Lv106
月日は流れて十二月二十四日。クリスマスイブ。
流石と言うか何というか、二曲目を練習し始めて一週間も時間が無かったと言うのに、クリスマスソング――どうやらタイトルは『ななゆめのクリスマスソング』になるらしい。基本的に皆クリスマスソングとしか呼ばないが――も『日々、道』も全校生の前で演奏するのに十分な完成度となった。
昨日の練習の時なんか鼓ちゃんはとても眠そうだったのだけれど、それだけ頑張ったと言う事なのだろう。
校内放送の方は本当に先生を呼んだり、有名な運動部の部長を何人も呼んできて座談会のような事をしたりと良くやるよと思いながらもなかなか楽しむことが出来た。
それも今日で終わり。むしろ今日は軽音楽部が出るのだから視聴者側としてのクリスマス特別放送は昨日で終わりだったと言うことになる。
そうは言っても今はまだ学校へ向かう途中。
歩く道がほとんど一緒なら途中で出会うことも多々あるモノで、行きがけに前方を歩く綺歩を見つけたので近寄って声をかけた。
「綺歩」
「あ、遊君おはよう」
俺の声に気が付いた綺歩がこちらを向いて嬉しさと驚きが八対二くらいの感じで応えてくれた。
「おはよう、いよいよ今日だな」
「そうだね。何とか間に合ったけど、結構ギリギリだったよね」
「演奏するだけなら月曜日の段階で十分だと思ったけどな」
「そこは、やっぱり納得のいく完成度じゃないと……ね」
「稜子みたいな事言うな」
軽口のつもりでそう返すと、綺歩が少し頬を膨らませてしまった。
「少しでも上手くならないと駄目だよね?」
「まあ、それはそうなんだろうが、綺歩は十分上手かっただろ。桜ちゃんや鼓ちゃんも全然弾けていたし」
「私もそう思うんだけど」と何だかいつもの綺歩らしくない事を言うので不思議に思ったが、綺歩は未だ口をへの字に曲げているし何だか変な空気になったので不思議を解消するよりも話を変える事にした。
「そう言えば、いつの間に楽譜完成してたんだ?」
「楽譜?」
「『日々、道』の。そんな事している素振り無かったと思うんだが」
している素振りも何も普段綺歩が家で何をしているのかとか、休み時間何をしているのかとか知るはずもないので、やっていても全然おかしくは無いのだけれど。
それでも、綺歩はムッとしていた口を緩め考え始めてくれた。
「確かに部活の時にはやってなかったもんね。
大学祭の後暇なのは分かっていたから、その次の休みの時に桜ちゃんにアドバイス貰ってついでにちょっと手伝って貰って、それから時間がある時に少しずつ作業していったんだよ」
「まさか授業中まで……」
「流石にそこまではしないよ」
今度の軽口は綺歩も笑顔で流してくれて、ほっと胸を撫で下ろす。
「遊君は緊張とかしてないの?」
「緊張……って何に対してだ?」
急な綺歩からの問いかけに思わず首を傾げる。
綺歩は困ったように照れ笑いを浮かべてすぐに答えた。
「今日の演奏」
「演奏って言っても歌うのはユメだしな」
『わー、酷い』
「むしろ今までのライブとそんなに変わらないだろ?
校内でテレビに映るのも初めてってわけじゃないし」
棒読みのユメを無視して綺歩に言うと、綺歩は首を振ってから口を開いた。
「違うよ」
「違うか?」
「たぶん演奏の前に赤井さんに色々話聞かれそうだし」
「まあ、半分はそっちがメインだろうからな」
「何より自分が作った歌を知っている人たちに聞かれるって言うのはやっぱり恥ずかしいかなって。今さらだけど思ってきちゃって。
一部とはいえ遊君も歌詞書いたよね?」
変わらず困り笑顔の綺歩の話を聞きながらそれもそうなんだろうなと思う。
身内に聞かれるのと、知らない誰かに聞かれるのとではその緊張感は大きく違うし、何より綺歩は自分が作った曲を丸々全部聞かれるわけだ。
そう考えると稜子や桜ちゃんは鋼のような心臓を持っているんじゃないかと疑ってしまうが、二人の場合は前提として確固たる自信があるのだろう。対して綺歩はこれが初めてという事になる。
「まあ、確かに俺の書いた歌詞が歌われるのは最初心底嫌だったけどな」
あまり卑下し過ぎたのか綺歩が反応に困っているのを気にせずに「でも」と言葉を続ける。
「ユメが歌ってくれるわけだからな。
それに稜子も似たような事を言っていたが演奏するのはななゆめなんだから、心配する事ないだろ」
はっきりとそうだとは言えないけれど、稜子があんなに沢山曲を作ることが出来たのは、少なくとも演奏が最上級だからだと言う信頼があったからなんじゃないだろうか。
ここまで演奏できるメンバーが異を唱えないと言うことは少なくとも曲としてちゃんと形になっていると言う証明であるのだろうし。
根拠はないがそう言うと、綺歩が二、三度瞬きをして頷いた。
それを確認してから、また軽口を叩いてみる。
「綺歩でもそんなに緊張するものなんだな」
「遊君それってどういう意味?」
今度はまた怒られてしまったけれど、表情としては全然そんな事なくて。
「悪かった」と言うと簡単に許してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
