねてこないだろう。


「はい、ただ質問の多くが文化祭にてわたくしが身の危険を覚えた、例の質問だったので皆さんの期待には応えられないと前もって言っておきます。


 リクエストの用紙を見ながら全校に虐められている気分でしたよ」


 そんな風におどける赤井さんがどんな質問をしてくるのか、その質問に上手く答えられるだろうかと緊張しているのかユメの心拍数が上がる。


「では一つ目。ユメさんの年齢はいくつ何でしょうか?」


「そうですね。まだ一歳にもなっていないですよ」


「文化祭の時にもそんな冗談を言っていた気がしますが、もしかしてわたくしの放送部生命にかかわるような質問だったのでは……」


 たぶん半分くらいは本当に怖がっているのではないかと思うような赤井さんの反応にユメが笑って受け答える。


「そんな事ないですよ。本当は十七歳です」


「じゃあ、二年生って事ですね。ふむ……同級生にユメさんのような方が居たら分かると思うのですが……」


「何言っているんですか桃色先輩。十七歳って事は早生まれの三年生の可能性もありますよね?」


「忠海さんありがとうございます。そう言えばそうですね……ですが……


 っと、これ以上深入りはしちゃいけなさそうなので次の質問をします。


 文化祭の時にも聞いたような気がしますが、あれ以来恋人は出来ましたか?」


「いないですね」


「いたらこの後予定がありそうですしね。


 じゃあ、時間も過ぎてきましたし次でユメさんへの最後の質問にします。


 ユメさんに会うにはどうしたらいいんでしょうか?


 確かにこれは気になる所ですね。わたくしもこういった場でしかお会いしたことありませんし、部活中に会いに来ればきっと会えるんでしょうけれど……」


「邪魔だから止めて欲しいわね」


「志手原さんの言う通りですね。部活の邪魔をするわけにはいきません。と言いますかどの部活も大抵部活していますからね。


 そんなわけでどうしたらいいのでしょう?」


「そうですね。ライブに来てくれたら会えると思いますよ。


 学校内だけではなくて、偶に校外でもやっていますからよかったら来てもらえると嬉しいです」


「はい、宣伝をしてもらいました。でも、確実な方法ではあるでしょう。


 それではちゃきちゃきと次の方へ質問をしていきましょう」


 そう言ってユメに向いていたカメラが別の方を向く。


 それと同時にユメが安心したように大きく息を吐いた。


『お疲れ様』


 ユメは何も返せないだろうと分かりつつもそう声をかけると、声は出せなくてもユメは軽くうなずいて笑みを作ってくれた。


 腕時計もまだ何も反応が無いし、まだ大丈夫だろうと安心していると今度は綺歩の名前が呼ばれたのでユメがそちらを向く。


「次は志原さんに質問していきましょう。


 志原さんは二年生になった時に使用する楽器がベースからキーボードに替わっていますが、他にも楽器が弾けるんですか?」


「ここにある楽器なら一応は弾けると思います。ですが、それぞれはやっぱり皆よりは一枚も二枚も落ちてしまいますね」


「いや、リコーダーしかまともに楽器を扱った事のないわたくしとしては羨ましい限りですよ。むしろリコーダーさえあれば皆さんに混ざれますね」


「たぶん探せばリコーダーくらいあると思うけど、桃色の君も一緒に演奏するかい?」


「すみません。リコーダーもちゃんと吹けません。


 では次の質問をして一度質問コーナーは区切りたいと思います。


 前半最後の質問、志原さんに楽器を教えて欲しいのですがどうしたらいいですか?」


「取りあえず軽音楽部に入部して貰えれば」


「まあ、そうですよね。でも、それってかなり難易度が高いような……


 そもそも入部できるって事はすでに楽器弾けていますよね」


「それに、たぶん私が教えるよりも他のメンバーに教えてもらった方がいいと思いますよ?」


「きっと質問してくれた人はそういう事ではなくて……と思っているでしょうが、折角ですからここで皆さんに演奏してもらいましょう」


 ちょうどこの時に腕時計が振動を始める。


 あと三分以内に歌い始めなければならない合図だけれど、タイミングとしては全然問題ないので一安心。カメラの前で俺に戻ったらそれだけで放送事故何てレベルの話じゃなくなってしまう。


 皆がそれぞれに軽く音を出して調子を確かめている間にユメにマイクが向けられた。


「今日は何を演奏していただけるんでしょうか?」


「この前出来たクリスマスソングを演奏させてもらいます」


「先ほどは無いって言っていませんでしたか?」


「出来たのは先週の木曜日くらいでしたから、締め切りの時には出来ていませんでしたよ」


「と、いう事は本邦初公開って事ですね」


「そうですね。是非聞いて行ってください」


「それでは、準備も出来たようなので演奏していただきましょう。タイトルは……」


「『ななゆめのクリスマスソング』です」


 ユメが言い終わると同時に一誠がスティックを鳴らしてテンポを取る。


 それからここ一週間で何度も聞いた前奏が流れ始めた。


 それに合わせてユメが頭を左右に揺らす。


「今日は待ちに待った日 私達のクリスマス


 大人は誰も知らない 秘密のパーティ



 みんなやってくるかな 一人お家でソワソワ


 玄関ウロウロしながら チャイムを待つ」


 歌い始めてからは頭を揺らすのを止めて、体全体でリズムを取り始める。


 リズムを取るなんて能動的な言葉ではなくて、実際は無意識のうちに体が動いているのだろうけれど。


 俺はその中で、歌い始めたらさっきまでの緊張何て無かったかのように歌うんだな、と改めてユメらしさに触れたような感じでその歌を聞いていた。


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