学校に着くと綺歩とは別れて教室に入る。
今日で二学期も終わりという事で何だか浮ついたような、ソワソワしたようなそんな雰囲気が教室中に満ちていたが、それもチャイムが鳴りドアが開くと身を潜めた。
潜めただけで、皆内心ソワソワしていたと思うのだけれど。
担任が入ってきて、すぐに大掃除になって。
それが終わったら終業式なので体育館へと向かう。どうしてこう、冬の体育館とは寒いのだろうか。
寒さに耐えつつ校長先生の話を聞きながらそう言えばこの場に巡先輩は居ないんだなと思い出す。
理事長とは果たしてどんなポジションなのだろうか。
そんな事を考えているうちに最近巡先輩の所に行っていないことに気が付いた。
たぶん、大学祭の後からは一度も行っていない気がする。
大学祭が終わって最初の二、三週間はドリム問題の決着とその動向を見ることに意識が向いていたし、その直後にはもう桜ちゃんと一誠からクリスマスソングの話をされて字を書く練習に従事していた。
で、クリスマスソングが出来て今に至る。
こうやって見ると桜ちゃんが俺達が巡先輩の所に行かないように仕組んだように見えなくも……
『それってどういう事?』
どうやら声に出してしまったらしくユメから声がかけられる。
それに少し驚いたけれど、取りあえずユメに説明してみることにした。
『そう見えなくもないけど、無理があるよね』
「俺もそう思う」
俺の迷走とも思える考えにユメが俺と同じ答えを出す。
『言うまでもないと思うけど、ドリム問題は最初からどうにかしないといけない問題だったし、桜ちゃんと一誠がクリスマスと言うイベントで何かしようとしても何も不思議じゃないよね』
「何より俺達が巡先輩の所に行かないようにする意味がないよな、桜ちゃんには」
『別に体調が変だってこともないもんね』
「やっぱり考え過ぎか」
『校長先生の話が面白く無いからって遊馬も悪い人だね。
それで、思い出したしやっぱり巡先輩のところ行っておいた方がいいよね』
「そうだが、今日はこの後クリスマス放送があるし、明日から冬休みだしな。来年の頭でいいんじゃないか?」
『まあ、そんなに急ぐ用事もないしね』
そうしているうちにいつの間にか校長先生の話も終わっており、スピーカーから聞こえてくるその声に隠れるようにしてユメと話していたので、慌てて口を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
終業式が終わって教室に戻り、ほどなくしてホームルームが終わる。
これが普段なら皆すぐに席を立つのだろうけれど、今日はその人数は少ない。
別に最終日である今日に軽音楽部がクリスマス放送に登場するなんて事は言っていないはずなのだけれど、ここまで人が動かないとは。
その中をこっそりと外に出ないといけないこちらの身にもなってほしい。
少ない人数に混ざっていち早く教室から出ると、音楽室に向かう。
『他の教室も結構人が残ってるね』
ユメがそう言った所で、ここ毎日聞いていた軽快な音楽が流れてきた。
『皆さんこんにちはお昼の校内放送の時間です。
今日も貴方のお耳の恋人赤井白がお届けします。
今日はクリスマス放送最終日、という事で特別放送として映像付きでお届けします。
その際に「クリスマス放送自体が特別放送じゃないか」と言うツッコミは受け付けませんのでご了承ください』
教室から漏れ出て来る音を聞いているので途中途中声が小さく聞こえる。
ちょうど赤井さんが「受け付けません」と言っている時に遠くの教室で「クリスマス放送自体が特別放送じゃないか」ツッコミが聞こえてきたのでユメがクスクス笑った。
『それではさっそくと言いたいところですが、準備にしばらくかかりますのでテレビをつけて十分ほどお待ちください』
それを聞いて俺も足を速める。
確か音楽室で放送は行われるので早く行ってユメに入れ替わらなければならない。
とは言え、もう音楽室は目の前ではあるけれど気分的に。
音楽室には明かりがついていて中に入るとすでに稜子が準備をしていた。
見てみると部屋の後ろの方にはカメラも設置してある。
「遅かったわね、急いでユメに入れ替わりなさい」
「分かってるよ」
そう言ってすぐにユメと入れ替わる。
しかし、歩いてきたとはいえそこそこ早めに来たはずなのにどうして稜子は何事も無かったかのようにここにいるのだろうか。
ユメも同じことを思ったのか準備室の扉に手を掛けながら稜子の方を見た。
「稜子は早かったね。走って来たの?」
「アタシ、ホームルーム受けてないもの」
「まさか……サボり?」
「そんなわけないでしょ。許可を貰ってカメラなんかの準備をアタシが出来る範囲でしてたのよ。
今この場に放送部が居たら困るわよね?」
「うん、ありがとう」
そう言ってユメが扉を開けて準備室に入る。
いつものようにパパッと着替えたユメが音楽室に戻っても全員は来ておらず、全員が揃った後も走って来たのか後輩と思しき生徒と一緒に息を切らせながらやって来た赤井さんが到着するまでソワソワしながら待っていた。